おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「さよなら渓谷」 吉田修一

2009年06月24日 | や行の作家
「さよなら渓谷」 吉田修一著 新潮社 (09/06/22読了)

 趣味の問題ですが、好感の持てない作品でした。

 私には、明かに、秋田連続児童殺人事件と帝京大学ラグビー部の集団レイプ事件をモチーフにしているようにしか読めませんでした。作家が実際の出来事をヒントにするのは珍しいことではないと思います。しかし、秋田の事件から、まだ3年しか経っていないのです(この書籍が出版された段階では2年しか経っていない)。遺族や関係者にとっては、まだ傷の癒えない時期だし… 私のような関係者ではないものにとっても、後味の悪い事件として鮮明に記憶に残っています。

 「だからこそ、モチーフとして使える」のかもしれません。
 
 でも、単なるモチーフの域を超えて、犯人の「里美」のキャラクターは、思いっきり畠山鈴香でした。妄想でメシを食って行こうと決めた人が、こんなにあっさりと現実に屈伏していいのか? 「事実は小説より奇なり」と開き直っていたら、小説なんてイラナイことにはなるまいか?

 辛辣に書きましたが、小説自体は、決して、鈴香事件をなぞっただけではないオリジナリティがあります。犯罪被害者になるということがどういうことなのか。犯罪を犯してしまったものが、どういう呪縛にあって生きていかなければならないのか。そして、読者自身が、ほんの一歩踏み外しただけで犯罪者になりうるかもしれない危うさの中にいることを、丁寧に描いています。

 だからこそ、100万人にわかるように鈴香事件をモデルにした安直さが、もったいない。そして、その上、結末が最悪。ワイドショーのレポーターがマイク突き付けてクダラナイ質問しているのを聞いていて「バッカじゃないの?」と無性に腹が立つことがありますが… まさにそういう気分。中盤でせっかく丁寧に書いた心理描写が台無しだよと思いました。

メトロ文楽 @ 永田町駅

2009年06月23日 | 文楽のこと。
メトロ文楽 @ 永田町駅 (09/05/08)  

 はや、1カ月半以上も前の話ですが…。 超デジタルデバイドな私に、写真のアップの仕方を教えて下さったご親切な方がいらっしゃいました。写真を載せたい一心で、古い話しを引っ張り出してしまいます。

 5月の東京公演開幕前日、東京メトロの永田町駅地下3階乗り換え広場にて、恒例の(と言っても、私は初めて)「メトロ文楽」が開催されました。仕事の移動の途中に上手い具合に永田町を通るような予定を組んで参戦。今回のゲストは勘十郎さまなので、こんな僥倖を見逃すわけには参りません。

 とはいえ、仕事の合間とあって、現地到着は開演ギリギリ。当然、立ち見でしたが…なぜか大きな柱の脇にエアポケットのような小さな隙間が空いていたので、すかさず入り込みました。小柄に生まれたことに感謝。後列とは言え、舞台真正面のナイスポジション!そして、現地に行って初めて知ったのですが…メトロ文楽は撮影フリーなのですね。東京メトロの大雑把な仕切りに深く深く感謝。

 いよいよ勘十郎さま登場! まづは人形解説です。どんな仕組みで動くのか、どんな風に感情表現するのか…。色々なイベントで、何度となく聞いた話ではあるのですが…何度聞いても楽しい!!!  やっばり、勘十郎さまはお話上手です。 ひと通り説明したあとに「さぁ、皆さん、ここまで、ガッテンしていただけましたでしょうか?」と志の輔ネタで大爆笑まで取ってました。

 そして五月公演・第二部の「ひらかな盛衰記」のクライマックスシーンのダイジェスト上演です。勘十郎さまは傾城梅ヶ枝、左は勘弥さん。超々豪華であります。梅ヶ枝は、いかにも勘十郎チックな激しい情念の女。浄瑠璃&三味線はナマではないし、舞台はありえないほど狭いし、なにしろ地下鉄のコンコースでぞろぞろと歩いている人いっぱいいるし… という最悪の環境の中でも、本舞台と変わらない本気の大熱演であることが伝わってきました。
 
 大スターとなっても、こうして地道な草の根活動にまじめに取り組んでいらっしゃる勘十郎さま!!! ますます惚れてしまいました。 夢のような30分間はアッという間に過ぎてしまいましたが、でも、とっても満たされました。

