おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「家、家にあらず」 松井今朝子

2008年05月30日 | ま行の作家
「家、家にあらず」 松井今朝子著 集英社文庫 (08/05/29読了)

 良い素材を使って、きちんと手を掛けて作った和食をいただいたような読後感です。満たされて、幸せな気持ちだけど、でも、フレンチのようなカロリー過多ではない-といったところでしょうか。「大変、おいしゅうございました」。

 松井さんの作品としては珍しく、若い女性・瑞江(みずえ)が主人公。徳川家の大奥のミニチュア版のような、さる大名家の奥の院が舞台であり、瑞江はそこの新入りのお女中。女ばかりの狭い世界で次々と起こる変死事件に瑞江は疑問を持ちます。なにしろ、彼女は北町奉行同心・笹岡伊織の娘。知らず知らずのうちに、事件を見る目が養われていたのでしょう。この物語は、瑞江の目を通じて事件の謎解きをしていくミステリーであると同時に、事件に向き合うことを通じて瑞江が自分自身に向き合い、女としての生き方を考える成長譚でもあるのです。私は、成長譚としての側面に、より好感を持って読みました。(ミステリー部分については、タネ明かしのやり方があまり好きではありませんでした。タネ自体は悪くないと思いますが…)。

 そして、奥の院での女のバトルも、なかなか、読み応えありです。いわゆる寵愛を競い合うバトルに加えて、セクト対立のようなものもあるのです。奥の院で上り詰めるためには殿の寵愛を受けて、お世継ぎを産むという道以外に、奥の院の管理運営に携わり、官僚的な才覚を発揮していくという選択肢もあり。しかし、女を売りにする女と、女として勝負することから手を引いた女との間には致命的な溝があるようで、管理者として上り詰めたオバちゃんが「所詮、お前など、お殿様のお世継ぎを生む道具に過ぎないでしょ」などと言い放つあたり、なかなか、嫌味な感じで笑えました。そういえば、「産む機械」発言で火達磨になった厚生労働大臣がいましたが…でも、究極的には、やっぱり、女の敵は女なんじゃないか…という気が致します。
 
私的勝手なランキングでは、松井作品の中では、「東洲しゃらくさし」に並ぶ最上ランキング。映像化するなら…美貌の高級お女中(真幸・まさき)は黒木瞳しかいません!主人公の瑞江は-候補が思い当たたらず…。聡明で、芯が強く、ピュアな人。アイドルに頼らない配役でドラマにしてほしいなぁと思います。

「ウランバーナの森」 奥田英朗

2008年05月25日 | あ行の作家
「ウランバーナの森」 奥田英朗著 講談社文庫 (08/05/25読了)

 初めて「空中ブランコ」を読んだ時、この人はタダモノじゃないとは思いました。しかし、まさかここまで、おかしな人とは思いませんでした。だいたい、小説デビュー作で「ジョン・レノンが便秘に苦しむ話」-なんて、ぶっ飛びすぎです。万が一、そんなバカな話を思いついてしまったとしても、普通の良識があれば、思いとどまるでしょう。それを、やってのけるところが奥田英朗の偉大なるところ? でも、きっと、担当編集者も度量の広い立派な方だったんだと思います。

 もちろん、小説の中には、一度たりとも「レノン」の文字は登場しません。ただの「ジョン」です。しかし、ジョンはリバプールに生まれた音楽界の大スターで、でも、グループは既に解散してしまいプー太郎。日本人ケイコ(ってヨーコ?)と再婚し、息子のジュニア(ジュリアのことですよね?)との3人の暮らし。どう考えても、ジョン・レノンです。そのジョンが避暑地の軽井沢で便秘に苦しむ。なんとか問題を解決しようと、ありとあらゆることを試してみるものの、全く、事態は好転せず。でも、ジョンのあまりの必死さに、ちょっと応援しそうになり、「おいおい、便秘のジョン・レノンに肩入れしてどうる?」と自分に突っ込みを入れてしまいました。

 しかし、便秘の話がこのストーリーの全てではありません。著者自身が「文庫版のあとがき」に「心に傷を持ったある中年男の再生の物語として読んでいただければ幸い」と記しているように、実は、結構、重いテーマに取り組んでいるような、いないような…。確かに、重いテーマに取り組んでいるのですが、でも、やっぱりぶっ飛んでいるのです。ラリっているのか、情緒不安定なのか、とにかく、普通でない状態で書いているとしか思えません。もしかして、この本を一番最初に読んでいたら、二冊目読まなかったかも…。つまらないわけではなくて、ラリッている感じがちょっと恐い。

