おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「落語娘」 永田俊也

2008年06月29日 | は行の作家
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「落語娘」 永田俊也著 講談社文庫 (08/06/29読了)

 新規開拓で久々の大当たり! 序章の2ページぐらいを読んだところで「おおっ、これは、もしや、相当、期待できるんじゃないの?」とウキウキした気分になりました。文章が上手いんです。そして、読み手の気持ちのひきつけ方が、イヤミなく巧み。

 中学生の時に叔父に寄席につき合わされたのが運のつき。二枚目の名人の虜になり、高校・大学とひたすら落研で芸を磨いてきた香須美ちゃん。しかし、憧れの人への弟子入りはかなわず、拾ってくれたのは落語界の異端児にして、呑んだくれの助平おやじ。その上、徹底的な男社会・階級社会の中で、折れそうになりながらも修行に励むものの(といっても、のんだくれ師匠はまるで稽古をつけてくれない)、なかなかに先の見えない日々。

 落語界から干されかけた師匠のもとに舞い込んだ仕事というのが、薄気味悪い曰く付きの古典の再演。正直、ストーリーの展開に重要な役割を果たすこの古典はちょっと非現実的というか、中途半端にオカルトチックなのがいかがなものかと思いますが、でも、香須美ちゃんと一緒になって、そのネタに取り組む助平師匠を「意外と捨てたもんじゃないじゃない」って好きになってしまうのが不思議。香須美ちゃん、助平師匠、憧れの君-3人が、それぞれに、落語を愛してやまないことが伝わってきます。それは、作者が落語を愛しているからこそに描ける人物描写なのでしょう。そして、フィナーレはなんとも静に爽やかでした。落語無知の私でも十分に楽しめましたが、解説によると、落語好きには、もっと楽しめるキャラ設定らしいです。

 ところで、このお話は、今夏、映画化されるそうです。確かに、映画化したくなるような作品だし、できればヒットしますように-と応援したくなります。しかしか、しかし、文庫本の表紙を映画の宣伝に使うのは止めましょう!座布団に座った着物姿の女優がドーンと表紙を飾っていて、否が応でも主演が誰だかわかってしまう。さらに、曲者の助平師匠の配役(けっこう、強烈な印象の俳優)まで書いてある。画像を突きつけられてしまうと、本を読む最大の楽しみである妄想の自由が大幅に制限されてしまうのです。デリカシーの無い装丁は、マジで興冷めです。
 
 オマケとしてオール読物新人賞を受賞した短編「ええから加減」が収録されていますが、実は、私、こちらの方が、もっと好きでした。女漫才コンビが主人公。キュンと悲しくって、でも、最後、「がんばらなくっちゃ」と思えるストーリーも良いのですが、ストーリーの中で展開されるネタも、面白くて、楽しめます。

 「永田俊也」-この名前、覚えておきます!

「果断 隠蔽捜査2」 今野敏

2008年06月28日 | か行の作家
「果断 隠蔽捜査2」 今野敏著 新潮社 (08/06/28読了)

 傑作「隠蔽捜査」の続編。ハードカバーの本を買うのは控えよう-と思っていたのに、本屋で平積みされているのを見たら、ついつい、誘惑に負けてしまって購入。読み始めてみると「もしや、シリーズ化の罠にはまったか?」という懸念がよぎりました。なんとなく、単調で、盛り上がりにかくような…。よくあることです。大ヒットで調子に乗って続編を書くとイマイチってこと。でも、懸念は、単なる、懸念に過ぎませんでした。さすが、今野敏!

 家族が起こしたトラブルが原因でエリート警察官僚・竜崎が、一警察署長に都落ち。その警察署館内の消費者金融で起こった強盗事件から物語は幕を開ける。警察という階級社会の中での足の引っ張り合いや、キャリアとノンキャリの対立の描き方は-インサイダーかと思うほど。さらに、特ダネ合戦に血道を上げるあまりに、本質を見失ってしまうマスコミ報道を極めて適格に分析しているなぁと感じ入りました。それでも、やっぱり、出だしの部分は「上手いけれど、単調」ではあります。

 圧倒的に面白くなるのは真ん中あたりから。単純な「強盗→立てこもり」と思っていた事件が、実は、単純ではなかったことが解き明かされていきます。その過程で描かれる竜崎がカッコいいんです。一見、四角四面でイケすかないエリートのようでいて、決して筋を曲げることのない心の強い人なんです。そして、顔には出さないけれど部下のちょっとした態度を意気に感じたり、心打たれたりしているところがステキ! そして、フィナーレはやっぱりキモチイイ! ハートウォーミングハードボイルドです。ドラマ「隠蔽捜査」のスタッフがこれを読んだら、間違いなく、ドラマも、続編作りたくなるハズです。

