ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

ニョニョの日記詩連載(5月1日~5月6日))

2021-05-06 12:19:24 | 詩・コラム


日記詩14
新録の5月です

5月です
新録の5月です
冬の間枯れていた樹々にも
新芽がすでに青々しています
2年前はスファを連れて
ポピーを見に富田林に行ったり
3年前は292回目の火曜日行動で
安西さんや伊藤さんに初めて会い
5年前は堺の大きい広場で
飛び跳ねて遊んだけど
今はどこにも行けない
我慢我慢の5月1日
せめて植木の手入れでもしましょう

일기시14
신록의 5월

5월입니다
신록의 5월입니다
겨울내내 말랐던 나무에
움터난 새싹이 이젠 푸르릅니다
2년전엔 수화를 데리고
양귀비 보러 富田林에 갔었고
3년전엔 292번째 화요행동에서
安西씨 伊藤씨와 처음 만났고
5년전엔 堺의 큰 광장에서
손자들과 뛰며 놀았지요
하지만 지금은 어데도 못가요
참고 참고 또 참아야 할 5월1일
적어도 화분 손질이나 할가요 (5月1日)



日記詩15
仕事があるだけ幸せ?

朝から弁当作り
日曜出勤の夫に
私が出来ることはこれだけ
こんな時期に
仕事があるだけ幸いだと
夫は笑いながら言う
有難いことだ
こんな風に思える人が
夫で良かった
仕事があるだけ幸せ❓
私にも仕事を下さい

일기시15
다닐수 있는 직장이 있어 다행?

아침일찍 도시락을 싼다
일요출근하는 남편에게
내가 할수 있는 일은 이것뿐
이런 시기에
일이 있는것만이라도 다행이라고
웃으며 말하는 그이
고마운 일이다
이렇게 생각해주는이가
남편이라서 다행이다
직장에 다닐수 있어 다행❓
나에게도 일을 주세요   (5月2日)



日記詩16
最後の朝食弁当

今日は引っ越しの日
最後の朝食弁当作りました
1年半 553日の間
毎朝お弁当を届けました
日曜は嫁と娘が交代で届けました
もうすぐ85歳になられます
人一倍働き者で情の深い方でした
9時半から15時半まで1階のデイで
楽しく過ごさせていただきました
一人でいる時間が長いからと
グループホームを勧められました
寂しいけど今日引っ越します
少しでも安らいでくれる事を願って
お陰様で義姉も私も
風邪をひくことも無く元気でした

일기시16
마지막 아침도시락

오늘은 이사 가는 날
마지막 도시락을 장만합니다
1년반 553일간
매일 아침 도시락을 전했습니다
일요일은 며느리와 딸이
교대로 전해드렸습니다
좀더 있으면 85살이 되십니다
남보다 부지런하고 정깊은분이셨지요
9시반부터 15시반까지
로인보건시설에서 즐겁게 지냈습니다
홀로 있는 시간이 너무 길다고
의원이 그룹 홈을 권유하셨습니다
섭섭하지만 오늘 이사합니다
조금이라도 마음편하게 지내시길 바래서
덕분으로 동서도 나도
감기 한번 걸리지 않았습니다   (5月3日)



日記詩17
不安

夕食はちゃんと食べただろうか
トイレにはちゃんといけただろうか
部屋はまちがえなかっただろうか
あれこれ考えたら寝むれなかった
グループホーム生活1日目が過ぎた
残りの荷物持って昼前に訪ねると
みんなで歌をうたっていた
ホッ
昼食の間 全ての荷物に名前を書き
さよならをするため側に行くと
「ご飯食べた?」と
私の心配をしている

일기시17
불안

저녁은 잘 드셨을가
위생실은 바로 찾았을가
방을 틀리지는 않았을가
이 생각 저 생각으로 잠을 설쳤다
그룹홈생활 첫날째가 지나갔다
남은 짐 챙기고 점심전에 찾아가니
모두함께 노래를 부르고있었다
안도의 숨을 돌리는 나
점심 드시는 사이에 이름표 다 달고
안녕 하자고 바투 다가가니
「밥 먹었니?」 하시며
내 걱정을 하시네        (5月4日)



日記詩18
何がしたかったん?

今日で長ーい連休おわり
何もしていない
何もできなかった
いいえ
布団も干した
カーテンも洗った
三食作り毎食食べた
お花の手入れもした
日記も書いた
夕焼けも見た
義姉の引っ越しも手伝った
並んでお昼寝もした
何がしたかったん?

일기시18
뭘 하고싶었니?

오늘로 긴 련휴가 끝난다
아무것도 안했다
아무것도 못했다
아니
이불도 널었다
커튼도 빨았다
세끼니 챙기고 꼭꼭 먹었다
화분도 손질했다
일기도 썼다
저녁노을도 보았다
동서의 이사도 도왔다
나란히 낮잠도 잤다
뭘 하고싶었니?       (5月5日)



日記詩19
久しぶりの全員弁当

長いトンネルを抜けたように
爽やかな朝!
やれやれ
やっと日常が戻る
今日は木曜 お弁当当番の日
何弁当にしようかなぁ
昨日から悩んだけど
オムライス にした
なぜって?ふふ 簡単だから

일기시19
오랜만의 점심당번

긴 굴속을 빠져나온듯
상쾌한 아침!
어유
겨우 일상이 돌아온다
오늘은 목요일 점심당번날
뭘로 할가
어제부터 고민했지만
오므라이스로 정했다
왜?ㅋㅋ 간단하니까    (5月6日)



日記詩20
ユーターン

いつもは通学班を送って
そのままホームに朝食届けるのに
今日からはユーターン
何か忘れ物をしたようで
胸の奥がモヤモヤしている
家に戻りながら
鼻の奥がツーンとした
555日目、、、

