おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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「64 ロクヨン」 横山秀男

2013年02月06日 | や行の作家

「64 ロクヨン」 横山秀男著 文藝春秋社 

  主人公は地方の県警の広報官。タイトルは迷宮入りになりかかっている10年以上前の誘拐殺人事件を表す符牒。

何でも情報を寄こせという記者クラブと、全てを隠そうとする刑事部との板挟みとなり、精神的にも追い詰められていく。地方新聞の記者だった著者でなきゃ書けないような胸に迫る描写多数。

 ネタバレしないように…というよりも、切なすぎてこれ以上は書けず。

 個人的には、最初から最後まで胃が締め付けられるように痛かった。「クライマーズハイ」は傑作だと思うけれど、私がまだ学生だった頃の出来事をベースにした小説なので、ある程度、客観的に読めましたが、「64」は本当の意味でリアルでした。

 

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「共喰い」 田中慎弥

2013年01月29日 | た行の作家

「共喰い」 田中慎弥著 集英社 

  「都知事閣下と東京都民のために貰っといてやる!」発言ですっかり有名になった芥川賞受賞作。

 強く昭和の匂いが漂う作品だなという印象。作者より少し若いのだけど、昭和30年代ぐらいに逆戻りした親の世代の物語ではないかと思うほど、重苦しく、貧しく、閉塞的な雰囲気が支配している。

  田舎の小さな町で、父と父の愛人と3人で暮らす少年。同じ生活圏に母親と父の買春相手もいて、父はその3カ所をフラフラと渡り歩いている。女性に対して暴力を繰り返す父親を嫌悪しながらも、心の中には自分も父親と同じ気質を持つのではないか、父親と同じことをやりたいのではないか…という恐れと好奇心が同居する。そして、ついには自分自身の彼女に対して暴力的な好意に及んでしまう。

 「共喰い」というタイトルの意味するところはあまりにもグロテスクで、物語の結末は、なんとも救いがない。

  現実問題として、DV男は掃いて捨てるほど(?)存在するのだろうし、そういう男に共依存することでしか生きていけない女性や、そういう父親のようにはなりたくないともがく少年もたくさんいるのだろうと思う。DVにまつわる家族間の傷害事件がニュースになることも珍しくないし、ましてや、小説の題材になるのも理解できるけど、それでも、やっぱり、救いがなさすぎるなぁ。

  「読書はひとときの現実逃避」と思っている私には、これでもかこれでもかと辛すぎる現実を突きつけられるような作品は正直、苦手な部類に入ります。やはり、芥川賞系よりも、直木賞系作品の方が私には合っているかも。

 高校を卒業後、就職もせず、バイトもせず、ただひたすら執筆活動を続けてきたという作者の執念は十分に伝わってくる作品でした。

 

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「羆撃ち」 久保俊治著

2013年01月28日 | か行の作家

「羆撃ち」 久保俊治著 小学館文庫  

  まだ1月も終わっていませんが、今年のMyBest確定を宣言したくなるような本でした。大学卒業後、日本で唯一の羆ハンターとして生きていくことを決意した著者が自らの半生を描いたノンフィクション。

  雪山で何日もビバークしながら獲物を追い、仕留め、皮を剥ぎ、解体する様を文字で追っているうちに、動悸が高まり、息が苦しくなってくる。山の中を黙々と進んでいくような、リズム良く、無駄の無い文章にどんどんと引きずり込まれていく。
 生きること、死ぬことへの最大限の敬意、パートナーである猟犬・フチとの強い絆に何度も何度も涙が出てくる。
 人と繋がるこによって得られるものもあるけれども、でも、本当の強さ、知性、コミュニケーションする力は、孤独に向き合い、孤独から逃げないことから生まれるのだと思わずにはいられない。

  そして、読み終わった後に改めて表紙を見ると、その美しさが心に沁みます。

  動物を殺すことを職業とした人のプロフェッショナリズムと、生と死への真摯な向き合い方という点では、佐川光晴氏の「牛を屠る」に通じるものがあります。どちらも、フィクションを超えたドラマがあります。

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「銭の戦争 第2巻・北浜の悪党たち」 波多野聖

2013年01月28日 | は行の作家

「銭の戦争 第2巻・北浜の悪党たち」 波多野聖 ハルキ文庫 

  どうしよう。もう、面白すぎる!!!

