温泉クンの旅日記

温泉巡り好き、旅好き、堂社物詣好き、物見遊山好き、老舗酒場好き、食べ歩き好き、読書好き・・・ROMでけっこうご覧あれ!

駅前

2006-11-05 | 旅エッセイ
  < 駅前 >

 五所川原駅に電車が着くと、降りた客が思ったより多い。乗る客もかなりいる。
 わたしはこれから、あのストーブ列車にすこしだけ乗ってから東京に帰るつもり
である。冬季に一日に二本だけ運行される。

 乗るまでには、まだ小一時間あった。雪がところどころにあるせいか、五所川原
は凛とした冷気に包まれていた。

 昨日は、青森県の西海岸にある鰺ヶ沢温泉に泊まった。その鯵ヶ沢から青森方面
に向かい、ガラ空きのローカル電車できっかり30分ガタゴト揺られると五所川原
である。車内では女子高生たちが大きな声で楽しげにおしゃべりをしていたが、
津軽弁だろうその会話はまったく意味がわからぬ外国語の音楽のようで、不思議と
気にならない。



 わたしは、駅が好きだ。
 車で旅をすることが多いが、そんなときでも、駅に寄る。寂れた駅舎の前に立つ
と、なにかしら感無量になる。べつに寂れてなくても感無量になるのだが、繁華な
駅だといくぶん無量の加減が小さめになるのだ。

 ・・・なんで自分はここにいるんだろう。いろんな人生の分かれ道を、そのとき
そのとき、自分なりに適切適当いい加減に道を選んだ。道を選び歩き続けた時間と
日々の積み重ねと気の遠くなる長さ、その延長の先端にいる、いまの自分がこの駅
前に立っている。
 もう、来ることがない駅。すべて、一期一会か・・・。そんな、とりとめもない
ことを静かにちょっとだけ思うのだ。こっそりと。

 自分の二本の足で、そこの地べたを歩くと記憶に残る。
 駅名や地名を聞くと、頭の中でそのときの風景がよみがえる。車でただ、走り抜
けた町は思い出しにくいものである。

 五所川原駅の正面から、まっすぐいっぽんの道が走っていて、その両側の歩道沿
いが商店街になっている。ところどころシャッターが降りている。ひと通りはすく
ない。
 その乾いた舗道をゆっくり歩く。車道の両側の端には雪が固められて残ってい
る。
 店や通行人や車にぼんやり視線を投げながら進む。信号をふたつほど歩き、反対
側に渡ってまた駅方面に向かう。最後の信号で、右に折れひたすらぶらぶら歩く。
 
 歩くのも記憶に残るが、飲んだり食べたりするのも妙に記憶に残る。
 ちょうど昼時なので、歩きながら記憶を辿る。駅前に食堂、商店街にラーメン
屋、喫茶店がたしか二軒あった。夜になったらまた別であろうが、あまり飲食店の
ない駅前である。
 駅前の食堂に決めた。

 えぇエェ仰せのとおり味も値段もドーセうちは平凡月並みですヨ、と開き直った
のだろうか、その名も「平凡食堂」。のれんを潜りガラス戸を引いて、雪で眼を
やられたせいなのか、うす暗い店内にはいった。
 これはなんだろう。じぃっとみてると壊れたアイスクリーム用冷蔵庫とやっと
わかる。食べ物だろうか、なんか紙にくるんではいっている。
 
 四人掛けの卓が六つほどと、奥にカウンター席。安手のデコラ張りテーブル、
ビニール張りの安手椅子の古式ゆかしきセット。中央に年代もののご長寿な達磨
ストーブ。
 先客が三組いた。いずれも泥つきの有機野菜、株ジャガイモ大根を思わせる土地
のじい様たちである。みな、いちように軽装だ。土地のひとには暖かい一日なのか
もしれない。いずれも津軽弁の黒帯である。昼どきとは言え、正確には昼前なのに
酒を召し上がっていた。

 背中のザックとショルダーバッグを椅子に置き、ドイツ製の大袈裟な防寒コート
を脱いでいるマフラーセーター姿のわたしを、泥つき野菜じい様がジローリと一瞥
する。津軽じょんがら睨みの有段者とみた。
 店の主人だろうひとがお茶を運んで、執事のように静かに横にたたずんでいる。
 話しても通じないからハヨ注文してけろ、ということなのか。壁の年代物の板製
品書きを、一通りみる。知らない土地の食堂での失敗のあれこれが過ぎり、無難な
四百円のラーメンを頼んだ。

 うーさぶかった、熱い茶っこでも呑むべえ。
 湯呑をクチまで持っていきかけて、腕が金縛りになり息を呑む。茶・シ・ブ、
湯呑茶碗のなかの白い部分が茶渋でマッチャ茶なのだ。すこしはもとの白い色も
残っている。多少黄色くなった茶碗は見たことあるが、茶色である。ゲー、どう
したらこうなるのか。洗わないとか? 

 わーすごい茶シブだあ今日はきっとなんかいいことあるぞ、と楽天的にはなれな
い。不潔。やっぱ、さぶくないもんだハンデ。急に携帯とりだす小芝居をかます。
たっぷり息を呑んだから、お茶はまたいつかにした。
 お茶でこれだから、ラーメンはいったい・・・。「ラーメン渋」とか「スープ
渋」とかあまり聞かないが、広い世の中にはあるんだろうか。
 やだやだ、想像したくないし絶対に確認したくない。



 執事によりおごそかに運ばれてきたラーメンを、首を伸ばして麺だけ、ラーメン
丼上空で吸い込むように食べた。スープはひとくちも飲まずに全部残すつもりだ。
チャーシューやナルトなどのっかっている具は、素早くスープの底に沈めてしま
う。無難なラーメンと書いたが、ラーメンならこういう便利なことができるのだ。
麺でさえ、全部食べなくても済む。

 百円玉を四枚テーブルにのせると、シブい男前のたびびとはそそくさと、もとの
着膨れに戻るのであった。
(たしかに、忘れられない土地になったな。ふふふ)
 そう呟きながら。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« しばしのお休みをいただきます | トップ | ストーブ列車 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

旅エッセイ」カテゴリの最新記事