靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

アップダウンの底に、アラスカ内陸へ

2012-01-31 00:59:59 | レゴリーグ
レゴリーグ。実は前回の大会のショックが少し尾を引いていて。予選から前回大会までの1ヶ月程かなりの時間とエネルギーを費やし、直前は長男学校も2日休み。体力から時間調整まで子ども達大人達にとっても限界といえるほどの取り組み。こなせるミッションもかなり増やし、よしっ!とのぞんだ大会。

結果予選より低い点・・・。二位だったものの、これまでのあれほどの努力は何だったのだろう、と呆然とするチーム。テーブルの不備は大きかったけれど、結局そういったことで全部無駄になってしまうのか、と。悔しさの塊を奥に抱えたまま。

大会後低くなっていた士気、低空飛行ながら何とかロボットの改良は少しずつ続けてきた。それでもなかなか安定した動きにならない。また少しの環境の違いで大きく影響を受けてしまうのかと子ども達の顔に笑顔も少なく。

昨日のミーティング、ちょっと大きな進歩が。コーチと密な4時間、ロボットをより安定させるデザインを導き出せた。あれやこれやの部品を付け替え付け加え、何度も何度も繰り返す内に。

笑顔がはじけるチーム。声のトーン大きさも変わる。寝る前まで改良された部分について何度も興奮して語り合う子ども達。(笑)

振り返って確信するのは、長く苦労して作ってきたものが例え一瞬で潰れてしまったように見えたとしても、決して「無駄」になんかなっていないということ。ダウンがあるからこそアップの喜びありがたみを骨の髄まで感じられる、そんなアップを体験することでダウンの時も希望を維持できる。そしてそんなアップダウンの底に確かに積み重ねられていくものがある。目に見えない地面の下に真っ白な根が広がっていくように。

昨夜長男、「ママ、負けても皆の前でわんわん泣かないでよ」と。「じゃあトイレで一緒に泣こうか」という私に、「ママとトイレで泣くのはちょっとなあ。僕はね皆の前で泣かないでスリーピングバックの中で夜1人で泣くよ」と。

今週末のフェアバンクス大会。大人の付き添いがもっと必要ということもあり、結局下二人と共に行くことに。厳寒の内陸アラスカ、体験してきます。大会の様子、冬の旅景色、報告しますね。

読んでくださる皆様に、感謝を込めて。

エンパシックに聞く

2012-01-31 00:59:04 | 子育てノート
兄弟姉妹、仲良く遊びもするけれど喧嘩もしょっちゅう。一度徹底的に相手のことを理解してみようと、話し合い。こんな表を見せながら。

5.共感し親身になって聞く(Empathic Listening) -相手のフレーム内へ
4.注意深く聞く(Attentive Listening)
3.より分けて聞く(Selective Listening)
2.聞いてるふり(Pretend Listening)
1.無視(Ignoring)           ー自身のフレーム内
          (by Stephen Covey)

5に至るように。


事例1:

ゲームに負けたと泣きだす次女に、「たかがゲームなのにいちいち泣くなよ」とイライラする兄。ますます取り乱し足をバタバタとさせる次女、足があたり怒り出す兄、憎まれ口の叩き合い。

まず二人を向かい合って座らせて。何があったのか説明させる。違う、そんなことしてない!そんなこと言ってない!と次女が話すのを遮る兄、を何度か黙らせとにかくまずは聞くように。

最後に「だっていつも負けてばかりは悲しいもの・・・」、ぽつりと妹。

兄、ちょっと表情が変わる。兄の話す番、あんなに怒っていたのに「だからってぎゃーぎゃー取り乱したり蹴ったりしないようにして」とだけ。次からのゲーム、4歳年の差がある分ちょっとハンディを設けようということに。妹ができないからとからかうような調子も減る、よくできたと褒める場面も。負けず嫌いの兄、妹の言葉が少し心の奥に届いたよう。


事例2:

長女次女、朝、服の取り合い。2歳違い、シャツやスカートなどはサイズ的に共有できる。二人向かい合って座らせ、互いにじっくりと聞くように。表を思い出させつつ。

「私の服勝手に着ようとする!明日着ようと思ってるのに!」と怒る姉。

「私はいつもお姉ちゃんのお古ばかり。たまにはね新しい服も着てみたいの」と泣きべその妹。

自分のフレームから相手のフレームへ。1番奥にある怒りをわだかまりを話し聞き合うことで、互いに落ち着いてくる。結局共有できる服は勝手に着ると決めてしまわないで明日着ていいかと互いに前日の夜に話し合う、ということに。



相手をエンパシックに理解しようと心がけつつ、互いが納得する着地点を見つけていくこと、日々訓練の機会に溢れてます。

ボルシチ&ロシアン・ティークッキー

2012-01-30 23:59:58 | 
ビーツ山盛りの図、遅刻して写真におさめられず。素敵な友人宅にて。

ビーツに玉ねぎ、ニンジン、トマト、にんにく、牛肉、ぐつぐつ。まぶしい赤!


そこにキャベツをとばっと。


クッキーは、カシューナッツやアーモンドをコーヒー豆ひき機でパウダー状にしてバターや小麦粉と混ぜ、こんな状態にしてしばらく寝かす。



持ち寄り料理で、


ほっと一息後、


まるめてまるめて、


オーブンへ。




子ども達は食べたり、


脱いだり。なぜか裸の付き合い。


週に一度のこの「作って食べる会」、温まります。ありがとうございました。

理解しようとする姿勢

2012-01-28 00:04:09 | 子育てノート
学生時代、文化人類学を少しかじったのだけれど、その後の暮らしの中で、文化人類学的な姿勢というものの大切さをよく思うことがある。

それは相手のことを理解しようとする姿勢。自身が物事をとらえるフィルターを意識しつつ、できる限り相手の文脈の中で相手を理解しようとする姿勢。その人が発する言葉のその人がとる行動の背景を見つめ丁寧に文脈をつむぎ出しつつ相手を理解していこうとする姿勢。

文化人類学者は地球の果ての辺境地から身近な社会のコミュニティーまで、出かけていってはひっそりと身をおき、そこに暮らす人々と生活を共にしつつ、そこに暮らす人々を、人々の依って立つ文脈の網の目をひたすら理解しようとする。そんなフィールドワークを通し記された文献には必ず文化人類学者本人の生まれ育った歴史に基づく「見方」というものが影響しているわけだけれど、それでもとことんまで相手を理解しようとした姿勢の結晶が見て取れる。

人付き合いでも、子育てでもこの「相手を理解しようとする姿勢」の大切さ大きさを思う。どれほど乱暴に自身の見方を当てはめジャッジし切り捨てているかを思うことがある。

子どもが発する言葉、とる行動をたしなめ鋳型に入れていくのも必要なことだけれど、それらの言葉行動の生まれる背景を理解することでより根本的な解決に繋がる。理解しようとする姿勢を見せるだけで、子ども達の心がほぐれ解決してしまうこともよくある。

「何でわかってくれないの」、そんな叫びが言葉や行動の背景にあったりする。

子どもの言い分をまずは聞いてみる、すぐに自分の考え説教アドバイスに繋げず、子どもが1番柔らかな部分をむき出しにするまでとにかく聞く。そして言葉だけでない表情身振り雰囲気などもよく見、理解しようとする(コミュニケーションには言葉以外の要素が70パーセント以上を占めているという説もある)。

「わかってくれた」そう子ども達が感じるとき、初めて親の見方哲学アドバイスが心に届く。

「理解しようとする姿勢」、子どもたち、人々と関係を築いていく上で土台となること。心がけていきたい。

あなたの見ているものと私の見ているものと

2012-01-28 00:02:08 | 子育てノート
長女が何かを言いかけている。周りでは(いつものように)ちびっ子たちの叫び声、すっかり忘れていたキッチンの鍋を思い出し走り寄ると案の定焦げ焦げ、「あ~あ」と肩をすくめながら後処理しつつちびっ子たちをたしなめ。口を開きかけていた長女、ため息つきながら部屋へ行こうとする。