일기시20
되돌아가기

여느때는 통학반을 보낸후
그길로 홈에 도시락 전하러 가는데
오늘부터는 되돌아가기
뭔지 잊은것 같아
마음이 갑갑하다
집을 향하면서
코허리가 시큰한
555일째、、、         (5月6日)


コメント

ニョニョの日記詩連載(4月18日~4月30日)

2021-04-30 18:15:18 | 詩・コラム
ニョニョの日記詩連載



日記詩1


え?もう日曜?
あれもまだ これもまだ
したいこと
しなければならないこと
山積みなのに
時だけが過ぎて行く
弓矢のように
無情に、、、

일기시 1
시간
뭐?벌써 일요일 ?
이것도 아직 저것도 아직
하곺은 일
해야 할 일
산더미같은데
시간만이 흘러간다
쏜살처럼
덧없이、、、  (4月18日)



日記詩2


春風そよぐ
月曜日の朝
校庭では
一輪車の練習をする
微笑ましい童たちの姿
「オンニ〜待って〜」
上級生に一生懸命習う
一年生の姿が眩しいなぁ

일기시2
아침

봄바람 살랑 부는
월요일 아침
운동장에선
일륜차 몰고가는
아이들의 흐뭇한 모습
「언니〜가다려〜」
상급생들에게 열심히 배우는
신입생들의 모습이 눈부시구나(4月19日)



日記詩3
バタバタな火曜日

いつも火曜日はバタバタだ
6時起床
お弁当8つ
7時15分家族を送り出し
BSで朝ドラ見ながら
やっと朝食
8時15分通学班との
楽しいお喋りと通学路
義姉のホームに届けるお弁当
洗濯機回しながらお片付け
いつのまにか11時15分
さぁ着替えて府庁前に出発
でも今日は府庁前に行かない
コロナ蔓延のため
涙を呑んで火曜日行動中止、自粛、、、
義姉を連れて定期検診に行く

일기시3
정신없는 화요일

언제나 화요일은 정신이 없다
6시기상
도시락 8개 만들기
7시15분에 가족들 보낸후
아침방송 보면서
겨우 아침식사
8시 15분 통학반 출발
수다 떨면서 즐거운 통학길
동서한테 아침밥 드리고 집으로
세탁기 돌리면서 설겆이
어느새 11시15분
자 얼른 갈아입고 부청으로 출발
아니야 오늘은 안가
저놈의 코로나때문에
눈물을 머금고
화요행동 임시 중단 、、、자숙、、、
동서 모시고 정기검진 가야지(4月20日)



日記詩4
ドキドキ

何年振りだろう
あなたに会うのは
笑顔が美しすぎて眩しくて
いつも見とれていた
心は数倍奥ゆかしいあなた
誰に接するときも同じ笑顔
嫌な顔は一度も見たことがない
ドキドキ
今日あなたに会う
つかの間

일기시4
두근두근

몇해만일가
그대를 보는것은
미소가 너무 이뻐서 눈부셔서
언제나 넋을 잃고 보았었다
마음씨는 그보다 더 웅숭깊은 그대
누구라없이 따뜻한 미소로 대하는 그대
싫은 얼굴 한번 못본것 같구나
두근두근
오늘 오랜만의 상봉
아주 잠간     (4月21日)



日記詩5
スファの日

今日は木曜
スファと遊ぶ日
手を繋ぎ歩きながら相談
「今日大きい公園行く?」
「コロナやから近くでええわ」
「ハンバーグ作る?」
「うん、サラダも作って
夜ご飯にしよ」
相談成立
今日もニコニコ学校へ‼️

일기시5
수화의 날

오늘은 목요일
수화와 노는 날
손잡고 학교를 향하면서 의논
「큰 공원 가서 놀가?」
「코로나이니까 가까운 공원에서 놀자」
「함버그 만들래?」
「응、썰러드도 챙겨서
저녁밥 하자꾸나」
의논성립
오늘도 벙글벙글 학교에로‼️(4月22日)



日記詩6
自分史 完読

自分史 完読
「私の名前は
チャンホンスン」
勝気で 負けん気が強く
聡明で おまけに美人
茨城朝高を合唱王国と知らしめた方
張弘順さんの自分史を完読
歯に衣を着せぬ文体
直球の自分史
驚いた 数十年前共に祖国を訪問した
李日夏さんのオモニムとは!

일기시6
자서전 완독

자서전 완독
「나의 이름은 장홍순」
억척하고 지기싫은 성미
총명하다뿐이랴 미인인걸
이바라기조고를 합창왕국으로 꾸린 분
장홍순씨의 자서전을 완독
꾸밈이 없는 솔직한 문체
직구의 자서전
놀랬구나 수십년전 함께 조국방문한
리일하씨의 어머님이실줄이야‼️(4月23日)



日記詩7
少年団入団式

今日は4.24
意義深い日に
中大阪の少年団入団式‼️
我が中本通学班のウォンサ君が
少年団員になります
嬉しいなぁ胸がドックンドックン
赤いネクタイ貰えるかな?
それとも青かな?
63年前私にもそんな日があった
兵庫県尼崎市園田の
小さな小さな初級学校で
初めて赤いネクタイを結び
「明けゆく祖国の朝焼け色の様に
赤く燃えるネクタイを
ひらひらなびかせ、、、」と歌い
祝ってもらった日が昨日のよう

일기시7
소년단입단식

오늘은 사이사(4.24)
뜻깊은 날에
나까오사까의 소년단입단식‼️
우리 나까모또통학반의 원사동무가
소년단에 입단 한대요
정말 기뻐요 가슴은 두근두근
붉은 넥타이를 맬수 있을가
아니면 푸른 넥타이?
63년전 나에게도 그런 날이 있었지
효고현 아마가사키시 소노다의
자그마한 초급학교에서
난생처음 붉은 넥타이를 매고
「밝아오는 조국땅의 노을빛으로
붉게 타는 넥타이를
펄펄 날리며、、、」라 노래부르며
축복받은 날이 어제같은데、、、(4月24日)



