おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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「阿弥陀堂だより」 南木佳士

2008年09月28日 | な行の作家
「阿弥陀堂だより」 南木佳士著 文春文庫(08/09/28読了)

 映画にしたくなる気持ち、よくわかります。というか、映画にするべく、描かれた、風景のような小説でした。

 有能な外科医として総合病院で働いていた妻がパニック障害になったのをきっかけに、故郷である信州の山奥・谷中村での生活を選んだ何も書けない小説家の日々の暮らし。過疎が進み、若者などほとんどいない寒村なのに、力強く、しぶとい、生命の営みが伝わってきます。

正直、書けない小説の孝夫さんには、突っ込みたくなるところが山のようにあるのですが…登場する女性がたくましくてステキ。谷中村の暮らしで徐々に、心の均衡を取り戻していく妻。テレビも、ラジオも、トイレさえもない阿弥陀堂を50年も守り続けながら自給自足の暮らしを続けるおうめ婆さん。おうめ婆さんを取材して、地域の新聞に毎月、小さなコラムを書いている小百合ちゃん。何が、本当の豊かさなのか、考えさせられます。最後、3人の女たちの記念写真のシーンは、本当に、力強くて美しい。

でも、本当は、せっかちな私には、ややまったりしすぎの印象。10年経って、もうちょっと大人になったら、もっと、この小説の味がわかるかなぁ。
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「君たちに明日はない」 垣根涼介

2008年09月28日 | か行の作家
「君たちに明日はない」 垣根涼介著 新潮社文庫 (08/09/28読了)

 あざとい! でも、そのあざとさにまんまとハマって、なお、楽しかった! やっぱり、お話とわかっていても(というか、お話だからこそ)、読み終わって、救われた気分になりたいんですよね。まさに、週末読んで、気分リフレッシュにピッタリの一冊です。ところで、この作品、しばらく前から、愛用書店・有隣堂に平積みされているのは知っていたのですが…リストラ請負会社の社員が主人公で、タイトルが「君たちに明日はない」なんて、あまりにもあんまりな感じがして(さらに、表紙のセンスが私好みではない-ということもこれあり)、避けておりました。それをあえて、手にとったのは、いつも参考にさせていただいている読書ブログで、とっても高評価だったからです。そして、読んでみて、納得! でも、時節柄、いつリストラされるのだろうかと怯え、自分には明日はないかも-と思っている人が少なからずいる世の中、「君たちに明日はない」というタイトルに躊躇する人って多いと思います。もちろん、甘ったるい、ちゃらちゃらしたタイトルが良いとは思いませんが、もう一ひねりしてあったら、売れ行き、格段と違うんじゃないのかなど、余計なお節介なことを考えてしまいました。

 主人公はリストラ請負会社に勤める真介。現実に、リストラ請負会社なんてものが存在すのかどうか知りませんが…。ただ、あからさまな指名解雇はできないので、言葉巧みに希望退職に応募するように誘導するということは、あらゆる会社が使っていそうな手ではあるし、できれば、その誘導業務をアウトソーシングしたいというニーズは、確かにありかそうですね。真介くんはイケメンであるうえに、とっても、クールでステキな人みたいです。リストラ請負会社という胡散臭そうな会社に勤めながらも、ちゃんと、プロ意識をもって、とってもいい仕事しています。その真介くんが担当するクビ候補者にそれぞれの人生があり、物語があるというオムニバス形式でありつつ、オムニバスをつなげて、一つのストーリーにもなっています。そして、恋愛小説を滅多に読まない私にも、ちょっと、真介くんのステキな恋愛ストーリーは心地よく、癒されました。実は、アラフォー女性におススメの一冊かもしれません。

 文章は平易で読みやすく、厚いわりには、アッという間に読めました。

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「ジャーナリズム崩壊」 上杉隆

2008年09月27日 | あ行の作家
「ジャーナリズム崩壊」 上杉隆著 幻冬舎新書 (08/09/27読了)

