NHKのプレミアム放送でアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」を放映しているので見る(今週の日曜日が最終回のよう)。
クリスティーは、小学校高学年から中学時代によく読んでいたし、今でもファン。だから、この番組も楽しみに見た訳。
シャーロックホームズものもそうだったけれど、英国のTVは素晴らしく映像が美しい。整然とした静けさやどこか冷たさの感じられる、孤島の別荘内の雰囲気がゾクゾクするほど染み出てきて、まるでひんやりとした手で頬を撫でられるようなスリルが。
内容は、あまりにも有名で今さら紹介するのも野暮だから、できるだけ端折って言うことにする。つまり、十人の男女に「オーエン」と名乗る人物から招待状が送られ、互いに見ず知らずの彼らは、孤島に集まることになる。だが、夕食の席上、隠されたレコードから流れてきた言葉は、場を凍らせるに足るものだった。
つまり、集められてきた人々は、過去に殺人の罪を犯しながら、法に問われることなく何食わぬ顔で生きてきた者という共通点があるのだった。
殺人の内容を読み上げられ、慌てふためく人々―そして、なんと彼ら自身、オーエンなる人物にあったことはないのだった。「UN NONE」―-どこにもいない者、つまりオーエンという名前の謎がわかった後、彼らは一人、また一人と何ものかの手で殺されてゆく。
人が一人殺されるたびに、食堂のテーブルの上に置かれた翡翠のインディアン人形も一つずつ消えていく―――この薄気味悪いストーリーと真綿で首を絞められるような恐怖。
ミステリーの名作は、数あれど、この「誰もいなくなった」ほど卓越したものはそうないに違いない。
私も、クリスティーの原作は、何度も読んでいて、内容も文章のディテールもくっきり頭に残っているのだが、ヒロインというべきヴェラ・クレイソーンの面影がひときわ印象に残っている。 家庭教師先で教えていた少年を、その叔父にあたる青年への愛のために、「殺した」彼女。泳げない少年シリルを、そっと言葉巧みに沖へ向かうよう促し、「絶対、助からないように」ゆっくり泳いで救いに向かったのだから。
ヴェラの心情や回想のシーンの描写が、鮮やかだった。
しかし、このTV版では、何といっても元傭兵にして、悪漢のロンバートが出色。演じている俳優が素晴らしくハンサムなのもうれしいいし、彼がいるために、このひんやりとして動きに乏しい世界が生き生きと躍動して見えるのだ。(このロンバート役の俳優は、ぜひチェックしてみねば!)
最終回のどんでん返しが楽しみ――オーエンとは一体誰だったのか?
P.S
「ミステリの女王」としてあまりにも有名で、「聖書の次に売れたベストセラー作家」との異名も持つ不動の地位にあるクリスティー。長年、愛読してきた私は彼女の伝記やその謎の失踪事件をあつかった本も持っているほどなのだが、意外にも「クリスティーは、好きじゃない」という人も多いらしい。
昔、ミステリー好きの人たちと話した時も、「クリスティー? たくさん本があるけど皆同じようじゃない」とか「人物が類型的だし、作品で描かれる世界も決まりきまっているでしょ」の言葉が聞かれたもの。
うむ。確かに言えてる。
しかし、それでもクリスティーの作品に描かれた、郷愁を誘う古き良き英国の世界を愛してやまないのです。