フラメンコ超緩色系

月刊パセオフラメンコの社長ブログ

しゃちょ日記バックナンバー/2011年5月①

2011年05月01日 | しゃちょ日記

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 2011年5月1日(日)/その677◇生誕記念

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。

 まあ、乱暴に云うならパコ・デ・ルシアのような大チェリストであり、
 雄大なスケールと超絶技巧という点で二人は酷似している。
 だから、若い頃からパコのレコードと並行してロストロのレコードはすべて買い集めた。
 今でもよく聴くのは、シューベルト『アルペジオーネ』とブリッジのソナタのカップリングと、
 世界中の注目を浴びたあの1992年のバッハ『無伴奏チェロ』全曲である。
 
 最新の「レコード芸術」で、彼のバッハ無伴奏の1955年ライブ音源が
 初めて公に発売されたことを知り、昨日ようやく渋谷タワーで入手した。
 それはロストロポーヴィチを絵に描いたような、予想通りの快演だった。

 リスクを恐れない潔い弓のアタックから発せられる巨大なダイナミックレンジ。
 とてつもなく息の長いフレージングから生まれる深くスリリングなドラマ性。
 当時20代だった今はなき巨匠の、独特の演奏スタイルが映像のように視えてくる。
 パコ・デ・ルシアに例えるならアルバム『魂』が一番近いかな。

 さて、この名演が録音された1955年と云えば、私の生まれ年でもある。
 よって、この世紀の名盤のことは今後はこう呼ぶことにしよう。


 「私の生誕を記念して録音されたバッハ無伴奏の金字塔」


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 2011年5月2日(月)/その678◇フラメンコの深遠

 パセオ5月号「公演忘備録」の舞台写真(ⓒ北澤壯太)の、
 瀕死の白鳥を舞うマリア・パヘスのあまりの凄艶美に、
 ああっ! と思わず感嘆の声をもらした紀子は、
 続くページのピリニャーカ婆さんの写真をじっくり見つめた後、
 ため息とともにこうつぶやいた。

 「ふうっ。マリア・パヘスでも、まだまだなのねえ」

 
 そういうフラメンコの深遠について、
 ガチンコ感想レギュラーのみゅしゃはこう書いている。
 

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by みゅしゃ

 パセオフラメンコ5月号のガチンコ感想です。
 今月号は、エンリケ・モレンテの追悼を始めとして、
 カナーレスの再起、パヘスの『瀕死の白鳥』の舞台写真、
 そして、濱田先生の懐かしい人々等の記事によって、
 生きること、死ぬことの意味を深く考えさせられました。
 どれもが鎮魂歌のように心に沁みて来たのです。

 「心から泣けるフラメンコ」ピリニャーカ。
 今回一番熱くフラメンコを感じた女性です。
 真新しいパセオをパラパラとめくって目に入った時、
 渋いカンタオールだなあと思い、
 読み進むと「皺がれ婆さんの」という表現があり、
 女性だということに気付きました。
 失礼してしまったと内心で非礼を詫びつつ、
 性別を超越した人間をしての深みを感じたのでした。

 A30の写真に静かな感動を覚える一方で、
 その面影にはフラメンコの数々の華やかなアルティスタたちとは
 違う何かがあることが見てとれて、それを探そうとする自分がいました。
 へレスの農夫の娘として生まれ、カンテ・ヒターノを身につけ、
 若いころから地元でも指折りの実力歌手として活躍したピリニャーカ。
 しかし、プロの歌い手ではなかったそうです。
 レコード録音を残し、テレビにも出演するほど親しまれていて、
 それでもノンプロとはどういうことだろう?

 ここから私は「アフィシオナード(アフィシオナーダ)」の
 意味を考えさせられました。
 へレスの古いカンテを伝承するためには、
 そこにしっかり根を下ろして生活していることが
 大事だったのではないかと想像します。
 地道な生活基盤が背景にあるからこそ、歌が深いものになると、
 ピリニャーカはわきまえていたのだと思うのです。
 本人はそうとは意識していなかったかも知れませんが、
 そこに美学があるのではないか。

 周りの人たちも、プロかそうでないかという単純な枠組みで判断することなく、
 素朴の中にある本物を見抜く目を持っていて、敬意を払う。
 へレスの文化への誇りが共有され絆となっているのがわかります。
 ここに、日本におけるプロとアマチュアという経済的な価値基準にはない、
 アフィシオナードという存在の豊かさがあるのではないでしょうか。

 写真をみて感じた、他のアルティスタとの違いとは、
 聴衆にアピールするためのケレン味が一切ないことでした。
 その正直な佇まいがまっすぐに心を打ってきます。
 私は、例えばパヘスには絶対になれないけれど、
 ピリニャーカみたいな齢の重ね方に倣うのは許されるような気がするのです。

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 2011年5月3日(火)/その679◇ずる休み

 むしろ曇り空の落ち着きこそが、
 百花園の情緒にはふさわしい。

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 やりたい仕事があったが、
 パセオに向かう小田急に乗り込む寸前、ふと気が変わり、
 えーい、今日は休んじまえと、線路向こうのメトロに乗り込む。
 先日入手したロストロポーヴィチのバッハ無伴奏チェロ(1955年ライブ)を、
 独り心ゆくまで味わい尽くしたいという目論見もある。

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 派手さのない、だからこそ飽きの来ない、
 懐かしい江戸の面影を残す庭園。
 この庭園を愛した人々の著作には共感を覚えることも多い。
 独り歩きを好む私なのに、
 その心は他者への共感に充ちているところが、毎度おもしろいと思う。

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 五十年前につまらんと感じた竹林が、懐かしく眼前にある。
 雄渾なロストロのチェロが、第二番プレリュードに差し掛かる。
 哀しみにくすんだ音色が、ふと見上げる曇り空にシンクロする。
 マエストロは四年前に他界されたはずだが、
 何故かいま、この空に生きていることを実感せざるを得ない。
 
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 2011年5月4日(水)/その680◇佐藤佑子の真価 

★カスコーロ・フラメンコライブ [2011年4月29日/東京・要町・スタジオ・カスコーロ]
【バイレ】佐藤佑子、小島慶子、遠藤太麻子、佐藤聖子
【カンテ】エンリケ坂井
【ギター】金田豊
【パルマ】岡野裕子

