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2014年9月30日(火)その1838◆本音と建前
「あの言葉はもちろん、
思わず口からこぼれたのだが、
思わず云っただけに、余計に重大なのだ」
厄介なおっちゃんだが、その分だけ鋭く真相を暴く。
ドストエフスキー(ロシア/1821~1881年)。
罪と罰、白痴、カラマーゾフもいいけれど、
腰をすえて読み返したいのは『地下室の手記』。
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2014年9月30日(火)その1837◆トロッコ
月明かりのダダッ広い野ッ原。
ゲラゲラ笑いながら、ギーコギーコとおれ達は、力一杯トロッコを漕いでいる。
タケオとヨシタカ、それと中学時代の仲間がもう何人かいるようだ。
線路は続くよどこまでも・・ってそりゃいいんだが、
漕いでも漕いでも終点らしきものにたどり着かない。
ほんのり夜明けが近づき、見慣れた新宿の高層ビル群が浮かんでくる。
おい、こりゃ山ノ手線だ、どーりで終点がねえはずだよ。
そろそろ始発だ、ヤベーぞみんな!
大慌てで線路からトロッコを引っぺがし、
高田馬場あたりの土手上から転げ落ちるように逃げ抜ける。
なんとなく後ろめたい気分で、追われるように突っ走りながら
右手の神田川を見下ろすと、モーターボートに乗ったサチコが両手を大きく振っている。
サチコはおれ達グループのマネージャー的存在で、何かと世話を焼く頼もしいお人良しだ。
「まっすぐ大川(隅田川)に抜けてくれっ!」
そう私は叫び、サチコの運転するモーターボートはおれ達を乗せ、
えらい勢いで神田川を東に突進し始める。
両岸の緑と白くド派手な波しぶきのコントラストにはしゃぎまくるおれ達。
そこで記憶は途切れるのだが、なかなかにスリリングだった今朝がたの夢。
ずいぶん前の中学同期の呑み会で、
サチコが新橋で店をやってるというウワサを聞いた。
いつか皆で訪ねてみようと話しつつ、ずっと無沙汰が続いている。
華奢な身体と細い眼に妙に色気のあったサチコも来年60か。
あいつのことだから、そこそこ逞しい商売を続けているに違いない。
タケオやヨシタカを誘い、皆して真っ赤な薔薇でも抱えて、
いきなり押しかけてみるのも悪くない。
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2014年9月29日(月)その1836◆人生後半
ひと目容姿で勝負できるタイプだが、
話すほどにシラけるタイプの人がいる。
男も女も、こーゆータイプは40代後半から辛くなる。
容姿で勝負するタイプではないが、
話すほどにその魅力がにじみ出るタイプの人がいる。
男も女も、こーゆータイプは40代後半から楽しくなる。
容姿で勝負するタイプではないが、
話すほどにシラけるタイプの人ならここにも二人おる。( ̄▽ ̄)
男も犬も、こーゆータイプは59歳(犬なら12歳)になっても、
すべてにおいてまったく見込みがない。
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2014年9月28日(日)その1835◆故郷の俳句
秋に添うて行かばや末は小松川 (松尾芭蕉)
この柔らかな字余り感がいいね。
田舎扱いとは云え、自分の生まれ育った故郷が
芭蕉の句に登場するのが単純にうれしい。
写真は昭和三十年代の江戸川区小松川、
おとなり江東区との境となる中川の木橋を走る栄光の都電25番線。
この木橋をダッシュで走り渡るのが、男の子になるための洗礼だった。
芭蕉の時代に都電は無いから、小松川に行く巨匠は、
舟または徒歩、あるいはヒッチ俳句だったか。
芭蕉の頃はこんな感じの小松川。向こう岸集落の奥あたりにのちの私の生家。
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2014年9月28日(日)その1834◆忘れがたいシーン
「あなたは地球を私たちから守るためにやってきたのね」
「そうだ。人間にこの惑星が滅ぼされるのを見過ごすことはできない。
もし地球が死んでしまえば、君たちも死んでしまう。
しかし君たちが死ねば、地球は生き残れる」
地球を守るため人類を消滅させにやってきた謎の宇宙人(キアヌ)は、
バッハの『ゴルトベルク変奏曲』に鋭く反応する。
救いがないと判断した人類の中にも、
