おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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文楽5月公演・祇園祭礼信仰記録 @国立劇場

2010年05月29日 | 文楽のこと。
◆祇園祭礼信仰記 @ 国立劇場
 
 5月公演は、私的には超大満足な配役♪ 一部も二部も勘十郎さま&玉也さんが主役(級?)を張っていて、ウキウキ。というわけで、重苦しい場面でも、なぜか、デヘェ~と顔の筋肉が緩みまくってしまうのでした。

 しかも、やっぱり私は清治さんの三味線が大好き。聴くたびに「太棹ってロックだ!」と思う。めちゃめちゃカッコイイです。「大夫」を中心にして出番が決まっていくから、いつも清治さんがいい場面で出ていらっしゃるとは限らない。4月の大阪の妹背山は、あまりにも清治さんの出番が少なくてガックリでしたが、今回は、たっぷり楽しませて頂きました。
 
 で、ストーリーはいかにも文楽的な支離滅裂ぶりだし、「さっきは別の人物になりすましたけれど、実は…」と後になって本当の身分を明かすズルイ展開もありなのですが、でも、最初から最後まで「お楽しみ」満載な舞台なので、細かいことは気にしない。

 なんといっても、松永大膳! 玉也さんが遣われるお人形は、大きくって、狼藉モノという役どころが多いように思いますが、今回は、悪役商会でも、色情狂系でした。 何度も「抱いて寝る」を連発するのもいかがなものかと思いますが、「布団の上で極楽責め」は笑えました。いったい、どんな、めくるめく世界を見せようというの??? そして、そんなエロ大膳を玉也さんが超クールに遣われているのがますます楽しくなってしまうのです。

 「金閣寺の段」では、大膳にほとんど動きがなく、顔の向きを変えるぐらいで、大半の時間が座布団の上に座ったまま。ということは、その間、ずっと玉也さんは大きな首を支え、手首をロックした状態。なのに、ピクリともしない。

 かたや、大膳が「抱いて寝たい」雪姫は勘十郎さま。大膳に斬りかかった罰として縄で桜の木に縛り付けられる。色々な意味で、このシーンが見せ場。身体の自由が利かなくなった雪姫を遣うために、勘十郎さまも右手を腰に当てて、動かすのは左手のみ。なんか、このシーンが二重の意味でエロチックでした。縛られた雪姫も、それを遣われる勘十郎さまもセクシー。(でも、よく考えると、ここまでしておいて何の手出しもしない大膳は、意外と奥手?) そして、縛られたまま、足で集めて桜の花びらをキャンパスとして、ネズミの絵を描く雪姫。描かれたネズミが見えるわけではないけれど、飛び散る花びらから、絵が出来上がっていく様子を想像できる。

 そして、圧巻だったのは東吉が金閣寺の最上階に幽閉された慶樹院を救い出す場面。とにかくセットが素晴らしい。限られた空間の舞台なのに、工夫を凝らして、東吉が高い塔を上がっていくように見えるのです。アカデミー美術賞とはいえないまでも、大道具さんに功労賞を! で、せっかくステキな演出で高い塔を上ったのに…救出の仕方があまりにもアクロバティック。竹の“しなり”を利用して、遠くに飛ばすなんて、年寄りをそんな扱いにしてよいのか???
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連獅子 @ 国立劇場

2010年05月24日 | 文楽のこと。
連獅子 @ 国立劇場
 
 歌舞伎でお馴染みの連獅子。といっても、私はテレビでチラと見たことがあるだけだし、しかも、毛振りの場面のみ。だから、毛振りに至るまでに、意外と長い前振りがあったことが新鮮。しかも、文楽では雌獅子が出てくるのか-というのも新鮮。
 
 さすがに、毛振りは、歌舞伎の豪快さに比べると、ちょっと小ぢんまりと見えてしまうのは致し方の無いことですね。でも、父母子3人(3匹?)揃ってブンブン振り回し、反対回りまでサービスして頂くと、やっぱり、自然と拍手したくなってしまいます。

