アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

ハポンさんのDNA鑑定…

2012年04月19日 | Weblog
 スペインの「コリア・デル・リオ(アンダルシア州セビリア県)」には、「ハポン(japo'n:日本)」という姓を持つ人が830人おられる。姓が、「ハポン」つまり「日本」ですから、当然日本と関係があるはず。
 1614年、仙台藩の伊達政宗の家臣支倉常長が率いる慶長遣欧使節が、コリア・デル・リオに滞在したわけで…ここまでは、テレビでも紹介されたりなどしたので、多くの人が知るところ。

 さて、ハポンさんたちが、本当に江戸時代初期に渡欧したサムライの末裔なのか?DNA鑑定を行い、日本との関係を探るプロジェクトが始まるという。

 ハポンさんたち、DNAを調べなくてもに日系人に違いないと思いますが…どうしてそう思うかって?スペイン人がわざわざ姓を、「ハポン」としますか?

 慶長遣欧使節は、どのくらいの期間コリア・デル・リオに滞在したかですが…「ヨーロッパに消えたサムライたち(太田尚樹著)」には…
 「往路の1614年10月に数日間滞在。ローマからの帰路には数ヶ月間滞在していた」と書かれています。
 帰路の滞在は、「9ヶ月間」という資料もあります。使節は、スペイン国王から伊達政宗への親書が届くのをコリア・デル・リオで待ち続けていたわけですから、9ヶ月間の方が史実に近いような気もしますが…。専門に研究している人に逆らう気は毛頭ありませんがね。私の推測は、やたら当たるんです…。

 この数か月~9か月の間に現地の女性と親しくなり、そのまま帰国しなかった使節の人たちがいた。これは、当然を通り越して、必然でしょう!
 彼らのうち、姓を持っていない人は、「ハポン姓」を、名乗り始めた。
 姓を持っていた人は、「ハポン」ではなく、自分の姓を名乗ったわけで、判明している人は、支倉六右衛門(常長のこと。常長と呼ばれるようになったのは没後)の護衛隊長であった、「ドン・トマス・フェリペ・タキノカフェオイエさん」。この名前のどこが、自分の姓なんだって?「タキノカフェオイエ」が、「滝野嘉兵衛」。姓名込みで、姓にしました。こういうこと、何もおかしくないです。だけど、護衛隊長が、「拙者、コリア・デル・リオに残るでござる。六右衛門どの、自分の警護は自分でやれよ」…無責任なヤツです。

 現地の女性と…そう簡単にいくかって?コリア・デル・リオの人口は、現在28,654人(2010年)です。1900年には6,101人でした。それから、300年も前のことですから、1614年の人口は、200人前後だったと推測されます。遣欧使節は、コリア・デル・リオの娘さんたちに興味・関心をもたれたことは間違いないでしょう。

 一体、使節は何名で、帰国しなかったのは何名なんだ?インディアス総文書館(セビリア)の資料では…
 ローマからコリア・デル・リオへ戻った使節は、28名となっている。
 数ヶ月~1年後にかけて帰国が始まり、約20名ほどが帰国している。たった20人に「約」をつけなければならないのはいい加減かも知れませんが、当時はそんな感じだったのでしょう。
 つまり約8人が帰国していない。この8人の子孫が、このおよそ400年間に、830人になった。
 こういう話のことを、「夢とロマン」と、いうのでしょう。

 さて、DNA鑑定の結果はどうなるでしょうか?今年中に結果が出ると思いますが。
 コリア・デル・リオは、韓国と関係があるのかって?「Coria del Rio」ですから、「Korea」とは関係ないと思いますよぉ…