宇宙の真理に近づこうとする賢者がいることに気づいたのだ。
彼はバッハに人類の変化の可能性を感じ、少しだけ心を開く。
うーん、このシーンはちょっと忘れ難いな。
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2014年9月28日(日)その1833◆乱発手形
早いもんで試行錯誤の二週間が経過し、体重も3キロばかり減った。
体内のアルコール含有率を50%から25%程度にコントロールすべく、
粛々と減酒減量プロジェクトを進行中である。
ほぼ毎日呑んでたのを、およそ一日おきに呑んでよしとする私とオレの取り決め。
食の方は「規則正しいバランス食」を心掛け、
朝(いっぱい)昼(軽め)晩(さらに軽め)にふり分ける。
好みのバランス食材をこれまで以上に食うから、空腹感もなくむしろ快適だ。
危なっかしいのは酒の方だが、止むを得ぬ呑み会が三日つづけば、
そのあと三日抜けばいい、という柔軟なルールが
そこはかとない寂寥感を軽減させてくれる。
ついうっかり一年365日呑み続けてしまった場合でも、
その先一年呑まなければいいのである。
実に優れたシステムにも思えるが、
近年の手形乱発の国家予算を連想させるところに大きな難点があって、
ここはやはり「一日おき」あたりで折り合って、残りわずか20キロの減量、
一年後にはヴィジョン(パセオ創刊ころのおれ)達成をめざすわけだが、
それこそが〝手形乱発〟とする説もある。
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2014年9月27日(土)その1832◆ショーシャンク
1階はフラメンコのレンタルスタジオ、社団法人日本フラメンコ協会は2階に、
パセオフラメンコ編集部は3階にある。
(株)パセオの社長室は4階にあり、ここは別名屋上と呼ばれている。
景色はいいし伸びのびと広いが、惜しいかな屋根がない。
晴れた日はいいが、雨の日は辛い。
傘をさしてタバコをやるのは、けっこう面倒っちーのだ。
なので、雨の日に傘なしで大好きなあの映画のようなポーズで吸ってみた。
「おうっ、ショーシャンクやってきたぜ!」
ズブ濡れで3階編集部に戻り、タオルで頭を拭きふきこう告げると、
パソコン画面から目を離すこともなくパセオ小倉編集長はこうおっしゃる。
「それって、来年60になるおっさんが、
雨んなか屋上でえっちらラジオ体操やってるだけじゃないっすか」
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2014年9月26日(金)その1831◆風は吹かない
「明日は明日の風が吹く」
フラメンコと歌舞伎を愛し、慶大哲学科を卒業した彼女は、そんな生き方を好んでいた。
24歳でセビージャに留学し、帰国後にリサイタルを開催。
その後、協会新人公演で賞獲りをめざすが、三たびそれは叶わず、
四度目の挑戦で努力賞、そして五度目(2006年)に奨励賞受賞を果たす。
きのう木曜午後はパセオ編集部にて、
バイラオーラ本田恵美と「しゃちょ対談」(第23回/12月号掲載)。
この夏の新人公演二日目のラストを飾った闘牛士姿のシギリージャ。
ラス・ミナス・コンクールの決勝出場をめざすその堂々たる創造性は、
そのひとつ前に踊った石川慶子渾身の黒いソレアとともに、
バイレソロ部門の双璧をなすズシッと重たい収穫だった。
2時間半におよんだ本田との会話は、柔かい感性の狭間に深い美学を満喫させてくれた。
かつて「明日は明日の風が吹く」を良しとした彼女は、
ある時期変貌を遂げた理由をひと言で云ってのけた。
「風は吹かない」
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2014年9月26日(金)その1830◆残るは
「人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだよ。
人生に必要なもの、それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」
(チャールズ・チャップリン)
チャップリン語録と云えば、やはりこれだろう。
働き始めたころ、あまりにこれが図星なんで逆に驚いた。
あれから43年、素晴らしい人生をイメージしながら
多少の勇気と想像力は身につけてきたので、
残るは少しのお金のみ。
