おれだけ村の火の玉坊や
お侍さんが、刀をふりまわしていばっていた、大昔のお話です。
お山にはさまれた、おれだけ村という村がありました。冬には雪が積もる、寒い村でした。村のまん中には、丘の広場がありました。そこには大きなぶどうの木が一本、でんと座っていました。夏には、たくさんおいしい実がなりました。村の人たちは、
「これはおれだけのぶどうだ、誰にもあげるものか」
と口々に言いはって、うばいあいの喧嘩になります。まるで、喧嘩祭りです。ぶどうがつぶれて、みんなの顔はぶどう色に染まりました。
秋には、柿のとりあいになって、みんなの顔はかき色になりました。春には、桃のとりあいで、みんなの顔はもも色になりました。お米ができても、おいもができても、
「おれだけのものだ」
と叫ぶので、この村は「おれだけ村」と呼ばれたのです。
ある年の、ほんとに寒い寒い冬のことでした。秋の収穫が少なかったので、おれだけ村の村人は、食べ物にも、暖まるための炭にも困るようになりました。昼間でも、灰色の雲が空をおおい、夜明け前のように暗いのです。
「お日様が出るともう少し暖かくなるのになあ」
と、みんな口をあいて空を見ておりました。
すると雲に裂け目ができて、まばゆい金色のロープがするする降りてきました。きらきら輝くロープは、雪でおおわれた広場のまん中の、大きなぶどうの木まで下がってきました。
「なんだろう?」
村人は空に顔を向けたまま、広場に集まってきました。みんな、ロープのまわりに輪になって、がやがやしていました。
「わっ、お日様のしずくが降りてくる!」
そうです、火の玉坊やが、ロープをつーと降りてきたのです。坊やは頭の毛が逆立っていて、たいまつのように燃えていました。顔と体は人間の子供とおなじで、人なつっこい丸さです。トラの皮のパンツをはいていました。
「寒かろう、火の種はいらんかえー、火の種はいらんかえー」
広場に降り立った坊やは、歌うようにかわいい声で繰りかえして言いました。
誰か一人が言いました。
「雷さんの子だ!」
あっという間に、雪で滑ったりしながら、逃げていってしまいました。坊やは村じゅうの家を、駆け回り
「火の種はいらんかえー」
と声を張り上げました。注文がないので、だんだんその声は、やけくそになってきます。
「坊や、いらないよ。火事になるから早くお日様のところへ帰っておくれ」
家の戸を閉ざしたまま、こう言って追い帰してしまうのでした。ある家の二階の窓が開きました。坊やと同じような年頃の女の子の頭が出てきて、
「鬼は外!」
硬い豆が降ってきました。かわいい女の子に鬼と間違われた坊やは、がっくりしたのでしょう。頭の炎がうなだれています。
最後に、大きな庄屋さんのおうちに訪れました。門が開いて、用心棒のひげづらのお侍が出てきました。手に桶を持っていました。
「ジュー」
お侍は、坊やの頭から水をぶっかけたのです。坊やは、ワーッと叫んでしまいました。煙を引きずりながら走って逃げました。
丘の広場に戻った坊やは、ひっくひっく泣いていました。泣くとオレンジ色の炎が、小さくなっていきました。炎が消えると、坊やは死んでしまうでしょう。
「坊や、どうして泣いてるの?」
ぶどうの木のおじさんが、しゃべったのです。
「おれだけ村をあっために来たのに、お水をかけられちゃったよ」
おじさんは、腕のような太い枝を坊やの方に傾けて優しい声で言いました。
「さんざんだったね。じゃあ、お父さんとお母さんの待っているお家にお帰りよ」
坊やは首をちょっとかしげて言いました。
「それがね、お父さんと、お母さんのお家が別なんです。…では今夜、お母さんのお家に帰るとしましょう」
おじさんは、枝をかさこそさせて坊やに頼みました。
「それまで、この裸のおじさんを 暖めてくれないか」
坊やの炎がぱっと明るくなりました。坊やは、頭をふって、おじさんのまわりを踊りながら回りました。そうです、ほんとこの子は、みんなが喜んでくれるのが一番なんです。
おじさんは、地面が揺れるぐらい、根元をゆらして笑いました。すると、見る見るうちに、葉っぱが茂り紫色の大きな実がたくさんなりました。それから雪の消えた丘には、色とりどりの花が咲き蝶も来ました。夜になっても、坊やのおかげでそこだけが明るくて、春のような丘でした。
雪の山から、きつねのお母さんが、白い息をぽっぽさせておりてきました。背中に、お母さんとそっくりな顔をした、子供が乗っていました。お母さんは、祈るような目をして言いました。
「お乳が出ません、ブドウをわけてくださいな」
ブドウのおじさんは、
「だいじなものはみんなのものだ」