  サブタイトルの通り、明治40年前後の北浜や証券金融市場を賑わした相場師にフィーチャー。改めて、株式市場って、100年以上、同じことを繰り返しているのだなと思う。電話、コンピューター、インターネットと、新しい技術の導入に伴い圧倒的なスピード感の変化を獲得してきたけれど、儲けるためのメソッドは変わらない。と、分かっていても、人間って相場の魔力から逃れられないんだな。というか、カネの魔力が世界を動かし、歴史を変えているし、歴史が相場を動かしているのかもしれない。

  物語の中で狂介が語る相場哲学は潔く、美しい。相場に勝つために必要なのは、知恵と機転と度胸と資金力。そして、何よりも孤独に耐える精神力。自分には何ひとつ無いので、相場には不向きと改めて認識する。というか、やっぱり、素人がパソコンみながらクリックしてカネを稼ごうなどという浅はかな考えが通じるほど甘い世界ではないなと思う。

  ピンポイントで特に面白かったのは、創業当時の村證券の描写。「野村週報」って、野村徳七が考案したのかぁ。投資情報部やストラテジスト、アナリストを駆使したハウスオピニオンの流布なんて今となっては当たり前のことのようだけど、最初に思いついて、システムを作った人には素直に賞賛の拍手を送りたい。 

 そして、100年前に財政難にあえいでいた日本も、やっぱり金融緩和で切り抜けようとしていたというのも、なんか、身につまされます。

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「銭の戦争 第1巻・魔王誕生」 波多野聖

2013年01月25日 | は行の作家

「銭の戦争 第1巻・魔王誕生」 波多野聖 ハルキ文庫  

  恐るべしハルキ文庫!!!

 そして、波多野聖、いったい何者なんだ!!! 

 まったくもってキケンな書物を手にしてしまいました。

  主人公は明治21年生まれの稀代の天才相場師。三井銀行のエリート・井深雄之介の次男・享介として生まれ、容姿端麗・頭脳明晰な青年へと成長していくが…相場の魔力に取り憑かれ、父親の友人の破滅を招いたとして勘当を言い渡される。狂介と改名し、孤高の人生を歩んでいくことになる。

  主人公はこの狂介のようでいて… 単に一人の人物にフィーチャーしているわけではないのです。高橋是清、ラスプーチン、伊藤博文など教科書に必ず出てくる歴史上の人物から、もう少々マイナーな幕末から明治期にかけての経済人まで、ネット検索してみると井深雄之介&享介親子以外はほとんど実在の人物なのです。

  日本が戦費のメドも立てないまま日露戦争に突入したこと、当時・日銀副総裁だった高橋是清がロンドンに赴き、ギリギリの交渉を重ねて奇跡的に外債発行にこぎ着けたこと、そして、その裏でうごめくユダヤ財閥の思惑。かと思えば、ラスプーチンがいかにしてロシア皇帝に取り入っていったのか… 近代史総復習的でありながら、少しも「お勉強」的な匂いはなく、物語としてのハラハラドキドキがてんこ盛りなのです。

  もちろん、相場師の物語というだけあって、仕手戦の様子は息をのむようにリアル。株式市場の草創期で、まだ、電話回線すらろくにない時代。現代の秒速の戦いに比べてみればなんとも悠長な売り買いのようでいて、株取引で勝つための手法の原型というのは当時からある程度、確率されていたのだなと納得。

  作者の波多野聖氏、大阪出身、一橋大卒、機関投資家でファンドマネジャー経験ありというあっさりとしたプロフィールしか書かれていませんが、いったい何者なんだろう。金融の知識はともかくとして、近代史の網羅的な知識と考察力はただものとは思えません。とにかく、キケンなほど面白い。そして、これを書き下ろし文庫で出版するハルキ文庫、ブラボー!!!