 ライブ全体については小倉泉弥と井口由美子の的確かつ快い感想が前出しているので、
 大トリ佐藤佑子についてのみ記そう。

 すでにムイ・ヒターナのカリスマとして大活躍していた佐藤佑子の存在価値について、
 パセオ創刊当時からわかっているつもりだったが、実は私は全然わかっちゃいなかった。
 揺るがぬ純真な魂を貫く佐藤佑子という芸術家の真価を
 心ゆくまで味わい尽くせるようになったのは、迂闊にもごく最近のことだ。
 優れたアートは自分を映す鏡であるが、
 そうしたリトマス行為の資格さえ持てない輩が若い私だった。

 暗いわけでもないし、明るいわけでもない。
 この日佑子さんの踊ったソレアは、どんな困難にも躊躇なく立ち向かう人間の
 逞しい意志とエネルギーそのものだった。
 静の舞いは、自らを信じ自らの魂に力をため尽くす祈りであり、
 動の舞いは、人を殺傷する機関銃ではなく、人々に〝真〟を気づかせる大砲だ。
 一見泥臭いようでいて、その原初な感覚は逞しくカラッと乾いている。
 フォームは旧式だが、そのエンジンには時代を超越する神々しいまでの志が宿っている。
 淡々としながらも、人の営みの優先順位をはっと気づかせるコラヘ。
 一過性の流行ではなく、永遠なる流行を求め続ける真実一路。

 その揺るぎない美しさに正確に感応しつつある自分の年齢が頼もしく思えた。
 歳を取ることには様々なしんどさが付きまとうものだが、
 おそらくはそれと同じくらいいいこともある。
 ともすれば酸欠気味に陥るセッカチな私の心に、この日の佐藤佑子のソレアは、
 そういう飛びきり新鮮な空気を力いっぱい吹き込んでくれたのだった。
 彼女は迷わず我が道を歩み続け、変わったのは私の方だった。
 マエストラの本誌〝しゃちょ対談〟への登場依頼を即座に決めた。

 余談だが、音響・照明を担当した舞台裏のカリスマ、全国学生フラメンコ連盟の産みの親、
 命知らずの同期の桜・間瀬弦彌との久々の再会がなんだかとてもうれしかった。

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 2011年5月5日(木)/その681◇仏の教え

 フラメンコギターのパコ・デ・ルシアは私の神だが、
 哲学者の土屋賢二は私の仏である。

 その土屋博士の変客万来・対談集『人間は考えても無駄である』(講談社文庫)に、
 こんな感動的なシーンがある。


 対談に登場するジャズ奏者が、健康診断で視力検査を受けた時のこと。
 視力検査のマークが「E」みたいな文字の開いている所を、
 「右」とか「左」とか「上」とか答えるアレね。
 で、彼の順番の前の若い男が、看護婦さんの示すマークを見て、「E」と答える。
 でも、ほんとは開いてる側の「右」って答えなきゃいけないわけね。
 じゃあ、これは?って、看護婦さんが次を示すと、若い男は「ヨ」って答える。
 ほんとは開いてる側の「左」が正解なわけね。

 何度やっても、若い男が同じように答えるので、とうとう看護婦さんはキレて、
 次の方どうぞって、ジャズ奏者の順番になる。
 で、彼が示されたのは、「上」が開いてるマーク。
 どこが開いてますか?と、看護婦さんに促される彼。
 美を愛するジャズ奏者としては、流れからしても当然「山」と答えたい。
 普通に「上」って正解を答えちゃったら、
 せっかくの奇跡のやり取りが途絶えちゃうからね。

 でも結局、怖い看護婦さんに彼は、「山」って答えることが出来なかった。
 ここまで聞いた土屋博士は、そのジャズ奏者に猛然と突っ込み諭す。

 何で「山」って云わないの?
 プロとしてそれはだめでしょ。
 歌心がない!
 絶対「山」と答えるべきだ!
 たとえ看護婦に怒られようが、笑いを追及しなきゃいけないよ。
 追求すべきものは追及しなきゃいけないんだ。


 いや、この話、わたし的にはホント感動した。
 誰も笑わなくとも、誰にも理解されなくとも、
 時には命がけで云うべきことはある。
 端くれながらもフラメンコに携わる者として、
 潔く「山」と答えられる人間に私はなりたいと思った。


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 2011年5月6日(金)/その682◇哀しみのちゃぶ台

 連休中のJR山の手線。
 吊り輪片手で、さっき書いた原稿のチェックに没頭している。

 まずい原稿のせいで、やたらと脚がズッこける。
 と思ったら、犯人はどうやら電車の運転のせいのようだ。
 その機能はようわからんのだけれど、
 ブレーキのかけ方がチョーへたくそな模様である。

 カクカクと前後に揺れるしょんべんブレーキで、
 吊り輪なしでは、まともに立ってはいられない状況。
 おゐおゐ、もっときちんと修業せんかいと、
 心のちゃぶ台をひっくり返しそうになった刹那、
 んっ、こりゃデジャ・ビュじゃないかと思った。
 
 この悪酔いしそうなヘッポコ運転。
 いや待て、こりゃあデジャ・ビュではない。
 それは明らかに、27年前、パセオ創刊と同時にきっぱり止めた
 私の自動車の運転技術と、まさしく酷似していたのである。


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しゃちょ日記バックナンバー/2011年5月②

2011年05月01日 | しゃちょ日記

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 2011年5月7日(土)/その683◇面白いほどハズれる

 きのうは7月号のデザイナー入稿。
 
 各原稿に最終チェックを加えながら、
 片っ端からガンガン入稿してゆく。
 ここでしくじっては元も子もないので、
 出来上がりをイメージしながら、集中力全開でこれに臨む。

 夕方にこれを終え、18時から馬場で屋良有子取材。
 一度観たら忘れられない若手超大物バイラオーラである。
 今年は1月のエスペランサ、2月の協会20周年で観たが、
 いやはや、その踊りは天を突くような閃きに充ちている。 

 今月も急遽決まったライブに出演するというから、
 先約キャンセルで私も駆けつけるつもり。
 (森田志保、屋良有子、siroco、阿部真、長谷川暖、三木重人
  5/23・19:30・新宿エルフラ)
 
 そのパーフェクトな舞踊的教養から、
 有子をダンス英才教育系の人だと思い込んでいたが、
 フラメンコを始めたのは二十歳直前で、
 実際にはスポーツや踊りとはまるで無縁だった早大卒の才媛。