 次の仕事先で、早速、勘十郎さまの生写真を自慢しようとしたのですが… 「へぇ、文楽ですかぁ。高尚なごシュミですなぁ」と、ほとんど、興味を持ってもらえず。文楽がメジャーとなる日はまだまだ遠い。


「用もないのに」  奥田英朗

2009年06月23日 | あ行の作家
「用もないのに」  奥田英朗 文藝春秋社 (09/06/22読了)

 やっぱり、私は、奥田英朗が好きだ! ああ、なんと愛すべきひねくれオヤジなのだろう!! 顔見たことないけれど、ほとんど、私の理想の人です。(が、実際に、こんなひねくれた人が近くにいたら、相当、鬱陶しいだろうけれど…)

 いろいろなところに書いたエッセイを一冊にまとめたもの。中でも、私のお気に入りは、既刊「泳いで帰れ」(光文社刊)の続編である、「再び、泳いで帰れ」。もう、これは、平成の名言集に入れたいぐらいの素晴らしいお言葉。未読の方は、ぜひぜひ、「泳いで帰れ」の方から読むことを強く強くおススメします。野球ファンなら、8割5分の確率で奥田英朗に惚れます。少なくとも「よくぞ言ってくれた!」とひざを打つこと間違いなし。

 それにしても、文芸編集者って、とっても大変な仕事なんだなぁ-ということが垣間見られる一冊でもありました。

 そろそろ、奥田さんの「ガール」や「マドンナ」のような短編が読みたいなぁ!!!


「風の中のマリア」 百田尚樹

2009年06月21日 | は行の作家
「風の中のマリア」 百田尚樹 講談社 (09/06/21読了)

 いやぁ。すごいです。史上最大の妄想小説。
「アストリッド! 君に出会えて幸せだ。ぼくの命はこの時のためにあった」-フランス宮廷の秘めたる恋愛ドラマの名セリフかと思いきや… 交尾のさなかにオスのスズメバチが叫んでいる言葉なのです。

 主人公のマリアは、この交尾で生まれた働きバチ。30日余りの生涯に渡って、マリアが交尾することはない。スズメバチのコロニーでは次世代を残す役割は女王蜂に集約されていて、マリアはひたすら妹たちを養うため狩猟に明け暮れる。帝国で最強のハンターとしての自負もある。

 しかし、そんなマリアも、ふと「なんで、女に生まれたのに、私は子どもを産まないの」と立ち止まりたくなることがある。そんな時、姉がいきなり「偉大なる女王バチのゲノムをより濃厚に次世代に受け継いでいくためには…」と遺伝子の授業を始めてしまうのです。

 大変、斬新です。バカバカしいかと思いきや、結構、読ませます。

 もしも中公新書に「スズメバチの一生」とかいうタイトルの本があったとしても、まずは手にとることはないだろうし、仮に手をとったとしても読了する自信はないなぁ。「風の中のマリア」のお陰で、ハチの生態に詳しくなりました。

 ハチが主人公ということで…読みながら、頭の中には、懐かしい「飛べ、飛べ、ハッ~チ、みなしごハッチ!」というメロディがリフレインしていました。ストーリーはすっかり忘れてしまっていますが、なんか、あのちょっと悲しげなメロディって心のどこかに残っています。

 ネットで調べてみると、ハッチはスズメバチにせん滅されたミツバチの巣の生き残りなんだそうです。なんか、これも、シュールだなぁ。機会があれば、見直してみたいなぁと思いました。


「ダチョウ力」 塚本康浩

2009年06月20日 | た行の作家
「ダチョウ力」 塚本康浩著 朝日新聞出版 (09/06/20)

 ダチョウに魅せられてしまった研究者のダチョウ三昧な日々。ダチョウなんて、動物園で一度か二度見たことがある程度で、ほとんど、予備知識ナシなのですが、その、おバカ加減に結構、なごみます。
 
 身長2.5メートルを超える巨体なのに、脳は猫並みの大きさ。しかも、ツルンとしてほとんど皴がない。本当に、バカなんだそうです。だから、人の顔もほとんど覚えない=なつかない。考えも無しに唐突に走りだし、側溝に落ちてヘロヘロになっている。カラスに襲われても痛みに鈍感で血肉がむき出しになっているのに平気で餌をバクバク食べ続ける。綺麗好きじゃない。肉はまずい。

