おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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「ザ・前座修行」  稲田和浩・森田梢路

2010年01月31日 | あ行の作家
「ザ・前座修行」 稲田和浩・森田梢路著 NHK出版(10/01/25読了)

柳家小三治、三遊亭円丈、林家正蔵、春風亭昇太、立川志らくの5人の落語家へのインタビュー。自分自身の前座修行に加えて、弟子に対してどのように接しているか、何を思うのかも併せて聞いています。

 昨年12月に初めて生落語を聴いたのですが、ここに登場する5人の落語は未体験。もしかして、小三治、円丈、正蔵はテレビでチラと聴いたことがあるような気もするのですが…まぁ、そんな曖昧な記憶しか残っていない程度。それでも、この本は十分に面白く読むことができた。

 出色なのは三遊亭円丈師。見た目も迫力あるけれど、インタビューを読んで、異能の人なのだなぁと納得しました。小三治師が前座修行から何を学ぶのかを熱く語ったあとに登場する円丈師は「掃除しても落語が上手くなるわけでもない。自分もやりたくなかったから、弟子にも最低限のこと以外はやらせない」と、極めて合理的。そして、「師匠に惚れる必要はない。惚れたら、超えられない」という言葉は、談志に惚れて、惚れて、惚れて、惚れぬいている立川一門に対するアンチテーゼなのだろうか…などと考えさせられてしまいました。

 そして、そんな円丈師が、やっぱり弟子が可愛くて、自分が試行錯誤して見つけたことを弟子に伝授してあげてしまう。でも、その師匠の心意気に応えてくれない弟子に苛立ったりしているのが、ちょっと微笑ましい。異能の人も、子や弟子を思う心は、普通の人なんだなぁ。

 いずれにしても、落語の世界でも、最近のワカモノは、甘ちゃんで、ちょっと非常識なようです。 それにしても、正蔵師、やっぱり、ぼんぼんなんだなぁ。

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初春文楽公演 第二部 @ 国立文楽劇場

2010年01月13日 | 文楽のこと。
初春文楽公演@国立文楽劇場 第二部

【伽羅先代萩】

 先代伊達藩の御家騒動を題材にした、見応え十分の大作。お家を守るために、自分の息子を犠牲にしてでも、若君・鶴喜代を守ろうとする乳母・政岡の物語。

 さすがの名作なのですが、床が素晴らしすぎて、ちょっと寝ました。ごめんなさい。クライマックスシーン「御殿」の住師匠&錦糸さん 津駒さん&寛治師匠のステキっぷりは、今さら、論じるまでもありません。でも、「竹の間」もめちゃめちゃ良かったんです♪ 松香=政岡 咲甫=八汐 相子=沖の井のトリオは絶妙の配役でした。芝居の楽しさ倍増、三倍増!今、思いだしても、ニヤニヤしちゃいます。 特に、咲甫さんは、毎回、聴くたびに、幸せな気持ちになります。懐の深い伸びやかな声。20年後は、みんな、咲甫さんの浄瑠璃で涙流しているに違いありません。

 勘弥さんの沖の井は気品があり、玉也さんの八汐は猛女ぶり炸裂。私的には、主役よりも、助演女優が光ってみえました。悪役商会ではないけれど、玉也さんのヒールは、もう、ツボにはまりすぎ!!

 ただ、脚本は私にはイマイチ理解不能なところもありました…。「竹の間」の場面での沖の井は、八汐の行動の辻褄のあわないところを理路整然と指摘する聡明な女でした(私は、こういうクールなお姉さんが好き♪)。ところが、「御殿」の場面では、八汐が千松をめった刺しするのを傍観しているだけ。 「竹の間」と「御殿」ではキャラが変わってしまったような印象でした。

 千松と鶴喜代が腹が減ってひもじがる場面も、やや、冗漫なほど長いなぁ。住師匠の声を聞きながら、しばし、心地よい眠りに落ちて、ハッと目がさめたら、まだ「ひもじいよぉ」
という話がつづいてました。 ま、私が、せっかちなだけかもしれませんが…。


【お夏・清十郎】

 現代人の感覚では、まったく理解不能のとんでもストーリー。何しろ、奉公先の店のお嬢様に手を出して、実家に戻されたバカ息子。金策のために、好いていない娘を嫁にとった上で売り払っちまおうということを企む。と、思ったら、バカ息子に輪をかけたバカ親も同じことを考えていて、「やっぱり息子がかわいくてならん」とか涙ぐんでいる。思わず「アホか?」とツッコミを入れたくなります。

 ところが、この売られようとしている女も、とてつもないお人よしというか…おバカちゃんで、あの人が幸せになれるならば…と自ら、身売りしてしまう。

 その後、奉公先の主人がやってきて、ポーンと大金を出してくれる。その金で、身売りした気の毒な娘を請け出し、バカ息子はお手付きしちやった嬢さんと結婚した上で、気の毒娘を妾にすることで一件落着??? って、何が、落着なんでしょう?