日記詩8
「日曜出勤」

急ぎの仕事があるからと
「日曜出勤」初めての事
代休があるからと言っても心配
だって歳が歳なのに、、、
「いつまで働くの?」
「身体が動く限り」
「、、、」
学生時代は新聞配達
卒業後今日まで出勤一直線
私の出来ること弁当作りと
「気をつけてね」の一言だけ、、、

일기시8
「일요출근」

바쁜 일이 있다고
「일요출근」 처음 되는 일
대휴가 있다지만 걱정이야
나이가 나이인데、、、
「언제까지 일해요?」
「몸이 움직이는 한」
「、、、」
학생시절은 신문배달
졸업후 오늘까지 출근 일직선
내가 할수 있는 일 도시락 장만하여
「조심하세요」의 한마디뿐、、、(4月25日)



日記詩9
おめでとう ウオンサ君

花冷えの月曜日
いつもの公園で記念撮影
ウォンサ君 おめでとう
やっと少年団員になったね
赤ちゃんの時から
オンマに抱っこされハンメも一緒に
何回も来てくれたね 火曜日行動にも
今君の胸に赤いネクタイは無いけど
私には見えるよ 君の赤く燃える心が
ウリハッキョを守るため
長い長い坂道を登られた
ハンメやオンマの意志を継いで
きっと立派なチョソンサラムに
なってくれることを‼️

일기시9
축하해 원사야
꽃샘바람 부는 월요일
여느때처럼 기념사진 찰칵
원사 축하해
이제야 소년단원이 되였구나
애기때부터
엄마품에 안겨 할머니도 함께
자주 왔었지 화요행동에도
너의 가슴에 지금 넥타이는 없어도
나에겐 보인단다 너의 붉게 타는 마음이
우리 학교를 지키기 위해
길고긴 비탈길을 오르셨던
할머니와 부모님의 뜻을 이어
반드시 듬직한 조선사람으로
자라리라는것을‼️  (4月26日)



日記詩10
記憶

記憶が無くなるという事は
コップにお茶を注げなくなること
電気のスイッチを押せなくなること
タンスの中の綺麗な下着を
洗面台の水につけてしまうこと
記憶が無くなるという事は
冷蔵庫に歯ブラシを入れてしまう事
記憶が無くなるという事は
他人の名前を忘れてしまうこと
どんどん赤ちゃん返りする事
あなたも私も人ごとではない
せめて楽しかった日の事だけは
覚えていて欲しいなぁ

일기시10
기억

기억이 없어진다는것은
잔에 차를 따르지 못하게 되는것
전기불을 켜지 못하게 되는것
옷장속에 정돈된 내복들을
세면대물속에 담가버리는것
기억이 없어진다는것은
랭장고에 치솔을 넣는것
기억이 없어진다는것은
남의 이름을 잊어버린다는것
하루가 빠르게 애기로 돌아가는것
당신도 나도
남의 이야기가 아니예요
즐거웠던 날만이라도
기억해주셨으면、、、 (4月27日)



日記詩11
雨の通学路

まだ大降りでは無いけれど
雨の中 通学班 出発‼️
大きな傘さして
ゆっくり歩く
これは珍しい
前を行く3人の高学年生たちが
なぞなぞを始めた
ウォンサ君も6年生に負けていない
どんどん答えて驚かせる
黙って聞きながら歩いていた
スファが言った
「私らもやろか なぞなぞ」
「私ら?!」
ひょっとして
スファと私が私らなん?
ウフフ 嬉しいなぁ
2年生の仲間になれた
雨の通学路

일기시11
비오는 날의 통학길

아직 큰비는 아니지만
비오는속을 통학반 출발‼️
큰 우산 들고
천천히 걷는다
드문 일이네 앞서가는
3명의 고학년생들이
수수께끼놀이를 하기 시작했다
원사도 6학년생들에게 지지 않는다
계속 답맞추어 놀라게 한다
가만히 들으면서 걷던
수화가 갑자기 말했다
「우리도 할가❓수수께끼놀이」
「우리도❓❗️」
혹시
수화와 내가 우리들인거야❓
ㅋㅋㅋ 좋구나
2학년생과 짝이 된
비오는 날의 통학길  (4月28日)




日記詩12
参観日

今学年度初めての参観日
どの教室にも
笑い声が溢れている
子どもたちは自分の考えを
なんのためらいもなく発言する
どんなトンチンカンな答えにも
動じない先生方
決して否定しない
どんな答えにも質問にも
精一杯耳を傾けてくださる
瞳と瞳が見つめあってる
これがウリハッキョなんだ
子どもたちがヒーローなんだ
だから安心して送れるんだ
だから守るんだ‼️ウリハッキョを‼️

일기시12
참관수업날

금학년도 처음 되는 참관수업
어느 교실에서도
웃음소리가 넘쳐흐른다
아이들은 자기 생각을
그 어떤 망설임도 없이 이야기한다
어떤 엉뚱한 대답에도
눈하나 깜짝하지 않는 선생님들
절대로 부정을 안하신다
어떤 대답에도 질문에도
한껏 귀를 기울여주신다
서로를 바라보는 믿음의 눈과 눈
이것이 우리 학교란다
아이들이 주인된 우리 학교
그래서 안심해서 보낸단다
그래서 지킨단다 ‼️우리 학교를‼️(4月29日)



日記詩13
体力測定の日

「ウオンサ 走りは早い方?」
「うん?、、、普通」
「普通かぁ いいなぁ
ハンメは1年から6年まで
ずっーとべべやった」
一瞬に初級部時代に戻った
体力測定の日だという
「シャトルラン 嫌いやねん」
今度はスファの嘆き声
ふふふ みんなこうして
大きくなるんだねぇ
新緑まぶしい爽やかな朝

