───────────────────────────────
2012年7月1日(日)/その1095◇理想の終焉
ひと仕事すませて、「ちい散歩」を観るのが楽しみだった。
6月29日、俳優の地井武男さん(70歳)逝去。
苦労人特有の飄々とした味わいが絶品だった。
好きな仕事の夢の途中で、長患いすることなくスパッと往く。
人生の理想的な終焉だと思う。
私もそうありたいが、そういう段取りは組みようがないので、
どうあれまずは、好きな仕事を続けることだ。
「ちい散歩」におけるちいさんの在り様には、
優しさときびしさが丁度いい按配に同居していた。
晩年ならではの風情を独り味わいながらも、
世代を超えるコミュニケーションもサクサクと程良く、
ああ、こんなふうにすればいいのかというヒントが満載だった。
ああいう感触を自分なりに後輩たちに伝えてゆくこと。
それを親愛なるちいさんへの、ささやかな手向けとしたい。
───────────────────────────────
2012年7月2日(月)/その1096◇松本真理子/しゃちょ対談
今日は大阪の人気バイラオーラ松本真理子さんのインタビュー。
7月号公演忘備録で井口由美子も國分郁子も絶賛しているが、
私もまた彼女のこの春の『二人静』の東京公演に感激し、
即メールでしゃちょ対談ご登場を依頼した。
東京を拠点に活躍するアーティストであっても
リサイタルは稀少になった昨今、
関西から大挙繰り出した東京公演で、
こうしたガッツある成功を収めた彼女に
最大限の敬意を払いながらインタビューに臨みたい。
むろん、科学的探究を本線とする最初の質問はこうなる。
「真理ちゃんの血液型おせーて?!」
───────────────────────────────
2012年7月3日(火)/その1097◇人間科学
ウェブ友yogiが、今朝の日記でマザー・テレサの言葉を紹介している。
あまりに人間の事実を云い当てているので、しばし呆然とする。
錯覚かもしれないが、ずっと前に読んだことがあるような気がする。
その時は、ウザい説教だと感じた記憶が微かにある。
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
50代後半の自分が、胸に手を当てつつ振り返りみれば、
すべてドンピシャに思い当たることばかりだ。
私の場合は十二分に手遅れだが、手遅れなりに光は視えるものだ。
迷う余地のない科学性に仰天する、今朝のコーヒータイム。
ありがとう、yogi!
───────────────────────────────
2012年7月4日(水)/その1098◇事件
ビリッ!!!
事件が発生したのは昨日の午後、
煎餅カスを散らかした床に掃除機を掛けようとした瞬間だった。
私のズボンの右太モモ内側に、約20センチの亀裂が入り、
雪のように美しい玉肌が露出している。
ありゃりゃと腰をかがめる瞬間、股に向けてその亀裂は約35センチに拡がった。
すでにズボンではなく、それはあたかもカーテンのようである。
「記念に写真撮りましょうか?」
爆笑を呑み込みながら、編集部・岩井がそう提言する。
人生57年、まあこんな経験は初めてだから、
そういう配慮はありがたかったが、夜は大事な呑み会がある。
むろん会社にズボンのスペアなど置いてない。
岩井の機転で透明の幅広テープによる応急措置を施し、
約100メーター先にある明治通り沿いの紳士服アオキに向かう。
全力で走れば10秒弱で到着できるかもしれないが、
すでにテープはボロボロに剥がれ、亀裂はさらに広がる一方だ。
右膝から股にかけてはワイセツ物陳列状態で、
あいにくトランクス(そして中身)も世間さまに勝負できる代物ではない。
バッグで何気に隠しながら、あふれる人波の交差点を渡り、
ほとんど変態芸人のような態でアオキに駆け込む。
「自称フラメンコの出版社社長、高田馬場口交差点でストリーキング現行犯逮捕!」
まあ、そんな可能性も大いにあったわけで、
即座に状況を察知し、素早く対応してくれたアオキの姐さんに感謝したい。
その20分後には、裾を直した新品スラックスを装着する私。
アオキを出る私は、やっとのことでシャバに復帰出来た変態犯のような、
実にさわやかな心持ちだった。
───────────────────────────────
2012年7月5日(木)/その1099◇手遅れなりに
「わたしたち一人一人が、
自分の玄関の前を掃除するだけで、
全世界はきれいになるでしょう」
ウェブ友の日記に刺激され、マザー・テレサに注目している。
あらゆる宗教から等しく距離を置くことが私の世渡り方針なのだが、
例えばキリスト教の影響下に生まれたバッハのように、
おそらくは仏教の影響の色濃い落語のように、
これもおそらくはイスラム教の寛容の精神を継承するフラメンコのように、
人間の普遍性を鋭く掘り当てたものには素直に反応してしまう。
若い頃にはまるで反応出来なかったマザー・テレサ語録に、
自然と胸を打たれる現象は実に心地よくて、
歳を重ねることも悪くないと思えてくる。
彼女(冒頭言)の影響から、昨日のような事件を引き起こすこともあるだろうが、
しばらくは、マザー・テレサ語録をじっくり味わいながら、
手遅れなりに、学べるものは学んでみたい。
───────────────────────────────
2012年7月6日(金)/その1100◇もしかして
力も伸びしろもタップリあるのに、
おそらくは自己批判などが厳しすぎて、
いつの間にやら視界から消えてゆく人々。
アートの世界でもそれは顕著であり、
何十ケースとなく、そういう紙一重の実例に唖然としてきた。
勿体ないもんだとも、皮肉なもんだとも思う。
貧弱な実力と伸びしろしか持たぬタイプ(たとえば私)にさえ、
いまだチャレンジ出来るチャンスが残されているというのに。
良心や美学や悲観が基本であることには異議はない。
ただし人の生理バランス上、他方に必須なのは、ひょいと顔を出す開き直った楽観。
折れた心をご飯粒と念力でつなげようとする、祈りにも似たユーモア。
言葉では説明しづらい、微かな、そういう紙一重にビミョーな技術。
自滅に向かう神経質な生真面目さを、
サクッと明るく開き直る真面目さに育て上げる急所は、
もしかして、そこらへんに在るんじゃないか?