 個人的には毛振りが始まる前の舞いの部分の方が、文楽らしい美しさを楽しめました。勘彌さんの雌獅子、母性を感じさせるゆったりした雰囲気があってステキ。

 あと、気になったのは、子獅子が「谷底に突き落とされる」場面。私の浅薄な知識によれば、子獅子は「突き落とされる」はずなのですが、どうしても「飛び降りている」ようにしか見えない。それって、子獅子よりも人形遣いを見過ぎってことでしょうかね?どうも、主・左・足の3人が「飛び降りる」瞬間が気になってしまって…。しかも、結構、高い位置から飛び降りているのに、何の音もしないのは何でなんだろう? 低反発マットとか敷いているのかな…?  と、いらぬことを考えてしまうのでした。
 
 床は呂茂大夫さんが退座したために大夫4人、三味線5人の不規則編成だろうか。というのはいいとして、英さんが1人で語るパートは、声量が小さいせいか、三味線5人に負けてしまって若干聞きとりづらい印象。今回、相子さんの出番が少なかったのも、少々、不満。
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「弩」 下川博

2010年05月23日 | さ行の作家
「弩」  下川博著  小学館 (10/05/22読了)

 私個人としては、「神奈川県横浜市金沢区にある真言律宗称名寺は鎌倉時代から続く古刹だが…」、という最初の一行でノックアウト。

というのも、称名寺は私には馴染み深い寺なので。通っていた小学校から歩いて15分ぐらのいところにあり、ちょっとした遠足、写生と、何度も行った場所。中学生の頃は部活の友達と集まって、除夜の鐘を撞きにも行きました。

自分自身に少しでも接点のある地名や人名が出てくると、どうしても引き込まれてしまうものです。でも、それがなくとも、十分に面白い作品です。鎌倉時代末期から南北朝初期の因幡の国(現在の鳥取県)百姓を主人公にした物語。時代モノというと、有名武将を中心に描かれる作品に偏りがちですが、名も無き人々にスポットを当てた作品は好感が持てます。

どのように交易がおこなわれていのか、どうやって産業が発展したのか-この作品を通じて、その一端を垣間見られました。因みに「弩」は、文字の作りを見ればわかる通り、弓の一種で、西洋ではクロスボウ(ボウガン)と呼ばれるもの。百姓たちが、厳しい年貢に堪えかねて、「弩」で武装して領主の侍と戦うという-戦闘シーンがクライマックスなのですが… 圧倒的に、物語の前段で描かれていた、村が産業によって発展していく様子が面白い。そして、「荘園」制度など、遥~か昔に社会の授業で勉強した細い記憶を辿るのも、楽しいものです。

ただ、ちょっと残念なのは、イマイチ、文章が雑な感じがしました。せっかくチャレンジグな作品なので、メリハリつけて、美しい日本語にしてスタイルアップしたら、もっともっと楽しく読めたのに…という感じです。


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碁太平記白石噺 @ 国立劇場

2010年05月23日 | 文楽のこと。
碁太平記白石噺 @  国立劇場
 
 話の本筋としては、無実の罪で父親を殺された田舎娘・おのぶが、阪東巡礼の旅をよそおって浅草で売れっ子の花魁となった姉・宮城野を訪ね、「共に、父の仇打ちをしよう」という、涙無しでは聞けない(?)話らしい。

 しかし、どうも、端場があまりにも面白すぎて、本筋がどうでもよくなってしまうという落とし穴あり。私は、まんまとハマって、肝心のところは沈没・爆睡しました。
 
まずは、簑二郎さん扮するどじょうという手品師が登場。手品の腕前もなかなかのものなのですが… なぜか「雷門」のロゴが入ったペットボトル(!)からお茶を飲んだり、最後は三越の紙袋を手に舞台からはけていったりと… 文楽としては珍しい、おちゃらけた演出。開幕2日目に拝見した時には、ちょうど母の日ということもあり、ラッピングしたカーネーションが手品で飛び出し、それを会場に投げ入れて、やんややんやの喝さいを浴びていました。ま、たまには(あくまでも、たまにはです!)こういうお遊びがあるのも楽しいものです。

 そして、簑二郎さん最大の見せ場は、お地蔵さまに扮して、カネを借りた相手である観九郎から、逆に50両を巻き上げるシーン。いやぁ、大いに笑わせて頂きました。もちろん簑二郎さんのみならず、左さん、足さんもナイスです。そして、床の千歳さん、清介さんも大熱演。千歳さんは、こういう楽しい場面がしっくりきます。客席からは何度も温かい拍手が沸き起こりました。 でも、私的勝手配役が許されるのであれば、ここは吉穂さん大抜擢したいところです。