일기시13
체력측정의 날

「원사야 달리기 빨라?」
「응?、、、보통」
「보통이라구?부럽구나
함맨 1학년부터 6학년때까지
쭉ー꼴찌였어」
순식간에 돌아간 초급부시절
오늘은 체력측정의 날이란다
「왕복달리기가 질색이야 」
이번엔 수화의 한탄소리
ㅋㅋㅋ 모두들 이렇게
커지는구나
신록이 눈부신 상쾌한 아침 (4月30日)


コメント

再掲 2020年10月13日、400回目の火曜日行動です。

2021-04-27 19:31:56 | 火曜日
今日は2021年4月27日火曜日ですが、コロナ禍での感染を極力避けるため、胸を痛めながら自粛しております。400回目の火曜日行動の日を再掲いたします。時間のある方は回想してください。5月18日から再開できることを祈っています。


秋晴れの10月13日.大阪府庁南側前にて400回目の「火曜日行動」が行われました❗️



今日のレポーターは春母(ハルモニ)会の木村さん、写真撮影は松尾さんです。今日も元気に発信してまいりましょう。



20分前に到着しましたが、始まる前から大勢の方々の姿が元気をくれました。



長崎由美子さんの第一声始まりました❗️

☆長崎さん

2012年4月17日に始まった、この火曜行動は今日で400回目となり、8年を超えました。8年前には病院もなく、駐車場でした。

景色は変わりましたが、変わらないのは朝鮮学校に対する変わらない差別です。

大阪府市の補助金打ち切り、国の高校無償化からの排除に加え、育ちを応援する幼保無償化からの排除もそのままになっています。

400回と言えば1年365日毎日毎日立ち続け、それ以上の日数になります。

我が子を通わせている保護者の方々、孫たちを通わせている方々、一世からの思いを引き継いでいる方々、学校でがんばっておられる当事者の教員の方々、日本人の支援者が参加してきました。

今大阪で住民投票がおこなわれようとしていますが、そこからも外国籍が排除されています。

今日は400回なので、この行動に参加されている方々から、その思いを一言ずつ話してください。




アピールのトップバッターはいつも元気な金さんです。

☆オモニ

今日は400回ということで、前々から有休を取って、ここに参加しました。

ここに立つと思い出されるのは、私の長女に対する松井前知事の「学ぶ権利はない」という言葉です。知事の口から「ない」と放たれた光景は今も鮮明に思い返されます。

その時赤ん坊だった私の長女も今は中大阪朝鮮学校幼稚班の年中です。月日の経つ早さを感じてます。

みなさん、私の娘に学ぶ権利はないのですか! 学ぶ権利というのは人間が育つ上で子どもに与えられる当たり前の権利のはずだと今も信じています。

大阪府庁の皆さんは日本の、大阪のために働いていると思いますが、将来を担うのはこの大阪にいる全ての子どもたちではないでしょうか。朝鮮学校に学ぶ権利を与えないのはどういうことでしょうか。まちがいなく日本の将来を守らないということじゃないんですか。

今回、大阪では未就学児一人あたり5万円の給付金が支給されることになりました。これは小中学校で給食の無償が実施されたのに、未就学児には与えられないのでその代わりに給付金を支給するとのことでした。ちょっと待って。朝鮮学校では給食の費用はもらっていません。それはどうなるんですか?

私は子どもたちに朝鮮人だと、自分の名前をしっかりとなのってほしいと思います。それは朝鮮人だからというのではなく、一人の人間として当たり前に堂々としっかりと育ってほしいと思っています。

大阪府の職員の皆さん、子どもたちが育つには皆さんの協力がいります。私も近所の子どもたちにいつも声をかけています。

私たちは400回声を上げてきましたが、皆さんも400回私たちの声を受けてるんです。何人だからではなく、日本にいる全ての子どもたちを当たり前に守ってください。堂々と顔を向けて挨拶してください。私たちも子どもも朝鮮人として堂々と日本の地で生きていきます。




火曜バンドは不滅です❗️❗️



カンファセさんが和歌山から駆けつけてくれました。



ハルモニ会の陶山さんがマイクをもちました。

☆陶山さん

今私たちは「火曜日行動」400回を迎えました。けっして喜ばしい数字ではありません。

私は長崎から50年前に大阪にやってきました。そのとき、「大阪に行くなら差別の問題をちゃんと勉強しなあかん」と言われました。私は大阪で教師となり、大阪の教員は差別をさせない、許さない。教育現場で、黙っていることは差別に加担することだということを学び、それを自分の教育の柱としてきました。

それが今どうでしょう、官制ヘイトがまかり通っています。もう一度、差別を許さない、人情味あふれる元の大阪を取り戻して欲しいのです。どこの国の人間でも特に在日韓国・朝鮮人も、障害があっても、みんな一緒に暮らせるそんな大阪にしてください。




哲也さんも久々のアピールです。

☆キムさん

私は生野区で地域活動をしている在日三世です。生野区は60カ国の方々が市民として暮らしています。昨日から都構想の住民投票告示が始まりました。

この先、在日外国人はどんどん増えていくと思います。この人たちを排除して、良い大阪が作れるのでしょうか。

差別の典型的なのが朝鮮学校を含めた外国人学校の幼稚園を幼保無償化から排除することです。目の前で幼児が倒れたらどこの国の子どもなのかを問題にするのでしょうか。

今一度、人に戻ってこの問題を考えてください、




保護者のエミさんがアピールします。

☆エミさん

私は朝鮮学校に子どもを通わせている保護者の一人です。私の娘がもうすぐ小2になる直前の春休みにこの場に来て手紙を読み上げました。その娘が今はもう中3で、大阪朝鮮高級学校に誇りを持って進もうとしています。

「オンマ、制服のチマチョゴリが着たい」と言ってあつらえようとしています。どんどん体も心も成長しようとしています。それは支援者と学校の先生たちのおかげです。

吉村知事、聞こえていますか? あなたは弁護士として、知事として、父親として自分の何を残しますか? どういった社会を目指しますか?

