おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「同期」 今野敏

2009年07月26日 | か行の作家
「同期」 今野敏 講談社 (09/07/26読了)

 うまい!! やっぱり、最近の警察小説の書き手としては、今野敏と佐々木譲が双璧です。大変、素晴らしい。

 私的・今野敏最高傑作の「隠蔽捜査」も、警察庁の出世街道を昇る警察官僚と警視庁の現場主義の刑事という同期」のそれぞれの生き様にスポットあてたものでした。

「同期」の主人公は、ぐんと若返って20代後半か30歳そこそこぐらいと思しき宇田川亮太巡査部長。ショカツから、警視庁一課配属になって意気揚揚、やる気満々の若者。

 暴力団の抗争事件と見られる殺人事件の特捜本部に加わった宇田川クン。ガサ入れの最中に逃亡を図った暴力団員を追っていて、危うく撃たれそうになる。その危機を救ってくれたのが、タイトルにもなっている「同期」の蘇我クン。

 しかし、その同期は、そのわずか数日後には、誰も知らぬ間に懲戒解雇になり、姿を消し、さらには、暴力団同士の抗争事件だと思っていた2つの殺人事件の容疑者になっていた。

 「なぜ、蘇我が殺人?」「なぜ、蘇我が懲戒解雇?」 同期として素朴に感じた疑問を解こうとすると、そこには、警察組織の壁が立ちはだかる。

 事件の真相を解き明かすとともに、この物語は、宇田川亮太巡査部長の成長物語でもありました。「隠蔽捜査」の伊丹刑事部長の若き日はこんなだったのかなぁ…と思わせるようなanother「同期」storyでした。


「風に舞い上がるビニールシート」 森絵都

2009年07月25日 | ま行の作家
「風に舞い上がるビニールシート」 森絵都著 文春文庫(09/07/24読了)

 結構前に森絵都の「カラフル」は読んだことがあって、その時点で「好きじゃない作家」に分類していました。「嫌い」と言えるほどの心の引っ掛かりもなく、なんとなく読み終わっちゃいました~って感じでした。

 だから、読み始める前は、大して期待もしていませんでした。サラっと斜め読みして、その場限りで忘れてしまえばいいのだろうというぐらいの気持ちだったのですが…。ずっしりと重たい小品集でした。

 主人公も設定もバラエティに富んでいます。「器を探して」は、気まぐれな美人パティシェに翻弄される秘書の弥生ちゃん、「鐘の音」は仏像修復師の潔。他にも、国連職員、専業主婦、小さな出版社の営業のおじさん…。

 誰の人生にも、どんな平凡な日々の生活にも、ある日、突然のように、不条理な選択を迫られる瞬間があるんだ-という、当たり前の現実を、そして、それが、その当人にとっては鉄の玉を飲みこむように辛いことであるということを丁寧に、丁寧に描いています。

 主人公たちは、みな、たくましい。最初からパワフルでマッチョなわけではないけれど、不条理や、苦しみや、悲しみを受け入れて、落ちるところまで落ちて、でも、結局、人間は生きていかなければ行けないんだという答えにたどりつく。
 
 静かで、おだやかな文章の中に、最後まで折れることのないしたたかさが潜んでいました。

 1つ1つが完成度の高い作品です。でも!!! 私は圧倒的に長編好きなので、2番目の作品が、1番目の作品の「続き」ではないとわかった瞬間、かなり、がっかりしました。


「廃墟に乞う」 佐々木譲

2009年07月21日 | さ行の作家
「廃墟に乞う」 佐々木譲 文藝春秋社 (09/07/20読了)

 いかにも佐々木譲らしい作品。北海道警を舞台に、どこか物悲しい。

 そう。佐々木譲の作品は物悲しいのです。事件は解決しても、事態は確実に前進しているのに… どうして、人間って、こんなに切ないのだろう-という気持ちになってしまう。

 心を病み、休職中の捜査一課の刑事を主人公にした連作短編集。
 佐々木譲は長編の名手-と思うので、短編という時点で、私の気分はちょっと冷めてしまったのですが…でも、クオリティは安定しています。それに、ちゃんと、連作短編の最後の作品が、ちゃんと〆になっているところが、また、上手い!

 でも、やっぱり長編読みたいです! 次は、ぜひ、長編を!

