おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「鶴屋南北の恋」 領家高子

2009年08月22日 | ら行の作家
「鶴屋南北の恋」 領家高子著 光文社  (09/08/22読了)

 1文字たりとも無駄のない清らかな文章。にもかかわらず、これから始まる無限の物語を予感させる豊かさも併せもつ書き出し。最初の10行で、私は、この物語に惚れました。

 四代目・鶴屋南北。奇想天外な設定、毒のある笑いを含んだ生世話物、怪談物を得意とし、大道具と組んで独創的な舞台装置の考案でも功績を残した狂言作者。現代風に言えば、ゴールデンタイムのお笑い番組を担当する人気放送作家といったところだろうか。

 この南北、もともとは江戸の紺屋の息子として生まれた。芝居好きが高じ、道化役の名門の家の娘を嫁にもらい、後に岳父の南北の名を襲名した-と伝えられている。

 当時としては長命の75歳まで生き、晩年まで作品を書き続ける力の源となったのが、タイトルにある「鶴屋南北の恋」だ。南北が晩年に愛した辰巳芸者・鶴次との穏やかで、温かい日々を美しい文章で描き出している-かのように見せかけて、この物語にはとんでもない仕掛けが施されている。

 四代目鶴屋南北が「ほとんど文字が書けなかった」「立作者になっても、弟子に仕事を手伝わせることがなかった」などの逸話を基に、「四代目鶴屋南北という人物はフィクションであり、実在したのはオフィス・鶴屋南北である」という大胆な推論がベースにはあるのではないだろうか。
 
 作者の推論がどこまで史実に基づき、どこまでが妄想なのかはよくわからないが、そんなことは、どうでもいいぐらいに美しい文章に酔い、物語の世界に完全に引き込まれてしまった。

 実は、「領家高子」という作家を、これまで知りませんでした。寡作で、かつ、タイトルホルダーでもないため、ネットでもほとんど情報がなく、いったいどんな方なのかわかりませんが、「美しい日本語を読ませていただき有難うございました」と感謝したい気分。

初めて松井今朝子を読んだ時の「こんなすごい人がいたんだ。今まで、知らずに、ごめんなさい!」という感動に似ています。そういえば、「写楽とは何者か」をテーマにした松井今朝子の「東洲しゃらくさし」にも相通じるところかがあるかも。

というわけで、文句なく、今年のナンバーワンです。