 これで、「面白くなるのが真ん中」ではなくて、「三分の一を過ぎたあたりから…」ぐらいの配分だと、さらに、素晴らしいのですが…。ま、あまり、多くを望みすぎるのはやめておきます。最近のケーサツ小説では今野敏「隠蔽捜査」とその続編「果断」、佐々木譲「うたう警官」とその続編「警察庁から来た男」は群を抜いていることは間違いありません。

「ライオンハート」 恩田陸

2008年06月26日 | あ行の作家
「ライオンハート」 恩田陸著 新潮文庫 (08/06/26読了)

 私にとっての初・恩田陸「ドミノ」は、ドタバタ劇を文字に落とし込んだような作品で、読後、微妙に疲労感が残る感じでした。で、第二作目を読む気力が湧かずにいたのですが…以前、仕事でお世話になった人から「恩田陸ならライオンハートがオススメです」と言われて購入。しかし、正直、四分の一ぐらい読んだあたりから「途中棄権」の誘惑と戦い、かなり苦労して読了しました。もしかして、もうちょっと文化的素養があったら、この作品の良さが理解できたのかもしれませんが…私の好みではありませんでした。

 突き詰めていうと、時空を超えた恋愛小説? 夢に出てくる美しき憧れの君・エリザベスは、実は、おじいちゃんにとっても、憧れの君であった。そして、おじいちゃんの日記を読むと、将来の孫が経験することを先取って夢に見て、そして、そこで、エリザベスに出会っていた-。もう、この時点で、完全に私の理解を超えています。運命の恋人であるエリザベスとエドワードがめぐり会うのは、1800年代だったり、第二次世界大戦中だったり、現代だったり。場所も、イギリス、フランス、パナマ-。こういうのをファンタジーノベルというのかもしれませんが、あまりにも、現実離れしすぎて、気持ち的に入っていけません。

 著者あとがきによると、ロバート・ネイサンの「ジェニーの肖像」という小説のオマージュだそうで…もしかして、その小説を読んだことがあれば、違う感想を持てたのかもしれませんが…。色々と凝った作り(例えば、章立てごとに有名な絵画作品にもリンクしつつストーリーが展開)になっていて、読む人が読めば面白い小説なのです。きっと。単純な私は、もっとわかりやすくて、スカッとするものが好きなのです。

「ガラス張りの誘拐」 歌野晶午

2008年06月24日 | あ行の作家
「ガラス張りの誘拐」 歌野晶午著 角川文庫 (08/06/24読了)

 初版1990年-ということを考えると、ま、しょうがないかなぁという気がしなくもないですが…でも、ちょっと、期待ハズレでした。こんな私ですら、途中で、「あれっ?もしかして…」って気づいちゃうぐらい、色々な意味でツメが甘い作品なのです。

この人の作品は「葉桜の季節に君を想うということ」(2003年)しか読んだことがありませんでした。「葉桜~」は、ちょっと異色のミステリーというか…「読者を楽しませよう」というよりも、「絶対に読者を騙してやる!」という決意から生まれたような作品なのです。好き嫌いはともかくとして、人間に先入観を逆手にとった巧みな仕掛けの巡らし方はお見事であり、私は作者の意図通り、読み終えて「えっ、なんで??? 意味わかんないよ~!」と混乱し、1ページ目に戻って読み直してしまったほどです。

 それに比べると「ガラス張り~」は楽しませたいのか、騙したいのかもよくわからないし、トリックは稚拙だし、一つ一つの文書も洗練されていないように感じました。犯人分かり易すぎるし…。でも、このミス大賞受賞作と、デビュー間もなき頃の作品を比べるのはルール違反でしょうか? 年月を重ねて、めちゃめちゃ上手くなったんだなぁ-と素直に感心すべきなのかもしれませんが…でも、やっぱり、イマイチでございました。

「笑い犬」 西村健

2008年06月23日 | な行の作家
「笑い犬」 西村健著 講談社文庫 (08/06/22読了)