 サンフランシスコに「慰安婦」像が建てられたのが気に入らないと言って姉妹都市を解除しましたね。世界的には認められませんが。そして朝鮮学校の子どもたちにはずっと差別を繰り返しているのが残念です。

安倍さんが辞任したときも安倍さんを褒めていましたね。人間いつでも考えを変えることができます。
人した親として恥ずかしくないのですか! 心を改めてください!





申さん、東京から駆けつけてくれました。



城北初級のオモニ会の方がアピールされました。

☆オモニ

朝鮮学校に通っている子どもの保護者です。

400回という数字はとても大きく、わたしたちには意味のある数字です。私たちの力だけでなく、こうやって日本人の方々の力も合わせてできたものです。

最近、「多様性」という言葉をよく目にしますが、「多様性」をうたっているのに、朝鮮学校を排除する姿勢は理解できません。

すべての子どもたちに学ぶ権利があると思うのですが、なぜ朝鮮学校の子どもたちだけが悩まなければならないのですか。

朝鮮学校を一度見に来てください。

火曜行動はやめません。ずっと続けます。

私たちは朝鮮学校にも自分のルーツにも誇りを持っています。

「いつになったらやめるのか」と思っておられるかもしれませんが、補助金再開まで続けます。あなたたちも考えを改め、私たちと向き合ってください。




若者代表の梁さんもマイクをもちました❗️

☆若者

アンニョンハシムニカ。東成地域で青年活動をしています。

400回は記念すべきではありません。400回訴えても是正できない現状があります。

多様性、平等という言葉が法にはうたわれています。私は大学で法律を学んできましたが、法を扱う者がこのままだと、法自体が腐ってしまいます。

国際化・多様性・平等の実現のためには幼保無償化は必要です。これからもいっしょにがんばっていきましょう。




長崎さんが繋がれます。

☆長崎さん

昨日、滋賀県の三日月知事が初めて滋賀朝鮮初中級学校を訪問し、近江牛米を贈呈し、朝鮮語で挨拶を行いました。

一方、松井市長は住民投票の権利がほしければ日本国籍を取れと言っています。




火曜バンドの代表ー古賀さんも今日はマイクを持たれました。

☆火曜バンド(古賀さん)

日本人の一人として参加しています。私が子どもの学校のPTA会長をしていたとき、近くの朝鮮学校との交流を行っていました。チマチョゴリを持ってきてもらって、それを着た子どもたちと写真を撮るといった他愛ないものでしたが。

また、私の息子は当時サッカー部に入っていて、朝鮮学校と練習試合をしていました。どうだったと聞くと、「ボロ負け」と、尊敬の念を込めて言っていました。こんな交流は自然におこなわれていました。

朝鮮学校に対する補助金を増額してほしいと要求したこともありました。
ところが、それが現在ではまったく無くなってしまいました。

一日も早く補助金を復活させてほしいものです。差別があると日本人も幸せになれません。




いつも火曜バンドで活躍している原戸さんもアピールです。

☆火曜バンド(原戸さん)

火曜バンドで太鼓を叩いています。

私は行政側と同じ“日本人”という立場に自分を置きたくないので、こうして活動しています。

個人の感覚を感じる感受性で、この問題を考えて欲しい。世界にも恥ずかしい。行政は差別を自覚するべきです。




河住さんもアピールされました。

☆河住さん

まだ活動は浅いのですが、滋賀県の三日月知事のニュースには嬉しくなりました。

都市村知事も朝鮮学校に来て、自分の子どものことも重ね合わせながら思い直してほしい。一日も早くこの活動が終わるようにと思います。

私も保育士として、一日も早く差別をなくしたいと思います。




横道さんも久々にアピールです。

☆横道さん

私も日本人ですが、腹が立つのは橋下氏が朝鮮学校を訪問し、「私もラガーマンだ」と言って笑顔で朝鮮高校のラグビー部の部員と写真を撮っていました。ところがそのあくる日に補助金カットです。悔しくて仕方がありません。

子どもたちはしっかりしていてこんなことでくじけはしないとは思います。でも、写真の子どもたちの笑顔を返せ!
私は子どもたちが朝鮮学校で大事にされているから、応援しています。

差別はいけません。すぐ、やめてください。




イケメン三人衆の中山さんもマイクを持たれました。

☆中山さん

東成区に住んでいる日本人です。近所の朝鮮学校を支援しています。

火曜行動には1回目から参加しました。

今着ているTシャツは愛知県の朝鮮学校支援団体が作られたもので、ローマ字で「ウリハッキョ」とあります。朝鮮学校では自分たちの学校を「ウリハッキョ(わたしたちの学校)」と呼び、誇りにしているのです。

東成区は生野区に次いで在日の多いところです。

行政の無茶な差別を打ち破ろう!




毎週大和高田から通われている森本さん!短歌もこの間にどれだけ作られたか知れません。

☆森本さん

はんさべつ 五つのひらがな胸に刻み 四百回目の街宣に立つ(ちゅうき)

400回の火曜行動は在日朝鮮人が刻んできた歴史です。それはどんな歴史でしょうか?

