おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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「花散らしの雨」番外編 高田郁さんのサイン会

2009年10月31日 | た行の作家
「花散らしの雨」番外 著者・高田郁さんのサイン会

 神保町の三省堂書店で「花散らしの雨」(ハルキ文庫 09/10/29読了)を購入した際に、著者のサイン会の整理券をもらったのでした。

 「八朔の雪」(09/08/11読了)「花散らしの雨」は、本当に、心がホッと緩むような温かい作品で大好き。ということで、「どんな人が書いているのだろう?」というミーハー心からサイン会に参加。

 開始の10分前ぐらいに到着したら、既に、長蛇の列(100人ぐらい?)。その後も、次々と並ぶ人があり、大盛況。40分ほど待ってようやく順番が回ってきました。

 年の頃は…50歳前後ぐらいでしょうか、「ああ、納得!」と思えるような、優しく、穏やかな雰囲気のおばさま。サインをしながらも「今日はお越し下さって有り難うございます。長い間、おまたせしてしまって、ごめんなさいね」と気遣いの言葉も優しい。

 サインを終えて、落款を押して下さったかと思いきや… 物語の主人公「澪」ちゃんのイラストのスタンプ。思わず「カワイイ!」と言うと、「私が書いたの!今日のためにスタンプを作ったのよ!」。文才だけでなく、絵の才能もあったのかぁ。天は二物を与えるのだなぁと感激してしまいました。

 そして、サインしたあと本を閉じるときにスタッフの方が紙を1枚挟んで返してくれたので、次回作のチラシか何かと思いきや、御礼状でした。澪と野江ちゃんのイラスト部分はコピーのようですが、もしかして、文字は直筆? ブルーブラックのインクで、お礼の言葉と、「今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます」の文字。しかも、イラストや背景部分に色鉛筆で彩色してありました。

 本当に心の温かい方なんだなぁ。もう、ずっとずっとずっと応援しますから、早く、続編書いて下さいね~!
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「花散らしの雨」 高田郁

2009年10月31日 | た行の作家
「花散らしの雨」 高田郁著 ハルキ文庫 (09/10/29読了)

 「八朔の雪」(ハルキ文庫 09/08/11読了)に続く、シリーズ2作目。作者はきっと、旬の味わい、手間を掛けて調理したものの美味しさを大切にしている人なんだろうなぁ-と想像しながら、次々に登場する心づくしの料理にお腹が空いてくる。活字を通じて、サクッとした食感、春の野草のエグみ、やさしくて奥の深い甘み-そういう、味覚が舌の上に蘇ってくる。ホント、おいしい小説です。

 今回、特に、グッときた料理は「雪の下の天ぷら」。子どものころ、実家の庭にあった雪の下」の葉っぱは、まるで食欲をそそる見た目ではないのです。肉厚で、ゴワッとしていて、表面には産毛のような白い繊維がギッシリ。しかも、大きな植木の根元の日かげにあるのも、なんとなくイメージが悪いのですが、これを天ぷらにすると、本当に美味しかったのです。ペラペラの大葉と違って、肉厚な分、食べ応えがあって、サクッ、フワッという歯ごたえがたまらない。一人で何枚も食べていました。

 最後に「雪ノ下」の天ぷらを食べたのなんて、いったい、いつの頃だったろうか-というぐらいの昔のことなのに、物語の中で「雪の下の天ぷら」の描写を読んだとたん、懐かしさと、「ああ、もう一度、食べてみたい」という思いで、いっぱいになります。

 もちろん、他にも食べてみたくなる料理が次々と。そして、人情話にも泣かされます。幼馴染の野江ちゃんとの、顔は見合わすことができない、でも、心はしっかりと通じあった再会シーンには、朝の通勤電車のなかで、ジワッーと涙。

 いやぁ。いいなぁ。澪の、ほのかな恋の行方がどうなるかわからぬまま、フィナーレ…ということは、シリーズ第三作ありってことですよね。早く、次を読むのが楽しみです♪
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「アマルフィ」 真保裕一

2009年10月28日 | さ行の作家
「アマルフィ」 真保裕一著 扶桑社 (09/10/28読了)

 真保裕一史上、最も、ツマラナカッタ「デパートへ行こう」(講談社 09/10/03読了)に比べたら、500倍は面白かった。途中、手に汗握るというか…「えっ!で、どうなっちゃうの?」とドキドキする場面が何度もありましたが…傑作とは言い難いかなぁ。