 「官邸崩壊」(新潮社)の著者でもあるフリージャーナリストの上杉隆氏の著作。カバーの言葉をそのまま引用すれば「恐いもの知らずのジャーナリストがエリート意識にこりかたまった大マスコミの真実を明かす、亡国のメディア論」とのこと。
 ほどほどに面白く、ほどほどに鼻につくといったところでした。
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「麦酒アンタッチャブル」 山之口洋

2008年09月25日 | や行の作家
「麦酒アンタッチャブル」山之口洋著 祥伝社ノベル(08/09/24読了)

 オリジナリティあり。すごく取材して、勉強して書いているであろうこともわかります。強く強く潜在性を強く感じつつも、でも、途中から、読むのがつらくなって、かなりの斜め読みをしてしまいました。だって、小説としては設定に無理がありすぎるんです。でも、お笑い芸人とVシネマ俳優でメインキャストを固めた深夜枠ドラマの原作としては、結構いけるんじゃないの-というような作品でした。

 自ビール(個人が家庭で作って楽しむ自分ビール=自ビールのこと。地ビールではありません)愛好家グループと、財務省・酒税課の根津との仁義無き戦いの記録である。というと、なんか、酒税のあるべき姿をめぐる激しい哲学論争が展開されるようでいて、両者の戦いは、「“アンタッチャブル”ごっこ」の様相を呈しているのです。そう、「アンタッチャブル」は、あの、ロバート・デ・ニーロ主演のマフィア映画です。酒税課の根津恵理夫は、デ・ニーロ演じるエリオット・ネスをもじったもの。かたや、自ビール愛好家の牙城「河骨庵」も、敵方・アル・カポネを無理やり漢字に当てはめて命名しています。そもそも、「アンタッチャブル」の細かいストーリーなどすっかり忘れていましたが、禁酒法時代の酒の密造とそれを取り締まる当局との闘いの物語だったんですね。無類のアンタッチャブル・フリークである根津は、アンタッチャブルを体現するために、財務官僚になり、しかも、希望して酒税課配属となったという設定。そして、密造ならぬ自ビールの取り締まりに情熱を傾け、映画のワンシーンそのままに、自ビールパーティーの手入れに乗り出す-。根津というよりも、きっと、作者ご本人が、相当のアンタッチャブル・フリークなんでしょうね…

 その後、実際の霞が関ではありえないようなトンデモ人事や、財務省と警察庁の捜査協力などを経て、仁義無きアンタッチャブルごっこが延々と続く。ま、小説なので、ありえないことがあってもいいのですが、アンタッチャブルごっこが、あまりにも長く、冗漫すぎて、ちょっと飽きたなぁ-という感じもありました。そして、ありえないづくしのブッとんだ設定でストーリーが進んだ挙句、最後は、相当ベタなハッピーエンドで拍子抜け。あと、もうちょっと、文章がキレイだといいです。あえて、軽妙な文体にされているのだと思うのですが、「軽妙」というよりも、「雑」という印象を受けてしまいました。

 -と批判めいたことばかりを書いてしまいましたが、でも、改めて、作者のポテンシャリティを感じる作品です。独創的だし、書き手が楽しんでいることが伝わってくるから、読んでいて気持ちいい。それに、私はアルコールは一滴も飲めないのですが、にも関わらず、自ビールを飲んでみたくなるような、とっても、おいしそうな表現ぶりです。

 ちなみに、この本は08年9月17日付け日経新聞・夕刊の書評で紹介されていました。
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満たされました。「寛の会」 @紀尾井ホール

2008年09月23日 | 文楽のこと。
満たされました。「寛の会」 (08/09/23)

 文楽三味線の人間国宝・鶴沢寛治さんの演奏会@紀尾井ホール。自由席だったので、早めに行って並んだ甲斐あり。見事一列目をゲット。すぐ隣のニューオータニや赤プリでは、多分、永田町の妖怪たちによる澱んだ会合が展開されていたのでしょうが…紀尾井ホールの中は、なんとも、清く、澄んだ空気で満たされていました。
 
 演目は寿式三番叟と廓文章・吉田屋の段。三番叟はお囃子の望月太明蔵社中との競演。寛治さんの三味線はもちろんのこと、鼓の音色がこんなに素晴らしいということを初めて知りました。三味線と鼓の掛け合いがなんとも心地よかったです。
 