これを著すことで奥田英朗氏は、心の傷を克服して、「空中ブランコ」や「マドンナ」などの珠玉の傑作にたどりついたのでしょうか。


「警察庁から来た男」 佐々木譲

2008年05月25日 | さ行の作家
「警察庁から来た男」 佐々木譲著 ハルキ文庫(08/05/25読了)

 めちゃめちゃ楽しい~!!! ラストのシーンなんて、あんまり気持ちよすぎて、一人、うふふふと笑ってしまいました。やはり、今、警察小説を書かせたら佐々木譲と今野敏が双璧ですね。

 北海道警を舞台にした「笑う警官」の続編。「笑う警官」を読んでいなくても、これはこれで楽しめるように配慮されているとは思いますが…でも、やっぱり、「笑う警官」を読んでからの方が2倍も3倍も楽しめるハズです。「笑う警官」で道警の不正・腐敗を暴いた佐伯、津久井らのメンバーは、「身内を売った」咎で、それぞれに懲罰的な人事待遇を受けて、陽の当たらない職務をこなすしかない日々。そこに、警察庁から若いキャリアが監察官として乗り込んでくるのです。警察庁が、「道警の処理がおかしい」とにらんだ事件が少しずつ、佐伯、津久井ら当時のメンバーを引き寄せ、再結集させるのです。

 謎解き部分も、もちろん、緻密に作りこまれています。事件のキーマンとなる人物については、ストーリーの途中でさんざんヒントを与えられ、そのたびに、「もしかして、あいつ?」とページを遡ったりするのですが、なかなか、確信は得られず。で、種明かしされた瞬間「あっ、やられた!」と思うのでした。読者のハメ方が上手いっ!そして、佐伯や津久井が、無駄に暑苦しい熱血漢として描かれていなくて、淡々としているけれど、真っ直ぐでカッコいいんですよ。

 後半、「これ、絶対、映画にしようよ~!」と思いながら読んでいたのですが、解説氏によると、第一弾の「笑う警官」は既に、映画化プロジェクト進行中らしい。「警察庁から来た男」を映画化する時は、察庁キャリアの藤川は及川ミッチーがいいな。

 そして、改めて、思いましたが…第一弾のタイトルはやっぱり「うたう警官」に戻すべきじゃないでしょう。同書は、ハードカバーの時は「うたう警官」として出版され、文庫化の際に「わかりづらいから」という理由で「笑う警官」に改題したそうです。しかし、やっぱり、このストーリーは誇りある“うたう警官”の物語であると思いました。

「髭麻呂」 諸田礼子

2008年05月24日 | ま行の作家
「髭麻呂 王朝捕物控え」 諸田礼子著 集英社文庫(08/05/23読了)

 お江戸捕物の小説は掃いて捨てる(?)あれど、平安捕物帖というのはちょっと珍しい印象です。主人公・髭麻呂は検非違使庁(けびいしちょう)の看督長(かどのおさ)。今の日本に置き換えると警視庁捜査3課の係長ってところでしょうか。なかなかいい味出してます。髭をはやしていかめしげにしているものの、実は、超ヘタレ。血を見て腰を抜かすは、何かというと彼女の家にいってウダウダと愚痴をたれる。彼女の家は、母、祖母同居の女所帯で、結婚前からかしましい女家族の中で小さくなっている。その上、特命事項の盗賊逮捕はミスってばかり。

 人情話も織り交ぜつつ、捕物帖としてのストーリー自体はよくできているのですが…出だしで「揚げ足取り」モードに入ってしまったので、心から楽しみそこねてしまいました。なんか、言葉がめちゃめちゃなのです。髭麻呂の従者の雀丸は吉本芸人顔負けのコッテコテの関西弁なのですが、他の人物はぜんぜん、普通の言葉使い。髭麻呂の彼女の梓女(あずさめ)に至っては、「~だわ」「~じゃない」みたいな、いまどきの若い女の子と変わらない。お手軽な読み物にするための口語文であるにしても…もうちょっと工夫の余地があるのではないかと。それに、いくら、髭麻呂がダメダメ警察官であっても、さすがに、4回も5回も犯人取り逃がして、お咎めなしっていうのも、いい加減すぎないかい-と思ったり。「お鳥見女房」の方が面白かったかなぁ。


吉田簑助さんの「私の履歴書」読みました!