学校では近現代史を教わっていないとよく言われますが、現代史は教わる物ではなく学び取り、自ら作るものです。

窓窓窓 大阪府庁の壁見れば 歪んだ日本の姿が映る(ちゅうき)

多くの人が見えていません。大阪府庁の窓を見てどんな姿が映るか見てほしい。




クッスンさんが配ってくれるキャンディは愛の味がします。



長崎さんと共に第1回目からずっと参加されている大村さんもマイクを持たれました。

☆大村さん

私は一回目からこの火曜行動に参加しています。今は病院になっていますが当時は駐車場でした。知事も三人替わりましたが、考え方を変えようとはしません。

最初はチラシを受け取らない人もいました。そのうち、質問をしてくる人もいましたが、一方で誹謗中傷を投げかけてくる人もいました。子どもが配ったチラシをくしゃくしゃにして捨てるのを見たときは胸が痛みました。

韓国の中でも支援の運動が広がっています。

亡きキムポットンハルモニが、この場で「日本に暮らす私たちの同胞をいじめないで」と言いました。その言葉が今もよみがえります。

オモニたちは自分たちの思いを一言ずつ述べています。先ほどもオモニが涙ながらに述べていました。そのようにして400回がおこなわれてきました。

まだまだ補助金が支給されるまで、朝鮮学校の権利が認められるまでがんばりたいと思います。

早く差別が打ち切られることを望みます。




オモニ会の方々のアピールとシュプレヒコールと合唱「声よ集まれ 歌となれ」が始まりました。

*高さん

みなさんのおかげで400回の行動がおこなわれましたが、これは輝かしい数字ではありません。500回にならないようにしたいと思います。

『声よ集まれ 歌となれ』

・子どもたちの学ぶ権利を保障せよ!

・行政が差別するな!

・朝鮮高校に高校無償化を適用せよ!

・朝鮮学校に補助金支給を復活せよ!

・朝鮮学校の子どもたちを差別するな!




私も今日は最後に400回目の「火曜日行動」を迎えながらの想いを込めた自作詩を朗読しました。

「写真」

          ニョニョ

2万枚を超える写真を
1枚1枚食い入るように見る

笑っている若者の顔
怒っているおばさんの顔

空高くかざした拳と拳
ペンを走らせるレポーターの汗
 
鳴り響くアコーディオンの演奏
シュプレヒコールとどろく大阪府庁前

痛みを堪えながら立ち続けるハルモニ
横断幕を持ちアピールするハラボジ

赤ちゃん抱えながらマイクを持つオンマ
大雨の中 高らかに合唱する人々

初めて見る顔
毎週見ている顔

1枚1枚の写真には
8年半のドラマが詰まっている

決して消すことのできない
熱い連帯の情が詰まっている

尊厳を守り抜かんとする
鋼鉄のような意志が詰まっている

―「火曜日行動」400回目を迎えてー

「사진」

녀 녀


2만장을 넘는 사진을
한장한장 뚫어지게 본다

웃고있는 젊은이의 얼굴
성이 잔뜩 난 아줌마의 얼굴

하늘높이 번쩍 올린 주먹들
펜을 달리는 리포터의 구슬땀

울려퍼지는 손풍금소리
구호소리 우렁찬 오사까부청앞

아픔을 참으면서 일어선 할머니
횡단막을 든채 호소하는 할아버지

젖먹이 달래며 마이크 손에 든 엄마
큰비도 아랑곳없이 합창하는 사람들

처음 보는 얼굴들
매주 보는 얼굴들

한장한장의 사진에는
8년반의 드라마가 들어차있다

결코 지울수 없는
뜨거운 련대의 정이 꽉차있다

존엄을 지켜내겠다는
강철같은 의지가 깃들어있다

-400번째의 <화요일행동> -




最後の歌はやはりこの方でしょう。和美さんの音頭で「勝利のその日まで」❗️❗️



いつものように駐輪場に集まりました。



久々に集まった東大阪地域の熟女美女軍団が早速記念撮影です。



コロナ禍でもみんな頭をひねって色んなことを考えています。学校のために、子どもたちのために!

参加者全員に 【勝利のその日まで! 400回目の「火曜日行動」の日を迎えて】とタイトルが付けられた記念誌が贈呈されました。

記念誌という言葉を誤解しないでくださいね。400回目を迎えざるを得なかった無念さを胸に秘め、それでも勝利の日まで頑張ろうという決意を新たにするための記念誌です。



このスローガンの通りです。勝利の日まで頑張り続けましょう。継続は力なり❗️❗️

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春の花さようなら

2021-04-27 19:05:00 | 花たち
春の花さようなら














































































































































































































































































































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詩 故郷―済州島を訪ねて (バイリンガル)

2021-04-19 09:48:42 | 詩・コラム
兄が亡くなり早や3年の月日が流れました。




「기념시」 고향-제주도를 찾아서

           

1.나의 고향집 

           

비행기에 몸을 맡기면 
두시간이면 가닿을 고향땅을
예순해를 넘겨서야
간신히 밟았구나 

여기서 태여나신 할아버지와 아버지
큰오빠와 조카들이 나서자란 곳
대대로 지켜온 서귀포의 
꿈결에도 찾던 나의 고향집

밀감밭에 둘러싸인 내 고향집엔 
대문이 없었어라 쇠도 없었어라
그 언제건 돌아오라고
량팔 벌려 기다려준 정다운 집

앞마당에 들어서니
무르익은 밀감이 나무마다 주렁주렁
달콤세큼한 향기 날리며
어서 오라 반기며 맞아주는듯

등뼈가 휘도록 일하여 번 돈으로
수십번을 보내신 모나무며 농기구들 
부모님의 정성과 큰오빠의 피땀이 
밀감풍년 이루어 우릴 맞아주었구나

한쪼각 입에 넣어 씹어보았더니
삽시에 입안에 퍼지는 달달한 맛
난생처음 먹어본 고향집의 감귤맛에
코허리가 찡하여 목이 메였네

이 집에서 식구가 오순도순 모여 살 
그날만을 꿈꾸다 운명하신 우리 아버지 
반백년이 지나도록 풀수 없던 그 소원 
어이하여 우린 갈라져 살아야만 했던가