 ストーリーは、ざっくり言えば、イタリア旅行中の日本人の女の子が誘拐され、その解決に規格外の外交官・黒田が奔走するというもの。
  
織田裕二主演の映画「アマルフィ」は見ていないものの、さんざん、テレビで映画の宣伝を見せられて、それが気億にこびりついている。だから、ついつい、頭の中で黒田のセリフを織田裕二風にいかにも芝居臭く読んでしまう。誘拐された少女の母親・紗江子の登場場面では、表情の乏しい天海祐希の顔が思い浮かんでしまう。

 本来なら、妄想の自由度が圧倒的に高いはずの活字なのに、洪水のように映像情報を流されたことで、自由度が大幅に制限されてしまった-ということが、私的には最大の減点理由。もしも、事前の映像情報がなければ、もっと、好感を持てたかも。というか、「ホワイトアウト」のような、活字だけで読者を雪に閉ざされた世界に連れていける力がある方には、映像化を前提とせず、「どうだ、できるもんなら、映像化してみろ!」ぐらいの勢いで書いてほしいなぁ。というのは、読者の我がままな言い分です。

 ちなみに、この小説、あらかじめ織田裕二主演の映画にすることが前提で書かれたとのこと。そう言われてみると、セリフの一つ一つが、織田裕二が怒鳴り口調でしゃべるのにピッタリなように考えられているような気がしてなりません。場面展開も、B級ハリウッド映画ばりに大袈裟に仰々しく、安っぽいし…。

で、もしかして、「全編イタリアロケ」で撮ることも前提条件として決められていたのだろうか-と疑いたくなる。事件の背景にあった出来事は、皮膚感覚として日本人には理解しづらく、しかも、それを作者自身がわかっているからフィナーレで盛り上がろうとしているのに、妙に、説明調になってしまっている。何も、無理にイタリア舞台にしなければ、真保裕一は、もっと、胃がキリキリと痛くなるような、スゴイ誘拐小説が書けると思うだけに、やっぱり、残念。

ところで、織田裕二が演じた黒田みたいな外交官が本当にいるかどうかはともかくとして、役柄上は、なかなかカッコイイ設定となっている。英語、イタリア語ペラペラ。仕事ができ、行動力があり、霞が関ルールに逆らうことを恐れぬ勇気のある人。そして、警察もお手上げの誘拐事件を見事に推理する頭の良さ。

 なのに、なぜ?
 
 織田裕二が映画の宣伝で言っていたセリフは「ミ キアーモ クロダ!」
 たとえ、日本人の99パーセントがイタリア語を知らないことを配慮したにしても(私も知りません!)、何も、わざわざ「マイ・ネーム・イズ・クロダ」って、宣伝で言わなくてもいいんじゃないの?  とっても、マヌケ。

 
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「フリーター家を買う」 有川浩

2009年10月26日 | あ行の作家
「フリーター家を買う」   有川浩著 幻冬舎 (09/10/25読了)

 やるなぁ、有川浩! うまいっ!

 まったくもってタイトル通り、フリーターが家を買う物語。でも、主人公のフリーター・誠治くんが「よし、家を買ったるぞ!」と決意する理由は、やや意外性ありです。とはいえ、冒頭40ページでその理由が開示されてしまうと、「ああ展開して、こうなって、紆余曲折経て、でも、最後はハッピーエンドっていう筋書きだよねぇ~」と、分かったような気になる。

 ところが、いい意味で期待は裏切られます。「家を買う」ことそのものよりも、「家を買おう」と決意した背景にあった難問をいかに解決するか-。サイド・ストーリーが丁寧に描かれている。これが、実にヘビーな難問ではあるのですが、湿っぽくならず、かといって、安っぽい美談にすることもなく、ありのままに描いていることに好感を持ちました。

 最後に「家を買う」ところまでこぎ着けたという意味では、ハッピーエンド。ただ、根本にあった問題が「解決できた」とは、明示的に書かれてはいない。むしろ、改善はしたけれど、完全に問題を克服することはできなかったことが示唆されている。少なくとも、サイド・ストーリーの方はハッピーエンドではない。おそらく、それが、リアルな現実なのだと思う。

それでも、主人公・誠治くんはアンハッピーではないし、何か希望のある結末が心地よかった。結局、「自分自身がコミットしている」それによって「前よりも状況はほんの少し良くなった」と思えるなら、毎日は結構、楽しいし、もうちょっとぐらいなら頑張れる-そんな前向きな気分にさせてくれる物語。

