愛知県名古屋市守山区上志段味大塚1306の段丘上にあります。
王塚古墳とか大塚1号墳とも呼ばれています。
全長51.5m、 後円部径40m・高さ7m、 前方部幅15m・高さ0.8m 二段構築の帆立貝式前方後円墳です。
前方部を北東方向に向けています。
(後 円 部)
(前 方 部)
墳丘の周りには盾形をした周濠があります。
右側くびれ部に造り出しがあります。
墳丘には河原石による葺石が施されています。
土師質円筒埴輪・蓋形埴輪・朝顔形埴輪・鶏形埴輪・水鳥形埴輪 などが出土していて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
大正12年(1923年)、京都帝国大学の梅原末治先生による発掘調査が行われています。
その際、後円部墳頂から粘土槨による埋葬施設が発見されています。
倭製五鈴蕨手文鏡・金銅製帯金具・鉄鏃・挂甲小札・肩甲小札・木芯鉄板張輪鎧・鋳銅五鈴杏葉・五鈴鏡板付轡・三環鈴・はそう・高坏 などが出土しています。
平成20年(2008年)、名古屋市教育委員会の発掘調査で墳丘主軸とほぼ平行した(梅原先生発見の主体部に並列)主体部が新たに確認されました。
墓壙の長さは5.8m、幅が3mあり、前方部側に幅0.9mの通路遺構があるそうです。
刳抜式木棺が直葬されていたものとみられています。
木棺そのものは残っていなかったそうですが、赤色顔料が見つかっています。
古墳時代中期・5世紀後半頃の築造と推定されています。
志段味古墳群を構成しています。
(後円部から前方部をみています)
王塚古墳とか大塚1号墳とも呼ばれています。
全長51.5m、 後円部径40m・高さ7m、 前方部幅15m・高さ0.8m 二段構築の帆立貝式前方後円墳です。
前方部を北東方向に向けています。
(後 円 部)
(前 方 部)
墳丘の周りには盾形をした周濠があります。
右側くびれ部に造り出しがあります。
墳丘には河原石による葺石が施されています。
土師質円筒埴輪・蓋形埴輪・朝顔形埴輪・鶏形埴輪・水鳥形埴輪 などが出土していて、墳丘に埴輪の配列がなされていました。
大正12年(1923年)、京都帝国大学の梅原末治先生による発掘調査が行われています。
その際、後円部墳頂から粘土槨による埋葬施設が発見されています。
倭製五鈴蕨手文鏡・金銅製帯金具・鉄鏃・挂甲小札・肩甲小札・木芯鉄板張輪鎧・鋳銅五鈴杏葉・五鈴鏡板付轡・三環鈴・はそう・高坏 などが出土しています。
平成20年(2008年)、名古屋市教育委員会の発掘調査で墳丘主軸とほぼ平行した(梅原先生発見の主体部に並列)主体部が新たに確認されました。
墓壙の長さは5.8m、幅が3mあり、前方部側に幅0.9mの通路遺構があるそうです。
刳抜式木棺が直葬されていたものとみられています。
木棺そのものは残っていなかったそうですが、赤色顔料が見つかっています。
古墳時代中期・5世紀後半頃の築造と推定されています。
志段味古墳群を構成しています。
(後円部から前方部をみています)