2008年05月21日 | 文楽のこと。
吉田蓑助さんの「私の履歴書」 日経新聞07年9月連載 (08/05/19一気読み)

 後輩が苦労して新聞の縮刷版をコピってくれて、昨年9月に連載されていた簑助さんの「私の履歴書」を一気読みしました。思えば、昨年9月に連載されていた時には、私の心に文楽というワードはこれっぽっちも引っ掛からなかったのです。何の興味も無かったというか…存在しないも同然でした。毎日、日経新聞は読んでおりますが、簑助さんの連載なんて、まるで記憶にございません。それが、今や、かなりミーハーなのめり込み。1年足らずで人生何が起こるかわからないものです。

 最初は、仕事の合間にちょこっと読むつもりだったのが…知らぬ間にどんどんと引き込まれ、仕事を放ったらかして没頭。入門前から文楽が好きで好きでたまらなかった子ども時代、文楽座の分裂から再統一までの苦労話など一つ一つのエピソードが生き生きと描かれていて、時にクスリと笑ってしまったり、時にホロリとさせられたり。簑助さんの文楽への愛情の深さがひしひしと伝わってくるのです。でも、やっぱり、脳出血で倒れて、苦しいリハビリを乗り越えて、舞台復帰を果たすところがハイライト。それまでも、鼻をグスリとすすりながら読んでいたのですが、ついに、決壊して、涙が止まらなくなってしまいました。(職場でなきながら新聞のコピーを読んでいるなんて、かなり、怪しいヒト?)
 
 簑助さんがリハビリで苦しんでいらした頃、私は文楽の存在さえもろくに認識しておりませんでしたが…でも、見事、復帰を果たされたことに心より感謝したい気持です。今、こうして、簑助さんの舞台を拝見できるのが、もしかしたら奇跡なのかもしれないと思うと、私は、なんてラッキーなんだろうと思います。これから、一回一回の舞台、ますます、心して拝見しなければなりません。文楽への深い愛情と、数々の苦労を乗り越えられた人生が、かわいらしく、たおやかなお人形ちゃんの所作へと結実しているのですね。

 そして、もう一つグッときてしまったのが、戦争中のエピソード。イデオロギーを超えて、戦争なんていやだ-という言葉の重みが伝わってきました。コピーは大切にとっておきますが…でも、是非に、書籍化していただきたいものです。珠玉の一冊となりますことでしょう。

「格闘するものに○」 三浦しをん

2008年05月21日 | ま行の作家
「格闘するものに○(マル)」 三浦しをん著 新潮文庫(08/05/21読了)

 三浦しをんのデビュー作。タイトルとはうらはらに、あんまり格闘しているとは思えないユルキャラの可南子ちゃんの就職活動模様(といっても、ろくに活動していないが…)を軸に、友人や家族との交流を描いた作品。肩こらず、頭固くせず、気楽にウフフと笑いながら読めます。だから、気分転換にピッタリ!でも、かといって、フワフワのマシュマロのように何も残らないわけではなくて、読み終わっても、ちょっと心に引っ掛かるものがある感じです。

恐らくは、三浦しをん自身を反映させていると思しき可南子ちゃんの脱力&ゴーイング・マイ・ウェイぶりが何とも気持ちがよろしいのです。潔いまでに「人は人、我は我」と割り切れる強さが、彼女の文筆家としてのバックボーンになっているのだと思います。 で、どうにも珍妙なタイトルは、ストーリーの中で出版社「K談社」の社員の発言として紹介されています。どう考えても「K談社」って、あの「K談社」以外に考えられないですよね。もしも、このエピソードが実話であるとすれば、これから、K談社の本を買うのをちょっと躊躇してしまいそうです。「いくらなんでも、出版社の社員としてはマズいでしょ」と突っ込みを入れたくなります。

大変、楽しかった。でも、私的には、やっぱり「仏果を得ず」の方が断然、好きです。

「ゴールデンスランバー」 伊坂幸太郎

2008年05月20日 | あ行の作家
「ゴールデンスランバー」 伊坂幸太郎著 新潮社 (08/05/20読了)

