1
おはようございます。おはようが言える朝が来ています。外は明るいです。日射しがあります。庭には赤い色のアネモネが咲いています。大空が青く澄み切って広がっています。遠くまで遠くまで。
嬉しいです。わたしのまわりが、わたしを嬉しくさせようとしています。そのまんなかに立って、わたしはそれを受け止めます。
2
惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃
わくぜんぼんぶしんじんぽつ しょうちしょうじそくねはん
浄土真宗経典 正信偈より
*
惑染の凡夫も(ひとたび)信心を発(おこ)りなば、(この迷いの)生死こそが即ち(阿弥陀仏の教えられる)涅槃となる、という事実を証知させてくれる。
(これはわたしの我流の読み取りであるから、正論ではない)
*
生死即涅槃。しょうじそくねはん。生死がそのまま涅槃である。あるとき、信心の心がふっと発(おこ)る。すると惑染の生死流転だった我が身の風景が、そっくり安らいだ涅槃寂静の風景に転じている。
*
無明煩悩の生死流転は、わたしの涅槃への飛び板であったことが、知らされる。飛び板を蹴って跳ね上がって信のこころが引き起こされてくる。
わたしに阿弥陀仏への信の心が発って飛び板を蹴らせるのは、阿弥陀仏の大悲によるものである。
3
4月26日、今日は土曜日。仲春の晴天が爽やかである。さ、これから作業着に着替えて畑に出よう。草取りをしよう。梅雨時までには薩摩芋の苗を畑に植え付けたい。