 古典の名作が、200年、300年の時を経てもなお私たちの心に響くのは、テクノロジーがどんなに進化しても、人間の心の核の部分は変わらないからなのだと思うのです。でも、この作品に関しては、まったく、理解できましぇ~んという感じ。(あっ、でも、バカ親がバカ息子を作る-というのは、時を経ても変わらぬ真理なのかな)

 実は、あまりのバカバカしさに、結構、笑えました。仕事から疲れて帰って来た時は、ナンセンスな深夜番組が妙に面白く感じられるのとちょっと似た感覚かも。重厚な「伽羅先代萩」の後だからこそ、こういう、とんでもストーリーが気分転換になります。
 
 そして、「バカバカしいけれど笑える」のは、やはり、芸の高さ故です。嶋師匠の浄瑠璃、堪能させていただきました。そして、勘十郎さまのバカ親ぶりも、また、可笑しくって。ホント、脱力したくなるぐらいの、しょうもないオヤジなんです。たとえバカ親でも、勘十郎さまが遣われれば、天下逸品です♪

【日高川入相花王】

 私が初めてこの演目を見たのは、2008年5月の相生座。清姫は勘十郎さまでした。相生座という特別な空間と濃厚な空気で高揚したせいもあるのかもしれません、でも、あの時は、蛇にも化身するほどに清姫がラリッているのが伝わってきたのです。

 で、最初に観た日高川があまりにも強烈すぎて、その後、何度、日高川を観ても、どうも、物足りないというか、心動かされません。

 最初に凄いモノを観てしまうというのは、幸せなのか、不幸なのか…?

 今回の発見は… 日高川に大波が立つ場面。照明の関係で、ものすごいホコリが立っているのが見えました。皆さん、ホコリっぽいところで熱演されているのですね。 

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初春文楽公演 第一部 @ 国立文楽劇場

2010年01月12日 | 文楽のこと。
初春文楽公演@国立文楽劇場 第一部 

 今年の文楽初め。頑張って5時起きして日帰り強行軍してきました。

【二人禿】
 お正月らしく、羽根つき、手まり遊びなどを織り交ぜながら、可愛らしく華やか。お人形ちゃんは、清五郎さんと一輔さんコンビ。清五郎さんの禿はたおやかでしっとりした所作。一輔さんは、生き生きとして、生気溢れてます。 私の好みは、一輔さんの花のある遣いぶりです♪

【彦山権現誓助剣】

 文楽ハンドブックで予習した時には、「いったい、なんの話???」というぐらい、意味不明なストーリーに思えましたが、実際の舞台は、とっても分かりやすく、エンターテインメント性たっぷり。めちゃめちゃ楽しめました。勘十郎さまの毛谷村六助は、もう、最高!! 大阪遠征の甲斐がありました。

 剣術の腕を封印して、ひたすら、死んだ母親の供養に努める孝行息子六助。親孝行のために宮仕えをしたいという旅人のために八百長試合で負けてあげたり、孤児を拾って面倒を見たりと、前段はいい人キャラ。

 そんな六助のもとに「親子の縁を結ぼう」というナゾの老女や、虚無僧姿の若い女が押しかけてくる。実は、この二人は、六助の恩師である吉岡一味斎の妻お幸と娘お園。お園は、最初は、勇ましい女剣士として登場するのだが、六助の素性がわかると「ああ、お会いしたかった、許嫁の六助さま~」と恋する乙女モードにシフト変更して、突然、押しかけ女房のごとく、甲斐甲斐しく食事の支度を始めたりする。女たちが上がり込んで我がもの顔に振舞う理由が分からず、「いったい、どうなってるんじゃ?」と困惑する六助が、なんとも、頼りなげでカワイイのです。

 最後にようやっと、恩師・一味斎が殺されたことを知り、仇討ちを決意する六助は、男ぶりよく、キリリと格好いい。

 そう、どんな役どころでも、完璧にこなす勘十郎さまのために書かれたようなお芝居なのです。もちろん、猛女から乙女に豹変してしまう簑師匠のお園も、めちゃめちゃカワイイ。なんで、簑師匠が遣われる女の子は、あんなに可憐で、キュートなんでしょう♪

 六助は、日程前半が勘十郎さま、後半は玉女さんとのダブルキャストだったのですが、やっぱり、子弟コンビバージョンで観ることができて幸せでした。
 
 そして、三味線が超私好みの方々が勢揃いで、ますます、お芝居を盛り上げて下さいました。清介さんのセクシーな音色に最近ハマってます。富助さんの柔らかく華やかな音、燕三さんの重厚感のある響き、本当に大好きで、大満足でした。