 まったく私の推測と云うのは、面白いほどハズれる。

 ヤケクソついでに云ってしまえば、
 アリコのバイレは保険をかけない。

 
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 2011年5月8日(日)/その684◇あふれる知性

 二日酔いである。
 ドンチャン騒ぎもええ加減にせーやという話である。

 こんな体調では、100メートルを8秒フラットで走ることも出来ない。
 300キロのバーベルを片手で軽々持ち上げることも出来ないし、
 アントニオ猪木をコブラツイストでギブアップさせることも出来ない。

 抜群の身体能力ではなく、抜群の知性で勝負するしかない今日という日に、
 私に出来ることと云えば、せいぜい東大にイッパツで入ることぐらいだろう。

 みんな難しいと思っているかもしれないが、
 東京メトロ・本郷三丁目から10分も歩いて有名な赤門をくぐり抜ければ、
 たいていの人は、東大なんてイッパツで入れるものなのである。

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 2011年5月9日(月)/その685◇音楽の肉体は踊りであり・・・

 『吉田秀和作曲家論集⑥バッハ/ハイドン』(音楽之友社)

 インタビューを二本仕上げたご褒美に、
 呑み友ヨシオにもらった本を読む。

 1913年生まれの吉田秀和さんは、
 クラシック音楽の世界の最高峰と称される執筆家である。
 知識の博物館みたいな評論家ではなく、
 膨大な知識や体験を前提に、自らに生じた化学反応を軸に書かれる、
 読み易くわかりやすく、深い洞察と共感に充ちみちた文章に特徴がある。

 だから私の中では「評論家」というより「文学者」「哲学者」に近い。
 現在もレコード芸術誌に健筆をふるっているので、
 その暖かな輝きに充ちた連載を目当てに、私はこの音楽月刊誌を毎月購読している。
 その著作には、残り少ない人生をよりよく生きるためのヒントが満載されているから。

 実を云えば、パセオフラメンコの公演忘備録の最終目標はここにある。
 吉田秀和さんのスタンスを、私はフラメンコの世界に移植したかった。
 むろん私の任務は捨て石であるけど、後輩たちがきっと実現してくれると信じている。
 もちろんそれには膨大な時間は必要だろうが、
 「想いは必ず叶う」ものであるからして、そうしたヴィジョンというのは、
 遅くも25世紀ぐらいまでには達成できる見込みである。

 さて、この著作から、ほんの一部を以下に抜粋する。
 1985年の朝日新聞に掲載された『バッハの"数と神秘"』というエッセイだが、
 この数行の回顧には、バッハそのものが宿っていることを私は感じる。

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 人はよく「音楽は言葉では写せない」という。
 私はそんなことを考えたことがない。
 どこまでできるか、何ができないかは別として、
 私はただ自分に与えられた力を尽くして、
 音楽について書くのに努めるという一生を送ってきた。
 しかし、私は「音楽とは何か?」といった類のものを書くことはしなかった。
 「それはバッハを聴けばわかる」。
 これが私の答のほとんどすべてであった。

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 2011年5月10日(火)/その686◇賢し可愛

 テレビ東京の大江麻理子アナウサー。

 ヒデノリやサトルと呑むと必ず話題になる、
 代々木上原きっての人気者である。

 めげないチャレンジ精神と、賢く謙虚な人間性。
 両立しづらいファクターを天然キャラで成立させ、
 お笑いから報道まで、どんな仕事にも果敢に立ち向かう、
 決してチョー美人というわけでもないが、
 まるでセコいところのないしなやかな魅力に充ちた女性で、
 嫁さんにしたい有名人ベストワンかなんかで、
 その内きっと大ブレイクすることだろう。

 「賢し可愛(かしこしかわい)」

 関西出身のデザイナーであるサトルは、彼女をこう評した。
 なるほど、うまいこと云うもんだ。
 男女を問わず、この「賢し可愛」というキャラクターは、
 震災後の時代のキーワードになってゆくような気がしてきた。

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 2011年5月11日(水)/その687◇わかっちゃいるけど

 「子供連れだとねえ。
  わかっていても買っちゃうの」

 怪しげな押し売りは今も健在のようで、
 それが実の親子でないことが明らかな場合でも、
 割高の珍味やらハンカチやらを2千円までは付き合うと、
 カウンター越しにカズコは苦笑した。

 「僕もそっち系ですわ」

 となりで呑むサトルが、力なく笑ってカズコに同意する。
 実はこの二人、昨日書いた「賢し可愛」系なのである。

 わかっちゃいるけど、その哀しさに対して施しを与える在り方。
 そういう優しさを欠く私には、二人の慈悲がとても素敵なものに思える。
 よーしオレもと思うのだが、実際にはピキッと切れて、
 理不尽な押し売りを冷徹に撃退するであろうこと必至である。

 あ~あ。わかっちゃいるんだけどねえ。

 
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 2011年5月12日(木)/その688◇

 近ごろ顔見知りになったお嬢さんが、カウンターのとなりに座る。
 私の職業を聞き知ったみたいで、こんなふうに話しかけてくる。

 「師匠、わたしフラメンコ好きなんですよ。
  アクエリアスとかステキですよねえ」

 「あ、アクエリアスね
  でも最近じゃあ、アレグリアスって云うんだよ」


【筆者註】
(1)わたすより若い女性=お嬢さん
(2)わたすより年上の女性=お姉さん
(3)女性だか男性だかわかんない人=お師匠はん
(4)アクエリアス=コカコーラ社のスポーツドリンク
(5)アレグリアス=歓びにあふれるフラメンコの代表的人気曲種
(6)でも最近じゃあ=博愛的接続詞


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 2011年5月13日(金)/その689◇向かうところ敵なし

 向かうところ敵なしの24歳
 第二のアルゲリッチとなるか!?