長女何かを言いかけ、色々な邪魔が入り、ため息、というパターンがよくある。

「あなたの家はね妹兄弟も多くてどうしようもないこともあるのだから。すぐに気持ちを損ねないで何度でも大声で話すなり、良さそうなときを見計らって話しかけてくるなりして。ママの状況も理解するようにしてね」

そんなことを言ったりしながら、ちょっとゆっくり一対一の時間を取る頃だな、と感じていた。


そんな中長女と何枚かの絵を見る機会があった。心理学などによく使われる白黒の1つの絵が、老婆に見えたり若い女に見えたり、などするもの。「オプティカル・イリュージョン(錯視)」系の子ども本にのっていたもの。

夕食後のひと時に、「あ、これ顔にも見えるけれど人の後姿にも見える!」そんな風に皆で叫びながら。

同じものを前にしても、人によっては全く違うものを見ていることもある。そんな話をする。

その夜、次男のオムツを変えている途中に長女が話しかけてくる、途中でおしりふきが足りないからと三女に一階へ取りに行くようにと話しかける私。また遮られたと長女が口をとがらせる。

「さっきの絵、思い出してみて。あなたが見ているものとママが見ているものはね、違うかもしれないのよ」

はっとした表情をする長女。何だかストンと納得した顔をしている。ああママは私と全く同じものを見ているわけじゃないんだ。


それ以来、「ほらあの絵」が相手の状況相手の気持ちを相手の視線から理解しようとするためのキーワードになっている。

長女の見ているものに触れるために、週末にでも二人で出かけよう、そんなことを思いつつ。

誤解を解く

2012-01-27 23:57:49 | 思うに
人間関係の問題の大きな原因が「誤解」と聞いたことがある。

同じデータ現象をどう解釈するかのくい違い、

同じ言葉をどう定義するかのくい違い。

理解しようとすること、

自身の見方フィルターを安易に当てはめジャッジするのでなく、

相手の文脈にたって理解しようとすること。

そんな簡単に相手のことが「分かる」なんてありやしない。

理解し続けようとすることが、「誤解」を解かす。

資金集めから関わる子ども達

2012-01-27 23:55:01 | 子育てノート
長女のクラス、遠足代の2千ドル(20万弱)をいかに集めるかの相談。船に乗って島をめぐる予定らしい。こちらでは学校やスポーツチームなどの子どもの集まりで、何らかの行事や新しい器具を買ったりなどの目的のために子ども達自らお金を集める「ファンドレイジング」がよくある。

長女のクラスでも今までビーフジャーキー、ポップコーン、ピザを売ったり、街角に立って洗車したり、などのファンドレイジングがされてきた。

今回はクラスメートの毛皮商家族から千ドル(10万弱)分のウサギ毛皮で作られたブーケが寄付された。赤やピンクや紫の毛皮花を一個10ドルで1人5個売る、あと50ドル(5千円弱)は各自が負担、ということに。これで子ども20人のクラス、2千ドル集まる予定。50ドル負担分は、匿名の奨学金制度もある。何人かの親が多く負担することを申し出ている。

うさぎ毛で作られた花。妹と妹の友人達がこずかいで購入したり近所の人が買ってくれたり親戚へのプレゼントに長女自ら購入したり。いかに売ろうかと思案して周りに声をかける長女。売り切れて満面の笑み。まだクラスに数個残っているものも売りたいと張り切る。

日本で少なくとも私が育った頃は考えられないシステムだけれど、子ども自身が工夫して行事のために資金作りから関わるというのはいいことだと思っている。

このふわふわ花がまた素敵。

こずかいで買った次女は冬帽子につけている。本物毛皮、なんて贅沢な!