 バブルが終焉を迎え、土地の価値が下落に転じると、甘言を弄して無理やり金を貸し込んだ融資先から、有無を言わせず資金を回収-。多くの銀行員がやったことというよりも、ほとんど全ての銀行が組織的に手を染めたこと。芳賀も、勤務先の銀行に対する功名心から、バブル期には誰よりも熱心に貸し込み、バブルが終わると誰よりも熱心に貸しはがしに取り組んだ結果-脅迫と詐欺で逮捕されてしまう。弁護士のアドバイスを信じて裁判に臨んだが、結局は完全敗訴。そこで初めて、自分がハメられたことに気づく。弁護士は、芳賀だけをスケープゴートにして組織を守りたい銀行とグルだったのです。

 刑期を終えて出所しても、芳賀は、元の勤務先から監視を付けられ、命すら狙われる。なぜ、そこまで、執拗に自分を追うのか-当初は判然としなかったものの、事件に疑問を抱くフリージャーナリストの力を借りて、芳賀は真相に近づく。そして、いったんは、バラバラになってしまった家族が再び絆を取り戻す。-と書くと、この小説は、「銀行がそこまで芳賀を追いつめる理由難なのか」を解き明かすための、一見、普通の推理小説で、最後に、家族話でホロリとさせるホームドラマテイストのように思えますが…実は、そうでもないのです。

 この小説のメインの描写は、芳賀が有罪になってから、刑期を終えるまでの刑務所暮らしに費やされているのです。「もしかして、体験者ですか?」と聞きたくなるぐらい、これが、かなり、リアルで面白い。起床から点呼までの5分間での慌しい着替え&布団片付けの様子とか、昼間の作業中にお手洗いに行きたくなった時の手続き方法、雑居房内での囚人たちの日常会話、運動会の時に特別に配られるお菓子の銘柄、-等々、いずれも、妙に、生々しい。さらに、刑務所内におけるリーダーたちが、いかに、パワーバランスを保つかという知恵の働かせ方も相当なもの。なるほどねぇ-と感心してしまいます。しかし、この脱線部分がなかなかに面白いだけに「これって、いったい、何の話だっけ」と、やや焦点ボケしてしまっているような気がします。

 ミステリーとしての完成度を上げるためには、もうちょっと贅肉をそぎ落としたストーリーにした方が断然いいと思います。ただ、勤務先であった銀行が芳賀を消そうとした理由というのが、意外と、平凡というか…さほど複雑な話でもないので、独自性を出すためには、刑務所内の描写を厚くするしかなかったのでしょうか??? つまらなかったというわけでもないけれど、絶賛するほどでもなく、ちょいオシイという感じでした。


「和宮お側日記」 阿井景子

2008年06月20日 | あ行の作家
「和宮お側日記」 阿井景子 光文社文庫 (08/06/20読了)
 
 「幕末不戦派軍記」(講談社・野口武彦著・5月7日読了)で、幕末モノに、ちょっと興味が湧きました。次は有吉佐和子の「和宮様御留」を読みたいなぁと思っているのですが、あまりにも古いためか、どの本屋にも在庫が無く、ブックオフですら見つけられずに苦戦。そんな折、光文社文庫の6月の新刊として、この本が発売されたのでした。小説としては、もうちょっとドラマチックであってほしいなぁ-という気もしますが、でも、多くの文献に当たって再現した和宮・親子(ちかこ)の日々の生活は大変、興味深く、そして、ちょっと切なく短い人生に心打たれます。

和宮は、宮家に許婚がいたにも関わらず、「公武一体」の理念を実現するため、兄・天皇の指図に従い徳川家茂に嫁ぐ。しかし、朝廷と徳川家の緊張関係が、そのまま、和宮の日常に反映されるのです。呼び名や装束、しきたりなどなど、流儀の違いを、いちいち武家方から批判されたり、父天皇の墓参のために京に戻ることもなかなか許されず、若い和宮は傷つき、寂しい思いをしながら過ごすのです。しかも、和宮にとって、数少ない心のよりどころであった夫・家茂が脚気で早世してしまうのです。

表面的には、わけもわからず政略結婚させられた悲劇のヒロイン-のようでいて、次第に和宮が自分のミッションを認識し、明確な意思を持って行動するようになっていくのが読みどころ。そして、なんだか、とっても、応援したくなってしまいます。ちなみに、和宮とイマイチ、折り合えない姑・天璋院は、現在、NHK大河ドラマで放送中の篤姫のこと。和宮に肩入れモードで読んでいると、「天璋院ムカつく」と思ってしまいますが、実際には、どちらも、厳しい制約の中でしか生きることができなかった時代の悲しいお姫さまだったのだと思います。