 レコード芸術最新号をめくっていたら、
 新譜コーナーでこういう挑発的な見出しに出喰わす。

 ユジャ・ワン(王羽佳)。
 近ごろ話題の北京生まれのピアニストだ。
 なんと大指揮者アバドのご指名で、
 ラフマニノフの2番協奏曲とパガニーニ狂詩曲を録音したというから、
 さっそく馬場駅前のムトウ楽器でその国内盤を入手した。
 同じ号に吉田秀和氏も「驚異のユジャ・ワン」という一文を寄せていたが、
 聴く前にこれを読んでしまったことを悔やんだのは、
 ほぼ同様な感想だったからである。
 
 通して二度聴いた感触では、「向かうところ敵なし」は妥当であり、
 「第二のアルゲリッチ」はちょっと無理があると思った。
 この二つの超難曲は、ライブで観るとよくそれを実感できるのだが、
 まるでピアノとオケによる綱渡り大サーカスみたいなスリリングな熱気を孕む。
 その楽譜のピアノ・パートを始めて見たときには、
 全体が真っ黒になるくらいに無数の音符が暴れまくっていて、
 ピアニストになれなかった幸運をつくづく噛みしめたものだ。

 さて、ともに稀有な超絶技巧ピアニストであるユジャ・ワンとマルタ・アルゲリッチ。
 ユジャにあってアルゲリッチにないものは「天衣無縫の明るさ」であり、
 アルゲリッチにあってユジャにないものは「黒いインスピレーション」だと思った。


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 2011年5月14日(土)/その690◇頑張れ、ヘッポコ探偵団

 「FLAMENCO 心と技をつなぐもの」。

 今年の新年号からスタートしたパセオの人気骨太連載。
 登場した凄腕アーティストたちの独り語りに、
 ふだんあまり交流のないアーティストたちがエールを送るなんていう、
 この世界ではあまり例のない現象が多発する評判のコーナーである。

 撮影は写真家の大森有起に自由度高く一任し、
 構成と文は、小倉と私が交代で担当してる。
 けっこう気力・体力の真剣勝負なので、片手間では難しい。
 パセオでこの作業に集中する時なんかは、ぐらも私も凄え顔してやってる。

 登場アーティストがステージで発生させる感動とクオリティ。
 それと同等の質感を、言葉として発見・抽出・要約する必要がある。
 だから、それに達しない原稿はちゅうちょなくダメ出しを喰らう。
 小倉の原稿に私がダメ出しすることは日常茶飯事であり、
 おれの原稿に私がダメ出しすることはチョー四六時中である。
 同等の質感という採用基準が、実に単純明快なのだ。

 言葉で語る代わりに、弾いたり歌ったり踊ったりするアーティストなので、
 出てくる言葉の表面のみを追っかけるだけでは、まるでお話にならない。
 かと云って、自らの化学反応を心のままに記す公演忘備録のような自由度はない。
 底知れぬ奥行きを持った対象に対し、どこまでその内側に踏み込めるか?
 それはあたかも上質な推理小説の謎解きのようでもある。

 今日も明日もあさっても、頑張れヘッポコ探偵団(約二名)!


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 2011年5月15日(日)/その691◇怒濤のちゃぶ台

 日曜午前の楽しみは、NHK将棋トーナメント。

 予選を勝ち上がった強豪プロ棋士同士がスリリングに激突する。
 その持ち時間は極端に少ない。
 いきなり30秒以内でソレアを表現せよ、みたいな恐怖の感触。
 さらに勝敗の結果が、その後の収入に直ちに反映される真剣勝負だ。

 時間内に指さずに1秒でも遅れれば即負けと判定され、
 開演に遅刻するアーティストや、締切に遅れる物書きのように、
 やがて表舞台から消えてゆく。
  
 おめえの価値はこんだけだよと、
 バキッと白黒を突きつけられる情け容赦のない世界。
 しかも強いだけでは人気は出ない。
 勝利という結果に加え、極上のアルテが求められるのだ。
 中途半端にプロになれなかったことを、
 負け惜しみでなしに、観戦するたび毎度冷や汗もので安堵する。

 そういうシビアな瞬発力ではまるで勝負できない私が、
 現在の甘々な職業にたどり着いた理由は、主にその持ち時間の豊富さにあると思う。
 いわゆる人並みの就業時間や休日数さえあっさり放棄すれば、
 ヘボはヘボなりのクオリティに達することの出来る根気勝負のジャンルだから。

 だが、トップ棋士やトップ・アーティストたちの
 日常におけるトレーニングや節制の超絶ストイックな実態を垣間見るたびに、
 やっぱオレって、まだまだ、まだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだ、
 まだまだまだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ、
 まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだじゃんか~~
 と、心のちゃぶ台を自分に向けて43台ばかりひっくり返しながら、
 やりかけ仕事のデスクへと敢然と立ち向かうのである。

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しゃちょ日記バックナンバー/2011年5月③

2011年05月01日 | しゃちょ日記

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 2011年5月16日(月)/その692◇ショクパンでも食うか

 青天のヘキレキというか、
 あのバレンボイムがショパンの協奏曲を突如リリースした。
 2010年7月のライブ録音である。
 なので、先日書いたユジャのラフマニノフといっしょに入手した。

 大好きなピアニストというわけではないのだが、
 名門ベルリン・フィルを弾き振りしたモーツァルトの後期協奏曲録音は、
 その数多くの名演の中でも、総合力的には群を抜いており、
 無人島に一種類だけ持ってゆくなら、迷わず私はバレンボイム盤を選択するだろう。

 さて、世界中の人々に愛され続ける二つのショパンのピアノ協奏曲。
 悠大なグラシアに充ちあふれるソコロフの第一番と、
 ロマンティックの極致を追求するツィマーマンの第二番あたりが近ごろ聴く定番だが、
 ぶっきら棒なフランソワの超名演が懐かしくなることもある。

 このバレンボイムの新録音は、予想通り、予想もつかない大胆不敵な演奏だった。
 ショパン演奏には現代の流行というものがあるのだが、
 それらとは明らかに一線を画す独立独歩路線で、むしろ原点回帰のカラーが濃い。

 作曲家や指揮者がコンチェルトのソリストを担当する時、
 作品構造のポテンシャルと限界の両極端を知る彼らは、
 ギリギリにスリリングな演奏を聴かせてくれることも多いものだが、
 今回の大指揮者バレンボイムも、そのアクロバットを見事に軽々聴かせる。

 全体にテンポは遅めであり、
 独奏部分はバレンボイム特有の歌心に充ちたピアノ万華鏡である。
 ライブだというのにオーケストラとの絡みは抜群で、
 その上にライブだけに可能なピカッと熱いエキサイトがある。

 特に印象的なのは、第二番の親しみやすい最終楽章で、
 独特のタメと、骨太で微かにデーモニッシュなピアニズムで謳う
 あのロマンティックな旋律美が、エレガントに舞う身体芸術を連想させる。