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2014年9月25日(木)その1829◆純粋正義の人
「フラメンコの神ならどう思われるか?」
重大な問題に直面し、その判断に迷う時、こんなふうに考えた時期がある。
だが、近ごろのキリストとイスラムの大喧嘩を観ていて、
もうそういうのは金輪際やめることにした。
経済闘争に「神の名のもとに!」みたいな大義名分を担ぎ出す彼らは、
この時代あまりにインチキに過ぎる。
「あれは世界がひとつになるための、正しい行為でした」
カトリックの十字軍遠征の是非を問う私に、
敬虔なクリスチャンである彼女は何の迷いもなく答えた。
大学五年、三度目くらいの居酒屋デートだった。
彼女の真っ直ぐな純粋さに惹かれて付き合い始めたわけだが、
その回答を聴いて〝純粋〟とは、つくづく強くて怖いものだとおののいた。
その意味で純粋は〝正義〟によく似ている。
あいにくそのどちらにも縁遠い雑種な私は、
あっ、お呼びでない、こりゃまた失礼しましたと、
格の違いを認めて自主的にフラれた。
昔も今も純粋や正義は美しいと感じるが、私にとってのそれが、
イコール〝善〟ではないことは分かってきた。
雑然と〝清濁併せ呑む善〟。
ここいらあたりをほっつき歩く今日このごろ。
よく澄んだ彼女の黒く美しい瞳は今でも絶賛に値するが、
美しくもなく真っ直ぐでもない自分の眼が、そんなにいやでもなくなって来た。
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2014年9月24日(水)その1828◆まーまーよ
ノスタルジーは年寄りの友でありカンフル剤でもある。
懐かしい風景、懐かしい友、懐かしい音楽などは、
歳月とともに好ましい気分転換の対象になってくる。
若く溌剌としていた頃の想い出に浸ることで、
センチメンタルな快感に癒されながらも、
「昔はむかし今はいま、頑張れオレ」みたいなエネルギーを
引っ張り出そうとする懸命な悪あがきなのかもしれない。
そんなんで近ごろは、アイポッドに入れたノスタルジー満載の
「我が心のジョージア」やドヴォルザーク「ユーモレスク」あたりを通勤散歩のお供によく聴く。
カーマイケル作曲の「我が心のジョージア」はレイ・チャールズの名唱で好きになったが、
日本の上田正樹やつのだひろなんかも泣かせるし、
最近は歌唱力抜群のマイケル・ボルトンでよく聴く。
ユーモレスクの原曲はピアノだが、
心で号泣できるヴァイオリン編曲(クライスラー編)が断然いい。
お気に入りはナージャ盤だが、それとは別に超豪華協演の映像をみっけた。
指揮は小澤征爾、ヴァイオリンはパールマン、チェロはヨーヨーマというビッグトリオで、
演奏内容はマーマーヨ!
http://www.youtube.com/watch?v=oBDmAxSFt6A&list=RDoBDmAxSFt6A#t=0
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2014年9月23日(火)その1827◆悲愴
重苦しい沈黙。
だが紫の夜明けがやがて暖かな陽射しを呼び込む。
それも束の間、またたくまに暗雲が立ちこめ、
やはりここは地獄なのかと認識しつつ深い眠りに堕ちる。
軽やかなワルツに目覚める。
見渡せば天国のようでもあるのだが、
その美しい情景はどこか虚ろな響きを秘めている。
やがてあたりは明るく勇ましいスケルツォな活気を帯び始める。
文明のエネルギー、高度成長の夢、人間万歳。
その逞しいリズムはどこか軍隊の行進を想わせる。
兵(つわもの)どもが夢の跡。
やはりあのワルツもスケルツォも夢だったのか。
あたりは当初の情景に戻っている。
地獄なのか地上なのかは分からない。
暗闇に鮮やかなパープルのグラデーションが浮かぶ全景。
途方に暮れながら、ただ独り立ち尽くす。
チャイコフスキー『悲愴』全四楽章をウッカリまぢ聴きすると、
こんな幻想にハマり込むから油断ならない。
今日もついうっかりやっちまった。
家に戻ってテレビを見れば、イスラムとキリストの大喧嘩。
正義は独り善がりの思い込みであり、勇気は乱暴なカラ元気であるのか?
『悲愴』の世界観は〝警告〟であったのかもしれない。
交響曲第六番『悲愴』の初演からわずか九日後、
チャイコフスキーはあっけなく他界する。
彼は人生最大の役割をまっとうした。
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