 でも、寛治さんをフィーチャーするという意味では、やっぱり、吉田屋の段の方が圧倒的に印象深かったです。出だしから顔を真っ赤にして、珠の汗をダラダラ流しながらの津駒大夫さんと、いつもながらのポーカーフェイスの寛治さんが対称的でした。もちろん、ポーカーフェイスでも、大熱演。80歳になろうという年齢を感じさせないキレがあり、太く、厚い音色。撥さばきもすごいのかもしれませんが、私は、竿を握り、弦を押さえる左手の力強さこそが、他の方とは全然、違うように見えました。三番叟と吉田屋の段、それぞれ1回ずつ、熱演のあまり、三味線の弦が切れてしまうというハプニングがありました。でも、寛治さんは慌てることもなく、淡々と、弦を張り直し、演奏に復帰。最初は「もしかして、ポーカーフェイスぶりをアピールするための演出?」と思ってしまったほどのクールな振る舞いでした。そして、嬉しかったのは、最前列ならでは、寛治さんが拍子を取るお声がしっかり聞こえこえました!文楽の公演では、拍子を取る声が物凄~く響く方がいる一方で、寛治さんのお声はほとんど聞こえてこないのです。今日は、小さいけれど、はっきりと「ハッ」という声が響いていて、ウキウキ。

 そして、最後は寛治さんのナマ声ご挨拶。淡々としているけれど、温かく、優しいお声。先代の88歳を目指して頑張るとのことでたが、もっと欲張りに、90歳、100歳までもお元気でよい音色をお聞かせ下さいませ。お土産の紅白のお饅頭(鶴屋八幡という老舗のもの。もしかして、“鶴”つながり?)も、嬉しゅうございました。

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「ハゲタカ」(下) 真山仁

2008年09月21日 | ま行の作家
「ハゲタカ」(下) 真山仁著 講談社文庫 (08/09/21読了)

 結構、面白かったと思う。混みこみのバスの中、わずか5分の乗車時間も惜しんでページを繰ってしまったほど。だから、きっと、面白かったハズ。-とやや、懐疑的になってしまうのは、史実としてレビューする1997年~2005年ぐらいというのは、日本の金融界にとっては、本当に激動の時代であって、まだ、強烈に記憶に残っているほど、比較的最近の出来事なのだから、「そうそう、こんなことあった」「あの時、金融担当相があいつじゃなかったら…」など考えながら読んじゃうので、当然、面白いのです。しかも、投資ファンド同士の息詰まるビット競争や、敵方を陥れるための情報合戦など、インサイダーチックな舞台裏をのぞかせていただいて、ワクワクドキドキもできました。

 金融機関の名前も、政治家も、企業も、全て架空のものですが、でも、この小説の半分は、明らかにノンフィクションストーリーであり、ノンフィクション部分は、大変、素晴らしい。でも、ノンフィクションの面白さに頼りすぎていて、小説の本分であるフィクション部分が、なんか、ちょっと物足りない気がしました。三葉銀行を辞めてスーパーマーケットの再建にかける芝野、父親のワンマン経営でボロボロになってしまった名門ミカドホテル(なんとなく、日光金谷ホテルをホウフツとさせます)引き継いだ貴子。この二人の戦いぶり、苦悩のさまは、全体の重厚さんに比して、ずいぶんあっさりとした記述に留まっています。その2人はとても魅力的で、もっともっと2人の奮闘ぶりを応援したい-というのがフィクション読者としての素直な気持ちです。

 しかも、物語のスタート(上巻)となった大蔵省1階の赤絨毯での割腹自殺の真相が最後に明らかにされるのですが、なんか、ちょっと、安っぽいというか…。三島由紀夫の割腹自殺のオマージュなのかもしれませんが、「いくらなんでも、普通、そんな死に方しないでしょ」と、突っ込みを入れたくなってしまいました。

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「ハゲタカ」(上) 真山仁

2008年09月20日 | ま行の作家
「ハゲタカ」(上) 真山仁著 講談社文庫 (08/09/20読了)

