南向きの窓に沿って真っ直ぐな廊下があって、それぞれの展示室を結んでいる。
その突き当たり、暗い空間でスポットライトに照らされ浮かび上がる作品がある。
この絵が、このカポデモンティ美術館で、特別の意味を持って遇されていることが窺える。
鮮やかな明暗対比、ぎりぎりにまで切り詰められた人物。
遠目にもカラヴァッジョの傑作 「キリストの笞打ち」(上)だと判る。
本作は、彼がナポリ滞在中にサン・ドメニコ・マッジョーレ教会の祭壇のために制作したもので、彼の代表作のひとつとされている。
主題は、ユダヤの民を惑わしたとして捕らえられたキリストが、ローマ総督ポンティオ・ピラトの命によって笞打ちの刑に処される場面。
右の刑吏によって体を捻じ曲げられ、左の険しい表情の刑吏はキリストの髪を掴む。
左下には屈み込み笞を用意する刑吏がいて、これから始まるであろう行為を、観る者に恐怖をもって想像させる。
背景は、彼の多くの作品と同じようにキリストが括られている柱も見えないほど暗く、笞打たれる前の大胆に簡素化されたキリストと刑吏の滑らかでよどみない情景描写がこれからの運動性を示唆する。
また、曖昧さを残した輪郭線と強い明暗による描写によって、祭壇画として信者をこの悲劇的な場面に立ち会う者へと同化させている。
それにしてもこの作品、笞打たれる者と笞打つ者(中:部分)との品性、品格の対比が明確であるがゆえに作品の聖性が際立ち、この無慈悲なテーマに救いがある、そんなふうに思った。
本作が描かれた時期については、カラヴァッジョがナポリに初めて滞在した時であるとする説と、二度目の滞在で死の数月前とする説があり、今も研究者の間で論争が続いていると聞く。
ところで、ジャンヌ・ダルクをご存知だろう。
15世紀、英仏百年戦争のさなか突如現れた救国の少女、敗色濃いフランスを奇跡的な勝利に導く。
その奇跡が、後に魔女のなせる業と断罪され、僅か19歳で火刑に処せられたのがフランスの北部、かつてノルマンディー公国の首府として栄えたルーアン。
そのルーアン美術館の二階の一室、そこに、カラヴァッジョのヴァリアント・異同作品 「キリストの笞打ち」(下)がある。この稿、もう少し続けます。