터질듯한 아픔과 상봉의 기쁨으로
눈물 젖은 큰오빠의 손 덥석 잡으니
파아란 고향하늘은 푸근한 빛 뿌리며
내 가슴 후련히 녹여주는구나




2.바다가 보이는 언덕에서
               

아버지,옥녀가 왔어요 서른해만에
어머니,저예요 알아보시겠나요?
못난 이 딸의 큰절을 받아주세요

불효자식이라 욕해주세요
못된 딸이라 꾸짖어주세요

그래도 이 딸은 
부모님의 부끄럽지 않은 딸이고싶어
이를 악물고 오늘에야 왔습니다

아버지,어머니
서귀포 앞바다가 보이네요
수평선 저멀리 고기배가 서서히 가네요

죽어서도 고향땅에 묻어달라 당부하신
부모님의 소원대로 여기에 모셨대요
바다가 보이는 풍치좋은 공동묘지에

생전에 그토록 큰오빠를 찾으시더니
돌아간 후에야 큰오빠를 독점하셨네요
꼭꼭 벌초도 하고 술도 올린다지요

저는요 어느새 손자가 다섯이예요
정년의 그날까지 열심히 일했어요
부모님앞에 가슴펴고 서고싶어

남들이 부모님의 묘지 찾을 때면
내 신세가 왜 이 꼴이냐고 
한탄도 하고 남들 부러워만 했어요

하지만 이젠 마음이 푹 놓입니다
이야기로만 듣던 그리운 고장에서
고향바다 바라보니 속이 시원하네요

아버지,어머니 저희 걱정은 마세요
이제는 하나로 이어진 우리 식구
만시름 놓으시고 편히 잠드십시오


3.개민들레꽃

          

어머님 산소를 벌초하더니 
봉분우에 애기꽃 피여있었네
새노랗고 어여쁜 서너치 잡초

꽃이름이 뭐냐고 물어봤더니
마을사람 다정하게 말해주었지 
외국에서 들어온 개민들레꽃이래요

바람타고 날아왔나
구름타고 날아왔나
너무너무 이뻐서 뚫어지게 봤지요

내 고향 제주도 어딜 보나 절경인데 
엄마의 봉분이 그리 좋아 여기 왔나
개민들레 개민들레 고마운 꽃이여

동백이며 코스모스 피는 꽃도 많지만
울 엄마 섭섭찮게 함께 해준 개민들레
조심조심 따고서 책갈피에 끼웠네

내 비록 또다시 이 땅을 떠나지만
개민들레 너와 함께 고향땅 안고 가리
그리울 땐 널 보며 엄마모습 떠올리리
      

4.헐어진 남비 하나
       

고향집 여기저기 들여다보다 
널찍한 부엌에도 들어갔더니
가스콘로우에 남비 하나 놓여있었네

몇십년을 쓰고쓴 남비일가
이제는 다 헐어진 남비 하나
뚜껑을 살짝 열어보았더니
먹다남은 된장국이 들어있었지

이 남비로 할머니가 국을 끓이셨고
식구 위해 큰올캐는 거친 손으로 
몇십년을 국 끓이고 반찬 장만했겠지 

큰딸은 미국에서 교수가 되고
아들은 서울에서 교편 잡고
기자 된 막내는 부산으로 갔으니
하나 가고 둘 가고 올캐마저 영영 떠나 

홀로 된 큰오빠는 이 부엌에서
아침저녁 어떤 심정으로 밥을 짓고
이 남비와 함께 날과 달을 보내였을가

넓은 부엌의 가스콘로우에 
쓸쓸하게 놓인 헐어진 남비 하나
먹다 남은 된장국이 들어있었네


5.겨울을 이겨내면
          

고향집 옥상에 올라 
사방을 둘러다보니
오붓한 마을이 한눈에 안겨오네

천천히 흐르는 고요한 고향시간
어린애마냥 큰오빠의 팔에 매달려 
그저 앉아있기만 해도 기쁘기만 하네 

술 좋아하는것도 큰소리 좋아하는것도
머리숱 적은것마저 아버지를 하도 닮아
은근히 생각했네 피줄은 속일수 없다고 

이 이야기 저 이야기에 꽃이 피니
몇십년의 공백이 삽시에 매워지는데
큰 항아리 가리키며 돌연히 하는 말

오빠가 일곱살적 할머니와 둘이 살 때
내가 태여난 바로 그 해의 <4.3사건>
토벌대놈들 우리 집에도 쳐들어왔다는데

위기일발의 순간 큰 항아리로 푹 덮어
오빠를 숨겨 살리신 기지에 찬 할머님
그 이야기 처음 들으니 가슴이 섬찍했네

할머니가 아니였으면 이 세상에 없다고
호탕하게 웃는 오빠가 더 가엾어서
그만 눈물 떨구고만 이 못난 동생 

얼마나 겁이 났을가 얼마나 두려웠을가
일곱살 어린 나이에 피바다를 보았다니 
오빠가 걸어온 파란만장한 인생의 1페지

이제 떠나면 또 언제 만나게 될지
밥은 어떻게 해먹고 빨래는 언제 하려나
점점 추워질텐데 온돌은 누가 피우나

이 걱정 저 걱정에 가슴 쓰린데
태연한 큰오빠는 오히려 날 웃기려
우스개소리 찾으며 하고 또 하네 

칼바람 부는 이 겨울을 이겨내면 
우리 다시 꼭 만나게 될거죠?
화창한 새봄을 함께 맞아야지요 오빠!