  ちなみに、この小説、完結まで10年を要するそうです。書店で3巻までが平積みになっていて、「なんとなく面白そう…」と購入したものの、後になって3巻が最終刊ではないことに気付く。最終的には20巻になる予定とか。もしかして、現代金融財政史に踏み込むってことでしょうか。続編熱烈期待。でも、半年に一冊の最新刊を待つのはつらいなぁ(>_<)

 

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「あい 永遠に在り」 高田郁

2013年01月18日 | た行の作家

「あい 永遠に在り」 高田郁著 角川春樹事務所  

  幕末から明治期にかけて活躍した関寛斎(せき・かんさい)という蘭方医の妻・あいに光を当てた大河小説。

  関寛斎は上総国の貧農の家に生まれるが、儒家の養父から厳しい教育を受け、やがて蘭医学を学ぶようになり、銚子で開業。豪商・濱口梧陵(今のヤマサ醤油の基礎を築いた人らしいです)の支援を受け、当時の蘭学の中心地であった長崎に遊学し、オランダ人医師の直接の指導により医師としての技量を上げる。その後、銚子に戻り、コレラの蔓延を防いだことを評価され、士分である徳島藩の侍医として取りたてられる。功なり名を遂げても清貧な暮らしを続け、貧しい人々からは薬礼を取らずに診療を続け、種痘を広げるなど、徳島では「関大明神」としてあがめられた人物らしい。また、戊辰戦争では敵味方の区別なく、傷ついた兵士の診療に当たったという。 

 で、不勉強な私は関寛斎という人物の名前を初めて知ったのですが、徳冨蘆花や司馬遼太郎が既に題材として小説にしているようで、それなりに有名人らしい。

  高田郁の高田郁たるところは、その関寛斎を主役とするのではなく、 妻・あいをフィーチャーしたことか。「澪つくし」シリーズの澪を彷彿させるような、素直で前向きでひたむきなステキな人。ただ、妻あいに関する資料はほとんど残っておらず、史実に基づく関寛斎の物語と、あいに関するフィクションのハイブリッド小説かと思われます。

  関寛斎という人物はとても興味深い。社会奉仕とかボランティアとかの概念がまだ確立されていなかったであろう時代に、なぜ、利他の精神を持ち得たのだうろか。どうして、戦争のさなかに敵の治療にあたる勇気があったのだろうか。もっともっと関寛斎について知りたいという気持ちが強まった。ただ、フィクションとしての部分については、資料の有無に関わるのかもしれませんが、ストーリーの濃淡にムラがある印象。上総時代が緻密に描かれているのに比べると、徳島時代はずいぶんとあっさりしていて正直、拍子抜けというか、物足りない感じでした。あと50ページぐらい足してでも、もっともっと濃いめに描いて欲しかった。

  妻あいをフィーチャーした物語なので、敢えて、関寛斎の最期については触れていないのも、ちょっと残念。できることならば、「あい」と対をなす物語として、関寛斎の晩年についても高田郁的視点で書いた物語が読みたい!

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「大延長」 堂場瞬一

2013年01月17日 | た行の作家

「大延長」 堂場俊一著/実業之日本社 

 人気・実力を兼ね備えた警察モノミステリー作家として知られる著者ですが…私は圧倒的にこの人のスポーツ小説が好きだ。単なる爽やかな青春小説ではなく、スポーツの裏側にある人の心の描き方が緻密だ。試合そのものの駆け引きとは別の次元での駆け引きに手に汗握ってしまう。

  「大延長」は夏の甲子園の決勝戦が舞台。戦うは、公立の進学校で甲子園初出場の新潟海浜と、西東京地区の強豪校で甲子園常連の恒生学園。この2校の監督は大学野球でバッテリーを組み、それぞれに別の道を歩んだ好敵手同士。海浜のエースと恒生の4番バッターはリトルリーグ時代のチームメート。決勝戦は延長15回でも決着が付かず、引き分け再試合にもつれ込む。

