傍観者の独り言

団塊世代で、民間企業で「チンタラ・グウタラ」に過ごした人間の手前勝手な気儘な戯言・放言。

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高齢者の終末・・・自宅で看取るには覚悟と事前検討が不可欠(所感)

2013-02-15 05:52:20 | 社会

現在、認知症の老母(92歳)が入院し終末期医療中で、在宅看護で看取れるか検討したが、事前検討不足と自宅で看取る覚悟ができなかったことで断念せざるを得ず、時期を逸したと思いました。

当方は、認知症の母親(92歳:要介護4)をディサービスを利用しながら終日在宅介護していたが、ケアマネジャーより、利用してた特養に増床計画あり、母親が静かな余生をおくり、家族の負担軽減に特養入所の助言があり、昨春、母親は特養に入所することになりました。
その当時は、特養居住と自宅外泊との混在の介護を想定し、終末期医療も看取りも成り行きでの対処を考えていました。

母親は、特養環境に順応し大事なく過ごし、昨夏には、車で北陸の生家に一泊二日の小旅行もしました。
とはいえ、認知症も進行し、身体機能の低下も否めず、秋に入ると、ここは知ってる人は誰もいないと帰宅願望が出始め、特養現場を煩わすようになりました。
昨年末に、特養内で転倒し顔面強打で額にコブをつくり、搬送先の病院でのレントゲン検査では骨に異常がなく安堵したが、食が細くなり拒食になり、特養側で末梢静脈点滴を2週間施し続けたが拒食は続き、抹消静脈点滴も限界になり、病院での治療となり、昨年末に入院し、大腿静脈への中心静脈栄養法を続けており、在宅看護での終末期医療を考えました。

この間については、本ブログ「高齢者の終末期医療:自然死が自然だが?(所感)」で書きましたが、当方は、人間には寿命があり、延命治療(経管栄養(胃ろう等))は無用の「自然死」で良いという考えでしたが、「家に帰りたい」と会話が出来るのであれば、無機質・無変化の病室のベットで終日過ごすより、朝夕の変化が見える自宅で過ごさせたいという気持ちになり、大腿静脈への中心静脈栄養法の在宅看護の可否を検討しました。

当方は、在宅中心静脈栄養法の情報もあり、入院先病院の訪問看護サービス、ホームヘルプサービスを組み合わせすれば大腿静脈への中心静脈栄養法の在宅看護は可能性があるのでないかと関係者と相談したが、現在の本人の状態での移動の是非、大腿静脈への中心静脈栄養法の在宅での難易度、訪問看護サービスの限界、緊急事態時の対処など課題が顕在し、看取りを自宅か、病院かの覚悟は如何かと問われ、在宅看護には、経管栄養法か、鎖骨下静脈への中心静脈栄養法かを施すことが賢明と言われ、在宅看護を断念しました。

今思うに、認知症の母親の余生を、何処で静かに過ごし看取るのかを真剣に考えず場当たり的に対処してきたという反省ですね。
当方の父母は大過なく過ごし介護も看護も無縁で、母親を在宅介護し認知症の現実を直面して介護の現場を知った次第でした。

母親が入所した特養は、高齢者専門医療機関グループの関連施設で、医療問題が発生しても受け皿があると思い入所先を決断しました。
しかしながら、母親が入所早々に、発熱、食欲不振になり、指定の高齢者専門病院に入院し、点滴で翌日には平熱になり食欲も回復し安堵しましたが、入院中の母親の様子を見て、入院中に事故を起こすのではないかと危惧し、家族の責任で早期退院を要請しました。
当方が危惧したのは、指定病院は高齢者向け認知症・内科の病院であり、認知症の入院には、受け入れ検査・診察診断に、最低1週間要するが、母親は入院翌日には病院内を独りで勝手に歩いており、夜間、自分でトイレを探し事故を起こすのではないか心配したことです。
病院側に,早期退院を申し出すると、病院は特養より介護面で行く届かない面があると言われたが、早期退院し特養に再入所しました。
事実、再入所後、病院内で転倒事故があり、両膝に打撲跡がありましたが、特養止まりにしました。

