風の丘を越えて
イラスト by 八戸さとこ
久々に、ガツンと一喝喰らうような映画を観た。
韓国映画『風の丘を越えて』(1993年/113分)である。
おとなり韓国の映画水準の高さは身に染みてわかっているつもりだったが、それは主にエンターテインメント部門においてだと勝手に認識していた。
だから、この映画の“アートの本質”そのものにズバリ正確に切り込んでゆくクオリティは、意外を超えて驚愕だったのだ。
油断もあったが、それがなかったとしても受ける感銘度は同様だったと思う。
その驚きの中身を正確にお伝えするのは容易なことではあるまい。
こんなことならもっとマジな文章を書く勉強をしとくんだったよ。だがしかし、それには30年遅いだろう。
これはもはや私の任ではない。
そうだ、ウルトラマンを呼ぼう!
ここは、あの大友浩に登場してもらうよりないのである。
もとはと云えば、その大友ブログの『映画マイ・ベスト30』という記事が、その映画を観ることになるきっかけだったこともある。興味ある人は、左のブックマーク(芸の不思議、人の不思議)から飛んでみてほしい。今年の1月23日付だ。
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「順位はあってないようなものです」と最初にことわりが入っているものの、『風の丘を越えて』がベスト30の一番トップに挙げられているからにゃあ何かあるなと当然思う。
放浪するパンソリ芸人を描いた韓国映画。芸の諸相を見事に深いところで捉えています。ラストの場面は見るたびに号泣してしまいます(だから一人でしか見られない)。
てな寸評を付けていることから、かなり大友の思い入れの強い映画であろうこともわかるし、「芸の諸相を見事に深いところで捉えています」という部分が妙に気になってはいた。
しかし私はうかつにも、その時点でこの映画と“フラメンコ”との接点などまったく意識してなかったのだった。
高田馬場TSUTAYAの韓国セクションでそれはすぐに見つかった。
DVDはなくて、ビデオも一本しか置かれてないマイナーものなのだが、ジャケットからは数々の映画賞を受賞した話題作であることがわかる。
うわっ、暗そうだな。
大友先生はこういうの好きなんだよ。
結論から云うと約2時間弱、私は画面に釘付けであった。
私にとって、と云うか、カンテ・フラメンコに興味ある人ならば、これは「フラメンコ映画」そのものに見えてしまうかもしれない。……過言かっ? いや、ちがう。
一言で云えば、“唄”によって生活する旅芸人一家のお話なのだが、一見悲惨な内容に見えるものの、大局で観れば実際のところはそうではないし、芸術至上主義映画でもないと私は思う。
ま、その辺の重要な部分については、某メジャー処から出版する「落語の入門書」の執筆で現在ひーひー云ってる大友先生が、その脱稿後に自身のブログでたっぷり解説してくれることだろう。なっ!
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さて、朝鮮半島の民俗芸能“パンソリ”は、私たちが夢中になるカンテ・フラメンコと少なからぬ共通点を持っている。
「唄とギター」と「唄と小太鼓」、その伴奏楽器にちがいはあるものの、その相互の役割・呼吸は極めて近い。
ヴィブラートに頼らない地声で不純物なしに人間の真実を唄おうとすることや、歌謡曲やポップスの隆盛にだんだんに時代から取り残された経験を持つことも共通項だ。
さらに深いところでの共通項、そして唯一大きな違いを見せる部分、しかしその違いも最終的には……。てなところにもこの物語の核心があると思うのだが、そこら辺は私の手には負えない。
それにしても、お祝い事でのアトラクション、露店の客寄せ、フエルガのような宴会などで唄うシーンは、多少ニュアンスはちがうものの、とても他人事とは思えない。
どうしても共感してしまうのは、そこにカンテ・フラメンコの誇りと立ち往生の歴史がオーバーラップしてしまうからだ。
ところで、朝鮮民族は世界でもトップクラスの喉を持つとよく云われる。
かつてパンソリの人間国宝的女性歌手をライブで聴いた私は、まるでフェルナンダじゃん、と即座にそう思ったことがある。
百年後のカンテ・フラメンコの主流は朝鮮半島出身の歌い手なんじゃないかなどと勝手に空想したこともあったが、もしパンソリが国民伝承歌謡としてしっかり発展されるものならば、彼らにとって逆にカンテ・フラメンコは不用なものであるのかもしれない。
かの国に、カンテ・フラメンコの復興者(プロデューサー&ディレクター&歌手)アントニオ・マイレーナのような人物はいる(いた)のだろうか。
また、マイレーナを支持したようなファン層は多く存在する(した)のだろうか。
この辺をしっかり調べてパセオフラメンコ誌上に発表しようなんて奇特な人はどなたかおらんか? 鬼の野島全権編集長の説得なら俺もいっしょに手伝うぜ。
『フラメンコの大家たち(9)/アントニオ・マイレーナ』
(LE CHANT DU MONDE)
※(注)家賃収入で生活する大家さんではない。
それにしても恐るべし、アートの真髄を語る韓国映画『風の丘を越えて』。
加えて、大友浩のファンタスティックな守備範囲に脱帽。
ちなみに、主題歌は岡晴夫でも藤山一郎でもない。