 今年の本屋大賞にして、山本周五郎賞受賞の話題作。さすが、巧妙な作りのストーリーだなぁと思いました。ケネディー大統領暗殺事件のオズワルドさながら、ある日突然、普通の若者が首相暗殺事件の犯人にでっち上げられてしまう。読みどころは一杯ありますが、当局情報を鵜呑みにして垂れ流すマスコミ批判は、なるほどなぁと思わされます。というか、さすがに今の日本で、普通の市民が政治謀略に巻き込まれて犯人扱いされることはないと思います(思いたい)が、でも、巧妙に群集心理が当局の思う方向に操られていたり、知らぬ間に個人情報が閲覧されていたり-というのは、既に、現在進行形で起こっていることなのだろうなぁと考えると、背中が薄ら寒くなります。

大きな賞を二つも受賞したのは(すみません、受賞理由等は一切、読んでおりませんが…)、恐らくは、構成の上手さも評価されているのだと思いますが、個人的には、場面が変わるたびごとに、現在だったり、数年前だったり、もっとずっと前だったりとタイムワープがあまりにも激しすぎるのは、ちょっと疲れました。でも、それ以上に、話の展開の面白さに引き込まれます。ハラハラドキドキのさせ方が、巧妙ですね。

 手に汗握るジェットコースターストーリー的でありながら、最後、ちょっとホロリとさせられます。とにかく、ありとあらゆるところに、伏線が埋め込んであって、「ああ、あれって、こういうことだったのか」という楽しさもあり、無駄な登場人物が一人もいないんですよねぇ。でも、究極的には、救いが無いというか…あまりにも、不条理な人生で終わってしまうのが、ちょっと悲しかったです。

買っちゃった。 「勘十郎さんの絵」

2008年05月19日 | 文楽のこと。
 勘十郎さまの絵  08/05/16購入

 うふふふ…。にやけ笑いが止まりません。勘十郎さまの絵を買ってしまいました。先週金曜日(5月16日)、銀座のギャラリー悠玄で開催されていた人形遣い・桐竹勘十郎さまの個展に伺ったのです。20年間に渡って勘十郎さまが描いている国立文楽劇場のスタンプの原画がメインの展示。それに加えて、小学生時代に描いた絵(とても、子どものものとは思えない迫力ある作品!カタカナで書いたお名前のトヨミの“ヨ”が鏡文字になっているのが、わずかに子どもらしさを感じさせます)や、パリ公演の時にスケッチしたと思われるフランスの街角の風景画や、癒し系キツネキャラクターのイラストタッチの絵などもありました。

 何枚かの作品が販売されていたのですが…最終日前日の午後ということもあり、ほとんどのものが売却済み。わずかに残っていた3枚のうちの1枚を購入してしまいました。画題は太閤記、勘十郎襲名前の「簑太郎」のサイン入り。水彩絵の具で彩色されていて、力強く、そして、とても美しい。

 画廊に行ったのは、ただの見物。当初は購入するつもりなど微塵もなかったのですが…もう、絵を見た瞬間「どうしても欲しいっ」という気持ちが抑えられなくなってしまいました。流行モノにもブランドモノにも何の興味もなく、十年前の洋服も平気で着ているぐらい物欲フリーの平穏な精神状態の私の心が物欲で圧しつぶされそうになるなんて…。画廊のディレクターの方からも「こんなチャンスは二度とありませんよ。きっと、ものすごい価値になるから」と後押しされて、その場で決断しちゃいました。

 昨年秋に日経新聞に連載されていた吉田簑助さん(勘十郎さまの師匠)「私の履歴書」を全30回分を今日になって拝読したのですが…改めて、勘十郎さまにとって太閤記が節目節目の演目であることをがよくわかりました。貴重な絵を購入したというよりも、価値あるものを預からせていただいている-という気持です。一生の宝物にして、そして、いずれは、どなたかにしっかり引き継ぎたいものです。

 といっても、絵はまだ私の手元にはなく、画廊にお預け中。再会の日を思うだけで、やっぱり、うふふふと、にやけ笑いが止まりません。



 

「赤めだか」 立川談春

2008年05月17日 | た行の作家
「赤めだか」 立川談春 扶桑社 (08/05/17読了)

