おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「牡丹酒」 山本一力

2012年03月13日 | や行の作家

「牡丹酒 深川黄表紙掛取り帖(二)」 山本一力著 講談社文庫 

 実に気持ちの良い物語である。土佐の酒・司牡丹を江戸の町で販売するため、深川の若者4人組が徒歩と船の旅で遙か土佐まで旅する。首尾良く蔵元との交渉をまとめ、江戸に戻って司牡丹のお披露目イベントをしかけるまで。 

 登場人物は、気持ちの良い人物ばかりだ。たまに意地悪なヤツや、心がささくれている人も出てくるが、主人公たちの人柄の良さに触れて、嫌なヤツも、やがては良い人になっていく。しかし、私には、あまりに気持ちの良い物語であることが、軽いストレスだった。

 だいたい、いい人しか出てこないってことが、物語として、かなり不自然な気がする。江戸時代の船旅ということで、もちろん、海が荒れて苦労することもあるのだけれど、長旅の苦労はその程度。交渉ごとも、紹介状が功を奏したり、4人組の人柄の良さゆえに大概スムーズに進む。そもそも、4人(男3、女1)の旅の後ろ盾になっているのが、江戸幕府の要人・柳沢吉保と豪商・紀文。経済的にも恵まれた状態で、宿泊する宿はかなり立派目なところだし、交渉先の奥さまに高価な珊瑚細工の土産ものを買ったりなんかして、やることがスマートだ。

 せっかく、江戸から土佐まで旅しているというのに、アドベンチャーストーリーとしてのワクワクドキドキハラハラはほとんどない。これが現実世界であれば「いい人ばかりでよかったね~。長旅に大きなトラブルもなくてよかったよかった」なのだけど、物語には多少の盛り上がりがないと、なんか、拍子抜けしてしまう。

 だいたい、江戸時代に大阪から土佐まで独身の男3人、女1人で船旅なんてことが可能だったのだろうか―と意地悪な疑問が頭をもたげてくる。現代のフェリーには、客室もトイレもついているけれど、江戸時代の船には、そんなことは望むべくもないだろう。そんな環境で、乗り組み員も全員男、旅仲間も全員男の中の紅一点で旅するのって、ほとんどありえないことのように思えます。

 なんとなく、いい話すぎて嘘っぽい、そんな印象の物語でした。

 で、この物語に出てくる「司牡丹」という土佐の酒、虚構かとおもいきや、実在していました。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の中では、竜馬が愛した酒として登場するらしい(司牡丹酒造のウェブサイト情報であります。私は「竜馬がゆく」未読)。でも、「司牡丹」とネーミングされたのは、竜馬没後なんだそうです。

 

 


ミュージカル「キャバレー」 @東京国際フォーラム

2012年03月12日 | Weblog

 土曜日、知人から「1枚チケットが浮いてしまったので、行きませんか?」と、突然の誘い。ほとんど予備知識もないまま、開演3時間前に「行きます!」と返事して、勢いで行ってしまいました。日頃、ナマ舞台と言えば文楽しか観ないのですが、なぜか、「行くべし!」という神の声が聞こえた(ような気がする)。

 舞台は1929年のベルリン。キャバレー「キット・カット・クラブ」の歌姫サリーと、下宿屋の女主人シュナイダーという対照的な二人の恋を軸にして、「人生とは何か」「生きるとは何か」という根源的なテーマに迫る。

 歌姫サリーは藤原紀香。キャバレーの司会者兼物語全体のナビゲーターに元・光GENJIの諸星和己。この二人が集客の目玉なんだろうけれど、いやいや、単なる人寄せパンダではなく、超一流のエンターテイナーでした。              

 紀香ちゃん、こんなに歌上手かったのか…。少女と娼婦の両面を併せ持ち、自暴自棄になりながら、最後まで生きる執念を失わない瀬戸際の強さを完璧に演じていました。紀香主演ドラマはコケると言われているけれど、なるほど、この人のスケールはテレビの枠に収まり切らないんだと納得。最後に歌うシーンなんて、堂々としていて格好良かった。そして、涙が出た。 

 光GENJIに何の興味もなかったので、諸星くんの歌や演技をちゃんと観るのは初めてでしたが、ホンモノのプロフェッショナルです。歌も踊りも素晴らしい。物語のナビゲーターとして、観客の心を巧みに惹き付け、もてあそび、思い切り楽しませてくれました。サービス演出のローラースケートで踊る場面は絶品!