 一・二番全曲を通して聴き終えると、
 じんわりボディに沁みるあのバレンボイム節の余韻が、
 この貧弱な聴き手の精神の空腹感を充たしてくれるようでもあり、
 また同時におれは、昨日の昼から何も食っちゃいねえことを思い出したのだった。


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 2011年5月17日(火)/その693◇女装とロンカプ

 とろけるような甘い感傷に充ちみちた序奏。
 続くロンドには、傷つきながらも気丈に立ち上がる覇気がある。

 ジェーに連れられ代々木公園を散歩した日曜早朝、
 お気に入りを全曲シャッフルで聴いてたら、
 鶴田浩二『街のサンドイッチマン』に続いて、
 突如このロンカプ(演奏は大沼由紀さんもびっくりのナージャ)が流れてきた。

 ロンカプを夢中で聴いたのは40年ほど昔であり、
 この甘美なメロディを聴くと、ついついパブロフ的に懐かしい青春を追想する。
 そして、めまぐるしく入れ変わるその愛らしいロンドの旋律はあたかも、
 バッタバッタと私をふりまくった女たちの美しい面影を連想させる。

 通称ロンカプ。
 マリア・パヘスの神業が記憶に新しい『白鳥』の作曲者で、
 ヴァイオリンの名手だったサン・サーンスによる有名なピース。
 『イントロダクション(序奏)とロンド・カプリチオーソ』というのが正式名だが、
 ちょっとボケるだけで日記のタイトルなんかにも使える。
 (あ、いや、使えてねえから。)

 ロンドというのは[AB・AC・AD・AE]のように、
 ある同じ旋律(A)が異なる旋律たち(BCDなど)をサンドイッチする
 実に単純明快な形式のことで、バッハやモーツァルトやベートーヴェンあたりも
 それぞれ親しみ深いロンドを書いている。
 また、カプリチオーソというのは「きまぐれ」という意味だから、
 このロンカプは「女装ときまぐれロンド」ということになる。
 (だから、違うってば)

 フラメンコの音楽でも、そのヌメロを明快に印象づけるために、
 以前はこうしたロンド的手法がよく用いられたものだが、
 近ごろその傾向があまり見られないのは勿体ない気がする。

 だが、温故知新。好ましいものは好ましい。
 新しさだけではなく、古き良きものに着目しようとする優秀なミュージシャンたちが、
 きっとまた様々な手法で、こうした明快なフォルムを復活してくれることだろう。

 で、結局タイトルが浮いたまま、
 ロンドン五輪に引っ掛けたり、あるいは女装する猶予もなく、
 この日記はきまぐれに終了する。


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 2011年5月18日(水)/その694◇永遠のゼロ

 出先から、ちゃっかり都電に乗る。
 昔も今も、都電の車窓から眺める風景が好きだ。
 ぶらり沿線を歩くのも味わい深い。
 昭和の薫りが、まだまだプンプン残ってる。

 ふと、タイムスリップ物の短編ストーリーが浮かぶ。
 忘れないうちにと、急いで手帳にあらすじをメモる。
 パセオまで徒歩数分の「学習院下」で都電を降りる。

 駅のベンチに腰掛け、先ほど数分で書いたメモを読み直す。
 うっ
 つまらん。めっちゃつまらん(汗)。

 だいたいからして、主人公のおれ様がダサすぎる。
 実物の30倍ぐらい優秀な人間に設定したのに、それでもぜんぜん足りない。
 あまり分析したくはねえけど、これはもしかして、
 「30×0」も「100×0」も実は一緒であるという、
 あの哀しみの法則に基づくものなのであろうか(涙)。
 

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 2011年5月19日(木)/その695◇歴史は繰り返す

 まあ、しかしなんだな、ヒデノリ。
 信長ってのは、何であんなに何度も何度も本能寺でやられなきゃいかんのよ?
 映画やテレビや小説や教科書なんかで、
 バカのひとつ覚えみたいに、もう百回以上もやられてんじゃん。

 鋭どすぎる私の疑問に対し、
 ついさっきまで横で呑んでた武闘派インテリ・ヒデノリはこう答えた。

 う~ん、独創性には優れた信長ですけど、
 学習能力には問題あるかもしれないですねえ。

 

 こうした風雪に、すでに十余年耐え続けるヒデノリに幸あれっ!


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 2011年5月20日(金)/その696◇パコ・デ・ルシアの後光

 5/20発売の月刊パセオフラメンコ6月号。

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 A表紙は、まるで後光が射すかのようなパコ・デ・ルシア!
 東敬子『フラメンコの光源』の名文を以下に抜粋。
 「私はギタリストではない。複雑なテクニックも解らない。
 私がパコのギターを聴くときは、感性に訴えかけてくる
 そのきらびやかな音の波に身を任せるだけだ。
 それは時にやさしく、時に獰猛に、私の心を揺さぶり続ける」


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 B表紙および『心と技をつなぐもの⑤』は、実力派バイラオーラ松丸百合!
 ある意味フラメンコの最大のファクターと云える"コラヘ(怒り)"について、
 これだけ的確にわかりやすく、しかも大いなる共感性をもって書かれた文献は、
 おそらくは本邦初。
 練習生個々のフラメンコ的深化を思い切り促す記事と断言しちゃおう!
 まあ、これは読まないとちょとヤバい。

 渡辺亨の『フラメンコ写真館』は、同業者が蒼くなるようなクオリティで、
 アントニオ・ガデス舞踊団を「時を超えて」激写する。
 ラストのガデスのポートレートなどは、オールドファンには感涙ものかもしれない。

 東敬子の『フラメンコのいま』。今回はギタリスト特集。
 パコ・デ・ルシア、カニサレス、ビセンテ・アミーゴ、トマティートなど、
 超人気ギタリストの最近のステージ状況が、ひと目俯瞰できる◎リポート。

 『バル de ぱせお』には、イラストの竜之介(永野暢子)が初登場し、
 その険しくも美しいフラメンコ愛の軌跡をトホホに展開する。

 尚、本号は私の出番がほとんどない分だけ、その分だけ内容もズシリ重たい。
 あまりに重いので実際に計ってみたら、これまでより50グラムも重たかった。
 ふと、今月号から実際に紙が厚くなったことを思い出した。

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 つーことで、おもろくて肥やしになるパセオ創りのために、
 ガチでホメたりケナす、キャッチボールはこつらまで。
 いただいたご感想は無断で本誌に掲載したり、
 日刊パセオやしゃちょ日記に戴っけることも普通なので、
 又スペースの都合で一部カットさせて戴くこともあるので、
 あらかじめ、そのつもりでよろしくねっ!

