傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

平野貞夫氏:「日本一新の会」が好反応!・・・「共生」理念には同感

2010-06-28 09:10:10 | 生活の党・小沢一郎

平野貞夫氏が「The JOURNAL」に寄稿の『「日本一新の会」発足を発信し、好反応と報告していています。
当方は、小沢シンパでないが、平野貞夫氏の立ち上げた「日本一新運動」は、資本主義の「歪」の打開策になるのではないか関心ありますね。

当方は、本ブログ「平野貞夫氏が「日本一新の会」の発足・・・救国には人材育成!」で、「日本一新十一基本法」の内容を知り、共感と書き、その後の「日本一新運動」を注目していました。

日本社会の混迷は、資本主義の「歪」であり、経済学問のテクニック論で解決できる代物でなく、根源的な本質論が必要と思っており、平野貞夫氏の「「日本一新運動」の原点(1)」で、小沢一郎氏の「共生」理念について、

”「『日本改造計画』(小沢一郎著・1993年5月)を、改めて読んでみた。人間の「生き方」について重要な記述がある。

 「人類は、人間による自然支配という西洋的価値観から、人間は自然の一部であるという東洋的価値観への転換を迫られている。東洋的価値観、とくに古代日本の縄文時代においては、人間はまったく自然と共生していた。人間が自然を支配するのではなく、自然によって生かされていた。」

 この小沢氏の発想・感性が「日本一新運動」の原点である。日本の政治家で「共生」という言葉を使ったのは、私の知る限りではこれが初めてだと思う。1993年5月といえば、小沢氏は自民党幹事長を辞めて二年目、幹事長時代の苦悩の体験を生かすため、『日本改造計画』を世に出した。その思想の根っ子に、「個人の自立による真の民主主義の確立」と並んで「共生」という発想があった。

 小沢氏は2006年4月、民主党代表選で「小泉政治は自由と身勝手を混同した結果、弱肉強食の格差社会という妖怪を生み出してしまいました。本当の自由とは誰もが共に生きていける『共生』の理念が前提であり、それを保証する規律と責任を伴うものであります。その『共生』のルールが公正なのであります」と述べた。
」”

と解説し、

”「この理念は、自由党時代の『日本再興へのシナリオ』を起点に、『日本一新11基本法案』を発展させたものである。これが2007年7月の参議院選挙を勝利させた〝国民の生活が第一〟の真言となり、2009年8月の衆議院選挙で民主党が政権交代を実現した原点である。」”

と、「共生」理念が『日本一新11基本法案』に発展したと説明しています。

当方は、菅政府の理念なき経済学テクニック論の「強い経済、強い財政、強い社会保障」の「最低不幸社会」は、日本の硬直化社会を根源的な解決しないと思っています。
当方は、偏狭な民族主義者ではないが、日本社会の混迷は、日本本来の社会意識・生活様式らが資本主義と相容れない部分が顕在化したのではないかと思っており、小沢一郎氏の「共生」理念は、共感しますね。

ブログで述べた、藤原正彦氏の「日本文化の普遍的価値」の回復の救国論は、小沢一郎氏の「共生」理念とあい通じる部分があると連想しました。
額に汗をし、一生懸命に働けば、「住む所があり、食うに困らない共生社会」が日本社会の原点でしょうね。

菅・仙谷・枝野・玄葉氏らの発言を聞いていると理屈ぽく、説明が付けば良く、「破壊と創造」は期待できないですね。
日本社会は、資本主義が「歪」が顕在化しており、理屈ではなく、根源的な理念が問われているのでしょうね。



1 コメント

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子供を守ろう (なでしこ)
2010-06-28 11:26:32
「おバカ教育の構造」(阿吽正望 日新報道)を読まれましたか。現在の学校教育に、子供の人生を壊される恐怖を感じませんでしたか。デタラメな文部科学省の政策に、腹の底から怒りがこみ上げてきたのではないでしょうか。
 私たちは、すべての親に、この本を読むことを求めています。教育を変えなければ、子供の人生も、私たちの人生までも壊されてしまうと分かったからです。
 多くの人に読んで頂き、政治家や教員に呼びかけて欲しいのです。事情あって匿名ですが、同じ思いを抱かれましたらご協力下さい。
 愚民化教育を行い、民主主義を破壊し、米国従属、格差社会、社会荒廃を作り、子供達を引きこもりワーキングプアにした「自民党・官僚政治」は、生き返らせてはいけません。
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