 ダチョウに馴染みが無いのは、もしかして、人間から見てダチョウに取り柄がないからなのかもしれません。それでも、ダチョウを愛してしまった後藤先生の「やっぱりダチョウが好きだ!」という純粋さが、なんとも、また、笑えるのです。

 そして、「好き」こそ最大のエネルギー源。塚本先生の研究は、ダチョウ抗体を活用した新型インフルエンザの予防技術に行きつくのです。後藤先生が開発した抗体を利用したマスクは既に商品化されており、もしかしたら、この秋冬のインフルエンザシーズンには大注目されるかもしれません。

 なのに「ダチョウの卵の殻はアロマキャンドルにピッタリ」と、病理学の研究とは何の関係もないことまで熱く語る塚本先生。ちょっとおバカなダチョウ同様、愛すべき方なのだろうなぁと思いました。


「疑心 隠蔽捜査3」 今野敏

2009年06月16日 | か行の作家
「疑心 隠蔽捜査3」 今野敏著  新潮社(09/06/16読了)

 ま、普通に考えれば、十分に面白い小説なのですが…。今野敏を読み始めるという時点で、勝手に期待値が高まってしまっているので、やや、拍子抜けかなぁ。

 とにかくシリーズ第一作の「隠蔽捜査」があまりにもお見事だったので、回を重ねるごとに、尻すぼんでいく感じが悲しい。
 竜崎の変人ぶりに拍車がかかったうえに、純なオヤジのプラトニックラブストーリー仕立てになっているのが、ちと鬱陶しいなぁ。(私の中で)燦然と輝く「隠蔽捜査」の価値を落としめないためにも、シリーズはこの辺で打ち止めにするのがよろしいかと思ってしまいます。

 ストーリーは… 事実上のペナルティ人事で本庁を離れて警察署長に落ちぶれていた竜崎が、アメリカ大統領来日の警備の重要ポストに抜擢され…。結構、早い段階でタネがわかっちゃうというのも、残念ではあります。


 

「利休にたずねよ」 山本兼一

2009年06月14日 | や行の作家
「利休にたずねよ」  山本兼一著  PHP研究所 (09/06/14読了)

 面白い小説は、一行目から面白い。「利休」とは何者なのか。なぜ、茶を飲むという行為を「道」にまで昇華させることができたのか。なぜ、戦国武将たちを、あそこまで茶に熱狂させることができたのか。――何度となく、小説や映画の中で繰り返し取り上げられてきたテーマなのに、一行目から面白い物語が始まる予感でワクワク。

 利休と接点があった人々が、利休とのエピソードを語ることによって、利休とは何者かを解き明かしていく。しかも、利休が秀吉に命じられて切腹するところから、少しずつ、年代を遡っていくので、結末で利休を利休たらしめた原点に辿りつくという構成。まあ、最後は、意外と陳腐(しかも、途中でわかっちゃうし)ではありましたが、見た目は猛々しくも、実は、ドロドロ、ジメジメな男の嫉妬の世界を見事に描きだしていました。

 で、突き詰めていえば、茶の湯とは、現代における「会長ゴルフ」なんですな。ゴルフはゴルフとして立派なスポーツなのに、オヤジ社会のプロトコルとして利用されるようになったとたん、本来のものとは違う性質を帯びるようになる。茶を飲むという行為を、嫉妬を媒介する記号に仕立て上げたという点で、利休は天才でありました。残念ながら、自らも、その罠にはまってしまったのですが…。

 さすがに、現代社会では子会社に飛ばされることはあっても、切腹まではする必要がないのが何よりです。






簑助師匠の独壇場 @ 相生座 Bプロ

2009年06月03日 | 文楽のこと。
簑助師匠の独壇場 @ 相生座 Bプロ(09/05/31)

 相生座2日目。開演前に鏡割がありました。昨年は、油断してお手洗いに行っている間に鏡割が終わってしまい、死ぬほど後悔したので、今年は、万全の体制で臨みました。お手洗いは早めに済ませ、昼ごはんのパンもさっさと食べて、席は最前列のど真ん中。当選確率100%のつもりでおりました。

 舞台上に登場したのは簑師匠withお三輪 勘十郎さまwith求馬 そして嶋師匠。「せーの」の掛け声とともに蓋を割った瞬間、顔や服にお酒がバシャと掛りました。もちろん不満はございませんです。勘十郎さまのお酒がかかるなら、それも、幸せ~な気分でした。