【壺坂観音霊験記】

 正直、ちょっとこれは酷いなぁと思いました。綱大夫師匠は、私が文楽を見始めた2008年には、既に、身体を悪くされていたようです。昔から文楽を観ている人にいわせると、「かつては住師匠なんて目じゃないぐらい、すごい浄瑠璃を聞かせる人だった。今や笑い薬は住師匠の専売特許だけど、綱さんのは、もっと、笑えた」んだそうです。

 名人の技は、きっとこれからもずっと語り継がれるだろうし、その偉業は尊敬されてしかるべきものだと思います。でも、だからと言って、今、衰えた姿をさらして良いということではないと思うのです。声が出なくとも、床に座ってくれるだけでもいい-というファンもいるかもしれません。でも、多くの文楽ファンは、今日の最高の舞台を見るために5800円を払っているのであって、名人の昔の偉業を懐かしむためにやってきたわけではありません。

 聞いている方がハラハラするほど声が出ず、息が続いていませんでした。私は、床に近い上手側の席だったのですが、それでも、三味線の音に負けてしまって、聞きとれないところがたくさんありました。とすれば、下手の席の方には、もしかして、三味線の音しか聞こえていなかったのではないでしょうか。人間国宝が、観客が「手に汗握らなければならない」ような舞台を見せてはいけません。文楽という芸能を高いレベルに保つためにも、そして、綱師匠の名誉のためにも、誰かが引導を渡してあげないといけないのではないでしょうか。

 こんな床では、人形だってノレないでしょうに-と言いたいところですが、人形も、これまた、キビしかった。特に、興ざめだったのが、お里が沢市を追って、崖から飛び降りる場面。
 
 演出の意図としては、本来、観客がハッと息を飲むべきところなのです。しかしながら、「決死の覚悟で飛び降りる」という緊迫感がまるで感じられない。しかも、飛び降りたあと、のそのそと大道具の裏側に設置されている階段を降りていく文雀師匠の頭がいつまでも見えているのです。

 そうです、私は、たかだか文楽を見始めて2年しか経っていません。お前は、光輝いていた頃の綱師匠も、文雀師匠も知らないだろう-と問われれば、まったくその通りとしか言いようがありません。

でも、私は、今の時点で、最上の舞台を観たいのです。学芸会ならば、一生懸命頑張った子に賞賛の拍手を送ります。でも、私はお金を払って、プロの芸を見に来ているのです。最高のものを見て、心満たされたいのです!

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「出世花」 高田郁著 祥伝社文庫

2010年01月10日 | た行の作家
「出世花」 高田郁 祥伝社文庫 (10/01/08読了)

 時代小説版の「おくりびと」といったストーリーです(実は、映画「おくりびと」は見ていませんが…)

 妻敵討ちを決意した父親と共に流浪の末、行き倒れていたところを、死者の弔いを専門とする墓寺・青泉寺に助けられたお艶。住職から、新たに、「お縁」という名前を授けられ、「三枚聖=おくりびと」としての人生を歩み始める。

 物語の中で、何度も登場する「湯灌」の場面が美しい。どんなに切ない死であっても、それが避けられないものであるならば、せめて、最後は、人間らしく、敬意と慈しみを持って送られたい-。お縁の手による湯灌が、そんなささやかな最期の願いを叶えてくれる。

 人が死ぬ場面がたくさん出てくる物語なのに、なぜか暗さはなく、清々しく、優しい気持ちになれる。「八朔の雪」「花散らしの雨」と同様に、主人公の優しさは、作者の高田郁さんの優しさそのものなのだと思う。
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「こいしり」 畠中恵

2010年01月05日 | は行の作家
「こいしり」 畠中恵著 文藝春秋社 (10/01/05読了)

 町名主の跡取り息子・麻之助と、その悪友である清十郎&吉五郎が、お江戸・神田で起こる事件を解決するライト・ミステリーの連作。

 江戸を舞台にしたほんわかした畠中ワールドです。が、正直、ちょっと、飽きたなぁ。大人気の「しゃばけ」シリーズとは主人公も違うし、妖怪も出てこないけれど… でも、「一見ダメダメな主人公が実は賢くて、周囲の力を借りながら、事件解決」という枠組みは同じ。ただ、問題はそこではなくて、物語として甘々過ぎるということ。いくら、お江戸が舞台であろうとも、「ほんわか」こそが畠中ワールドの真価であろうとも、語るべき物語が何なのかという骨組みがしっかりしていないと、そりゃぁ、のめり込めません。

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