 なお、本誌掲載分については、
 掲載誌&ヨランダ・フラメンコ手ぬぐいを進呈!

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 2011年5月21日(土)/その697◇今井翼のファルーカ

 全国放送で生ツバメンコ。
 生ツバごっくんの僥倖である。
 先週金曜のNHK総合『スタジオパークからこんにちは』は丸ごと今井翼特集。
 心優しいマイミク"べる"がDVDに焼いて送ってくれたその映像を観る。

 番組の後半クライマックスで、今井翼はフラメンコを踊った。
 パルマ&ハレオは佐藤浩希、ギターは斉藤誠。
 やり直しのきかない生中継。
 何とも過酷なハードルを課すものである。
 
 タンゴスならば豊かな彼の舞踊経験をもっと容易に活用できるのに、
 実際に彼が選んだのはリスク満載のファルーカという潔いアプローチ。
 じっくり三度観て、着実に近づいたことがわかった。
 巧くなったテクニック以上に、精神性の深化が踊る表情に浮き彫りになっている。
 もちろんフラメンコ的にはまだまだだが、多忙な彼が、
 日々フラメンコににじり寄ろうとする精進がくっきり視える。

 「ひとつひとつをしっかりやりたい」

 番組中、何度か繰り返された彼のその言葉が、ピシッと胸に響く。
 30歳を前にそのことを強く意識できる今井翼は、
 やはりフラメンコに適性のあるアーティストだ。
 頭でわかっていることと普通に実践できることとは、実は大いに違う。
 そういう重大事が私の身に沁みたのは50過ぎだったしな。
 真摯にして不器用な彼のそれは、実践を伴なう信念にほかならない。


 さて、そのツバメンコの師匠・佐藤浩希は常々こう云っている。

 「アートに触れてただ喜んでるだけじゃだめ、
  アーティストをマニアックに信奉してるだけじゃだめ。
  そのアートに出逢ったことを、
  自分が輝くための契機にしなくちゃいけない」

 その源となるものがアートやアーティストの主要任務であるわけだが、
 同時にそれは、私たちの任務でもあるのだった。
 そして任務達成のご褒美は、形あるものではないだろう。
 だがそれは、人の世でもっとも貴重なもののように思われる。


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 2011年5月22日(日)/その698◇それから

 ある日の昼下がり、文京界隈を散策していたら、
 漱石の名作『それから』が、ふと脳裏をよぎる。

 原作を読んだ回数よりも、
 松田優作の主演映画を観た回数のほうが多いので、
 その回想は映像で統一されている。
 何度も出てくる路面電車内の短いカットなんか殊に印象的だ。
 派手なアクションシーンなどはひとつもなく、
 主人公である明治時代の高等遊民を、
 松田優作は淡々と、ものの見事に演じていた。
 ほんとうに惜しい人をなくしたものだと思う。

 10代20代のころの私の周囲には、
 インテリ無頼を気取る高等遊民が何人かいたのだが、
 そのほとんどは喧嘩の末に音信不通となっている。
 惜しくもインテリでも高等遊民でもなかった私は、
 エネルギーを持て余す無鉄砲なボンクラだった。
 彼らも私も、相当にイタい種類の若者だったと思うが、
 当時の私たちが発散していた青臭い気概やら矜持やらが、やたらと懐かしい。

 相も変わらず空振りを続ける私だが、
 彼らにしてもそれは同じなんじゃないかと想いを馳せてみる。
 まあ、野球とちがって人生には三振なんてないからさ、
 なんてふうな酒も悪くないと今は思える。
 それぞれの『それから』は、きっと現在進行形であるような気がする。


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しゃちょ日記バックナンバー/2011年5月④

2011年05月01日 | しゃちょ日記

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 2011年5月23日(月)/その699◇団体優勝

 先ごろリリースされた、巨匠バレンボイム弾くところの
 ショパン・ピアノ協奏曲を肴にヨシオと呑む。

 ああだこうだと語るうちに、あの騒動を思い出す。
 ポゴレリッチでなく、ダン・タイ・ソンが優勝という審査状況に、
 責任が持てないという理由でマルタ・アルゲリッチが
 審査員を降りてしまった1980年の第10回ショパン・コンクール。

 当時は世界中大騒ぎだったが、今となれば懐かしい。
 コンクールというのはあくまでスタート地点であり、
 ほんとうの勝負はその先(死ぬまで)にあり、
 めげない志と才能は多くの場合、その執念に比例して開花する。

 あのコンクールというのは実際のところ、
 ベトナムの星ダン・タイ・ソンは
 国を挙げてのダンタイ優勝であり、
 一方のポゴレリッチは個人優勝ではなかったかと、
 ヨシオと私は鋭い結論を抽出しながら、ご満悦で熱燗を追加する。


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 2011年5月24日(火)/その700◇棲み分け

 本当のことを云ってもオッケー。

 震災後はそんな風潮になったな、と感じることが多い。
 業界でも会社でも呑み屋でもプライベートでも、
 シンプルで前向きな傾向の会話は激増した。
 率直。真摯。自立。思いやり。笑い。

 少々義援金疲れでやたら財布は軽いが、
 以前に比べ格段にヘンな遠慮がいらなくなった。
 自然の猛威の前に、生活の中の余分なものが削ぎ落とされて、
 本当に大切なものに集中しやすい時代になったのかもしれない。
 フラメンコな人はまんま生きられる時代だが、
 誰もがそれを遠慮なく選択できる時代でもある。

 もっといい仕事しよーぜ!