 そして、いよいよ升に酒をつぎ、会場の観客へ差し出す瞬間。あろうことか、簑師匠&お三輪が隣にいた友人に酒をさしだしたのでした。その時点で、「勘十郎さまからお酒をいただくの~」という私のはかない夢は破れました。バランスを考えて、勘十郎さま&求馬はちょっと左側へ、嶋師匠はちょっと右側へとずれて升を手渡し、イベントは終了。残念ではありましたが、でも、勘十郎さまを間近で見られるだけでも嬉しいことなので、贅沢を言ってばかりじゃダメですよね。ちなみに、簑師匠からお酒を受け取った友人は、なんと、昨年は勘十郎さまからお酒を受け取っており、2連勝。ま、私は、ここで運を使い果たさず、「いつか勘十郎さまと2ショット写真」の野望を胸に日々、精進したいと思います。

 鏡割が終わって舞台からはけて行く時のお三輪が、また、憎たらしいほどかわいかった。会場の観客にご挨拶するのも、手前の人、遠くの人、2階席にいる人にまでちゃーんと目配りして、そのたびに「キャー、カワイイ!!」とあちこちからため息が漏れます。そして、舞台袖に消える手前で、ふと立ち止まり、振り返って、小さくバイバイと手を振ってくれたのです。またまた、会場から「ああああああ、可愛すぎるぅ」の声。いまさらですが、改めて、簑助師匠は最高のエンターテイナーだなぁと感じ入りました。私たちがどうやったら喜ぶかをよくご存じで、思いっきりハートを鷲づかみされちゃった気分。それに、弟子の勘十郎の存在をかすませてでも、お三輪に視線を集中させるにはどうすればいいか考えてますよ。あれは。

 さあ、いよいよ、開幕。最初の演目は「生写朝顔話」。フジの月9並みに、これでもかこれでもかと愛し合う二人のすれ違いが続く悲恋物語。次郎左衛門は勘十郎さま、ヒロイン深雪が簑師匠。しかも、嶋師匠の浄瑠璃。ああ、贅沢すぎます!!! 
 悲しみに涙しすぎて失明してしまった深雪。それでも、愛する男と再会できることを信じて健気に生きる姿がいじらしい。目が見えないために、部屋にいるのが自分の愛する男だと気づかずに、切なく琴を奏でるシーンにクギ付け。深雪が本当に、精一杯の思いをこめて、爪弾いているように見えるのですよ。簑師匠には神が宿ってます。
 そして、後になって、あれが自分の思い人-と気づいた深雪が、狂おしく身悶えるシーンは嶋師匠の語りに涙が出そうになりました。
 最後は「妹背山婦女庭訓」の道行。ストーリーというよりも、華やかな踊りの場面。確実に、勘十郎さもよりも、簑師匠が、みんなの視線を集めてました。私自身も、勘十郎さまに注目したいのに、気が付けばお三輪のカワイイしぐさにうっとり。いやぁ、やはり、神さまは格が違いますなぁ。お三輪のライバルの橘姫・清十郎さんも気品のある美しい遣いっぷりで、幸せな気持ちになりました。それから、やっぱり、私、吉穂さんの声が好きということを確信しました!
 
 よほどアホ面をして舞台を食い入るように見ていたらしく、終演後に関係者の方から「実に楽しそうでしたね」とメールを頂戴しました。だって、本当に、楽しかったんだもん!

 勘十郎さまファンとしては、主役勘十郎、次も主役勘十郎、またまた主役勘十郎-というのは、もちろん、嬉しいです。2日間だけの公演で、限られた技芸員さんで、山奥まで人を呼び寄せるための興行主の御苦労もあるのだと思います。でも、普通なら、主役級、準主役級の方々もずっと黒衣で、出遣いなしというのは、ちょっと寂しい気もしました。
 三味線も、燕三さんの出番って、これだけ??? と物足りない気分。

 でも、全体としては、もちろん、大満足。舞台と客席が近くて、空気が濃くって。来年も、また、来たいです! 