ストーリーとは関係ありませんが、「おするする=無事に」などの雅な言葉が楽しい。大奥での贈り物合戦の毎日も、ちょっと憧れますね(3日ぐらいでウンザリしそうでもありますが…)。初心に戻り、「和宮様御留」も是非、読みたいと思います。ものすご~く昔ですが、「和宮様御留」を原作にしたテレビドラマで、(若き日の)大竹しのぶが和宮様を演じていたような記憶があります。ドラマも再放送してほしいなぁ…。


大阪土産の「文楽せんべい」

2008年06月17日 | 文楽のこと。
 大阪土産に菓匠文楽「文楽せんべい」を頂きました。(08/06/16)

 大阪に出張した方が「梅田の地下街でたまたま見かけたから」とお土産に「文楽せんべい」を買ってきてくれました。
 今年に入ってから(相生座以降は一段とエスカレート気味)、誰彼構わず「文楽にハマりまくり」「勘十郎さまステキ」と叫び続けていた効果なのか、お耳に残ったのを覚えて下さったよし。

 分類としては「かわら煎餅」ファミリーに属する御菓子のようです。粉と玉子で作った素朴で懐かしい、優しいお味でした。パッケージはお人形ちゃんのかしらになっています。

 せっかくなので写真にとってアップしようと思ったものの…「1メガ以上はダメです」というエラーメッセージが出て挫折しました。デジタルデバイドな自分を悲しく思います。
 

「透明な檻」 赤川次郎

2008年06月17日 | あ行の作家
「透明な檻」 赤川次郎著 光文社文庫 (08/06/16読了)

 実は、いまさら、赤川次郎の小説を読むのは初めて。中高生の頃、友人たちが「三毛猫ホームズ」シリーズを回し読みしていたけれど、なんとなく「お子ちゃまっぽいな」と小バカにしていて、そのまま読む機会を逸していました。で、結論としては、「逸していたけれど、それほど大きな損失ではなかった」といったところで、もしかして、私にとっては、最初で最後の赤川次郎かも。

 もののはずみで(?)、娘の担任だった高校教師と不倫関係に陥ってしまったところから、人生は悪い方へと転がっていく。不倫相手に脅されるのは、レイプ事件の容疑者に仕立て上げられて仕事は失うは。しかし、娘が危うくレイプ被害に遭いそうになって真犯人が判り…。と、ドロドロ不幸なストーリーっぽいのに、妙に淡々としているのです。もしかしたら、そういう作風なのかもしれませんが…あまりにもリアリティが無くって、私には物足りませんでした。リアリティが無いというのは、ストーリーの展開もそうなのですが…それ以上に、「ダンナが娘の担任と不倫していたのが発覚した時の妻の態度って、そんな程度ですか?」「そんな父親を娘はこんなにあっさり許しますか?」-と聞きたくなるぐらいに、登場人物にやや感情が欠如気味なような…。

 といっても、誰も彼もが、今野敏や佐々木譲のような濃厚なミステリーを書く必要は無いわけで…。テレビで言えば「枝豆をツマミに缶ビール飲みながら火サス」のノリで、「ポテチかじりながらライトミステリー」っていうのも、もちろんアリなんでしょう。でも、でも、でも-私は濃い目が好きだ!!!

「さまよう刃」 東野圭吾

2008年06月15日 | は行の作家
「さまよう刃」 東野圭吾 角川文庫 (08/06/15読了)

 とても重たい内容のストーリーですが…でも、一挙に読んでしまいました。一人一人がマジメに考えなければならない宿題であり、でも、決して、後味の悪くない作品です。

「ゲームの名は誘拐」「悪意」「秘密」などの東野作品を読んだことがありますが、これまでは、なんとなく、そんなに好きになれない作家さんでした。単に、私がヒネクレ者なだけなのですが…東野作品は広末涼子とか綾瀬はるかとか、福山雅治などの主演で映像化され、テレビ局や映画会社のくどいぐらいの熱烈パブリシティが流れまくる。その時点で私の中で「東野圭吾=安っぽい」の方程式か出来上がってしまっていました。綾瀬はるかってめちゃめちゃキレイで化粧品のCMなんてついつい見惚れてしまいますが…あれはセリフが無いから良いのです。女優としては、かなり×。「あんなセリフ棒読みを主演に起用するのを許す原作者って???」と疑念がわいてしまうのです(偉そうに言っておきながらドラマ「白夜行」は見ておりません。スミマセン)。というわけで、本屋には東野コーナーがあって大量に平積みされていても、最近は、完全にスルーしておりました。でも、この作品を読んで、「安っぽい」という思い込みを、撤回したいと思います。ご本人の意図はわかりませんが…明らかに、現在の少年法のあり方に対する問題提起作になっています。