 文楽としては、極めて珍しい江戸の作者による、江戸を舞台にした作品。そのせいなのか、東北から上京してきたおのぶの訛りをクスクスと笑う場面が何度かあって、昔から江戸っ子は地方をバカにしていたのか…と、ちょっとイヤな感じ。

 春巡業で文雀さんが八重垣姫を遣われた時には散々なことを書いたような記憶がありますが…、今回のおのぶは子供らしい可愛らしさが出ていてよかったです。

 劇場からの帰り、その文雀さん(多分、見間違いではないと思う)を半蔵門駅でお見かけしました。小柄で、杖をついた、足元も覚束ない、おじいちゃま。文楽を見たことの無い人がみても、だれも、人間国宝だと気付かないだろうなぁ。まぁ、文雀さんに限らず、演者の皆さん、あまりにも普通に地下鉄を利用されています。先日も、私は「あっ、清介さんとすれ違っちゃった、ウフ♪」と思ったのに、一般の人はまったく無関心に通り過ぎていくので「皆さ~ん、この人スターさんですよ~。めちゃめちゃセクシーに三味線弾かれる人なんですよ!」と宣伝したくなってしまいました。

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99年の玉男久作&簑太郎久松にシビレる

2010年05月20日 | 文楽のこと。
1999年の野崎村で玉男久作&簑太郎久松

 知人がコピーしてくれた古いNHKの古典芸能番組。1999年文楽劇場での野崎村です。床は住大夫&錦糸。おみつ文雀、お染紋寿、久松簑太郎、久作玉男。

 テレビ中継はカメラのクローズアップもあるし、マイク性能もいいし… ある一面では、ナマ舞台よりも良く見えてしまうところもあります(もちろん、全体としてはナマの方が断然いいけれど)。ということを差し引いて考えても、簑太郎久松、玉男久作がめちゃめちゃにいいです。ああ、本当に、玉男さんに間に合わなかったことが悔やまれます。

 肩たたき&お灸をすえる場面。5月公演では、ちょっと、単調な印象でした。いよいよおみつと祝言を挙げようという時に、門口にお染が訪ねてきているわけで、久松は動揺して心ここに非ずという設定。「心ここにあらず」の演技は、まずは「心」が存在していて、それが御留守になっている状態をあらわすと思うのですが、その前提である「心」があるようにはみえず、そこに久松の人形がある-と感じてしまいました。

簑太郎久松は、動揺して、心が御留守になってしまう瞬間がちゃんとあるのです。肩をたたく仕草のひとつひとつも、「そうそう、こんな感じでやるよね~」とうなずきたくなるぐらいリアル。久作とのやりとりもこの上なく自然だし、お染の視線に気付いた瞬間のバツの悪そうな顔。「ああ、私は、これをナマで見たかった」と身悶えしたくなるほどに思いました。
 
特に、シビレてしまったのは、久作が心ここに非ずの久松に対して「久松、よそ見していないでちゃんとやれ」と叱りつけるところ。もう、玉男&簑太郎の息の合い方が、これ以上はないと思えるほどに完ぺきなのです。一瞬、「この二人は師弟?」という妄想にとらわれそうになるぐらい。

10年前の妹背山の簑太郎久我之助&玉男大判事も競演もメロメロになってしまいましたが、野崎村での競演も本当に本当にステキ♪♪♪

 で、この頃は、文雀さんも、まだ、背筋がしゃんとしていて、女の子の立ち姿も生き生きとして可愛らしい。そういう姿を見ると、ますます、最近の人形を高い位置で持てないのが痛々しいです。紋寿さんのお染も1999年バージョンの方が若さゆえの無謀さ、一途さが出ている印象ですが、これは、テレビのクローズアップ効果もあるかもしれないので、断言は避けます。いずれにしても、お染もおみつもかわいかった。住師匠も10年前に聞きたかったなぁ…。

 細かな演出の違いがいくつかありましたが、面白かったのは、お染が乗った船の船頭が笑いを取る場面。99年バージョン(清五郎さん)の方は、勢い余って川に落ちて、慌てて泳いで船に戻るというかなり大がかりな感じ。簑紫郎さんも、こちらのバージョンだったらよかったのにと、ちょっと残念に思いました。  
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「エデン」 近藤史恵