  キャバレーのショーのシーンは、ミュージカルの観客であることを忘れて、ショーパブの中に迷い込んでしまったような気分。淫らで、退廃的で、でも、何か楽し~い!

  と、ちょっとエロチックに弾けたミュージカルのようですが…ただ、楽しいだけじゃないのです。ラストシーンはあまりにもシュールで、最後にずしりと心に重石を置かれたような気分になりました。1929年のベルリンが舞台―つまり、ナチス台頭間近の時期を描いているのですが、過去の歴史物語としてではなく、今の私たちに「で、お前はどうなんだ?」「日本はどうなんだ?」と問いかけてくるような巧妙な脚本です。

  でも、何よりも、「裏主役」である下宿屋の女主人シュナイダーと果物屋を経営するシュルツの熟年カップルを演じた杜けあきと木場勝己が圧倒的に素晴らしかった。演技力も、歌唱力もずば抜けていて、この二人が出てくると、芝居は締まるけれど、妙な安心感が出てゆったりした気持ちになります。物語の主役は文句なしに紀香ちゃんのサリーなのです。でも、杜けあきという裏主役がいてこそ紀香ちゃんの美しさが輝き、奔放には生きられないシュナイダーがいてこそ、サリーの生き方が魅力的に見えてくる。

 脚本も、配役も考え抜いて作り込まれているのだと思います。でも、観ている間は、そんなことを感じさせず、キャバレーというanother worldに迷い込んでひとときの夢を思い切り楽しんだ。「エンターテインメントの力」を強く強く感じる作品でした。


「すいかの匂い」 江國香織

2012年03月11日 | あ行の作家

「すいかの匂い」 江國香織著 新潮文庫 

  ああ、この人、私と同世代の人なんだ―と強く実感する作品。多分、昭和30年代、40年代生まれの人であれば、「あの頃、そんなことがあった」「私の夏休みもこんなふうだったな」と必ず感じてしまうようなフレーズに溢れている。すっかり忘れていた幼稚園時代のちょっとした日常の光景がフラッシュバックしてくる。

  音楽で言えば、シューマンの「子供の情景」のような作品。当たり前の日常を切り取りながら、そこには、当たり前ではない切なさとか、悲しさとか、残酷さが潜んでいる。

  この人の一瞬を切り取る才能って、スゴイと思う。

  でも、小説としては、私の好みでないな。一瞬、一瞬の光景が強烈すぎて、ストーリーが印象に残らなかった。


「なぜ、絵版師に頼まなかったのか」 北森鴻

2012年03月09日 | か行の作家

「なぜ、絵版師に頼まなかったのか」 北森鴻著 光文社文庫

  明治初期、文明開化の頃の東京・横浜を舞台にしたオムニバス形式のミステリー。松山から親類のツテを頼って上京してきた冬馬少年が、日本政府から招聘され東京大学で西洋医学を教えていたドイツ人・ベルツの給仕として働き始める。好奇心旺盛なベルツに引きずり込まれるように、2人で事件解決のための推理をするという運び。

  表題作でもある「なぜ、絵版師に頼まなかったのか」は、とにかくタイトルが秀逸。タイトルの意味を悟った時の「!!!」という感じは、なかなか爽快。行間からなんともいえない時代の雰囲気が漂ってくるのも、上手いなぁ…と思う。そして、ベルツ先生にしろ、冬馬少年にしろ、キャラクターとしての魅力も存分にある。

 しかし、ミステリーとして秀逸かと問われると、いまひとつ、切れ味鋭くないように思える。トリックはパッとしないというよりも、無理があるんじゃないか…。そんな感じ。

  解説を読むと、なるほど、とても凝った作品のようです。ベルツ先生はじめ、物語の登場人物は実在の人物が多く、しかも史実を下敷きにして創作している部分も多いらしい。そして表題作以外のタイトルも、海外の有名なミステリーのタイトルをもじるなどの工夫がこらされているなどなどなどなど。

  というわけで、歴史ファンとか、ミステリーオタクにはたまらない作品なのだろう。教養のある人にとっては、遊び心いっぱいで、作者と「ね、わかる人にはわかるんだよね~」とヒミツの会話を楽しむ悦びがあるんだと思います。ただ、教養もなく、単純に、ミステリーとしてのワクワク感に引きずり込まれたい私には、やや物足りなかった。