        끝




「記念詩」故郷―済州島を訪ねて


1.故郷の我が家  
           
飛行機に身をまかせれば
2時間で辿り着く故郷の大地を
60数年の歳月をかけて
やっと 踏みしめた

この家で生まれた 祖父と父
長兄と甥たちが生まれ育った処
代々守ってくれた 西帰浦の
夢にも捜し求めた ふるさとの家

密柑畑に囲まれた故郷の我が家には 
門がなかった 鍵もなかった
いつでも帰っておいでと
両腕ひろげて待っていてくれた

庭先に足を踏み入れれば
たわわに 実った 密柑が
甘酢っぱい香りを漂わせ
うれしそうに 迎えてくれた

背中が曲がるほど はたらき続け
数知れず送り続けた 苗木や農機具
両親の深い思いやりと 長兄の汗と涙が
密柑畑に豊作をもたらしたのか

密柑をひと粒 噛みしめると
またたくまに広がる 蜜のような甘さ
生まれて初めて食べた我が家のみかん
なぜだか 胸がつまり 涙が溢れた

家族がいつも集い 笑い 泣き 助け合う
唯 それだけを夢見て生きた 父と母
その夢叶わず 異国の地で果てた悔しさ
ひとり佇む長兄はすでに70を越えたのに

張り裂けそうな痛みと 再会の喜びが交差し
涙でくしゃくしゃになった兄の手を取れば
真っ青な故郷の空は 暖かいまなざしで
私の胸を やさしく 溶かしてくれた


2.海の見える丘で

            
アボジ、オンニョが来ました 30年ぶりに
オモニ、あなたの娘ですよ 分かりますか?
愚かなこの娘の 参拝を受けてください

親不孝者と叱ってください
馬鹿者と罵ってください

でもこの娘は
あなた方の恥ずかしくない娘でいたくて
歯を食い縛り 今日やっと海を渡りました

アボジ、オモニ
西帰浦の海が見えます
水平線の彼方に漁船が浮かんでいます

必ず故郷の地に埋めてと願われた
あなた方の想い通りこの地に祭りました
海の見える 風致麗しき 共同墓地に

生前あれほど長兄に会いたがっていたのに
今は長兄を独り占めしているんですね
雑草取りやお酒も欠かさないそうですね

私、いつのまにか 孫が5人ですよ
定年のその日までがむしゃらに働きました
あなた方の前で 胸を張りたくて

友人たちが両親の墓参りに行くたび
なぜ私は行けないのかと嘆きもし
他人を羨んでばかりいました

でも やっと 安堵しました
子守唄のように聞いていた懐かしい故郷で
美しい海を見ていたら心が和みました

私たちの心配はもうしないで下さいね
やっとひとつに繋がりました 家族が
全ての憂いを忘れ安らかにお眠り下さい


3.鬼タンポポ
            

オモニのお墓で 雑草を刈っていたら
墓地のてっぺんに愛らしい花が咲いていた
黄色くて ちっちゃな 10cmほどの花

花の名前を尋ねてみたら
村の人が親切に教えてくれたっけ
外国から飛んできた鬼タンポポだそうな

風に運ばれてきたのか
雲に乗ってきたのか
あまにりにも愛らしくてじっと見つめた

ふるさと済州島は 何処を見ても絶景なのに
母のお墓がそんなに気に入り舞い降りたのか
鬼タンポポ 鬼タンポポ 愛しい花よ

椿に コスモス この地に花は多々咲けど
母と共に過ごしてくれた 優しい花
鬼タンポポ そおっと摘んで押し花にした

たとえ ふたたび この地を離れても
鬼タンポポと共に 故郷を胸に抱いて帰ろう
恋しい時 おまえを見つめ 母を思い出そう


4.古びた鍋ひとつ
           
故郷の家の いくつもの部屋を覗き
広々とした台所にも 入ってみたら
ガスコンロの上に ぽつんと鍋ひとつ

何十年使い続けた鍋だろうか
今はすっかり古くなってしまった鍋
蓋をそっと開けてみると
食べ残しの味噌汁が入っていた

この鍋で祖母は 兄のためおつゆを作り
畑仕事で荒れた手で兄嫁は 数十年の間
家族のため 食事の支度をした事だろう

長女は留学したアメリカで教授になり
教師になった息子はソウルに赴任し
記者になった末娘は釜山に行ってしまった
ひとり去りふたり去り 愛妻まで先立ち

また一人ぼっちになった長兄は
朝晩どんな気持ちで食事を作り
この鍋と共に月日を過ごしたのだろうか

広すぎる台所の ガスコンロの上に
寂しそうに置かれた 鍋ひとつ
食べ残しの味噌汁が入っていた


5.この冬に打ち勝てば
       

ふるさとの家の 屋上にあがり
周りを見渡せば
こじんまりとした村が眼下にひろがる

ゆったりと流れる静かなふるさとの時間
子供のように兄の腕にしがみつき
ただ座っているだけでもこみ上げる喜び

お酒が好きで 怒鳴ることが好きなのも
髪の薄いのまでアボジにあまりにも似て
ひそかに思った 血筋には逆らえないと

あの話この話に 花が咲き
何十年の空白が瞬時に埋め尽くされたとき
大きなかめを指差し兄が突然話してくれた

七歳の時 ハルモニと二人暮らしだった時
私が生まれた まさにその年の<4・3事件>
討伐隊が我が家にも襲ってきたそうだ

危機一髪の瞬間 大きなかめをスッポリかぶせ
兄を匿い助けた 機知に溢れたハルモニの話
初めて聞いたその話に 胸は どきどき

祖母の助けがなかったらこの世にいなかったと
豪快に笑う兄が なお 痛ましくて
おもわず涙をこぼしてしまった 馬鹿な私

どれほど 恐かっただろう 心細かっただろう
七歳で すでに 血の海を見てしまったなんて
長兄が歩んできた 波乱万丈な人生の1ページ

今日 去れば また いつ会えるだろうか
食事はどうするのだろう 洗濯はいつするの?
寒さは段々増すのに オンドルは誰が焚くの?

あの心配この心配で胸は痛むばかりなのに
何食わぬ顔で 兄は 妹を笑わせようと
笑い話を懸命にしつづける

木枯らし舞う この冬を打ち勝てば
私たち またきっと 会えるよね?
暖かい新春を一緒に迎えねばね 兄さん!



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