2010年05月17日 | か行の作家
「エデン」 近藤史恵著  新潮社 (10/05/16読了)

 激しくいいです!  「春になったら苺を摘みに」梨木香歩・新潮社を上回り、今のところの私的今年読んだ本ナンバーワン。

 自転車ロードレースをテーマとした作品「サクリファイス」の続編。だいたい、シリーズものって第1作が圧倒的に面白くて、続編は7割の出来-という感じなのが一般的だと思うのですが… これは、第1作に負けていません。互角か、もしかしたら、それ以上かも。

 海外のチームからスカウトされたロードレーサーの白石誓(通称・チカ)が、憧れのツール・ド・フランスを走りながら、アスリートとして、日本人として自分はどうあるべきかという心の内面での戦いにも向き合っていく。 まさに駆け抜けていくようなロードレースの展開と、一方で、静かで孤独な内側の戦いとが好対照です。

 チカが向き合う試練は、とても切なくて、読んでいて胸が締め付けられる。そして、チカが選ぶ道は、決して、平坦でもなければ、最短コースでもないけれど、でも、最も、正しい道のように思える清々しさがあります。

 「日本人である」ということを強く強く意識させられる。スポーツでも、経済でも、グローバルな戦いで勝っていくためには、世界に共通するルールを受け入れなければならない。だけれども、グローバルスタンダードが全てなのだろうか、ただ勝ちさえすればそれが全てなのだろうか-。

 愛国心を煽るようなところは一切ありませんが、チカの選択を通じて、日本人としてのアイデンティティを大切にしたいという思いが湧いてきます。

 もちろん、ロードレースの面白さもたっぷり。ピレネー山脈に行ってみたくなります♪

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新版歌祭文 again @ 国立劇場

2010年05月17日 | 文楽のこと。
新版歌祭文 again @ 国立劇場

 新版歌祭文again。いやぁ、「野崎村」は思い切り爆睡しました。さすがに住師匠のところで起きましたが…でも、中日まできて、住師匠もちょっとお疲れなんでしょうか。イマイチ、お声に張りが無いような印象でした。

 それにしても、ふにゃふにゃ男・久松のせいでみんなが不幸になって(しかも、久松が自分が元凶だという自覚が足らなすぎ!)、みんなしてメソメソ泣くという救いの無いストーリーなのに、なぜ、これが名作に数えられているのだろうか。改めて、不思議。

 新版歌祭文again  が書きたくなったのは… 「油屋」があまりにも素晴らしかったから。咲大夫さんがとにかく圧巻でした。過日拝見した時も「いいなぁ」と思いましたが、今日は、さらに良かったです。めちゃめちゃノッていました。文楽歴わずか2年3カ月ではありますが、今までの咲大夫さんの中で、今日がサイコーでした♪♪♪ そして、間違いなく、今日のMVPです。

 その最高の浄瑠璃と、燕三さんの重厚三味線と、玉也さんの確信に満ちた演技。スゴイものがシンクロして心臓がキューンと締め付けられる-と思ったら、自然と客席から拍手が沸き起こりました。会場もシンクロした瞬間でした。そして、期せずして、涙が止まらなくなってしまいました。ホント、生きてて良かった~と思う素晴らしい舞台でした。

 で、咲大夫さんがあまりに素晴らしすぎて、ちょっと薄まってしまいましたが、咲甫さんもよかったです。咲甫さんの声って、揺りかごに揺られているような気持よさがあるのです。そして、酔っ払いのげっぷが超リアルで絶品でした。

 本日の席は前から3列目。勘十郎さまと玉也さんの掛け合いも一段と楽しかったです。後ろの席では見えないこんな細かな演出があったのか…と新たな発見もたくさんありました。勘六が小助に飯椀を投げつけた後に、小助のおでこに飯粒がついているというのも、遠くの席からは見えませんでした。

 新版歌祭文は、一応、お染・久松が主役という設定なのでしょうか? 舞台を支配して、観客の心をワシづかみにしているのは小助と勘六だなぁ。芸にストイックな人はカッコイイです。

 景事の「団子売」。笑顔(?)で遣われている一輔さん観ていて、こちらまで楽しくなってしまう。でも、夜の部なんだし、「油屋」「蔵場」の余韻を味わいながら帰りたい気分です。先に「団子売」をやって、その後、「新版歌祭文」の演目順の方が良かったです。
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新版歌祭文 @ 国立劇場

2010年05月16日 | 文楽のこと。
新版歌祭文 @ 国立劇場

 「新版歌祭文」と言えばもちろん「野崎村」-という勝手な思い込みを、実に気持よ~くひっくり返してくれる舞台でした。決して「野崎村」がつまらないという意味ではなくて、後半の「油屋」「蔵場」が面白すぎなのです。後段があまり上演されないというのは、実にもったいない!

