温泉クンの旅日記

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当日予約

2006-09-24 | 旅エッセイ
  < 当日予約 >

 突然、思い立って旅立つので当日に電話して宿泊の予約をとることが多い。
 平日であれば空いていて割りと二、三回以内ですんなり決まるのだが、休前日や
連休中などは当然ながら、何度も何度もにべもなく断られることを覚悟して電話す
ることになる。

 前の日に車中泊などをしたときなどは最悪で、背中が痛いああ足を伸ばして布団
の中でのびのびと寝たい、どうしても泊めてもらいたいものだから電話をしていて
も、まるで金を借りにいったときのように卑屈に平身低頭すがりつくような声音に
知らず知らずになってしまう。

「お願えでごぜえやす、あっしをどーかひと晩泊めてくれろ、銭ならちったあ持っ
とるだで、お慈悲でございます、恩にきます頼んます」
 たぶん、それが電話線を通してひしひしと伝わっちゃうものだから、受ける宿が
わの応対は尊大になっていく。平日料金一万円の部屋でも休前日とか連休とかにな
ると平気で五割増しする宿であるから、尊大さもふだんの五割増となるのである。

(アホか。旅籠の基本的ルールも知らんとしれっと今日のきょうに連絡してから
に、オミャーのようなどこの馬の骨ともわからん奴を泊めるような部屋はイッコも
ねえだ、よ。)
「うーんもぉ、そんなイジワルいわないで。お願いだから」
(ったく気色悪い。ますます怪しいやつだな、他あたっとくんな。うちは断る!
ガチャン)
 とまあ、当日予約とはだいたいこんな雰囲気なのである。

 その日も電話の数が十度目を超え、十五度目に近づいた。



(ありがとうございます、XX旅館でございます)
「あ、ちょっとお訊きしたいのですが、今日なんですが・・・あのう、ひと部屋
空いていませんでしょうか?」
(本日でございますか・・・少々お待ちいただけますでしょうか)
 おっいいぞ、即答で「あいにく満室でございます」と断られないということは
脈がありそうである。

 うーん、長い。待たされるうちに保留のメロディを覚えてしまいそうである。
 ・・・どうします、専務? ううーん、さっきキャンセルでたから鶴の間がひと
部屋あいているけど。しかしこの時間じゃ夕食の仕度が間に合うかなあ、仕込みも
終わってるだろうし。板長のゲンさんにお前からちょっと訊いてみてくれるか。
いやよ、出刃握って三白眼でキッて睨まれて怖いから。ふうむ。じゃ、断るか?
 そんならアタシやだから、代わって専務から断ってね。

 ・・・保留の音楽でまるで聞こえないが、電話の向こうで、もしかしたらこんな
話をしているのではなかろうか。
(たいへんお待たせいたしました。)
 ぎゃあ、という声を喉もとでごっくんと呑み込んだ。低い落ちついた男の声は
専務か、やっぱり、断られるのだろうか。

(あのーお客さま、たいへん申しあげにくいのですが・・・、そのーたいへん狭い
部屋でもよろしかったらご用意できますが・・・)
「いいです! ノー・プロブレム。ボク狭くてもぜーんぜん構いませんので、それ
でどーかお願いします!」
(ノープロなんとかでなくて、ノー・トイレなんです。景観も悪くて、六畳ひと間
なのですが・・・。ジツはバスの添乗員用の部屋なんです)

「なんと仰いましたか、ばすのてんじょういんよう? もう、なんでもいいです。
 人間起きて半畳寝て一畳、六畳あれば充分です。トイレ無しでもオッケー、景観
悪くても本官はだいじょうぶでありますっ!」
(わかりました、お客さま、ではその分料金のほうはお安くしておきますので。
二食付きで・・・円ということで・・・それではお待ちしております、お気をつけ
てお越しください)

 あ、もしもし、もーしもーし。切れちゃったよ。名前も訊かずにまったく気の早
いひとだなあ。行ったら、そんな予約は知りませんはないだろうな。ま、いっか。
行ってゴネ倒せば。

 狭い部屋より、広すぎる部屋のほうがどちらかというと居心地が悪くて困る。



 一度、五十畳の部屋に泊まったとき、あんときは参ったもんだ。宴会場かなにか
に使っているのだろう、だだっ広いガッラーンとした部屋のテレビのある一角に
ポッツーンと布団が一組敷いてあって、全部の照明を落とすとシーンとした広い闇
のなかに魍魎がうずくまっているような気配があって、寝ようと思ってもなかなか
寝付けなかったのだった。
 浴びるほど酒呑んでも駄目で、一部の照明をつけてぼんやり暗くしたなかで、
ようやく寝たのだった。

 あのときも、宴会場の片隅でもどこでもいいですからと電話で泣きついたら、
それではお受けしましょうという段取りになったのだった。あのとき以来、この
セリフは言わなくなった。
 しかし、バスの添乗員部屋、なんてえのは知らなかった。これは使えるぞ。
今後、連休中に当日予約を攻めるさいに有効な手だな、覚えておこう。

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