 ところで、これは「日経ネット丸の内オフィス」でウェブ連載した小説なんだそうです。丸の内といえば、日本のオフィス街の中心。坪単価の高いオフィスビルが並び、おしゃれなショップや、ちょっとお高めなレストランがあって、きれいなOLさんがいる。

もしかして、有川浩に期待されたものは、そういうおしゃれなオフィス街を舞台にしたフレッシュな女性の奮闘記のようなもの-なんじゃないかと思うのですが。主人公は確かに奮闘するけれど…三流大学卒のフリーターで、結果的に、選ぶ仕事はおしゃれなオフィス街とはほど遠くて、そのうえ、仕事とは別のところでヘビーな難題を抱えてしまう。ある意味、依頼者の意図を見事に無視しているとしか思えないけれど、でも、なんか元気が出ていいです。

出世作の「図書館戦争」(アスキー・メディアワークス)は、明らかにキワモノ系ではあるけれど、バカバカしさもここまで徹底すれば跪きたくなるほどの傑作でした。しかし、その後のベタ甘恋愛小説「阪急電車」(幻冬舎)を読み、「有川浩はいったいどこに向かうのだろうか?」と勝手に余計な心配をしていました。しかし、「植物図鑑」(角川書店)にしろ、「フリーター家を買う」にしろ、軽い筆致のエンタメ小説としては、有数の書き手だなぁと思いました。

せっかく、うきよの雑事を忘れて読書するなら、ちょっと奥歯を緩めて、元気になれるのが一番です。
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「街の灯」  北村薫

2009年10月24日 | か行の作家
「街の灯」 北村薫著  文春文庫 (09/10/24読了)

 今年の直木賞受賞作は北村薫「鷺と雪」。北村薫という名前は、本屋で何度となく目にしたことがある。安定的に、作品を発表しつづけている人であることも知っている。…が、どういうわけか、一度も、手にとる機会には恵まれなかった。直木賞受賞を機に、1冊ぐらい読んでおこうかなぁということで、遅ればせながらのデビューです。

 士族・花村家の御令嬢の英子と、花村家の運転手・別宮みつ子=通称ベッキーさんが謎を解くライトミステリー短編集。直木賞受賞作である「鷺と雪」につらなる「ベッキーさんシリーズ」の第一作です。

 上手い。確かに、上手い文章なのです。登場人物のキャラクターがきっちりと描かれていて、活字を追いながら姿が目に浮かぶようです。人柄までもよくわかる。特に、ベッキーさんは、ちょっと謎めいているけれど、とてつもなく魅力的。

 でも、正直なところ、戦前の上流階級って、まるで、イメージがわかないというか…。共感するためには、あまりに高い壁があるのです。現代がセカセカしすぎているだけなのでずか、物語の中で時間がゆっ~たりと流れていることも、少々、もどかしい気分です。3作収録されている小品のうち、最初の2作品「虚栄の市」「銀座八丁」は、ミステリーとしても緩めでイマイチでした。

 しかし、表題作である「街の灯」はよかったです。お金持ちのお嬢様が、明確な意思を持った、芯の強い女性へと成長する瞬間を切り取ったような作品。3つめの小品に至って、ようやく、英子というお嬢様がちょっと好きになる。さらには、英子のお友達・道子の冷静に自分を見つめる現実主義者ぶりには、激しく共感。共感ポイントがあると、断然、楽しくなってきます。というわけで、最後、好感度アップして読了。

 でも、ものすご~く印象深い作品というわけではないです。やや、パンチ力不足かなぁ。
 このあと、受賞作「鷺と雪」に向けて、どんどんと、良くなっていくのでしょうか?個人的には、もうちょっとベッキーさんをいっぱい登場させてほしいです。

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もっともっと幸せな横浜公演♪ 文楽・秋の巡業

2009年10月20日 | 文楽のこと。
 府中公演で打ち止めのつもりでしたが…たった2日で禁断症状に襲われ、横浜公演に緊急参戦。諸般の事情から「絵本太功記」のみの拝見でしたが、もっともっと幸せを満喫しました。

 突然思い立ってギリギリに会場に駆けつけたにもかかわらず、上手側の前から4列目の席が売れ残っていました。私的には超ラッキーなのですが、こんなスゴイ公演の、こんないい席が売れ残っていていいの? しかも、真ん中より後ろの席はほとんどカラッポ。横浜公演のチケットは、なんと、出血サービスのA席でもたった3000円。千円札3枚で世界遺産が見られるんですよ!いったい、横浜市民の民度はどうなっているの??? 横浜市民を代表して技芸員の皆様方に土下座して謝りたい気分でした。

