多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

自閉=絵カード?

2017-03-07 21:05:07 | 修業について
自閉っ子というと 絵カードが おすすめ、という方が 多いように思う。


私も 一時 興味を持って 何枚か 作ろうとして カードを 買ったが


絵を描くことも 文字で あれこれ書くことも面倒だし、


何よりも カードという ペラペラで 散らかりやすく、しかも平面に置くと ぺったりくっついて


持ちにくいという事で すぐに挫折した。



私は 写真を撮るのも苦手だし、ラミネート加工の機械を買っても 使いこなせそうにない。


それで 絵カードではない物で 自閉っ子や  使いやすそうで 安くて


手に入りやすいもので 私にも扱えるものを 使った。


それは ペットボトルの蓋である。知り合いに声をかけたら たくさん集まったので、


色の種類に分けて 自閉っ子に 与えてみた。


ぺとボトルの蓋のいいところは 滑り止めが ついていて、握りやすく、


弱視の自閉っ子にも 「何か 触った!」と わかりやすい点である。


カードでは 多分見るだけで 一苦労だし、立体感もないから 


意味が 分からないだろう。


蓋の 大きさは どのメーカーのも 同じだが、


触った感じや 色や マークなどの バリエーションが 豊富である。


それに 何しろ ただであるし 手間かけて作ったわけではないから 失くされようが


ぞんざいな扱いをされようが 気にならない。


これが 時間と手間をかけて 作ったものだったら 「この子には 合わないんだ」と


事実を 認めるより 「何とかして 使わせなければ」や「せっかく作ったのに」と


いう感情が湧いていたかもしれないと 思う。


蓋の入れ物は 100円均一の 浅い トレイで、蓋を並べたり しまっておくのにぴったりのが


あったので それを 使って 遊ばせていた。


丸い シールの 赤いのや 黄色のを 貼って、変化をつけたりもしたし、


遊びに 飽きて 卒業してからは 


それに 太い文字を書いて 目の前に 持って行き


どの文字に 関心を示すのか、好きな文字は 何か、を 確かめたりしてみた。


一生文字の読み書きができない、と医師に宣告された自閉っ子であるが、


好きな 文字は数字だと2、アルファベットだと H,かなは やはり自分の名前のうちの ある一字であることが


この 遊びで わかった。


曲線で 作られた文字も、直線でできた文字も、2画の文字も 認識できていることが わかったので、


これらの 文字への こだわりを 生かしながら、他の遊びを通じて 


線の つながり方の ポイントを教えていったら 読み書きは 可能だと その時


確信した。


そこで すぐには 読み書きの 練習には 入らずに、それまでも していた


遊びながら 体の訓練をする、ということを 続けた。


体の 不器用さがあり、その上 目で物をとらえる力が 弱いのに、


プリントや ドリルに 取り組んでも 効果は薄いように 思った。


こだわりも あったけれど、その様子を 観察して、


感触に こだわるのか、弱い視覚でも わかることで その物にこだわるのか、


自閉っ子なりの 世界観、というものに 時には同調し、


これは いくら好きでも あなたのものではない、ということは


しっかり 教えた。自分の好きにしていい場所と そうでない場所、


その区別を 言葉が通じない時から 教えていった。


教えられなくても わかるお子さんもいるが、自閉っ子には


この世界の情報を つかむために 重要な 「視力」にハンディがあり、


体も 麻痺があるわけではないのに 自由には動かせない。


体の動かし方、扱い方と、はっきりとは 見えなくても ここに 物があることを


自閉っ子が 興味を持つ方法で 教えていった。


その様子は「自閉っ子のための道徳入門」の3章と、「支援者なくとも 自閉っ子は育つ」に


まとめていただいた。


自閉だからこう、弱視だからこう、と決めつけることなく、


いろんな情報の中から ご自分にも お子さんにも 無理のない方法で、


修行を続けて 行って欲しいというのが 凸凹っ子たちの 子育てに


苦心し 悩んでいらっしゃる 方々に 願う事である。



 











自閉症児と絵カードでコミュニケーション―PECSとAAC
クリエーター情報なし
二瓶社
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鹿児島あれこれ