と、体をゆすって、実を落としてあげました。お母さんは、ブドウをかんでブドウのお乳を作りました。飲んだ子供は元気になりました。
「コン、コーン、ココーン」
もう、ブドウの木の周りを歌って跳ねてます。坊やの火の玉は、うれしくて、大きくなりました。
こんな風景を見ていたたぬきの親子三匹が、山から下りてきました。三匹の親子はみぞれで濡れていました。たぬきの家族は、坊やの明かりで美しくチラチラ照らされていました。お父さんがいいました。
「夜になっても、この子が寝ないのです。
お月様が見たいようって、ね」
お父さんに抱っこされている、たぬきの子供は口をとんがらせています。火の玉坊やは言いました。
「大事なものは、きっと、みんなのものなんですね。お月様もね」
そして、雲の空に向かって大声を出しました。
「ぼくのおかあさーん」
雲に穴が開いて、まんまるお月様があらわれました。たぬきの親子は喜んで
「ポン、ポン、ポンポコリン」
おなかの太鼓をたたいて、狐さん達と一緒に踊りだしました。それを見ていた、山の動物達がたくさんやってきました。リス、うさぎ、熊さん一家までやってきました。
鼻の頭をすりむいた、熊の子が言いました。
「おいら、お砂糖のお菓子が食べたいよ」
火の玉坊やは、空の星におねがいしました。
きらきらお砂糖のお菓子が、流れ星のように降りました。リスには栗のお菓子が降りました。こうして動物達は、お星様からいろんなお菓子をもらって、嬉しくて、歌って踊りました。
お祭りの最中に、お月様から銀色のロープが降りてきました。坊やが
「おかあさん、今晩はみんなとここで過ごします」
と言うと、ロープは消えました。ブドウのおじさんは、ロープを消した、お母さんの気持ちを思いました。
「この子は、今夜のような賑やかなことが好きなんだなあ。だから、お母さんは、夜のお祭りを許したんだなあ」
丘の動物達のふしぎなお祭りを、窓や戸の隙間からみていた村人達も、がまんできずにやってきました。
「坊や、昼間は悪かったね。火の種くれませんか」
坊やは、頭の火の種をブドウの葉っぱで包んで、ひとりひとりにあげました。火の種を胸にしまうと、もらった人は心まで暖かな気持ちがしました。おまけにぶどうを食べると、酔っぱらってしまいました。動物達と一緒になって、輪になって踊り歌いました。いつもは、畑を荒らすとかで仲が悪いのにねえ。
坊やの頭の火は、種をあげるたびに、小さくなっていきました。坊やは、最後の力をふりしぼって、頭から派手な花火を打ち上げました。
『ドカーン、バリバリ、ドカーン』
空いっぱいにヒマワリが咲きました。みんな手をたたいて大歓声をあげました。
ところが、夜明け前でした。強欲な庄屋が、火の玉坊やのまねをして、空に向かって叫びました。「大事なものはみんなのもの。小判よ降って来い!」
すると、風が吹いて、小判のかわりに霰が降ってきました。
動物達は山の巣へ、村人はそれぞれの屋根のあるお家へと、てんでばらばらに帰っていきました。楽しいお祭りは、こうしてあっけなく終わったのです。
夜が明けました。丘の広場には雪が降っています。静かです。火の玉坊やと、ブドウのおじさんだけが残っています。おじさんは、言いました。
「坊やの頭、ロウソクの炎みたいに、小さくなったね」
坊やは、にっこりしました。
「おじさんだって、丸裸じゃないか」
「そのうち春が来たら葉をつけ、夏が来たら房をつけるさ」
寒くて身震いしているおじさんを、あっためる力は坊やに残っていませんでした。坊やも、震えていました。トラの皮のパンツ一枚なんですから。
おじさんは坊やを、根っこの穴に入れて抱いてあげました。疲れた坊やはすぐにいびきをかいて、眠ってしまいました。雪で体が白くなってきたおじさんは、独り言を言いました。 「この子は、いつになったらお父さんとお母さんと三人して暮せるだろうか」
おじさんの言葉はたちまち、木枯らしの風が巻き取っていきました。お昼を過ぎて、ブドウのおじさんは寝ている坊やを起こしました。
「さあ、坊やのお家に帰る時が来たよ」
お父さんのお日様は、厚い雲で見えませんが、雪の渦巻くなかに金色のロープが真っ直ぐに降りています。おじさんは、坊やの腰にロープを結んであげました。
坊やはいつまでも手を振って、おじさんにバイバイしてました。ずんずん高くなって、雪でとうとう見えなくなってしまいました。
おれだけ村には、もう二度と火の玉坊やは現れませんでした。今でも坊やは、金のロープと、銀のロープを、元気よく、降りたり昇ったりしています。あなたのこころの丘にもね。