勝ち/ 負けということ

2012-01-25 00:07:02 | 子育てノート
勝つか/ 負けるか、世の中はそんな視線・パラダイムに溢れている。自分の方が強い、自分の方が優れている、自分の方が大きい、自分の方が・・・。

個々の内に刻まれた「勝ち/ 負け」視線。ほおっておくと家庭の中にも「勝ち/ 負け」パラダイムが蔓延していく。兄弟姉妹、夫婦、親子の間。「勝ち/ 負け」から「勝ち/ 勝ち」へのシフト。まずは家庭の中から実践を心がけていく。子ども達の内に「勝ち/ 勝ち」パラダイムを刻んでいく。

「勝ち/ 勝ち」とは互いが納得できる着地点を見つけ出すということ。相手も自身と同様に大切であるということの証。「私」から「私達」への移行。

「勝ち/ 勝ち」は「勝ち/ 負け」とも「負け/ 勝ち」とも違う。

「勝ち/ 負け」は相手がどうなろうと知りやしない、自分が勝ってさえいればよい的姿勢。

「負け/ 勝ち」は自身が踏みにじられようとされっぱなし。相手に勝たせてばかりで相手にとっては居心地よく周りにも「いい人」に見えたりする。でもその場限りで長い目でみたら結局誰も勝たない(育たない)。

自身も勝ち、相手も勝ちを子ども達にトレーニングしていく。

気づいたり見聞きしたり読んだりしたことを実際に試してみていいと思うこと:

・「○○はあんなこともできないんだよ」「なんて下手くそなんだろ」「そんなことも知らないのお」そんな言葉が聞かれたのなら「じゃああなたが教えてあげてね」と伝える。相手より何かができるということは相手に教えてあげられる機会ととらえさせる。

・自分が勝っておしまいでなく、相手も勝たせるにはどうしたらいいのか。互いが納得できる解決策を見つける努力をさせる。

・負けたとしゃがみこんで泣いてないで他に解決策はないのか考え動くようにさせる。

・競技会、スポーツなどの勝ち負けの世界でも、勝つということだけがゴールではないと思い出させる。チームワーク、技術の向上、フェアさ、楽しみ、などなどゴールはいくつも。

・親子間でも「勝ち/ 勝ち」。といってキャンディーを5個食べる、テレビを2時間見続ける、ウォーターパークに行ってアイスクリームを食べて、などのその場のインスタントなハッピー満面笑顔が「勝ち」なわけではない。子どもの時点では理解するのが難しい長い目で見たその子にとっての「勝ち」。その子が今欲しいものとその子に必要なものは違う。必要なものを納得して受け入れさせるにはまずは親子関係を充実させることがキー。

・親子間でも子どもの年齢が上がるにつれ「勝ち/ 勝ち」の話し合いをする。子どもの言い分にオープンに。こちらの言い分も出す。互いに納得できる着地点を模索する。同意したのなら、その同意に互いが依るようにする。


「勝ち/ 勝ち」パラダイムを、家庭という内から外へ。

競争の軸は

2012-01-25 00:06:56 | 子育てノート
レゴリーグ競技会、なるべく多くのチームにトロフィーが行き渡るよう考慮されている。1部門で優勝したら他部門で高得点でも他チームに賞が回される、など。

チームメートの親、友人が言う。

「全員にメダルをあげたり、全員にトロフィーをあげるというような風潮、私はあまり賛成できない。大きくなって社会に出たらそれは厳しいもの。現実とは違う夢を見させてその場は皆嬉しいかもしれないけれど、長い目で見たら子ども達のためになんてならないわ」