 3回目の太功記は心静かに味わうつもりでした。仙台・府中も前の方の席だったのですが下手側。横浜公演で、初めて、上手側の席に座ってみて、断然、お人形ちゃんの表情やさりげない所作までもがバッチリと見えることがわかりました。しかも、顔を右に向ければ、すぐそこに床があって、大夫さんの汗がキラキラと光り、三味線さんの呼吸までもが聞こえてくるのです。平常心ではいられません。仙台で感激し、府中で興奮し、横浜で我を失ってしまいました。秋巡業、私的には、期待三倍、四倍以上の収穫でした。

【勘寿さん、勘十郎さま、勘弥さん】

 3人が遣われる3世代の女たちが素晴らしいことは仙台公演の時から感じていました。それを上手から拝見して、表情がわかると、感動もひとしお。

 すべてを達観したさつき。夫にも、息子にも、姑にも、嫁にも気を配り、思いやりをかける操。全身で十字郎への思いをぶつける初菊。それぞれが純粋で、真っ直ぐで、切なくて、そして、年齢にふさわしい美しさが滲みだしていてゾクゾクしてしまいます。その上に、3人の遣い手の最高の芸がぶつかりあうエネルギーで鳥肌が立ちました。本当に、凄いものを見せていただきました。文楽に巡り合えた幸運に深く深く感謝!

 ストーリー展開上は、観客の目が十字郎に引きつけられている場面でも、さつきは不肖の息子に刺された傷に苦しげに耐えている。息子や夫のことも気掛かりながら、傷を負った姑のよりそう操。2人が静かに、押し殺した息をしているのが見えるのです!

 そして、枕を交わしたこともない男と一緒に死にたいという初菊。痛々しいほどの幼さが全身から伝わってきます。死に際の十字郎に抱き締められるのが初菊にとっての一番幸せな瞬間だなんて悲しすぎる-。なのに、その場面、本当に美しかった。文楽の演出にスローモーションなど無いのですが、でも、まるで、スローモーションで映像を見せられているように2人が手を取り合い、抱き合うのが見えるようでした。かなり、テンション上がりました! 心拍数下がるのに3日ぐらいかかりそうです。

 勘弥さんの初菊が超かわいらしく、一輔さんの十字郎は男の色気が漂ってました。

【津駒さん】
 
 始まって30秒で首筋に汗がキラリ。2分で顔からボタボタと玉の汗が落ち始めました。お着物や袴はたくさん替えがあるのでしょうか。 スポーツマンが「汗をかいて、トレーニングウェアを絞れるぐらい」というのは聞きますが、津駒さんは、少なくとも、長襦袢は絞れるんじゃないかと思います。

 もちろん、それだけの大熱演。浄瑠璃、ほんとうに素晴らしかったです。本公演でも津駒さんの語りは大好きですが、床と至近距離で聞くと、空気が震えるのまで伝わってくるようで、さらに感動です。

【清介さん】

 ミスチルって、長年に渡って、高いレベルで安定した品質の楽曲を供給し続けていて凄いなぁと思うのですが、でも、絶頂期は、シーソーゲームとかesとかの頃だったと思うのです(あくまでも私見ですが…)。 あの頃、歌っている時の桜井和寿の目は完全にイッちゃっていました。それこそが、有無を言わせぬ迫力を生み出し、聴く人の心をとらえて離さないパワーだったと思うのです。

 で、清介さんの目は、あの頃の桜井和寿ぐらい、イッちゃってました。床の近くに座っているだけで、物凄い、圧力を感じるのです。文句なくカッコよかった!

 府中ではちょっと席から床が遠かったため「あの超絶技巧をアップで見たい~」と身悶えましたが、横浜では念願適って、アップで拝見。節くれだったゴツゴツした指(ごめんなさい! でも、清志郎さんの細く、スッーとした指とはあまりにも雰囲気が違ったもので…)が、存在感のある豊な音色を生み出していくのは、かなりセクシーでした。

【勘十郎さまアゲイン】

 やっぱり、誰がなんと言ってもカッコよすぎます。秋巡業ではイケメン勝頼と、狐が憑依した八重垣姫の左、そして老女形の操。まったく違うタイプの役なのに、全てを完璧に遣われていて、「この役は、勘十郎さま以外に考えられない」という気にさせられてしまうのです。

