地中海の舞踏
[パコ・デ・ルシア/アルモライマ]
「これは、まさしく宗歩の1八角!」
ジャンルを超えるスーパー・ギターデュオ『地中海の舞踏』!
この世紀の名セッションに鼻血を飛ばさないギター少年はひとりもいない。
片や、フュージョン系・国際的人気ギタリスト、アル・ディメオラ。
片や、フラメンコギターの神さま、われらがパコ・デ・ルシア。
『地中海の舞踏』は、ディメオラのアルバムに、彼のオファーでパコ・デ・ルシアが1曲だけ単身参加した、LP『エレガント・ジプシー』のチョー目玉的1曲だった。
パコがアメリカに赴き、ほとんど即興一発でキメたという伝説のレコーディング。
つまりこれが、後にラリーやマクラフリンを巻き込み、世界中を熱狂させることになる、あのスーパー・ギター・トリオ誕生の布石だったとゆーわけだ。
[アル・ディメオラ/エレガント・ジプシー CBS 1977年]
後に、この名曲『地中海の舞踏』を含むパコ・デ・ルシアのフラメンコギター楽譜集を、めっちゃめちゃ高い版権使用料を支払ってパセオから出版した。
世界のギター少年が待ち望むこの楽譜集の発行によって億万長者になったろうという壮大なロマンは、元金も回収できぬまま絶版となる哀しい現実に敗北したものの、自分が欲しくて欲しくて仕方のなかった『地中海の舞踏』の楽譜だけは手元に残った。
これがショーバイの基本なのである、ってホントかよっ(TT)。
当時のパセオ編集長Sがパコのギターパートを、社長の私がアルのそれを担当し、締切前のパニックの合間にそのギターデュオをよく練習したものだが、それは音楽とゆーより“音が苦”に近いものだったと、当時の関係者は一様に証言する。
「パコ・デ・ルシア アルバム/編曲:飯ヶ谷守康、加部洋/パセオ1990年」
さて、ギター弾きなら誰しもが夢中になったこの『地中海の舞踏』。
初めてこの名演を耳にした時の驚愕こそが、冒頭のワケわからん私のセリフにつながる。
「これは、まさしく宗歩の1八角!」
(↑)な、なんのこっちゃい?
『地中海の舞踏』を聴いて、この『1八角/遠見の名角』を連想することは、ヘボギターとヘボ将棋の二重苦をあまり苦にしないタイプの好青年(当時22歳の私)だからこそ可能だった美しき妄想だったのである。
後にフラメンコギターの魅力を世界中に知らしめることになるこの国際ガチンコ名勝負『地中海の舞踏』の放つ異形な輝きは、今から153年前、時の最高権力者の前で指され、遠く未来にまで影響を及ぼすことになる宗歩の『1八角』の放つ異形な輝きに実にまさしく酷似していたのである。
[1856年11月/江戸城・御前将棋にて/伊藤宗印 対 天野宗歩]
この局面こそが、将棋界のパコ・デ・ルシアと称される(←たぶん私だけそう称す)お江戸のスーパースター天野宗歩が、百年に一度の歴史的名手『遠見の名角/1八角』を放った世紀の瞬間である。
後に第九世名人となる天才伊藤宗印(現代の羽生善治名人は第十九世名人)を大天才宗歩がこてんぱにKOした将棋で、有段者なら誰でも知ってる有名な局面だ。
敵陣(他ジャンル)に殺到する拠点たる5四歩の存在は、勇猛果敢なフラメンコの使徒パコ・デ・ルシアそのものであり、1八の地点から左斜め上方のパコを全面支援する遠見の名角の存在は、まさにフラメンコの神そのものではないか。
って、誰が知るかよそんなこと。
[棋聖 天野宗歩手合集/内藤國雄九段著/木本書店発行]
さて、学生時代にプロをめざした修業時代の私には、技術書で現代将棋を研究しつつ、詰将棋やシンケン(賭け将棋)で鍛える一方、江戸、明治、大正、昭和にかけての一流プロの棋譜(指し手の記録)を喜々として学んだ時期があった。
音楽と体育と保健体育を除く学校の授業は、頭の中で詰将棋を解いたり棋譜を並べたり、または夜の勝負に備えて熟睡するための貴重な時間源だったことも懐かしく想い出す。
明治維新前、将棋の名人家が幕府公認の家元だったころ、とりわけその幕末の大棋士、棋聖とも称された天野宗歩(あまの・そうほ)は私の憧れのアーティストだった。
あまりの強さに実力13段と恐れられた宗歩は、世襲の家元派閥には属さず、主に賭け将棋や弟子筋(武士や豪商など)に対する将棋指南で生計を立てつつ、名著『将棋精選』なども出版した、孤高のアウトロー的存在だった。
この遠見の名角『1八角』に代表される宗歩の独創的優秀性は、その後大きく発展を遂げた近代将棋の礎となったばかりでなく、現代の超一流プロ棋士たちにも大きな影響を与え続けているのである。
棋聖宗歩が遠山の金さん(左衛門尉景元)らと共に永眠する東京・巣鴨の本妙寺には、ふと何かの構想をまとめたくなる時など、今でも都電に揺られてブラり訪れる。
酒豪だった彼の墓に、日本酒を供え手を合わせると、また来たのかこのヘボが、という無遠慮な声が聞こえてくる。
……そう、まさしくそのとーりだす。
ヘボだからこそ、あんたのインスピレーションをこっそり盗みに来るんだす(TT)。
[東京・巣鴨の本妙寺/棋聖 天野宗歩、ここに永眠す]
天野宗歩とパコ・デ・ルシアに共通するものは、明快にして巨大なそのヴィジョン、そして、それを実現するための果敢なアドベンチャー精神である。
その第一歩をめざし、男の子なら誰でも一度はやってみたいと思うのが、このパコ・デ・ルシアの『地中海の舞踏』であり、また、天野宗歩の『遠見の名角/1八角』なのである。
思えば、パセオフラメンコ創刊から25年の間に、幾たびこの『1八角』をイメージした次の一手を敢行したことだろう。
そして、それらすべてが玉砕の一手として、はかなく散ったことは記憶に新しい。
現在では、それがどーした、と開き直れるほどに成長した私だが、ほんとうを云えば、死ぬまでに一度でいいから、勝負どころの局面でこの『1八角』を駒音高く盤上に打ちつけ、未来への布石を堂々築くことを、今も虎視眈々と狙い続けているのである。
[パコ・デ・ルシア/熱風]