 「野崎村」。おみつカワイイ~♪ でも、実は、かなり怖い。やはり、見どころは、許嫁の久松を追って訪ねてきた油屋のお染との引き戸越しのバトルでしょうか。私が好きなのは、鏡に映った油屋のお染を櫛の先でブスブスと突き刺すところ。笑いを誘う場面でもあるのですが、実は、まったく、シャレになっていません。その直後、切りかけだった大根を猛スピードで千切りにする場面と合わせると、「あんたなんて始末してやる」というのと紙一重のところにいることが伝わってくるのです。

 さらに、せっかく好き好き好き好きと言っていた久松と祝言が挙げられることになったのに、「私が諦めなければ、この2人は心中しちゃうわ」と言って身を引く。愛する男のための殊勝な振舞いに見えて、実は、とっても嫌がらせかちっく。花嫁支度の下で尼姿というのは、かなりイッちゃっています。キレる人の行動がデジタルであるのは、昔も今も変わらずなんだなぁ。それにしても、お染もおみつも、なんで、こんなヘナヘナ男に惚れるのだろう。
 
 床は文字久&富助、綱&清二郎、住大夫&錦糸。文字久さんは、「もしかして、ちょっと音程微妙?」と思う場面もありましたが、でも、やっぱりいいです。角がないまぁるい感じの声が伸びやかで気持いい。富助さんの三味線とも相性がいいような気がします。綱さん、比較的、声が出ていました。さすがに、後半はボリュームが落ちてきましたが、聞き取れないほどでもなかったです。とはいえ、最後、住師匠の語りが始まると、自分でもびつくりするくらいに、フっと肩の力が抜けるのがわかりました。綱さんのところはちょっと緊張して聴いていて、住師匠のところは、安心して身を任せて物語の世界に浸っていられる-という感じでした。

 知人からNHKで10年以上前に放送した1956(昭和31)年の野崎村をDVDにコピーしてもらいました。おみつは紋十郎、お染が紋二郎。そうです、紋二郎とは、若き日の簑師匠です。これが、ナカナカのイケメン。ずいぶんとおモテになったという伝説に納得致しました。ちょうど「因会」と「三和会」に分裂していた時期で人手不足ということもあったのでしょうが、簑師匠は24歳にして、こんなに大役を遣われていたんですね。でも、未熟さはまったく感じない演技でした。
 さらに昭和31年の野崎村は、久作(紋五郎)&久松(紋七)がとってもいいんです。テンポがあって小気味よい動き。できれば、ナマで見てみたかった…。

 そして「油屋の段」。この段が一番、萌えました。床も良し、人形も良し、ああ幸せ♪
突き詰めていえば、久三の小助(勘十郎さま)の悪事を、だはの勘六(玉也さん)があばいていくというストーリー。私は、このお2人が遣われる人形が本当に好きだっ!!微塵のぶれも、迷いもなく、確信に満ちている。だから、滑稽な場面が、本当に楽しいのです。

 勘十郎さまはスプラッターを遣われても、やさ男を遣われても、お侍を遣われても「これぞ、勘十郎さまの本領発揮」と思うのですが、滑稽な役どころも、また、素晴らしい。そして、玉也さんが大きなお人形を遣われると、一段と大きく見えるのがいいのです。

 最後の方で、勘六が、「腕に父親の戒名を彫ったから、自分の腕が仏壇かわり。でも、両手で拝むことができない」と嘆くところが切ない。ここは、本当は、笑ってはいけない場面だと言われましたが、でも、馬鹿みたいな一途さが勘六の魅力であり、笑いの裏側で切なさを感じてました。