2017-03-07 19:59:30 | 旅行
講演は 3月4日に 無事終わりましたが、


主催者の方や 浅見さんの 助言もあり、余裕のあるスケジュールを組んでいただき、


講演の 前日に 鹿児島入りしました。


伊敷病院の 神田橋先生の 診察を 受けたいとも 思っていましたし、


朝 4時起きして 支度して タクシーで 駅まで向かい、


始発電車で 出発。途中で 乗継して 空港へ。


私は 方向音痴で よく迷うので、早めに 空港に着けるようにしました。


プリントした 空港内の案内図を 見て その通りに 行ったつもりですが、


何かおかしいな?と思ったら なんと 「国際便」の乗り場に向かう列に 並んでいました。


気がついて また もとに戻って 位置確認し、そこから もう一度 図を見ながら


気を付けて 歩いて 今度は 「国内線」の方へ 行けました。


手荷物確認のゲートには 「上着を脱ぐ」とか細かい注意書きが あったので、


私は そのとおり 上着脱いだり その他の 注意書きに 従ったのですが、


ゲートを過ぎてから 周囲を見ると みなさん上着なんか 着たままの人が ほとんど。


えー??と思いつつ コルセット つけたり(私は あちこちの関節が悪いのです)


上着着たり してもたもたしているそばを 他の人が どんどん追い越していきます。


飛行機なんて 乗ったの 人生で 何度目かしら。すんなり乗れるようには


多分 一生なれないでしょう。


鹿児島空港について 病院行きのバス乗り場に行きましたが、


ついさっき 出発したばかり。次のバスが 1時間後、ということが わかりましたが、


そのバス以外で 移動する方法を 検索するなり 空港の案内所で聞くという事は


全く思いつかず、タクシーに 乗りました。


行き先告げたら 「高速走った方が早いですね」と言われ


「お願いします」と返事して 確かに早く着きましたが


タクシー代の 料金に びっくりしました。はー。


でも 以前 伊敷病院に 行ったときは バスを 降りた後


地図を見ても どっちへ行ったらいいのか わからず、


あちこち 荷物 抱えたまま 動き回り 疲労困憊したので、


お金は かかりましたが 病院に 迷わず 行けたので、本当に楽でした。


そこで 受付している間に 顔見知りの方に お会いでき、


診察や 会計が 済んでから 食事を一緒にしましょうと お約束でき、


病院が 済んでから 移動をどうしたらいいか 食事は どこでするのが


ロスが少ないか、を 迷わずに済んだので、本当に ラッキーでした。


神田橋先生に、以前の診察の時から比べると 各段に 状態が良くなって


30錠を越える程 各種の持病に 処方されていた薬が


今は 15錠ほどになっていることを 報告しました。


診察して 先生からは 今処方されている薬について いろいろアドバイスをいただき、


私が 以前勧められて 飲んでいた 漢方などが 口に合わなくなってやめたことを


お話したら、「口に合わないなら 体に不要になってるからそれでいいよ」と


「今は これを 飲んだ方がいいね」と 別なものを勧められました。



私が 診察と会計を終えて ロビーに いた時、


浅見さんと 愛甲修子さんが 入って来られ、


しばらく お話しでき、これも うれしい事でした。


そのあと私は私では わからないことを



あちらが バス通りで、何々行きのバスに乗ればいいなど、




すべて 解決してくれて 食事できる場所まで 案内してくださって


私が 不安なく移動できるように 色々教えてくださり 同行してくださった


その方に 深く感謝したのでした。


お食事も 一緒にでき、楽しい時間でした。


食後 一旦 お別れし、別行動しましたが、


浅見さんは 4日の講演後 当日の便で 帰られるというので、


3日の 夕食を 歓談の場にしましょうと 企画してくださり、


主催者の方が 場所を 押さえてくださり、いろんな方と 楽しい時間が 持てました。


どこに行っても迷子に なるので、今回の講演兼旅行で、私は 一切観光をしませんでした。


迷って疲れるだけならまだしも、4日の本番に 支障がでては 困るので、


駅前で 本屋さんと 雑貨屋さんに 寄っただけでした。


どこに 行っても することは 同じです。


歓談の場が お開きになったら 何かもう 全部終わったような 錯覚をしてしまい、


思わず「明日が 本番なんですよね!?」と 確認をしてしまいました。


朝 起きて 間違えて 講演会場ではなく 空港へ行ってしまう可能性あり、ですから。


そのくらい 抜けてる 私ですが 


就職し 仕事に 打ち込み その後 結婚してからは 子育てと 介護の 連続の人生でしたが


ふとしたきっかけで 浅見さんとの お付き合いが 始まり、


こうして 講演の お相手に なっていただくまでに なったことの ご縁を


ありがたいなあと 思います。









治療のための精神分析ノート
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