フラメンコ超緩色系

月刊パセオフラメンコの社長ブログ

朝陽の明治神宮 [060]

2006年03月15日 | 散歩の迷人



     朝陽の明治神宮 



                 



 朝陽の明治神宮を歩く。
 落ち着きのある、だが、しゃきっと透明なアイレが快い。

 朝イチの重たい仕事をとりあえずはクリアしたご褒美だ。
 もっともクリアできない場合も、ここを歩きながらその続きをやることになる。

 平日の午前中だからあまり人はいない。
 貸し切りだいっ、と小さく叫ぶと精神衛生上とてもよい。
 東京にも、一銭もかけずにこんなにリッチな気分に浸れる散策スポットがあるのだ。


    


 さてここ明治神宮は、明治天皇とそのお后のご遺徳を永遠に伝えてゆこう、というコンセプトから生まれた。そんなわけで創建は明治時代ではなく、意外なことに大正年(1920年)なのである。
 さらに、とてもそうは思えないが人口の植林なのだという。おまけにその植林規模は世界最大らしい。
 この二つのトリビアだけでも「100へぇ」もしくは「60パイナポー」くらいは行くのではないか。……行かないか。

 連れてゆく外国人が必ず文句を云う、あの参道に敷きつめられた歩きづらい玉砂利はいわゆる“お清め”であるらしい。
 つまり、これから参詣する人々がその石を踏むことによって、その心まで次第に清められてゆくことを意図しているのだ。
 よって、「貸し切りだいっ!」みたいなタワけたことをぬかすような場所ではないので、みなさんも気をつけるよーに。


      
    


 ところで、明治神宮を散策していて驚くのは、その荘厳な雰囲気にマッチするBGMが極めて少ないという点である。
 ここ数年いろいろ試してみたが、押しなべて、物理的な情報量が多すぎる音楽は、ここの空気にはそぐわないようなのだ。
 クリアの条件は、シンプルで押し付けがましさがないこと、この森の醸し出す神々しいアイレにシンクロできるような確固たる芯、そして永遠性を備えた音楽、という風になりそうである。

 手っ取り早くこれらをクリアするのは、やはりバッハだ。
 バッハの汎用性は強靭である。宇宙の知的生命体との音波交流には言葉じゃなくバッハで行こう、とNASAが決めたなんてことをその昔聞いたことがある。
 そのバッハの中でもモノトーン系がこの森にはピタリとくる。
 キーボード・ソロのための『パルティータ』や『イギリス組曲』などとの相性は抜群で、実際に私もそれをよく聴く。


       
    


 さて、ジャズでさえ相性が悪かったので、フラメンコは最初からあきらめていたのだが、な、なんと一つだけビックリするような例外があったのだ。

 ある時、未解決の問題を考えながら歩いているとウォークマンの電池がぷつっと切れた。悪いことに替えの電池を忘れている。
 仕方ないので音楽はあきらめ考え事を続ける。
 頭は煮詰まるが、肝心のアイデアはさっぱり煮詰まらない。
 だがその時突然、脳裏に鳴り響いて私の思考をバックアップするものがあった。

 パコ・デ・ルシア『熱風』冒頭のタンゴスだ!


 シンプル、透明、荘厳、ハイクオリティ、永遠性。
 凛々としてそのすべてを備え尽くす音楽が、私の脳裏にはっきりリアルに響いていたのだ。
 私の緩い思考は、その後押しを得ながら、徐々に正解へと向かいはじめる。
 その神々しいまでのギターの響きは、思考がとんでもない方向に外れてゆかないように制御するだけではなく、正解が潜む方向を暗示しはじめる。

 ま、魂が乗り移ることはあっても技術までは乗り移ってくれないので、私がそのとき得た結論も客観的にはゆるゆるだったわけだが、私としてはそれを大収穫としたものである。

 いま聴いている本日枚目のCDも実は『熱風』なのだ。
 CDを聴かなくとも、ピンチの時などにいつでも頭の中で鳴らすことができるように、ここ明治神宮の玉砂利お清め道を歩く時には、このアルバムをしっかり聴くことが多いのである。


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 その後、調子に乗ってパコ・デ・ルシアの全アルバムを試してみたが『熱風』以外はダメだった。それ以前(例えばアルモライマとか)でも、それ以降(シルヤブとか)でも、ちょっと違ってきてしまうというか、森のオーラが『熱風』以外を積極的には受け付けようとはしないのだ。

 それにしても恐るべしパコ・デ・ルシア、そして『熱風』よ。

 よって、NASAの関係者よ、およびその音楽担当者よ。
 ちょっとだけ話の展開に無理があるかもしれないが、もし、宇宙人相手にバッハが通用しなかった場合、私のこの新発見をぜひ採用してほしいぞっ



                        
       『パコ・デ・ルシア/熱風』
         POLYGRAM1987年)