 今公演ではありませんが、女殺のキレる若者、一つ家のスプラッター婆さん、浪花鑑の棒手振り団七に、狐忠信-。 もう、何もかもカッコイイです。 私は宗教を持たぬものですが、でも、勘十郎さまを見ていると、きっと、神さまがどこかにいるような気になってしまいます。

 さて、しばらくは文楽断ちの日々を送らなければなりません。「働かざるもの大阪遠征するべからず」-ということで、まじめに働きますっ。 

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幸せな一日♪ 文楽・秋の地方巡業@府中の森芸術劇場

2009年10月18日 | 文楽のこと。
 ああ、ホント、生きてて良かった~。文楽に巡り合えて感謝! という気分の幸せな一日でした。

仙台公演に続いて、2回目の秋の地方巡業拝見。仙台公演も思いきり楽しみましたが、でも、府中公演はさらにさらに素晴らしかったです。 公演のレベル自体が驚くほど違うわけではないのでしょうが、仙台はやっぱり会場が広すぎました。どんなに素晴らしい大夫&三味線でも、あの広さでは音が拡散してしまって、どことなく締まりが足りない印象になってしまうのは仕方の無いことなのだと思います。 

その点、府中の森芸術劇場は、いつもの国立劇場小劇場とさほど変わらないコンパクトなサイズ。大夫の声、三味線の音が響かせる空気の振動が会場全体に行き渡ります。そして、大変、素晴らしい席であったため、お人形ちゃんのふとした表情、ちょっとした所作もよく見えて、「そうか、この場面って、こういう意味だったのか!」と思うところがいくつもありました。 改めて、文楽は、小さい会場の方がいいです。

【卅三間堂棟木由来】
 
やっぱり、清治さんの三味線が圧倒的に好き。音程に揺らぎがなくて、本当に、気持ちのいい音。人間国宝をこんなふうにたとえたら叱られそうですが、清治さんの三味線を聴いているとB’Zの稲葉浩志がふと思い浮かびます。どの音も、必ずフラットのギリギリの角のところで正確にとられていて、空気まで引き締まります。背筋も自然に伸びちゃう。

生木を裂かれるように子供や夫と別れなければならないお柳の悲しみは、もちろん、人形、浄瑠璃、三味線が三業一体になって表現するものです。でも、私にとっては、清治さんの三味線が、一番、心にギリギリと迫ってきました。

最後の木遣の場面は別の意味でステキでした。清治さんの三味線は、いつもの潔く、尖った音ではなく、しっとりと、穏やかな響き。そして、みどり丸がこんなにいい表情しているなんて、仙台では気付けませんでした。

【本朝廿四香】

 何度見ても楽しい! と思う理由の85%ぐらいは勘十郎さまの左かも。許嫁の勝頼に会いたい、勝頼を助けたい一心の八重垣姫が、狐が守護する兜に同化してしまう。「化けて出るほど狂おしい気持ち」って、実生活で体験したことがあわるわけではないけれど、でも、お芝居を見ている間は「この、気持ち、私には理解不能だなぁ」なんて思いたくないのです。冷静に考えたら理解不能の世界に引きずり込まれたいのです。そして、その不条理の世界に引きずり込む力があるのって、やっぱり、簑師匠と勘十郎さまをおいて他にいないと思うんですよね♪ 何も考えずに、身を任せて、束の間、八重垣姫とともにラリッてしまいました。

 清十郎さんも、昨年秋の本公演で八重垣姫を使われた時よりも、断然、よかったです。本公演の時は、緊張感が客席にまで伝わってきてしまいましたが、今回は肩の力が抜けて、可愛らしさがパワーアップ! 出遣い足の簑紫郎さんも大熱演でした。

 でも、やっぱり、私にとっては、昨年の相生座で拝見した、簑師匠の八重垣姫が、超最高の廿四香。あの時は、本当に、心臓のドキドキが止まらなかった。次は、勘十郎・八重垣姫を拝見しとうございます!