 例えば、そんなこと云っても、イヤな顔をされない時代。
 何も創らず既得権にしがみつくだけの人をスルーしてもよい時代。
 自動車の安定ではなく、それぞれが自力でコンパスする自転車的な安定の時代。
 男女・年齢・地位に関係なしに、仕事やプライベートの仲間を見つけやすい時代。
 守りではなく、充実に集中できる時代。
 こっちの水は辛いかもしれないけれど、その水質はサラッと明るく楽しいみたい。


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 2011年5月24日(火)/その701◇例外は必ずある

 当日刊パセオフラメンコの『しゃちょ日記』が、
 さきほど記念すべきその第700回目を迎えた。

 では、何を記念すんのか?と云えば、
 よくもこんなつまらねえのを700回も書いちゃったねという、
 700回目に実にふさわしい詠嘆である。

 通常、地道な積み重ねには確かな実りが伴なうものだが、
 世の中には確かなものなどひとつもないことを実証する好例にも思える。

                 
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 2011年5月25日(水)/その702◇進め!ROCKAMENCO

 パセオ10月号のしゃちょ対談。
 きのうは午後から中目黒で、カンタオール有田圭輔のロケ。
 ロッカメンコの新譜録音のスタジオ現場を、写真家・北澤壯太が撮影した。
 こちらの勝手放題を通させてもらったので、いいのが撮れたと思う。

 対談の方はすでに完成している。
 圭輔は礼儀正しくはっきりモノを云える、今どき珍しい純情おやぢ。
 上原・秀での呑んだくれ話をバキッとまとめただけで、
 過激でチョーおもろいのが出来た。
 
 対談中に、圭輔の初ソロアルバムのリリース時期が唐突に決まり、
 その創造プロセスを記す彼のパセオ連載(来年7月号から6回連載)も即決した。
 「シャープな決断ほとんど裏目」という私の特技は健在なのである。
 アルバム発売日は、圭輔連載の最終回号の翌日(圭輔の誕生日)となった。

 さて、次回ROCKAMENCOのスペシャルライブは8月2日(渋谷)なので、
 地元・秀の圭輔ファンを引き連れ、私も取材に駆けつける。
 メンバーチェンジなどで前進する試行錯誤はさらに続くが、
 今朝のブログで彼はこう締めくくっている。

 「いい大人だから、ガキ以上にもがいて、前に進みたいと思います」


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 2011年5月26日(木)/その703◇明日はどっちだ?!

 ★ア・トレス・クエルダス
 [5月23日/東京・新宿エルフラメンコ]

【バイレ】森田志保、屋良有子、SIROCO
【ギター】長谷川暖
【バイオリン】三木重人
【カンテ】阿部真


 屋良有子はまちがいなく逸材である。

 彼女のステージからは一瞬たりとも眼が離せない。
 通常見えないはずのものを、いきなりひょいと見せるから。
 シャープにして緩急自在なフレージングと、胃袋にズシリ轟くような存在感。
 観る者を惹きつけっ放しにするあの強烈な吸引力は、いったい何処から来るのだろう。
 琉球音楽? 得意だったモーツァルト?
 能? 舞踏? 太極拳? コンテンポラリーダンス?
 いや、どれも正解だろうが、すべては借り物ではなくみっしり血肉化されている。
 自らの歴史を率直に反映させる統率力と、さらに奥にある鮮烈な美学。

 精密に練りこまれたドラマティック・フラメンコは、
 スリリングなサスペンスでもあるのだが、
 妙に元気の出るド根性物語でもあったりもする。
 すでに上質なエンタテインメントであり、同時に上質なアートでもある。
 ゆえにこの先のハードルはやたら厳しいだろう。
 なんのこっちゃいと思われた方々よ。百聞は一見に如かず、である。

 アリコ・ヤラには今年正月の高円寺エスペランサ・ライブで度肝を抜かれ、
 パセオ連載『心と技をつなぐもの』への登場依頼を即決した。
 是非ともあのコテコテに魅惑的なアルテの根源を探り当てたいと思った。
 尚、すでにバレバレかもしれんけど、
 是非ともフラメンコ界の名探偵ホームズと称されたい私が、
 実際には銭形平次でお馴染みの"三ノ輪の万七親分"の良きライバルであることは、
 わがパセオのトップ・シークレットである(落涙)。

 さて、ライブ全体は前出の小倉忘備録に詳しいが、
 瞬発力が光るイケメンSIROCOはスターバイラオールの有力候補であり、
 三木重人は独自の世界観の上にフラメンコを弾きこなす稀有なヴァイオリニストであり、
 ロッカメンコでは華麗に立ち弾く長谷川暖はじっくり腰をすえて呑みたいギタリストであり、
 真摯なリーダーシップを増す阿部真は悠然と王道を歩み続ける本格カンタオールであり、
 そしてバイラオーラ森田志保には、眩しいまでの女王の風格が薫っていた。
 ふと気づけば、日本のフラメンコは凄い時代に突入している。


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 2011年5月27日(金)/その704◇四つだけ残った

 幸運なことに、今から40年ほど前に私は、
 フラメンコギターの神さまパコ・デ・ルシアに出逢うことができた。
 その美しいパッションにノー天気に惹かれたわけだが、
 一方には、パコのギターを聴けば聴くほど、
 弱い自分がきっと強くなれるという妙な思い込みがあった。
 つまり、パコの養分が自分の中にプラスに蓄積されるんじゃないかって。

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 そしてその確信は、実際正しかったと思う。
 消極的で甘えん坊だった私は、永い歳月を経て、
 積極的でやたらイタい人間に変貌した。
 トータルのプラマイは微妙だが、少なくともオレ好みには近づけた。

 パコを起点に様々なフラメンコをパセオ(散歩)してみると、
 この広大深遠なるフラメンコの世界には、
 プラスすることによる利点とは逆に、
 マイナスすることによる利点が存在することも知った。

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 例えば、フェルナンダ・デ・ウトレーラ。
 その大カンタオーラの絶唱をとことん聴き込んでゆくと、
 生きることはそんなに複雑なことじゃないことが視えてくる。
 やがて、複雑にしないことこそ重要なんだとわかってくる。
 なので、徹底的に自分なりの引き算をやってみる。
 
 シンプルに、ただ全力で生きる。
 働け。笑え。泣け。楽しめ。
 まあ極端な話、この四つだけ残った。

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しゃちょ日記バックナンバー/2011年5月⑤

2011年05月01日 | しゃちょ日記

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 2011年5月28日(土)/その705◇小雨舞う緑の古径

 早起きしてインタビューのテープ起こしを片づけ、
 小石川の後楽園に出かける。
 あの水戸黄門さまプロデュースによる屈指の日本庭園だ。

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 ラモーのチェンバロ曲やディーリアスの田園音楽、
 立川談志の古典落語や徳永英明のカヴァー、
 フアン・タレーガなどを脈略なしに聴きつつ、
 小雨舞う緑の古径を二時間ばかり徘徊する。

