古墳:探訪

全国の前方後円墳を中心に訊ね歩いています。

滋賀県近江八幡市・安土瓢箪山古墳

2017-01-07 06:30:48 | Weblog
滋賀県近江八幡市安土町桑実寺の尾根先端にあります。
織田信長の居城、安土城からそう遠くないところです。






                       (後円部墳頂)


                        (前方部)


全長162m、 後円部径90m・高さ18m、 前方部幅70m・高さ14m  の前方後円墳です。
前方部を北西方向に向けています。
滋賀県内最大級の規模です。

墳丘には葺石が施されていたようです。
円筒埴輪や特殊円筒埴輪・壺形埴輪 などが採取されていて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
墳丘の周りに周濠はありません。

昭和10年、土取り作業中に石棺が見つかり、それをうけて京都大学により発掘調査が行われました。
主体部が五つ確認されています。
後円部中央にある埋葬施設は、安山岩でつくられた竪穴式石室(全長6.6m・幅1.1~1.3m・高さ1.08m)で、割竹形木棺が収められていました。

中国製キ鳳鏡・倭製二神二獣鏡・石釧・車輪石・鍬形石・管玉23・筒形銅器2・鉄刀3・鉄剣14・刀子5・柳葉銅鏃30・鉄鏃23・鎌3・鍬・ヤリガンナ・短甲・異形鉄器 などが出土しています。

後円部頂北西よりにある埋葬施設は、竪穴式石室に割竹形木棺が収められていました。
石英の粗面岩で造られていて、全長6.9m・幅0.8~1m・高さ0.9m あり、鉄刀などが出土しています。

後円部頂南東よりにある埋葬施設は、竪穴式石室に割竹形木棺が収められていました。
石英粗面岩と砂岩で造られていて、全長5.7m・幅0.75m あり、斧・刀子などが出土しています。

前方部北側には箱形石棺が埋葬されていました。
碧玉製管玉・ガラス製小玉・琥珀製勾玉・琥珀製丸玉・石釧 などが出土しています。

前方部南側には箱式石棺が埋葬されていました。

古墳時代前期・4世紀中頃の築造と推定されています。

昭和32年7月1日、国の史跡に指定されています。

滋賀県近江八幡市・供養塚古墳

2017-01-07 05:07:41 | Weblog
滋賀県近江八幡市千僧供町の平地にあります。
「黒山塚古墳」と呼ばれることもあります。
寛文年間(1661~1672)に発見された古墳です。













全長53m、 後円部径39m・高さ2m、 前方部幅25m・高さ?m  帆立貝形の前方後円墳です。

後円部東側に造り出し(奥行き4m、幅7.4m)があります。
墳丘の周りには幅9mの馬蹄形をした周濠があります。
その外側には周堤があります。
墳丘には30㎝~40㎝大の葺石が施されています。

主体部が後円部に二つ確認されています。
中心主体は竪穴式石室です。
鏡・鉄刀・水晶 などが出土しています。
昭和8年(1933年)の発掘で、後円部にある小石室から横矧板鋲留短甲・鉄刀・鉄剣 などが出土しています。
これらは近江八幡市の文化財に指定されています。
昭和57年(1982年)度の発掘調査で、帆立貝形の前方後円墳であることが確認されました。
円筒埴輪や朝顔形埴輪、蓋形埴輪、靱形埴輪などが出土していて、墳丘に埴輪の配列がなされていたようです。
西側くびれ部周辺からは、繖(きぬがさ)・馬・人物 などの形象埴輪が出土しています。
造り出し部やその対岸の周堤近くの底部からは繖・靱・家(8棟以上)・馬・鶏・人物(武人・巫女)などの埴輪が出土しています。

古墳時代中期・5世紀中頃の築造と推定されています。

この供養塚古墳を含む千僧供(せんぞく)古墳群は、昭和59年3月30日一括して滋賀県の史跡に指定されています。