ナポリでは、ここカポデモンティ美術館の他に二箇所、カラバッジョの作品を所蔵している。
イタリア商業銀行がそのうちの一点を所有していて、特別公開でもされない限り観ることが叶わないと諦めていた。
ところが、「キリストの笞打ち」の一作品だけが架けられた廊下。
その突き当たりを左に曲がった展示室、普通の照明が施された壁に、何と、そのイタリア商業銀行が所蔵する筈の、「聖女ウルスラの殉教」(写真上)が架かっているのをカタリナが見つけ、「信じられない、ラッキー!」と、大喜びをしている。
国が買い取ったのか美術館に寄託されたのか判らないが、まさに僥倖、感謝である。
何年か前の秋、ベルギーの水の都・ブルージュ(写真中)を訪れた。
その時、愛の湖公園という歯の浮くよう名前に注ぐ運河の傍のメムリンク美術館に入った。
初期ネーデルランド期にブリュッセル地方で活躍した画家、ハンス・メムリンクの最高傑作のひとつ、「聖ウルスラ伝の聖遺物箱」との出会いを求めて訪ねたのだ。
聖ウルスラ伝とは、5世紀のイングランドのある国の王の娘ウルスラが、ローマ巡礼からの帰途ドイツのケルンで、異教徒フン族の族長の息子との婚姻を拒んだために襲撃に遭い、巡礼に同行した1万1000人の処女と共に殉教した故事。
中世以来、実在の聖女と信じられウルスラ崇敬が盛んだったが、今はその実在は疑問とされているらしい。
その聖女ウルスラの伝説がモチーフになっている。
カラヴァッジョはこの伝説を、失望した求婚者が射た矢が聖女の胸に刺さった瞬間を鋭く切り取り、聖女の胸から真っ直ぐにほとばしる血を生々しく描いている。
この作品も暗い背景のなかで、聖女が自分に刺さったものではないかのように矢を冷静に見つめ、射た者は聖女に顔を向けながらもその目は闇に隠している。
背後から事の成り行きを見守っているのは画家自身とされ、一説によれば、この作品の絵具が乾くか乾かないうちに、この無頼の作家は世を去ったとされている。
まさに、苦悩に満ちた観察者として、彼自身が登場する最後の作品となった。
残る一点は最終日、ナポリのど真ん中スパッカ・ナポリ、ピオ・モンテ・デラ・ミゼリコルディア教会に訪ねる。
ホテルの部屋の小さなバルコニーから見えるヴェスヴィオ山(写真下)が、なだらかな稜線を見せて夕陽に映えている。
ぼんやりと眺めているうちに茜色から紺色のシルエットと変わっていった。(もう少し続く。)