【絵本太功記】

 見応えありました。仙台公演の時は、さつき・操・初菊の女三代しかほとんど目に入らず、「女の物語だ」と思い込んでいたのですが、今回「あれ、十字郎ってこんなにイケてましたっけ?」って思うくらい印象的で、物語でも重要な役割を果たしていることを感じました。

 地方公演の中ほどで配役の入れ替えがあり、仙台で拝見した時は清五郎さん。今回は一輔さん。いやぁ、圧倒的に一輔・十字郎がステキでした。一輔さん、本公演ではここまで大きな役が付くことがなく、私の中では、鑑賞教室などでの文楽解説がお上手な「しゃべれる人形遣い」のイメージが強かったのです。でも、大役がついてみて、めちゃめちゃ華のある遣い手さんであると感じました。十字郎が登場すると、まるで、そこにスポットライトが当たっているように引きつけられてしまう。特に、最後の場面、傷を負って瀕死の状態で戻ってきた時の十字郎はセクシーですらありました。

 やっぱり、地方公演での大抜擢配役って、こういう嬉しい大発見があるのがいいですね。これからは一輔さん要注目で参ります。

 そして、もう一つ、仙台では感じなかった大興奮は清介さんの三味線。冴えわたっていました!!! もしかしたら、仙台でも素晴らしい演奏だったのに会場が大きすぎてその良さが伝わってこなかったのかもしれませんが、とにかく、今回は、ちょっと神懸ってました。

これまで、舞台から目を離してでも、アホヅラして床を見たくなってしまう三味線さんと言えば清治さんと、富助さんだったのですが…、今回の清介さん、もう、音を聴いているうちに、知らず知らず、目が引きつけられてしまいました。

よくロックコンサートの映像などで、超絶技巧のギタリストの指先をアップにすることがありますが、清介さんの尼ヶ崎も「アップで見た~い」という気分でした。

そして、仙台の時にも「最高!」と思った、3人の女たち。良いお席で見せていただいたおかげで、一段と良かった!!! 仙台で見た時は、操は「抑制された悲しみ」だと思いましたが、実は、かなり激しく悲しんでいたんですね。それでも、明かに、初菊ちゃんとの悲しみ方とは違っていて、やっぱり、2人のコントラストあるからこそ、男を戦場に送りだすしかない女の悲しみを立体的に感じさせるようでした。死に際の十字郎に抱かれて共に死んでしまいたいという初菊ちゃん、一途でカワイイ! 現実の世界で男のために死にたいと思うことは200年生きてもありませんが、この一瞬だけは、血迷って「私も死ぬ!」に感情移入してしまいました。

【日高川入相花王】

 しつこいけど、吉穂さんの声が好き。30年先物買いしているので、これから30年、どんどんステキになるのを楽しませていただきます。
 ちなみに、希大夫さん、吉穂さんと並ぶと、顔の大きさも、手の大きさも、半分ぐらい。折れてしまいそうな細さが、ちょっと気になってしまいました。

 地方巡業の昼公演・夜公演を合わせて4演目中、3演目で「早替わりあり」でした。普段、文楽を見ない人にも文楽の楽しさを知ってもらおうという趣旨なのだと思いますが… 日高川は、やっぱり、ちょっと無理があったかもしれません。簑二郎さんの清姫自体は勢いがあって悪くなかったけれど…清姫の狂おしい気分にシンクロする間も無く、いきなりクライマックスシーンというのは、結構、キツいかもしれないです。

 でも、本公演の「ヤル気なし清姫」をリセットできたのは、私的にはよかっです。

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「道絶えずば、また」 松井今朝子

2009年10月13日 | ま行の作家
「道絶えずば、また」 松井今朝子著 集英社 (09/10/12読了)

 めちゃめちゃ面白くて一気読み! でも、読み終わってみると、「無理にミステリーにする必要はなかったのでは?」という、疑問もちょっと残りました。
 
「非道、行ずべからず」(08/05/15読了)に続き、江戸の芝居小屋・中村座が舞台。立女形(たておやま)・三代目荻野沢之丞が引退興行の初日、大道具係との打ち合わせの生き違いから、奈落の底に落ち、不慮の死を遂げてしまうところから物語は始まる。

 沢之丞の名跡をめぐっては、実の息子であり姿形のよく似た長兄・市之介が継ぐのか、血のつながりはないもものの、芸の素質を認められた次男・宇源次が継ぐのか-という問題が持ち上がっているさなか。もしや、跡目争いのために、兄か弟かのどちらかが父親を殺したのか-との疑念が渦巻くものの、沢之丞の死の原因を作った裏方が殺され、さらには、江戸の町の大工が相次いで殺される。果たして、一連の事件につながりはあるのか、ないのか。

正直なところ、ミステリーとしては、かなり甘めです。物語の後段になって、唐突に、都合のいい姻せき関係が明らかになるのは、興醒めでした。

しかし、「芸の道に生きることを定められた男・宇源次の苦悩」という視点で読むと、さすが、歌舞伎の専門家である松井今朝子の本領発揮なのです。特に、フィナーレで、兄と弟が「名跡を次ぐ」ことの意味について語り合う場面は、心打たれます。