「福家警部補の再訪」 大倉崇裕

2009年07月15日 | あ行の作家
「福家警部補の再訪」 大倉崇裕著 創元クライム・クラブ (09/07/15読了)

 めちゃめちゃ楽しい~! 福家警部補カワイイ~!
2008年12月30日読了の「福家警部補の挨拶」の続編です。短編推理小説のため、ストーリーに触れるような野暮なことはやめておきます。

 まさに、女版・古畑任三郎の世界です。しかも、福家ちゃんが、妙に淡々としていて、キャラとしての強烈さがないところが、余計に魅力的でカワイイのです。

 NHKでのドラマ化は大大大失敗だったようですが(と言っても、私は見ておりません)、ここは、改めて、フジテレビでドラマ化してもらいたいなぁ。この手のエンタメものは、やっぱり、フジテレビが一番です!そして、スペシャルバージョンで古畑任三郎と殺人事件の捜査本部でバッタリ遭遇しちゃったりすると楽しいのになぁ。

 

「シリコンバレーから将棋を観る」 梅田望夫

2009年07月15日 | あ行の作家
「シリコンバレーから将棋を観る」梅田望夫著 中央公論新社 (09/07/14読了)

 文句なく、今年読んだ本のナンバーワン! 
 私は、将棋に何の興味もなく…というか、将棋を指したこともなければ、ルールすら知りません。それでも、活字を通じて、未知の世界を覗き見ることができるって、めちゃめちゃ刺激的! (ちなみに、昨年は「磯崎新の都庁」がナンバーワンでした。建築の世界も刺激的でした)

 もともとは仕事の関係で「斜め読みぐらいはしておこうか」という軽い気持ちで読み始めました。

 著者は「指さない将棋ファン」として、その筋では有名な人らしいのですが、私は、「指さない将棋ファン」という言葉すら初耳。

でも、読んでみて、なるほどな-と思いました。野球観戦やサッカー観戦が好きな人が、必ずしも野球観戦やサッカーが上手いわけではない。むしろ、ほとんどの人が何年もボールに触ったこともないのに、ビール片手に「バカヤロー。そんなボール球振るんじゃねぇ~」「どこにパス出してるんだよ!」と偉そうに選手を叱咤激励しているわけです。とすれば、自らは将棋を指さない観戦専門のファンがいてもいいじゃないか-という理屈だそうで、まったく、おっしゃる通りです。

 そして、指さない将棋ファンの目から、現代の将棋事情や親交のある棋士たちの横顔を紹介しているのですが… 私が感動したのは羽生善治という人のスゴさです。
 
 もちろん、将棋に何の興味はなくとも羽生善治という名前ぐらいは知っていたし、若いころから大きなタイトルを取りまくっているめちゃめちゃ強い人という程度の知識もありました。

 でも、羽生善治は、単に、将棋の強い人ではなく、イノベーターというか、革命家だったのです。将棋界の退屈な慣例を排除するために、若い頃から一つ一つ駒を打ち、見事に将棋のありようを変えてしまったそうです。また、自らが研究成果を積極的に著書などで公開し、ファンばかりでなく、対戦相手にも手の内(というか、頭の中)をさらけ出し、それでも勝ってきた。めちゃめちゃ、カッコいいです。

 そして、羽生善治はイノベーターではあるけれど、伝統の破壊者ではないのです。むしろ、過去の棋譜を研究し、死ぬほど勉強し、伝統を踏まえた上で、より将棋が魅力的なものであるために改革すべきことが何なのかを意識的に考えているし、将棋界のリーダーとしての自分の役割を強く自覚しているのですね。

 そして、羽生善治以外に紹介されている棋士の方も、伝統の継承者でありながら、イノベーターでもあり、暗く陰気な世界と勝手に思い込んでいた将棋界が、とっても、キラキラ輝いて見えてきました。

 そして、はたと、私の愛する文楽の世界のことに思い至ってしまいました。
 確かに、素晴らしい伝統の継承者がいっぱい。簑助師匠のような、神が宿る人もいますが、羽生善治のようなイノベーターはいないのかもしれないなぁ。

 伝統は守らなければなりません。しかし、400年の時空を経て、生き残っていくためには、伝統の上にイノベーションは絶対に必要です。それは、芸そのものではなく、観客の引きつけ方であったり、後継者の獲得の仕方なり、経営のための資金確保であったり、もっと工夫の余地があるのかもしれません-そんなことを考えながら、多くのイノベーターが育っている将棋の世界を羨ましく思ったのでした。

 ちなみに、将棋のことは本当に全く何も分からないので、本文中に紹介されてる棋譜戦況はすべて無視して読み進みました。それでも、十分に、面白く、著者の意図が伝わってきました。「指さない将棋ファン」のみならず、将棋に何の興味の無い人にも、ぜひぜひ、おススメしたくなってしまう一冊です。