  決着が付かなかった決勝戦の初日から再試合が終了するまでのたった一日に、紙幅の4分の3が費やされているのだが、戦術も、気質も、背負った歴史も知っているもの同士が、相手の心理を読みながら戦う試合の面白さは格別です。海浜は、初出場ながら非凡なエースの力で決勝まで勝ち上がってきたチーム。その海浜の監督が、負けを覚悟しながらも、再試合ではエースを登板させないという決断をするまでの懊悩と、決断したあともなお揺れ続ける心理描写が特に心動かされた。

  近いところでは甲子園での田中将大と斎藤佑樹の投げ合いを彷彿させるのかもしれないけれど… 私はこの小説を読みながら、ずっと松坂大輔のことを思っていました。PLを相手に17回を投げきったあの試合は、今思い出しても鳥肌が立つような素晴らしいピッチングだったけれど… でも、甲子園大会という過剰にフィーチャーされてしまった大会のために彼の持っている潜在力を18歳までに搾り出させるようなことをしなければ、松坂大輔は今も輝き続けていたのではないか。野球ファンの心の内にも、松坂が大リーグで活躍するチャンスを先食いしてしまったような惜しい気持ちが少なからずあるのではないか。

  甲子園で優勝投手となることは輝かしい勲章だけれども、しかし、そこはゴールでなく通過点にすぎない。監督としての実力と名誉とプライドを賭けた戦いでもある決勝戦で、敢えて、エースに投げさせない勇気を持った海浜の監督にアッパレ!

  そして、もう1人、ストーリーを追いながら頭に浮かんだのは日ハムの栗山監督。大リーグ行きを公言していた大谷翔平を口説き落とした彼の心のうちにはどんな思いがあったのだろうか… と思っていたら、なんと、「解説」を書いているのはスポーツキャスター時代の栗山英樹氏でした。なかなか渋い人選!

  野球を見ない人にとってはイマイチ面白みが伝わらないかもしれませんが…野球ファンには重層的に楽しめる、長く記憶に残る名勝負です!

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「光秀曜変」 岩井三四二

2013年01月15日 | あ行の作家

「光秀曜変」 岩井三四二著/光文社

  明智光秀と言えば本能寺の変。天下を我が物とし、恐怖政治を敷いた信長を死に至らしめた緻密な策略家。学問があり、切れ者ではあるが、結局のところ「裏切り者」「逆臣」というマイナスイメージの言葉で総括される人物-というのは大河ドラマなどで断片的に描かれる人間像の蓄積に過ぎなかったのだろうか。(考えてみれば、光秀主役の歴史ドラマは記憶にない。常に信長や秀吉が主役のドラマの脇役だ)

  「光秀曜変」に描かれる光秀は、これまで私の頭の中にあった光秀像とは全く異なる。まだ幼い子供の行く末を案じ、病死した先妻を敬いつつも、後添えとなった若き妻を愛する良き父・良き夫。そして、信長の命に背いてまで臣下の命を守り、常に臣下を気遣う良き上司。そんな、善人・光秀が、なぜ、上様である信長を討つというところまで追い詰められてしまったのか。

  著者は、実は、光秀が信長よりもはるかに年上で、既に老境に達する年齢に至っていたという歴史研究に基づいて物語を書き始めているのだという。まだまだ合戦で武を立てる自信はあるとはいえ…昔に比べると身体は動かなくなってきた。疲れは溜まる。何より、記憶力が落ちた。会ったことがあると分かっていても、名前が出てこないことが多い。自らに迫る「老い」を日々、実感するにつけ、心配事が募る。自分より遥かに若い信長の天下はいつまで続くのか。まだ幼く、自分よりも凡庸な息子たちは、気分屋で、自己中心的で、臣下を大切にしない信長の怒りを買うことなく、家を守り続けることができるだろうか。