 それなりにハードな日々が続いたから、
 まあ、ゆったり過ごしなせえやと、私の中のご隠居が陽気にささやく。
 本当はデカい山が幾つか残っているのだが、
 それらを乗り越えるには豊かなサボリ感も必要なのである。

 後楽園は駒込・六義園ほどには洗練されていないが、
 敢えて云うなら、そのゴツゴツ感がいいのだと思う。
 中でもここからの眺めが一番のお気に入りだ。

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 先ほど戻って、ひとっ風呂浴びてこれをアップ。
 夕方からは、一ツ橋・如月会館で『わりさや憂羅さんを送る会』。
 この二月に永眠した極めて魅力的なバイラオーラを、旧い仲間とともに偲ぶ。

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 2011年5月29日(日)/その706◇憂羅さん、さよなら

 昨日夕刻より、一ツ橋・如月会館にて『わりさや憂羅さんを送る会』。
 会場には憂羅さんのアートと人柄を偲ぶ人々が300人以上も詰め掛け、
 その中には、40年ほど前の憂羅さんの師匠である本間三郎師や
 小島章司師をはじめ、フラメンコの関係者の顔も多数見えた。

 憂羅(うら)さんは今年2月25日に永眠した。
 病に打ち克ち、ふたたび舞台に立つ日を渇望した壮絶な闘病の日々。
 そのことも知らずにいた私は突然の訃報に愕然とした。

 はじめて彼女のステージを観たのは、およそ三十年ほど昔か。
 とにかく知性派おじさま層に爆発的人気のバイラオーラで、
 あいにく知性派には所属できなかった20代半ばの私にとっても、
 なんとも魅力的な人柄のこの美しい先輩はやたら眩しかった。

 最後に彼女の舞台を観たのは六本木の俳優座だったか。
 純白衣裳で踊ったラストのカザルス(鳥の歌)には、
 強烈な存在感とともに深く熟成された彼女の真価がふわり立ち昇り、
 客席は思わず恍惚のため息をついたものである。

 コンパスや技術の習得が飛躍的に進んだ現在に比べれば技巧面は旧式であるのだが、
 観る者の心をダイレクトに温める想いと祈りの強さ、
 そして深々とする美学に貫かれた独創性あふれる舞踊表現は、
 技巧うんぬんを軽々と超越する領域に達していた。
 つまり、こういう時代にこそ活躍を続けてほしい、
 人々の魂に深い安らぎをもたらせる本物のアーティストだった。

 幾つも違わぬ親しい先輩の他界がこの身にこたえぬ訳もないが、
 残り少ない人生を生きる光栄を、どんな瞬間にも自覚しようと想った。
 憂羅さんの数々の栄光に感謝を手向けながらご冥福をお祈りする。

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 2011年5月30日(月)/その707◇振ると面食らう

 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー。

 ドイツ・ベルリン出身。1886~1954年。
 有名なカラヤンの先代にあたるベルリン・フィル音楽監督。
 20世紀を代表する、大好きな指揮者だ。
 その人気はいまだに全世界トップかもしれない。

 生没が[1886~1954年]なので、1955年生まれの私が、
 「おれはフルヴェンの生まれ代わりなのだ」と主張した時期もあったが、
 仲間も皆同世代であったため、おれもおれもと全員が
 フルヴェンの生まれ代わりになってしまった苦い想い出もある。

 有名なのはバイロイトにおけるベートーヴェン第九だが、
 あまた名録音の中でも、特にブラームスの3番を愛聴するのだが、
 第三楽章の深い抒情と最終楽章の激しい爆裂のコントラストには毎度クラッと来る。
 有名なモーツァルト40番のキビッとした哀愁もやたらと心に沁みる。

 Wikipediaを観たら、なかなかに気の利いた解説(↓)を発見できた。

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 燃えれば限りなく燃え上がり、落ち込めばどん底まで落ち込む、
 この落差は曲のフォルムをとらえるというより、
 人間の情念をえぐりだすものと言われ、
 日本では「振ると面食らう」などと評され、
 「フルベン」の愛称で親しまれている。
 現在でも続々と発売されるCDは熱烈なマニアを生み続け、
 その存在はあたかも教祖のごとく、
 彼の足音を録音したCDまで出ているほどである。
 フィギアが作成されて発売された指揮者も彼のみである。


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 2011年5月31日(火)/その708◇必然の結果

 「彼女には優れた才能がある」

 感激のあまり、つい安易にこんなふうに書いてしまうことがある。
 まあ、決してウソではないのだが、これだと何か「先天的な才能」みたいな
 ニュアンスを強く伝えてしまうことになる。

 優れたアーティストたちに遠慮なく踏み込む、
 ぶっちゃけインタビューを始めてから約二年になるが、
 例外なく大きく共通するのは「努力する才能」である。
 前進するための努力を、彼らは至極当たり前のことだと感じている。
 
 だから、それらに関する愚痴が一切ない。
 そういう愚痴を自他に表明することは、
 深化するための総合的な学習や日々のトレーニングを怠けるための
 都合のよい口実となってしまう危険を、本能的に彼らは知っている。
 思わずこみあげる愚痴は新発見の材料としては最有力である一方、
 それをゲロのように口から吐いてしまえば、そこで成長はストップし、
 さらに苦手意識という悪しきトラウマを潜在意識に刻印する。

 だから、敢えて不器用であることに徹し、
 新たな発見のために内なる愚痴と根気よい会話を続けながら、
 淡々と黙々と日課をこなす。
 彼らに共通するのは、そういう類の才能なのである。
 そういう終わりなき修練のプロセスこそが優れたアルテを形創り、
 それぞれの個性の花を咲かせるのだ。

 フラメンコの多くのアーティストたちは教授活動によって生計を立てるが、
 多くの生徒たちとの最大のギャップはそこにある。
 レッスン中やその合間に耳に入ってくる生徒の愚痴こそが、
 彼らにとって、実にやるせないストレスとなっている。
 それさえも彼らは愚痴らないが、一瞬の表情の曇りからそれが読み取れる。

 ギターを習っていた十代の頃の私も、
 まさしくそのような罰当たりな生徒だったことを思い出す。
 汗水たらして働いて、その金で習いに来てるんだ、
 愚痴ぐらい云わせろっ、てなもんだ。
 未来なきヘボギターは実は必然の結果だったことを、今にして知るのである。


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