「恋する文楽」 広谷鏡子

2009年07月15日 | は行の作家
「恋する文楽」 広谷鏡子著  洋泉社 (09/07/10読了)

 文楽ファンの諸先輩方から何度となく勧められた本です。とはいっても、ハードカバーも文庫本も既に絶版(文楽ファンの底辺がそれほど拡大していないってこと?)になっているため、「そのうちブックオフにでも探しにいこうかなぁ」などと考えておりました。

 ある日、家に帰ると、郵便で「恋する文楽」が届いていたのです! とあるご縁で知り合いになった文楽ファンの方が「たまたま家に2冊あったのでどうぞ」とプレゼントして下さったのでした。ウキウキ。
 
NHK職員にして、小説家でも著者が文楽にハマっていく過程を綴っています。すばる文学賞を受賞されているだけに、出だしは格調高く、奥ゆかしい文章だったのですが…ページが進むにつれて、どんどん、ミーハーファンっぷりが溢れ出てきて、同じくミーハーファンである私としては、「そうそう、同じです!」と共感するところがたくさんありました。

全ては「恋する文楽」というタイトルに集約されているのですが… まさに、それは恋なのです。舞台をみてうっとりとするだけでなく、次の公演が待ち切れない気持ちも、新幹線にのって大阪の文楽劇場まで遠征する道のりも -年齢を忘れて、初恋のような純情な気持ちになってしまうのです。

私に「文楽って、ミーハーに楽しんでいいんだ」と教えてくれたのは、三浦しをんの「あやつられ文楽鑑賞」でしたが、「恋する文楽」も、「敷居が高いなんて思わずに、楽しみましょう」という本です。

ま、文楽ファンは激しく共感し、非・文楽ファンにとっては「何をそんなに盛り上がってはんの?」という感じかもしれません。


清治 近松復曲三夜の「第一夜」 @ 紀尾井ホール

2009年07月04日 | 文楽のこと。
清治 近松復曲三夜の「第一夜」 @ 紀尾井ホール

 清治さんが、ストーリーだけ残り、曲が伝わっていない近松作品を復興するとい
う企画イベント。3年かけて1作ずつ上演する計画で、今日は、その第一作の発表。

 なにしろ、タイトルに「清治」の名前が入っているからには、誰だって、清治さんの超絶技巧、激しい戦う三味線でスカッとして、テンション上げて週末を迎えたい-という気分で高いチケットを買って、会場に足を運んだんだと思うのです。

 ところが、第一部が始まっても、なかなか清治さんは登場もせず。というよりも、三味線すらない素浄瑠璃という感じ。正確に言えば、近松時代を再現した一人遣い人形や、杉江みどりさんの切り絵による電子紙芝居チックな演出もあったのですが…「清治さん、いつ、登場するんだろう~?」と気になっていたせいもあるけれど、浄瑠璃にもイマイチ乗れない。と思っているうちに、最初の一時間が終了。

 そして、休憩をはさんで第二部が始まり、ようやく、清治さん登場!

 しかし、どうも、単調というか… 清治さんの本領が発揮されるようなすごい音曲じゃぁない。もちろん、何か所かは見せ場はあったものの、曲全体とみれば、ままったりとしていて、多分、観客が「清治」のタイトルに期待したものとは、かなりズレていたのではないかという感じ。

 そして、「何か違う」っていうのは、もしかしたら、観客だけではなく、舞台にいる人たち自身が感じていることなんじゃないかと思われました。
  
 何しろ千歳大夫、呂勢大夫のダブル大夫が、まったくシンクロしていない。二人が同時に同じ節を語るところも微妙にタイミングがズレているし…。ノリノリの時の千歳大夫は、顔を真赤にして、身体を楽器のようにして、全身で語っているのが観客にも伝わってくるのに、今回は、それが無い。相生座では、あんなに熱演していた呂勢大夫も、書いてあるものを読み上げるような語りで、観客を乗せてはくれない。
 
 多分、冷めた気分でいたのは私だけではなく、会場全体の空気が「あれ? 私、清治さん聞きにきたのに…」とちょっと期待外れな気分になっていたと思います。観客席も、まったく、熱気なし。


 最終盤は、早く終わらないかなぁ、夕ごはん何かなぁ…。という感じでした。

 ちょっと残念。来年、再来年と続けていいくには、相当、強力なテコ入れが必要です。