何か楽しいことがないか。
一人そう呟いてから、この高齢で楽しいことなんかあるものか、と次の便が追いかけた。
ん、あるものかね。
自然に自然に、わたしという火が消えて行くのを眺めている。その風景が目に浮かんだら、やるせなくなった。
雨は止んでいる。風が強い。畑の里芋の葉っぱがおもいきり揺れている。
何か楽しいことがないか。
一人そう呟いてから、この高齢で楽しいことなんかあるものか、と次の便が追いかけた。
ん、あるものかね。
自然に自然に、わたしという火が消えて行くのを眺めている。その風景が目に浮かんだら、やるせなくなった。
雨は止んでいる。風が強い。畑の里芋の葉っぱがおもいきり揺れている。
おはようございます。
夜中の雨音が酷かった。あまりの騒がしさに目が覚めた。集中豪雨という感じだった。夜明けになったらようやく雨音が遠のいた。雀の餌を撒きに外に出たら、しかし、細かい霧雨が降っていた。
雀の餌場にカラスもやって来る。大きな口で、撒いた餌を一度に食い尽くしてしまう。気がついた大きな声を立てて追い払うのだが、彼らは横道者。すぐにまたやって来る。
カラスを追い立てたらやっと雀が下りて来る。数えることができないほどに雀の来訪者が増えた。かというと、単独で食べ気に来ていることもある。
庭には大輪の百合が咲いている。咲き誇っている。赤い百合、白い百合、どちらも大輪。芳香が室内にまで漂って来る。
静かだ。山里は静かだ。
小雨が草の葉を鍵盤にして奏でているほかには、音がない。
でもって、老爺もこれに従っておとなしくしている。
できるだけこころのざわつきもおこさないようにつとめている。
昨日読んでいた小説の中に、こんなくだりがあった。
「死ぬとそれからあとはずっと永遠に生きることになる」
死ぬのは肉体が引き受けてくれる。その後に生き続けるのは、肉体の宿主だろう。スピリット(霊魂)だろう。
途中まで。
静かだ。山里は静かだ。
小雨が草の葉を鍵盤にして奏でているほかには、音がない。
でもって、老爺もこれに従っておとなしくしている。
できるだけこころのざわつきもおこさないようにつとめている。
昨日読んでいた小説の中に、こんなくだりがあった。
「死ぬとそれからあとはずっと永遠に生きることになる」
死ぬのは肉体が引き受けてくれる。その後に生き続けるのは、肉体の宿主だろう。スピリット(霊魂)だろう。
得たら失います。失ったらまたそのうち得ます。戻ります。ひとりずっと大勝ちというのはないのかもしれませんね。その逆も。
得失は合わせて0になるように調整されているのかもしれませんね。
幸福も不幸も合わせて混ぜてみると差し引きで0となっているようにも思います。不幸に耐えた分だけ幸福が感じられて来る。幸福に浸かっていた分だけ、冷えて来て不幸を感じてしまう。
才能ありの人も、なしの人も、相殺すると0。その分はほかの方から充足させられる仕組み。才能にも100種類、1000種類あって、そのうちの1才能が勝っていても、またべつの1才能が劣っている、ということがあるのかもしれません。
うらやまないことですね。自分を低く見ないことですね。一人の優越、高慢にならないことですね。
今日は久々の詩吟教室です。もうすぐ地元の公民館に行きます。
生徒が4人、先生が1人です。
コロナ災害を防ぐために、机が離してあります。
みんな声が大きいからこれで十分です。
お稽古の時間は長くて90分。短いときには70分で終わります。
昨日、雨の降る中で西瓜を収穫しました。これで2個目です。
雨が続いているので成長がおぼつかなくなって、水分過剰、日光不足で、ひび割れが生じています。ここから蟻やいろいろの虫たちが侵入を図っています。黙っていたら腐って行きます。まだ完全に熟しているわけではありません。甘さが足りていません。残念です。
ビニールハウス栽培でないとうまくいかないようです。
ふふ、西瓜ジャムって聞きませんね。でも、砂糖を加えて煮詰めないと甘さが足りません。
おはようございます。小雨が降っています。霧雨です。
一週間が始まりました。僕の感覚では一週間は、日曜からではなく、月曜から始まります。土曜でエンジン停止の締めくくり、日曜で充電、充足となります。
月曜は、だから、なんだか新鮮です。新しく感じます。ですよね、ここからスタートするぞって気持ちになります。