ナンパというよりも、女の子をムリヤリ車に連れ込み、レイプを重ねるチンピラ2人とその2人のやり過ぎに疑問を覚えつつも、仕返しが恐くて、結局は犯罪に加担してしまう気弱な少年。その考えの無い短絡的な行動には唖然としますが、でも、そういう短絡的な人がこの世の中にたくさんいるというのが、悲しい現実だと思います。ある時、チンピラ2人がレイプした女の子に覚せい剤を注射し、死なせてしまう。チンピラ2人は「未成年」であり、殺したのはではなく、「死なせて」しまったに過ぎないというのがミソなのです。何の落ち度も無い女の子の命を奪っても、チンピラ二人は殺人罪に問われることもなく、もちろん犯罪者として名前が報じられることもなく、そして、刑罰よりも更正の機会が与えられることになります。ただでさえ残忍なやり方で娘を奪われた悲しみ、憤りに加えて、法律の限界に落胆した父親が、チンピラを「私刑」に処すことを決意するのです。

もちろん、被害者だからといって、報復のための私刑を行うことが認められているわけではありません。でも、「娘を蹂躙し、命を奪ったものをどうしても許すことかできない」という父親としての真摯な気持ちは、周囲の人の気持ちを打ちます。もちろん、その人たちも、その父親が報復のために罪を犯すことを心から望んでいるわけではないけれど…でも、未成年とは言え、犯罪を犯したものを罰する気のない少年法に対する違和感をやり過ごすことができなくなってしまうのです。父親がチンピラを追跡する旅の途中でめぐりあった女性・和佳子の強さが、悲しい物語にかすかな光を当ててくれているように思います。決してハッピーエンドとは言えない結末です。でも、なぜか、救われたような気がしました。

この作品が、多くの人にとって、少年法について考える契機になれば良いなと思います。そのために映像化することも、有効な手段とは思いますが…でも、こんないい作品だからこそ…しょうもない役者は使わないで、ちゃんとした映像作品にしてほしいです。

「最悪」 奥田英朗

2008年06月14日 | あ行の作家
「最悪」 奥田英朗著 講談社文庫 (08/06/14読了)

 正直、読みながら、「ホントに最悪…」と心のうちで何度となく呟いてしまいました。ジョン・レノンが便秘で苦しむ奇想天外ストーリー「ウランバーナの森」でデビューして、二作目がこれ…ですか。どう考えても、鬱屈している(していた?)としか思えません。

 舞台は川崎。小さな工場を営む川谷、都銀の支店に勤めるみどり、チンピラの和也-なんの接点もなかった3人が、小さなアンラッキーを積み重ねながら、運命の糸に手繰り寄せられて「最悪」への道を歩んでいきます。読者にとって「最悪」なのは、小さなアンラッキーが決して絵空事ではなくて、妙にリアリティがあるということ。町工場の機械音にそこまでやるかというようなイチャモンをつけてくるオバちゃんとか、深刻なセクハラ被害を相談したら、それをライバルを消すための材料に使おうとする上司とか、「ちょっと、いいかも」と思っていた男が親友とホテルに入っていくところを偶然目撃してしまうとか-。

よく、大事件を引き起こした犯人に対して、「そこまで追い詰められる前に、もうちょっと冷静になってさ、誰かに相談するとかできなかったのかな?」「いくら給料安くても、働けば、いくばくかのお金がもらえたのに」なんて思ったりするのですが-でも、もしかしたら、人をとてつもない犯罪に追い詰めるきっかけになるのって、実は、こういう小さな「ちぇっ」と舌打ちしたくなるような出来事の積み重ねなのかもしれません。

 それにしても、何もかもが悪い方へ、悪い方へと転がっていくので、ため息が止まりません。(ただ、最後段は最悪というよりも、ちょっとラリって書いているんじゃないかと思うほど、はちゃめちゃぎみ)。「空中ブランコ」や「マドンナ」と同じ奥田作品というイメージで読むと、完全に裏切られます。元気が無い時に読むと滅入るかもしれません。でも、最後に、ほんのちょっとだけ、空から光が差してくるような場面があって、ホッとできました。

 「最悪」も「邪悪」も、上手いな-とは思います。でも、これで奥田英朗という作家に惚れるのは難しい。やっぱり、奥田英朗の本領が発揮されているのは短編なんだと思います。それとも、「最悪」や「邪悪」という作品を紡ぎ出すという過程を経てこそ、「空中ブランコ」や「マドンナ」を生み出せたのでしょうか?