日本の手繋ぎかけっこで仲良く一緒にゴール、学芸会で7人が一緒に主役などなどの話を思い出す。

私も1つのものさしに皆を横並びにさせたところでどうしようもないと思う。多様なものさしを生み出すことの方に力を注いでいかないことには。

かけっこがどべなら、違うことで頑張ればいい。どべであることが、他分野への興味を強めるかもしれないし、ひょっとしてどうしたら早くなれるかと工夫していく機会になるかもしれない。周りの大人はまやかしの横並びでなく、どうしたらその子がこの厳しい社会でより生かされていくのかを真摯に模索していくべきなのだろう。1人1人に必ずギフトはある、それらを磨き育てていくことへ。

競争はよりよきものを生み出す原動力にもなる。ただその競争の軸は様々あるといい。そして究極の競争は昨日の自身との競争。

レゴリーグにロボットだけでなく、チームスピリット、プロジェクトなどの様々な面からの評価があるのはいいと思う。

レゴリーグの目標の一つは、科学数学に携わる人材を育てるためとされている。アメリカでますます弱くなりつつある分野、この分野の多くが海外からの人材で占められている状況といわれる。切磋琢磨し合い、輝く人材が誕生することを願いつつ。

とことん向き合うこと

2012-01-25 00:05:16 | 子育てノート
何かにとことん向き合うことで見えてくるものがある。同じものを前にしながら以前は見えなかったもの。

「僕たちだってこれだけ何日もロボットに向き合わなかったら、テーブルの少しの長さの違い、マットのシワ、ゆがみ、そんなことを気に留めもしなかったんだろうな」

微妙にあちらこちらズレて作られた大会のレゴ・テーブル。「大工仕事でさっと作られちゃったんだろうね」というコーチの言葉に、チームメート。

とことん向き合うことの意味は、見えなかったものが見えるようになっていくこと、その変化にある。

子ども達、いい体験をさせてもらっている。

ハヤシライス&ビスコッティ!

2012-01-24 23:59:59 | 
デミグラスソースが売ってな~い。こちらでよく聞かれる嘆き。

トマトソースや、ウスターソース、ビーフブイヨンなどを用いて基をつくり、


肉を炒めて、


ぐつぐつと。


わいわいと。


ビスコッティはまずこんな感じに焼いて、


切ってまた焼き、

素晴らしい。


出来上がり!



様々な生き物も、堪能の様子。



ハヤシライスが実現するなんて、日本出て以来でした。手作りビスコッティと共に贅沢な一時。

レゴリーグ、アンカレッジ競技会

2012-01-22 19:53:50 | レゴリーグ
「レゴロボット・アンカレッジ競技会」、今年は予選を経、アラスカ中の15の市村から48チームが参加。長男長女のチーム「クラムチャウダー」は大会3日前の決断により登録せず「練習」として参加。

近所の高校で。マイナス20度近くの朝。


前の記事にも書いたように、このレゴロボット、少しの環境の違いが全く違う動きを生み出す。今回のアンカレッジ大会、テーブルのセットアップされ方に頭を抱えた。8つあるテーブルの内、マットがしわしわになっているもの、テーブルの長さが微妙に違っているもの、片側が盛り上がっているものなどなどあり。しかも3回ラウンドの内2回とも1番ひどいテーブルに当たる。

コーチ曰く、組み立てる人々はハンマーと釘で言われたようにささっと仕上げるだけでそんな微妙な違いは気に止めはしないのだろうと。確かに自分たちだってレゴロボットに向う日々がなければそんな微妙な違いなどオッケーだとすませていただろうと言い合う子ども達。

テーブルへのブーイングがあちらこちらで聞かれる中、ラウンドは進行。練習時より信じられないほど低いポイントという声もあちらこちらから。

調整に調整を重ね、バッテリー容量も考慮しつつ、ところが会の進行が遅れラウンド予定時間も遅れ、計算したバッテリー容量もどんどんずれていく・・・。

結局「クラムチャウダー」も練習時より随分と低い得点で終わる。チーム皆やり切れない表情。多分この日そんな悔しい思いをしたチームがたくさんあるのだろう。

正式登録していない「練習」だとはいえ、ロボット部門の得点だけは掲示板にアップされる。ロボット部門の得点だけ見るとなんと1位とは4ポイント差で2位!どうやら全体的な得点が下がっていたよう。多分テーブルセットアップのせいが大きいかったのだろう。

