ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

日記 「1月17日―今日考えたこと色々」

2013-01-17 19:54:07 | 日記
 

 今日は阪神淡路大震災の日からちょうど18年目の日です。

 朝、何気なくFBを見ていたら友人の韓さんの投稿に目が行きました。
 今は瓢箪山に住んでおられますが震災の時までは兵庫県に住んでらして震災に遭遇したそうです。

 彼が兵庫県に住んでいたことはまったく知らなかったので正直びっくりしました。

 しかし投稿を読みながら彼がなぜ東日本大震災後、東北や福島の被災地の子供たちのために、1回2回じゃなく継続して支援を送っているのか、その訳を少しばかりですがわかったような気がしました。

 私にも阪神淡路大震災はショックな出来事でした。

 その日、震災が起きる直前に私は起きていました。何故なら今は亡き末っ子が、地震の直前にひきつけの発作を起こしたからです。
 熱があった訳でもなんでも無いけど、大きな重複障害を持っていた子なので、本能的に地震を体が感知していたのかも知れません。

 発作を起こした子供を介護している途中に家ごと横に縦に揺れだし、どれほど怖かったか知れません。息子をギュッと抱きしめながら地震のおさまるのを待ちましたが、どれほど長く感じたか知れません。

 それから2年後の3月の末に息子は帰らぬ人になってしまいましたが、阪神大震災の起こった日が来れば必ず末息子の事を思い出します。彼の誕生日が1月19日と非常に震災の日に近かったことも関連していると思います。

 

 インターネットを消して、いつものようにリファの家に向かいました。今日は花1輪を見ても、なぜかいつもよりもっと愛おしく感じました。亡くなった方々の分もしっかり生きねばという気持ちからだと思います。

 スクールバスを送った後、家の近くまで来たとき、私の横を一台の自転車が通り過ぎました。





 自転車の前後に子供さんを乗せ背中には赤ちゃんをおぶった若いママさんの姿でした。
 瞬間、30数年前の自分の姿が走馬灯のように浮かび上がりました。私も3人の子供を同じ格好で毎日自転車に乗せ、この道を行き来したのです。

 今、その3人の子供は成人し3人とも教壇に立っています。

 一人は民族学級の講師として、一人は数学の教師として、一人は音楽の講師として、それぞれが地味ながら頑張っています。
 今更ながら時の流れを感じずにはいられませんでした。だって孫が5人もいるのですから





 今日は今年初めての勉強会の日なので、遠くまで行かず最短距離で帰ってきてお弁当を作りました。



 「じゃこ飯」です。じゃこをごま油でさっと炒めて、中大阪の焼肉のたれをかけ,混ぜながら炒めれば、出来上がりです。それを熱いご飯の上からかけて、千切りにしたエゴマの葉を混ぜれば出来上がりです。それにミニトマト、沢庵、キムチを添えて、はい出来上がりです。ゼザートはイチゴです。

 自転車とJRを利用して京橋駅に向かいました。今日は彼女の方が先に来ていました。

 昨年12月20日が最後の勉強会だったので4週間ぶりの再会です。この間あったことをぺちゃくちゃ喋りながら10分ほど歩いたらアジトに到着しました。今日は4週間ぶりだったのでお互い報告することや話し合うことが山ほどあったので、1時間ほどは勉強の前の話し合いに使ってしまいましたが充実していました。

 彼女が突然ユニクロの袋から服を取り出しました。



 ユニクロに入ったらいつもより安かったので、温かそうだし二人分買ったと言って、温かい生地のタートルネックの服をプレゼントしてくれました。とても嬉しかったです。

 私も「モンダンヨンピル」の2013年度卓上カレンダーを二人分注文してあったので、それをプレゼントしようと持って行っておりましたので、偶然とはいえ以心伝心とはこのことだなぁとつくづく思いました。

 

 お互いを思いやる気持ちが嬉しくて、後の勉強にも力が入りました。

 帰宅後、気分よく学童に行き、今日は26人の子供たちと過ごしました。

 夕方おやつを食べた後、みんなのコップを洗いに廊下に出たら夕空がとても綺麗だったので、カメラを取りに戻りました。





 写真を撮っていたらおやつの後、口をすすぎに出てきた児童たちが「自分たちも撮って~」とせがんだので撮ってあげました。

 家に帰って見たら、みんなとっても可愛く撮れていました。笑顔が可愛すぎです。



 今日も無事1日が過ぎて行こうとしています。とても良い日でした。
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