 NHKのドラマでやっていたのって、もう、2年以上前かな? 話題になったのが気になって買ったものの、なんか、すっかり忘れてしまっていました。「今さら…」と思いつつ読み始めましたが、なんとも、タイムリーな一冊。物語の主たる舞台は1997年以降の日本。三洋証券、山一證券の破綻をひきがねに、金融再編の嵐の中、不良債権処理に外資系ファンドが存在感を強めていく…。住宅金融のつまづきから金融混乱に陥ってしまった現在の米国経済は、1997年の日本に似ているとも言われるだけに、当時をレビューできるのは感慨深い。フィクションとノンフィクションのボーダーラインを行ったり来たりするような物語。どこまでがフィクションなんだろうと考えたくなるぐらい、金融再編については史実に忠実(ってほど昔でもないですが)なので、その業界に関心のある人は、結構、のめり込んで読めるかも。

実在の銀行や証券会社はその通りの名前では登場しませんが、なかなか、工夫されています。
大阪のイケイケドンドン系の三葉銀行← 三和
97年に自主廃業した山野証券 ← 山一
 山野を捨てた銀行 富士見銀行 ← 富士
 栃木のボロボロ銀行 足助銀行 ← 足利
 外資に買われたおおぞら銀行  ← あおぞら
 ブラックな融資先抱える東京相愛銀行 ← 東京相和
 ゴールドマン・サックス ← ゴールドバーグ・コールズ
 などなど。不良債権処理をスピード感をもって効率的に進めるバルクセールや外資系投資ファンドによるゴルフ場再生ビジネスなど、なかなか臨場感を持って描かれていて、「なるほど、こういうことだったのか」と勉強になります。
 
 もちろん、単に、10年前の金融界を振り返っているだけではありません。経営不振に陥った日光の老舗ホテルの美貌の跡取り娘や、友人の経営する倒産寸前の地方スーパーの再生にかける元・三葉銀行のエリートなど、下巻での活躍が期待される登場人物もいて、展開にワクワクします。

 ところで主人公・鷲津が経営する投資ファンド・ホライズンキャピタルって、モデルは「ローンスター」なのでしょうか。気になるなぁ…と思いつつ、下巻に突入。
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「私が語り始めた彼は」 三浦しをん

2008年09月17日 | ま行の作家
「私が語り始めた彼は」 三浦しをん著 新潮文庫 (08/09/17読了)

 多分、こういうのが好きな人もいると思うので、あくまでもシュミの問題ですが…でも、三浦しをん作品の中で、私が苦手とするジャンルでした。

 なぜか女にもてるらしい大学教授・村川の「元の家族」「不倫後の新家族」「弟子」などの村川をめぐる人々が語り手となって、村川とはいかなる人物かを浮き立たせていくような話。特に感情移入できるような語り手もなく、かといって、村川の全体像が浮かび上がったところで、とりたてて、魅力を感じるような人でもないし。登場する誰もが、ちょっと倒錯的で、やや、おかしな(面白楽しいという意味ではなく、ちょっと奇異)雰囲気を醸し出しているのです。で、読み終わって「何が言いたかったのだろう?」という気分。

 おバカで脱力系のエッセイを読んで「三浦しをんって楽しい~!」と思っていると、こういうドヨヨヨヨ~ンと湿った空気感の作品で「騙された!」と思ってしまうのでした。小説では、私の中での三浦しをんベストは「仏果を得ず」。もしかしたら、三浦作品の中では唯一のあっけらかんと楽しい小説かも。「格闘するものに○」「風が強く吹いていた」も好きですが、「あっけらかん」とはしていないし、「まほろ駅前…」も男同士の擬似恋愛っぽい空気が漂っていたし…。というわけで、しばらく、三浦しをんお休みします。
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傑作です!奥州安達原

2008年09月16日 | 文楽のこと。
秀逸でした。「奥州安達原」 (08/09/15 文楽9月公演・第二部)

 めちゃめちゃ楽しかった。予習のために「あらすじ」や「床本」をチェックした時には、あまりの人間関係の複雑さ(しかも、○○に身をやつしていたが、実は○○の娘-みたいなすり替わりが多発!)に、ストーリーがまるで理解できず…「もしや、爆睡?」と不安になっていたのですが、全く、杞憂でした。あらかじめ、人間関係を整理しておいた方が良いとは思いますが、「近頃河原」「本朝廿四孝」の豪華メニューだった一部よりも、エンターテインメント性が高く、全然、楽しめます。