───────────────────────────────
2012年7月7日(土)/その1101◇野望の果て
「導いてくれる人を待っていてはいけません。
あなたが人々を導いていくのです」
(マザー・テレサ)
フラメンコって凄えなあ!
即、本屋に飛んだが、フラメンコの本がない。
何たることかと立腹した昭和の若き日。
他人を導くことは出来ないけれども、
自分を導くことなら出来るかもしれない。
───────────────────────────────
2012年7月7日(土)/その1102◇決算書のめくり方
「神様は私たちに、
成功してほしいなんて思っていません。
ただ、挑戦することを望んでいるだけよ」
(マザー・テレサ)
神様に褒められたいわけではないけれども、
そこだけは日々押さえて来たつもりなので、妙に癒される。
この先は、決算書をめくるたびに、この言葉を思い出そう。
───────────────────────────────
2012年7月8日(日)/その1103◇カニサレス夫妻の来社
6月号のカニサレス表紙は、近年のパセオ表紙ベスト1との評判も高い。
昨年春、サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルで、
アランフェス協奏曲を快演したあのカニサレスが、
(小倉)真理子夫人とともに来日する。
明日月曜日はもろもろ取材のため、夫妻で高田馬場パセオに訪れる。
来年新年号の『伴奏者の視点』、2月号の『しゃちょ』対談、
新年号からの12回連載『カニサレス自伝』の最終打ち合わせと、
彼らにとっても超多忙な一日となりそうだ。
カスタネットの名手・小林伴子さんとの初対面インプロ一騎打ちやら、
ご近所を走る都電を背景にご夫妻のツーショットなど、
北澤壯太による撮影もかなりハードなものとなる。
今回は夫人の里帰りとバカンスを兼ねたお忍び来日なので公演はない。
だが、撮影にかこつけて、マエストロの生ギターを間近で聴くチャンスなので、
今晩は興奮してちょっと眠れそうにない。
昼から出社して、明日の対談の作戦最終チェックに万全を期す段取り。
───────────────────────────────
2012年7月8日(日)/その1104◇日本人は何を考えてきたのか
今晩22時のNHK第二は、
アジアの星・姜尚中による『吉野作造と石橋湛山』。
こりゃ観ずばなるまい。
遅くも21時には帰宅しようと決める。
吉野作造は、大正デモクラシーの立役者であり、
石橋湛山は、最も尊敬できるジャーナリスト~政治家。
近ごろは、フラメンコに踏み込めば踏み込むほど、
日本と日本人を知りたくなる。
姜尚中さんの分析に注目したい。
けれども、本当にそこに注目してほしいのは、
国を放置したまま政局のみに集中する、昨今の政治屋さんたちだ。
───────────────────────────────
2012年7月9日(月)/その1105◇涙のドラマ出演
テレ朝の刑事ドラマに出演してほしいと云う電話。
『相棒』ならば、死体役でも出演したいと私は思った。
だが、出演依頼は私じゃなくて、月刊パセオフラメンコの方だった。
この七月下旬にオン・エアだと云う。
上川隆也さん主演のドラマ『慰留操作』にフラメンコ関連の話があるので、
そこに専門誌による狂言回しが必要だというのだ。
なので、最新号とここ数年のバックナンバーを30冊ばかり提供した。
貸し出したフラメンコDVDも100本ばかり登場するはずだ。
「あ、あの、それらの遺留品は、
最後はダンボールに詰められて捨てられてしまうのですが・・・」
済まなそうに、担当ADさんがそう云う。
いいよ、気にすんなよと私は笑ったが、その心は泣いている。
───────────────────────────────
2012年7月10日(火)/その1106◇カニサレス三昧
カニサレス。
ご存知フラメンコギターのグラン・マエストロ。
きのうは12~19時まで、そのハードにして知性溢れる爆笑取材。
来年新年号の『伴奏者の視点』は、編集部・小倉担当。
おなじく新年号から12回連載の『カニサレス自伝』と
2月号の『しゃちょ』対談は私が担当する。
愛妻・真理子夫人の明快な通訳によってストレートに伝わるマエストロの、
常に本質的な視点から発せられる巨大な知性と、
おなじみのユーモアを交えた回答に、小倉も私も狂喜する。
14時からは北澤壯太による撮影。
編集部の前の駐車場の緑をバックに、衝撃の野外ノーマイク演奏。
その生音を初めて聴いた私たちは、凄みある美音にノケ反り続けた。
さらに、かつて東京外語大に通った真理子にとって、
涙の出るほど懐かしい都電を背景にツーショット。
そして、初対面となるカスタネットの名手・小林伴子との
即興セッション撮影。
リスぺクトにあふれる寄り添うようなパリージョは、
時にクレッシェンドでギターを煽るように歌う。
この極東の名手の高い技術と音楽性には、マエストロも大感激だったようで、
日本で公演する機会にステージでの共演は可能かと、伴子さんに打診していた。
さて、都電ロケのあとの和食レストランでの昼食休憩。
マエストロは天婦羅と蕎麦のセットを所望し、
真理子は同じものを、カメラマン北澤は海鮮丼を頼む。
残る小倉と私は迷わずこう注文し、
マエストロ・カニサレスはゲラゲラと笑い転げた。
「カニ釜飯、ふたっつねっ!」
ちなみに、カニサレスの天ぷらは、エビサレスだった。