  その焦燥感が光秀の神経を蝕んでいく。今で言えば、痴呆症と老人性鬱病のような症状に冒され、寝ても覚めても信長の幻影に怯え、信長を消すことによってしか心の安寧が得られなくなってしまったのだ。本能寺の変は緻密な策謀によって実現したのではなく、精神的に追い詰められた光秀が乱心して起こしてしまった突発事故のようなものなのだと解釈している。これまで冷徹な裏切りものだと思いこんでいた光秀が、突如、人間臭く、哀れな老人として浮かび上がってくる。

  「光秀曜変」というタイトルの意味が最後に語られる。信長が愛した「曜変天目」という茶碗に光秀の人生をなぞらえているのが、光秀という人物への慈しみが溢れていて、切なく、悲しい。

  「本能寺の変の半年前」「本能寺の変の11日後」など、「本能寺の変」を座標軸の中心に据えて時間が行ったり来たりしながら物語が展開するため、最初はなかなかストーリーに入っていくことができなかったが、3分の1ほど読んだところで作者の意図が少し見えてくると、一気読みモードに突入。やっばり、岩井三四二面白い!

 

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「本屋さんで待ちあわせ」 三浦しをん

2013年01月04日 | あ行の作家

「本屋さんで待ち合わせ」 三浦しをん著  大和書房

  読売新聞に掲載されたものを中心に既発表の三浦しをんの書評をまとめたもの。改めて、三浦しをんは作家である以前に、重篤な読書中毒患者であることを思い知らされる。

  新聞書評という紙幅の制限がある中で紹介した書評の集大成なので、無理無理まとめました感が否めないものも多い。もっとたっぶりの字数ならば、さぞやしをんワールドが炸裂したのではないかと思うと、少々、残念ではあります(書評集としては、ポプラ社の「三四郎はそれから門を出た」の方がガツンと読み応えがあった)。それでも、自分が全く知らない作家や、考えてもみたことのない読書視点が紹介されていて、「これは、いずれ必ず読もう!」と思う本が何冊もあった。

  中でも、最も気になった作品は「東海道四谷怪談」(四谷怪談の頭に「東海道」が付くなんて初めて知った!)。小学生の頃、学級文庫にあり、男子はこぞって読んでいた。しかし、顔面が崩れたお岩さんの挿絵が小学生女子にとってはあまりにも耐えがたく不気味で、その後のン十年の人生でも四谷怪談を手に取ろう、読もうと思ったことは一度もなかった。

  三浦しをんの解説によって、お岩さんの顔面が崩れてしまった理由を初めて知るとともに、怪談というよりも、なんとも人間臭い不条理物語なのだと理解する。かなり文楽チックなストーリー展開だ。ホラーとか怪談ものはあまり好きではないけれど、四谷怪談、必ず読もうと思います。(ちなみに、歌舞伎の演目にはあるけれど、文楽でほとんど演じられたことがないようです)

  昨年は通勤時間にタブレットで新聞を読んだり、FBチェックするクセがつき、読書量が急減!読了後、感想を書かないままにしてしまった本も多数。今年は、デジタル機器に振り回されず(?)、読書三昧な生活を取り戻したいものです。

 

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「弥勒の月」 あさのあつこ

2012年09月26日 | あ行の作家

「弥勒の月」 あさのあつこ著 光文社  

 「バッテリー」など児童小説(青春小説?)でヒットを飛ばしている人気作家の時代小説。

 小間物問屋の若女将おりんの溺死体が見つかったところから物語がスタート。おりんの夫であり、小間物問屋の主人・清之助が背負った暗く、重たい陰の正体を少しずつ明かしていく形でストーリーは進展していく。

 さすがにソツが無いというか、一定の水準は満たしていると思う。

 でも、強烈に心に突き刺さる「何か」はないし、かといって、次のページをめくるのがワクワクしてたまらないようなエンタメ性もない。主要登場人物も強烈なキャラではないし、何のひっかかりもなく読み終えたしまった感じかな。

 現代小説も2-3作は読んだものの、実は、ほとんど記憶に残っていない。

 あまり、私の好みの文章ではないのかもしれません。

 

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