そして、昨年末、特養内での転倒事故後、拒食になり、特養側で末梢静脈点滴を2週間程続けたが、拒食常態が続き、末梢静脈点滴も限界になり、医療行為を受けることになり、入院先が問題になりました。
特養側は、入院先は原則的には指定の高齢者専門病院になりますが、当方が先の入院騒動で毛嫌いしているのを知っていることと、体力・気力が減退した母親には厳格な受け入れ検査の大手救急病院も問題あるとし、また、結論を延ばしで、年末年始の間に、緊急事態になれば救急車をコールし何れかの救急病院に入院することになり、家族の意向に自由度のある一般病院もあるがと当方に相談があり、救急病院では受け入れ検査があり入院期間の制限もあり一般病院への入院を決断した次第です。

一般病院に入院し、当方の意向を主治医に”「意識があり会話が出来る間は治療を施し、会話が出来なくなれば延命治療は無用」と申し入れし、主治医から家族の意向は理解したが、しばらくは様子見させて欲しいと言われ了解しました。
母親は、入院先での大腿静脈への中心静脈栄養法で、顔に赤みを帯び元気になり、面会の都度、「家に帰りたい!」と言われ、在宅中心静脈栄養法もあると知り、訪問看護サービスでの在宅看護の可能性を関係者と相談した結果は冒頭に記述した断念です。

断念の最大理由は、自宅で看取る覚悟が出来なかったことです。
まず、大腿静脈への中心静脈栄養法をしていた母親は、ベットで動き、輸液漏れを起こし、右足から左足の大腿静脈への中心静脈栄養法をしていたが、数日前、また輸液漏れを起こし、発熱し、現在は、改めて大腿静脈への中心静脈栄養法が出来る2,3週間、腕、足首から末梢静脈点滴で様子見であり、1ヶ月半余り、終日ベットで過ごし、口から食事も薬も口にしておらず、移動できる体調ではないことです。
また、入院先の訪問看護サービスも、市内の各訪問看護サービスも質量とも限定的での定期的な看護婦なり主治医の訪問サービスの事前計画立案が不可欠であり、特に、休日夜間の緊急事態は救急車コールで何処かの救急病院に運ばれ、主治医の一般病院には救急病院での対処後に運ばれることになる。
更に、在宅看護には、経管栄養法か、鎖骨下静脈への中心静脈栄養法かが現実的選択であり、当方は、高齢者が自然治癒力がなくなり、自ら食事が摂れなくれば延命治療は無用の自然死の考えであり、経管栄養法も無用で、鎖骨下静脈への中心静脈栄養法までは不要という考えでした。
当方が、母親の「家に帰りたい」の願望を叶えるには、究極は自宅で看取る覚悟をすることで、無理しても、経管栄養法か、鎖骨下静脈への中心静脈栄養法を施し在宅看護することになり、支離滅裂でも会話できなくなったら、当方が延命治療を中止する指示することは、母親の命を止める決断することになり、悩んだ末に、現行の入院先で看取ってもらう覚悟をしました。

振り返れば、昨秋、食が細くなってきた時点で、老衰の前兆ととらえ、終末期医療なり、看取ること考え始めれば、母親が静かに余生を送るには、なにが障害になるか、どうすれば良いのかを考え、余裕を持って事前検討すればそれなりの覚悟ができ、その時期を逸したと思いました。
時期を逸したと痛感した当方は、入院先には無期限に看取るまでの善処をお願いし、連日面会に行っている昨今です。


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1 コメント

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介護の覚悟 (run)
2014-07-23 22:14:23
今晩は。私の母も6月から急に拒食、水分も要らない、薬も出す。。。で、5日間点滴して、入院しました。82才です。
パーキンソン病で五年目です。認知症が進んだのか、脱水だったのかー暴言、攻撃的になり怖かった。訪問看護の方に 相談できて私が母を怖がったから。。。まだ、看とる覚悟が全くできてなくって。。。ここにきて読ませてもらって共感してます。もうすぐ退院と思います。しばらく又デイケアにいったり、おうちでのんびり過ごすことになると思いますが、訪問リハビリなどもいれて母を動かそうと思います。本当はどうなるか不安です。でも、私しかいないし。。。

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