最後にロボット部門1位2位のパフォーマンスを全てのジャッジ&観衆の前でする「クラムチャウダー」。


チームワーク、プロジェクト、ロボット・デザイン、ロボット・ミッションこの日の4部門総合優勝は日本語イマージョンプログラムのある小学校チームその名も「サムライ」に。何だかちょっと嬉しかったり。おめでとうございます!

コーチの父親は大会当日ラウンドの当たっているテーブルをメジャーで全て測って周ったと言っていた。そこまでする必要があるんだなあ。たくさんの学びの場となりました。

あと2週間、やれることをやり切ろうと気持ち新たにするチーム。

レゴ・ロボットについて

2012-01-22 19:53:18 | レゴリーグ
よし、今日はいくつかのミッションを完璧にこなすことができた。と次の日全く同じコースで同じミッションをしようとすると、できなかったりする。微妙にロボットの腕が上がるタイミングや位置がずれていたり、そして1つのミッションがこなせない場合次からのミッションも全てずれ全滅となったりする。一日中費やし調整したロボット、次の日には全然うまくいかない、こんなことの繰り返し。

傍から見ていて不思議でしょうがない。なぜ同じミッションに向いながらプログラミングを変えたわけでもないのに、「違い」が出るのだろう。分かってきたのは、バッテリーの容量によって随分と動きが変わるということ。チャージしたばかりと空に近くなりつつある場合とでは曲がる位置、動くスピード、腕を振り上げる強さ角度、全く違ってきたりする。

一時間走らせ45分チャージし、チャージした後は何度か走らせちょうどいいバッテリー容量にしミッションに向わせる。それでも使えば使うほどそのバッテリー容量と動きの関係も変化していく。しかも今二つあるバッテリー、二つとも新品で購入したにも関わらず容量と動きの関係がまた全然違ったりする。

全く同じ環境でも調整するのが大変なのに、これがまた違った部屋で違ったテーブルとなると・・・。角度、長さ、マットの表面のスムーズさ、光の加減、様々な微妙な違いが絡み合ってロボットが全く違った動きをしてしまったりする。

全てが最適なタイミングに合うというのはひょっとして運しかないのだろうか、とさえ思えてくる。直線的にやればやるだけ積み重ねていけるのだと思っていたのだけれど、あちらこちらに思わぬ落とし穴が開いてストンと落ちこんでは這い上がり、また別の穴に落ち込んでは這い上がりと繰り返している。それでもその這い上がり方は確かに上手になってきているのかもしれない。繰り返し這い上がる内にプログラミングの技術は確かに身についてくる。コーチが「千時間以上費やす必要がある」と言っていた意味はこういうことだったのだろう。

結局、オリジナルのプログラミングを組み立て、あとはその場でいかに迅速かつ正確にプログラミングを調整していけるか、ということが求められているということらしい。「必ず当日調整する必要がある」と何度も大会を体験したコーチの言葉。そして環境の変化やバッテリー容量がそれほど影響を与えないようなロボット・デザイン、ミッションのこなし方を組み立てることが重要。もっと時間があればロボット・デザイン初めから組み立て直しているだろう。

プログラミングしたら後はもうミッションに向わせるだけ、機械なのだからいつも同じことをするんだろう、ぐらいに思っていたのとは大違いな世界。どうしていつもと違う動きをしているのか全く原因が分からない場合だってある(多分人間の五感では捉えられない要素が影響しているのだろう)。まるで感情があるみたい。(笑)

ロボットを前にため息ついたりよくやったと飛び上がったり。いつかこうしてロボットと密に過ごした日々を懐かしく思い出したりもするのだろう。あともう少し。