勘十郎の、勘十郎による、勘十郎のための芝居@相生座

2009年06月03日 | 文楽のこと。
勘十郎の、勘十郎による、勘十郎のための芝居@相生座 Aプロ(09/05/30)

 もう、勘十郎さまにうっとり。山奥まで来た甲斐がありました。
 昨年に続き2回目の瑞浪・相生座公演です。今年は2日間に渡っての公演でしたが、初日の「夏祭浪花鑑」は、「これぞ、勘十郎!」というような演目でした。ああ、まだ、夢見心地~。

 まずは、開演前にステキなサプライズが待っていました。売店でプログラムを購入すると、なんと裏表紙に「三世・桐竹勘十郎(落款)」の墨文字のサイン。印刷でも十分に嬉しいのですが…同行の友人のものと比べてみると、微妙に漢数字の「三」の直線の伸び方とか、「竹」のハネの部分が違うのです。そうなのです、直筆生サイン入りなのでした。素晴らしいサービス!! これがたった600円なんて、お得過ぎ。勘十郎さまが粛々と何十部のプログラムにサインをされている場面を想像すると、肩を揉んで差し上げたくなってしまいます。

 ついに、開幕。勘十郎さまが花道のセリからご登場。クライマックスシーンからの上演になるため、事前に演目の概要や人形の特徴などをご説明して下さいました。私がゲットした座席は最前列の中央なので、舞台上でご説明される勘十郎さまのお顔を下から見上げるような感じで、鼻の穴もバッチリというぐらいの至近距離。ウキウキ。

 「夏祭浪花鑑」は、団七が恩義ある人から預かっている女中をめぐる、義理のオヤジ・義平次とのバトル。義平次はカネの亡者で、女中を売っぱらって、カネを手に入れようとしている。なんとか、押しとどめようとする団七だが、親に対する遠慮もある。
義平次は本当に憎ったらしい奴で、「お前、おれのこと殺したいんだろ。え、前から切るか? それとも後から切るか?」と挑発しまくり。当初は、理性がまさって、冷静に振る舞おうとする団七だが、だんだん、怒りが抑えられなくなってくる。揉み合っているうちに、義平次の額を切ってしまうと、そこでタガが外れ、ついに、めった刺しにして殺してしまうのです。

 勘十郎さまは何をやってもステキですが、中でも、惨殺シーンをやらせたら、右に出る人はいないのではないでしょうか。抑えていた感情がスイッチが入った瞬間から、人が変わったようになっていく様子が生々しい。
 団七のお人形は、普通のものと比べて手足が長いのが特徴なんだそうです。全身に刺青をほどこした体を思いきり動かして暴れまくるシーンは圧巻。しかも、キモノを着ない、フンドシ一丁の姿なので、人形の腕や足の動きをフルに見ることができて、身体中から団七の怒り・義憤が伝わってくるようでした。

 初めて見る演目でしたが、勘十郎さまのためにあるような芝居でございました。

 そして、意地悪オヤジ・義平次の玉也さん、今まで、ノーマークでいたことを反省するほど素晴らしい遣いふりでした。今後、心して、拝見させていただきます。それにしても、これほどまでに小憎らしいジジイを演じ切るってすごい。勘十郎さまと息のピッタリ合った芝居で、ワクワクしました。義太夫の掛けあいも楽しかった!顔を真っ赤にして熱演の千歳太夫さん、義平次の憎々しげな様子が伝わってきました。呂勢さん、冷静な団七とスイッチの入ったあとの狂った団七とが対称的で面白かったです。

 そして、一番前の席で拝見して思ったのは、やっぱり、文楽って、本来は、このような小屋でやるのが正しいのだなぁということ。国立劇場で見ても、勘十郎さまのダイナミックな演技には心躍りますが… でも、ダイナミックな動きの中でも、小さな眉の動き、顔の傾げ方、首の振り方、怒りで小刻みで肩が震える様- ものすご~く繊細な動きもしているのでした。そういう、小さな動きまで手に取るように見えるのは、小屋ならではです。大夫さんの声、三味線さんのバチの音がストレートに響いてくることに、一層、心を揺さぶられました。
 
 2番目の演目は「壷坂観音霊験記」。勘十郎さまが沢市つぁん(左を遣われていたのは勘弥さんです!)。尽くす女房・お里が簑助師匠。お里が可愛いっ~!!! そして、嶋師匠の熱い熱い浄瑠璃に酔ってしまいました。でも、個人的には、仏教布教のためのようなストーリーには、やや、心躍らず…ではありました。

 終演後、皆さんが舞台上に勢揃い。勘十郎さまの掛け声に合わせて観客も一緒に「大坂締め」。簑助師匠がとっても大きい身振りで手を叩いていらっしゃって嬉しくなっちゃいました。

 ああ、楽しかった。 文楽に巡り合えてよかった~。 幸せでございます。