 奥州・安倍一族と源義家の2つの家の確執がテーマ。前半の「朱雀堤」「環の宮」は源ファミリーにスポットライトをあて、後段の「一つ家」「谷底」は安倍ファミリーの物語となっていました。後半は安倍一族の再興を願う余りにスプラッターと化してしまった老女・岩手がキーパーソン。読売新聞の評論では「勘十郎の岩手は若い」と、いかにも、「修行が足らん!」という感じの書き方をしていましたが、私的には、そんなに違和感は感じませんでした。むしろ、それほどまでに一家再興を願う情念の強さや、なりふり構わぬ殺し方をしてしまうあたり…単なるショボくれた老女ではなく、一定のパワーが必要です。むしろ、岩手の怖さがよく表現されていたように思います。むしろ、この演目で、勘十郎さんが登場するとしたら、岩手しかないでしょうって思いました。(勘十郎さまでなければ、簑助師匠の岩手も見てみたいかも)

 文楽ならではの惨殺シーンやグジャグジャの人間関係で重たい演目ではありますが、でも、途中、気分転換の「道行き」が入ったり、キワドイ系のセリフで楽しませてくれたりで、暗いだけの物語ではありません。四番バッターばかり集めなくても、いい打線は組めるんだ-と改めて。あぁ、もう一回見たいなぁ!
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勘十郎さまの左遣いに感動。  

2008年09月16日 | 文楽のこと。
おおっ! 左遣いの勘十郎さま (08/09/15 文楽9月公演・第一部)
 
文楽9月公演、ぶっ通しで第一部・第二部と見て参りました。第一部は5世・豊松清十郎襲名披露公演ということで「近頃河原の達引」「襲名の口上」「本朝廿四孝」と豪華メニュー!「近頃河原」は住大夫師匠の義太夫に簑助師匠のおしゅん、「廿四孝」は寛治、簑助、文雀と3人の人間国宝に勘十郎さまを投入し、とりあえず「高級素材使いまくりました」って感じでした。にも拘らず、イマイチ、のめり込めず。特に、「廿四孝」は5月に岐阜の瑞浪で見た簑助師匠の八重垣姫が強烈すぎて、清十郎さんの八重垣姫は正直、物足りなかったです。岐阜の簑助師匠は、完全にトランス状態でしたが、清十郎さんは最後まで正気だったように感じました。上手い・上手くない-というよりも、きっと、個性に合う・合わないというのもあると思うのですが…。
 「廿四孝」は清十郎さんの襲名興行のために、清十郎さんに派手な役を付けるということが大前提にあって、それを盛り立てるために、脇役を主役級で固めるキャスティングでした。でも、人間国宝を揃えれば面白いかというと、意外と、そうでもなかった。某球団が四番バッターばかり集めて打線組んでも、イマイチ魅力的じゃないのと同じ。やっぱり、適材適所でないとね。簑助師匠の勝頼、勘十郎さまの謙信はもったいない使い方と思いました。ってわけで、「廿四孝」、半分ぐらい寝ちゃいました。ごめんなさい。でも、その中で、「ビンゴ!」と叫びたかったのは、最終盤で、狐つきとなった八重垣姫の左手を遣った勘十郎さま。主遣いの清十郎さんが正気でも、勘十郎さまの左手で、狐つきの雰囲気がかもし出されてました。やっぱり、勘十郎さまには、こういう派手な場面が似合うなぁと。しかも、新参文楽ファンとしては、この期に及んで勘十郎さまの左手を見られるなんて、めちゃめちゃレア体験ですから、超オトク感ありでした。
 「近頃河原」は紋豊さんの三味線師匠がよかったです。後半の猿回し、結構、大変なんだろうなぁと思うのですが、ちょっと冗漫すぎて飽きてしまいました。
初体験の口上、やっぱり住大夫師匠がカッコよかった。最近、ほとんど、条件反射で、住大夫師匠の声を聞いただけでニコニコしちゃいます。
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