 芸の道かくも厳しき。しかし、「道絶えずば、また」。読み終えてみて、改めて、タイトルの言葉に立ち戻りたくなるような一級の芸道小説。

 というわけで、やや無理があるミステリー部分をそぎ落とし、市之介と宇源次の葛藤をもっと濃厚に描いた方が松井今朝子にしか書けない、松井今朝子らしい作品になったのではないでしょうか。もちろん、ミステリーでもいいのですが、だとすれば、謎解きの部分はもう少し洗練されている方がいいなぁ。

 それにしても、改めて、歌舞伎、江戸の文化に対する造詣の深さを感じました。松井作品の中では、それぞれ東洲斎写楽、十返舎一九をモチーフにした「東洲しゃらくさし」(08/05/01読了)「そろそろ旅に」(08/04/22読了)がお気に入りですが、次は、本丸に切り込んで「近松門左衛門」を取り上げてほしいです! 領家高子の「鶴屋南北の恋」(09/08/22読了 光文社)は小説の形を借りた鶴屋南北論でしたが、今、「近松論」を小説にできるのは、松井今朝子をおいて他にいません! 

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「無理」 奥田英朗  文芸春秋社

2009年10月10日 | あ行の作家
「無理」 奥田英朗著 文藝春秋社 (09/10/10読了)

 大学生の頃に奥田英朗の作品に巡りあっていたら、とち狂って「カバン持ちさせて下さい」と土下座してアシスタントに志願していたかも。(しかし、奥田英朗はアシスタントなんて採っていなさそうな上に、私が大学生の頃は、まだ、作家デビューしていない。残念!)

 湯田町、野方町、目方町-三つの町が合併して誕生した地方都市「ゆめの市」を舞台にした、夢も希望のかけらもない物語。

 市役所で生活保護の仕事を担当するバツイチのイケメン職員。離婚し、成人した子どもたちは都会に行ったきり戻ってこない中年女。詐欺まがいの漏電遮断機付け替え業にいそしむ暴走族上がりの兄ちゃん。東京で女子大生になることを夢見る女子高生。父親の地盤を継いだものの現状には満足できず県議へのランクアップを狙う市議会議員。本来なら関わることのない5人の人生が、引き寄せられ、最後に交錯する。

よく考えてみれば、「不幸のどん底」というわけではない。帰る家もある。贅沢はできないにしても食うに困っているわけではない。多くを望まなければ、ドラマチックではないけれど穏やかな生活が続いたかもしれない。

「なにもかも、夢の無いゆめのが悪いんだ」「こんなところでくすぶっていられるか」-そう思ったとたん、穏やかな日々は灰色にかすんで見える。自分をとり囲む世界が歪んで見える。多分、不幸は、そんなふうにして、人の心にスルリと入り込んでくるに違いない。

それぞれが墜ちていく様子が、あまりにもリアルで、恐ろしくなります。説明に多くの言葉を弄しているわけではない。でも、寂しい中年の女気持ち、褒められることを知らずに大人になってしまった暴走族OBたちの屈折した真面目さ、引き籠りDV男を抱える家族が真っ当な判断力を失っている様子-、とても未経験で書いているとは思えない、うすら寒いような現実感。

読み進むにつれて暗い気持ちになるこの小説は、人間が不幸になるのなんて簡単なこと-というのを淡々と描いている。でも、それが意味することは、不幸と距離を置いておくことだって簡単なことだ-ということなのかもしれない。

伊良部シリーズがPOSITIVE SIDE OF奥田英朗ならば、「無理」はNEGATIVE SIDE OF奥田英朗の極み。そして、幸・不幸もポジとネガなんだろうな。

と、絶賛はここまで。あまりにリアルなのが怖かったこの小説。最後は、リアリティーが泡と消えてしまうような陳腐さ。いや、普通の作家なら大アリの終わり方です。でも、奥田英朗には、悶絶するようフィナーレを用意してもらいたかった!
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文楽 秋の地方巡業・夜の部 @ 仙台

2009年10月09日 | 文楽のこと。
文楽 秋の地方巡業・夜の部@仙台

【文楽解説=一輔さん】
 
 私の中では、「文楽解説と言えば一輔さん!」です。2008年の夏休み公演の時の文楽解説で、お子ちゃまさばきがあまりにもお上手で、感動しました。親しみやすいお顔だちに、優しい大阪言葉。なんか、聞いていると、これから楽しいことが始まるんだ~って期待が高まってきます。昼の部の幸助さんはちょっとお堅いNHKチックだったのに対して、一輔さんはローカル放送の人気アナウンサー。「肩の力を抜いて、普段着でどうぞ!」という雰囲気が出ていて、とってもよかったです。

【絵本太功記・太十】

 文楽デビューから一年半、ようやく、「太十」を拝見する機会に恵まれました。見ないうちから、個人的に思い入れのある演目だったのです。昨年、銀座で勘十郎さまのスタンプ原画の個展があり、ほぼ生まれて初めての「衝動買い」をしてしまったのです。その絵の題材が「太功記」。ついに、ついに、動いている「太十」です!