 立川談志率いる立川一門・談春の初エッセイだそうな。前半では何度もクスッと笑わされて、後半で泣かされました。最後の方は、もう、涙ボロボロ。ティッシュなくして読めませんでした。かくいう私、談志ファンでも、談春ファンでもありません。というか、落語聞いたことがありません。正確に言えば、子どもの頃、父親が見ていた「笑点」で流れていたなぁ…という程度。子どもにとっての笑点は大喜利がギリギリの我慢の範囲内で、前半の漫談や落語なんてほとんど意味不明なものだったので、まさに、落語を聞いたわけではなく、あくまで、落語が流れていた-という印象しかないのです。

 という落語門外漢にも、十分に楽しめるエッセイです。談春はチケットを売り出せば瞬間蒸発の人気落語家だそうですが…天は二物を与えたもうたようです。文筆家としての才能もタダモノとは思えません。もちろん、落語家さんだから、ちょっと焦らす、肩透かしを食らわせたあとで、思い切りツボに落とすなんていう技術はお手の物なのかもしれませんが、それを活字に落とし込むということはそんなに簡単なことではないと思います。でも、とにかく、上手い、味わいのある文章でした。そのうえ、師匠の談志を初めとして、はちゃめちゃな兄弟子や仲間たちのエピソードが常軌を逸しているわけで、もう、面白いわけがない。ましてや、落語ファン(というか、立川一門ファン?)には、堪らないのではないでしょうか。

 このエッセイが人の気持ちを揺さぶるのは、談春の談志に対する深い深い愛ゆえなんだと思います。それは、落語門外漢にも十分に伝わってくるし、ここまで、惚れる相手がいるというのは、うらやましくもあります。特に、最後の「特別篇その2 誰も知らない小さんと談志」は、ホントに、素晴らしい。親子の愛にとどまらず、勘当した祖父にまで遡って三代を貫く堅い絆。粋でカッコイイなぁと思わずにはいられません。せっかく未知の世界の落語に興味を持ったところで…しかし、談春チケットは簡単には手に入らない。どうも、深入りする機会は逸しそうです。

 

「くうねるところすむところ」 平安寿子

2008年05月16日 | た行の作家
「くうねるところすむところ」 平安寿子著 文春文庫 (08/05/16読了)

 実に清清しい、気持のいいストーリーでした。大当たりです!!朝の東海道線ではからずも涙がツツーと3度ばかりこぼれてしまいました。読者を泣かせてやろう-などというあざとい演出は一切なし。軽いタッチの文章に、なんだかんだいいながらシブとくたくましい登場人物たち。泣く必然性なんてどこにも無いのに、泣けちゃうのです。

 零細の就職情報誌の副編集長をブチ切れ退職した30歳女子。フィリピーナと不倫していたダンナを追い出した結果、期せずして町の土建屋の社長に就任してしまったオバちゃん。主人公はこの2人です。建設工事現場を舞台に、ちょっと恋愛&愛着を持って仕事をするということに目覚めていく大人の成長物語。そして、建設工事の現場の描写がなんともステキなんです。日ごろ、町の中で何気なく通り過ぎてしまっていたビニールシートの向こう側、職人さんや現場監督さんはこんなことに苦労して、こんなふうに仕事しているのか-というのが垣間見られて、ワクワクします。

 もう一つ、この小説に関して、特筆すべきことは、「50ページ足りない」感です。昨日読了の「非道、行ずべからず」をはじめとして、「ちょっとくどい」「なんとなく、繰り返しが多いような…」と感じる小説が少なからずあります。「50ページ圧縮したら、もっとスッキリ、シャープな印象なのに…」と思ってしまうのです。ところが、この小説は、「くどくない」と言うよりも、潔く割愛している場面が多いのです。「えっ、で、前の男と別れる時のゴタゴタは書いてなくていいの?」「どんな手を使って、好きな男と親しくなる算段をつけたのか書いてないよ」「これほど業界通になる過程のことに全く触れていないじゃん」と思わなくはない。だから、あと50ページ足して、もうちょっと厚いストーリーにすることも出来るはずなのです。だけど、それをあえてしなかったからこそ、この物語が軽やかで気持の良いストーリーになっているのだと思います。終わり方も実に爽やか。気分としては、もっと盛り上がりたいところを、直前で寸止め。でも、だからこそ、それぞれの読者が最上のハッピーエンドを妄想できるような、なんとも、憎らしい演出でした。

 しかし、この小説、既に、1年前にドラマ化されていたとは…フジテレビ、目のつけどころがシブい! しかし、主人公の30歳女青木さやかは無いです。私なら永作博美で行きます。