 最後の「蔵場」は、「いったい、この話なんだったわけ!!」と、眠気を吹っ飛ぶ展開。それまで、地味な脇役だったお染の母親おかつが主役に躍り出てくるのです。

 「芝居に誘われて出掛けた時に、若くてカッコイイ男の子をみつけちやって…私も、後家暮らしが長くて寂しいから、つい、やっちゃいました」。-って、いきなり、娘に告白する母親っていかがなものでしょう? 思わず「おかつ~、あんた、大胆すぎ!」と心の
中で突っ込みをいれてしまいました。

 そして「仏さまに守ってもらって5カ月にまでなったけれど、御家のためには、下ろす決意をしたから、あんた、この薬を煎じてきてちょうだい。私だってこんなつらい決断をしたのだから、あなたも、御家のために嫁にいきなさい」って、相当、めちゃくちゃな理屈ですけど…。

 実のところ、おかつが、本当に若くてカワイイ男の子を手籠にしてしまっていたのか、それとも、単なる娘を説得するための方便かはよくわかりませんでしたが… でも、個人的には手籠にしていた方に一票!

 物語を通して、登場人物が、久松のために尽くしてあげる-というエピソードが何度も何度も出てくる。で、それは、丁稚久松というのは仮の姿で、実は、大変、素晴らしい御家柄だから当然なのである-という論理攻勢になっているのですが、それにしても、久松、まったく尽くしがいがないぐらいにヘナチョコ。ようやっと御家に伝わる宝方を取り戻したのに、あっさり心中しちゃうし…。最後まで、久松は理解不能な存在ではありましたが、不条理てんこもりだから、文楽は楽しい!?  

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「天使の歩廊」 中村弦

2010年05月12日 | な行の作家
「天使の歩廊」  中村弦著 新潮社 (10/05/11読了)

 サブタイトルは「ある建築家をめぐる物語」。明治、大正、昭和初期を生きた、天才建築家・笠井泉二(多分、フィクション)をフィーチャーした物語。

 泉二は銀座の西洋洗濯屋(クリーニング屋)の二男坊として生まれる。子供のころから、頭脳明晰な上に、図画の才能があり、ひまさえあれば、建物のある風景を写生していた。大学卒業後は、子供の頃からの夢だった造家師(ぞうかし=かつては建築家をこう呼んでいたそうです)として、類まれなる才能を発揮する。

 しかし、泉二の建築は、万人に理解されるものではなかった。というのも、泉二が引く図面は理論にあったオーソドックスなものではなく、あまりにもオリジナリティに溢れすぎていたから。なぜなら、泉二は天使と交信(本文にそういう書き方をしているわけではありませんが…)することで、依頼主の内面世界に入り込んで、心を映し出すような家を建てたから…というような内容。

 2008年の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。確かに、ファンタジーな感じで、ちょっと不思議な空気感があります。客観的には、「多分、こういう物語好きな人が多いだろうなぁ」というのは解ります。

 でも、私にはイマイチ響きませんでした。そもそも、なんで、泉二が天使と交信できるのか(イタコか?)もよくわからないし、泉二自身が不思議な能力を持っていることをどのように受け止めているかも書かれていないし…。ファンタジックというよりも、消化不良感が強かったです。
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「遺言状のおいしい罠」 山田健

2010年05月09日 | や行の作家
「遺言状のおいしい罠」 山田健著 ハルキ文庫(10/05/08読了)

 同じ著者の「ゴチソウ山」が面白かったので、ついつい、2冊目を買ってしまいましたが、こちらはイマイチ。

 都内で農業とアパート経営するヘンクツ地主が死ぬ。地主には身寄りがない。4000坪の土地の相続人として指定されたのは、アパートの住人4人。ただし、その条件は4人で4000坪の土地で農薬を一切使わず5年間有機農業をすること。

 マル暴のオジサン、水商売のお姉さん、自分探ししている大学生(しかも留年繰り返し中)、広告代理店勤務の若者―― いずれも、農業に不向きな4人が、それでも「都内の土地」に目がくらみ、農業を始める。

 最初は、いかに手抜きをして土地を手にいれるかということに策をめぐらすものの、徐々に、農業にハマッていく。

 いや、アイデアは悪くないと思います。だけど、とにかく、文章がザツ。多分、書き手なりに「これは面白い」というパーツが色々あったのだろうけれど、ただ、それをつなげただけでは、小説としていい作品にはならないことのお手本みたいなストーリーでした。

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