 昔、NHKの大河ドラマで「おんな太閤記」(主役が佐久間良子っていうのが時代を感じさせるなぁ)というのがありました。戦国物を女の視点から描くという試みで、細かいストーリーはまるで覚えていませんが、結構、視聴率をとっていたような記憶があります。

 「太十」も、まさに、「おんな太功記」です。
春長(=信長)を討った武智光秀(=明智光秀)を軸に、暴君とは言え主君を殺してしまった息子を許せない母・さつきと、光秀の妻・操、そして、光秀の息子・十次郎の許嫁である初菊。血はつながっていないけれど、縁あって母娘となった3人が、男の世界で起こる戦によって運命を翻弄され、悲しみを背負う。

 勘寿さん、勘十郎さま、勘弥さん、それぞれに立場の違い、年齢の違う悲しみ方が表現されていて、ジーンときてしまいました。勘寿さんの老女って、いつもいいなぁと思います。なんとなく、見ていて、「諦念」という言葉が浮かびます。
 そして、勘十郎さまの操は、抑制された中でも、溢れてきてしまう悲しみ。勘弥さんの初菊は、もっともっとストレートに悲しみを体全体で表現する切なさ、幼さが伝わってきて、悲しい場面なのに、カワイイ~って思ってしまいました。
 
文楽を見たことの無い人は、「だって、人形劇でしょ!」と私のハマリっぷりをバカにしますが、でも、心も、表情もない人形が、命を吹き込まれ、ただ悲しいだけではなく、母なのか、妻なのか、嫁なのか-によって、異なる悲しみ方ができるのです。もう、奇跡としか思えません! そして、こういう演目に、津駒さんの語りはぴったり。贅沢ですが、広いホールじゃなくて、できることならば、国立劇場小ホールで聴きたかったなぁ。

最後、玉女さんの光秀が木に登る場面、本当は、枝の間から、厳めしいお顔がのぞくハズが…。どうも、大道具の不具合で、ちょうど顔のまん前に枝がかかってしまっていました。なんとか修正を試みたものの、その場で解決には至らず……。

 こんな時、大道具さん、叱られたりするのかなぁなどといらぬ心配をしてしまいました。地方巡業、毎日、セットを解体し、次の公演先に運び、また、組み直し…。もちろん、技芸員さんも異動の日々で大変だと思いますが、大道具さん、一番、御苦労が多いだろうなと思います。観客は、そういうことも含めて、ライブの舞台を楽しんでます!どうか、叱られていませんように。

【日高川】

5月本公演の日高川が、相当に興醒めだったので、この公演で、嫌な記憶をリセットしたいなぁと思っていました。
簑二郎さんの清姫は、楚々として、カワイイ! そして、クライマックスの大蛇に化身する場面も、激しく、勢いがあって、狂気が伝わってきました。残念ながら、席が床とは反対側の端の方だったので、清姫の表情を見ることはできなかったのですが… でも、5月の「ヤル気なし清姫」よりは100倍良かったです。

 「化身」するということは、超・非日常な出来事なわけで、それほどまでに追い詰められた心情が伝わってこなければ、「化身」が嘘っぽく見えてしまうような気がするんです。今回は、嘘っぽくない清姫でした♪

そして、吉穂さんの船頭役は、めちゃめちゃ、よかったです。朗朗としたお声で、滑稽味があってピッタリ! 会場のあちらこちらからクスリと笑いがもれていました。早く、渋~いお爺ちゃまになって、切り場でも酔わせて頂きたいものです。

昼・夜通して、三味線崩壊の危機の他、大夫さん、人形さんにも「アレ? 今のはちょっと…」という感じの部分が若干ありましたが、でも、地方巡業ならではの配役も、また、楽しみの一つです。こういう機会を通じて、未来のスーパースターが育っていくのかと思うと、ワクワクしてきます。




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