靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

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テレビ関係者とのインタビュー

2014-02-15 23:59:06 | 思うに
今週は、世界の「日本人妻」に密着取材した様子を流す民放のバラエティー番組の関係者と、スカイプで話す機会がありました。といって、我が家が出るということではなくて、あくまでもこちらの生活についての「情報収集」のためのものです。友人への密着か、アラスカには来ないかということになります。

現代の日本のゴールデンタイムに流される人気番組を「作る側」の視点に少し触れ、かなりインスパイヤリングな一時でした。

しかし、毎週毎週違う土地や国の「日本人妻」密着取材編集したものを流すのを可能にするというのは、ものすごいことだろうなと想像します。やり取りからも「時間との闘い」という様子が感じられ。この方達は寝ているんだろうかと。ロケ地が決まったら二週間後くらいには現地入り。そしてそれまでにできる限り情報集め、様々な場への取材手配し、その間にもノンストップに違う地でロケしつつ! そうして 「見せられるもの」を毎週毎週紡ぎ出し続けていく。すごい日常ですね。


画像なし音声のみのスカイプで45分程のインタビュー。その関係者の方、終始穏やかで静かな雰囲気。私は日常の小さな出来事、様子、気づきなどを時に質問を受けつつ話すのですが、柔らかなフィルターが広げられ、そこにひっからない言葉はさらさらと通り過ぎていく。そして何気なく発した一言が、そのフィルターに触れることで、瞬く間にストーリーが溢れ出す瞬間があって。日常に散りばめられた「創造の原石」を探しているような感覚になりましたよ。

このフィルターは人によって違って、その方の持つフィルターは「民放のバラエティー・エンターテイメント」というものなのだけれど、フィルター自体がどうということよりも、このフィルターを柔らかくも鋭く見つめ続けるその方の姿勢に大いに学びました。

テレビの「やらせ」が問題になり、今はブログなどで当事者が簡単に声をあげられる時代、当事者側から「自発的に出てくるもの」をとても大切にしていると感じました。

「作る側」の躍動に触れ、静かな興奮と共に床に就いた夜でした。
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友人に、家族に、言葉に力をもらいつつ

2014-02-02 06:52:08 | 思うに
こちらの学校はキンダー(年長)が小学校入学のような位置づけ。公立や私立の小学校にキンダーのクラスがあり、小学生と共に九時から三時半というスケジュール(キンダー半日という学校も市内数校ありますが)で通う。

次男も年齢(七月に五歳)からいうと、今年の八月終わりからキンダー。キンダーに通うか、ホームスクールするか、様子を見て決めていきたい。ちなみに長男長女とキンダーはホームスクール。

それでもあと一・二年で、日中コンスタントにまとまった一人の時間ができることになる。これは過去14年間で初めてのこと!ということで、この一・二年後以降の身の振り方に向けて、少しずつ準備しているのだけれど、これまでとは全く違った分野のことを学んだり、少しずつ外の世界に足を踏み出したり。その一歩一歩の度に、新しい風が吹き込んでくる。

その風に、思いっきり深呼吸したり、時に、うわあ今の私には強すぎるとジャケットを着こんでみたり。

目の前に広がる海は、もうあまりにも広くて。

膝を抱えてしゃがみこみふ~とため息をついたり、広すぎる~と途方に暮れたり、それでも空はあまりにも青くて空気は澄み切っていて、潮の香りに包まれリフレッシュ、よっしとまた漕ぎ始め。


今週は、ジャケットを着こんでぶるぶる震えるようなこともあり。

友人七人とのこれからの活動準備用ブログの方で、シェアし、随分と励まされ。

ベッドに横たわり、「ふ~、ちょっと、私にはオーバーウェルムだなあ」とつぶやく夜。

隣のベッドの夫が、「ゆっくりいきなよ。ゆっくり」と。

ほっと力が抜ける。ありがとう。


言葉に力をもらいつつ:

Twenty years from now you will be more disappointed by the things you didn’t do than by the ones you did do. So throw off the bowlines. Sail away from the safe harbor. Catch the trade winds in your sails. Explore. Dream. Discover.
今から二十年後、あなたは、あなたがしたことより、しなかったことに失望するだろう。もやい綱(船首と港を繋ぐ綱)を投げなさい。安全な港から漕ぎ出しなさい。貿易風に帆を張り、探検し、夢をみ、発見しなさい。- Mark Twain(マークトゥエインの言葉ではないという説も)


Dream as if you'll live forever...live as if you'll die today.
死なないつもりで夢を見て、今日死ぬつもりで生きる。- James Dean


Hope never abandons you, you abandon hope.
希望はあなたを見捨てません。あなたが希望を見捨てるんです。- George Weinberg


I have learned that success is to be measured not so much by the position that one has reached in life as by the obstacles which he has overcome while trying to succeed.
成功は人が人生においてどれほどの地位に到達したかによってよりも、むしろ成功を目指す過程でどれほどの障害を克服したかによって量られるべきであるということを、私は学びました。-Booker T. Washington


A ship in harbor is safe, but that is not what ships are built for.
港にいれば船は安全だが、それは船が作られた目的ではない。-William Shedd



少しずつ少しずつ、歩いていきます。

ブログの更新、波が強くても続けられるよう、ペースと量を調整しつつ。

読んでくださる皆様に、感謝を込めて!
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「時々スイッチを切る」という秘訣

2014-01-05 07:28:12 | 思うに
やるべきこと、したいことに溢れ、二十四時間短すぎる、身体がついていかない、としゃがみ込みたくなることもしばしば。そんな時思い出すのが、大学院時代に知り合ったある先生。

認知心理学の教授として、テレビなどにも出演していた方で、当時五十近くで大学での地位もそれなり。それでもそれぐらいになると学生の指導などをゆったりこなすだけとなる教授陣も多い中、海外の研究雑誌へも定期的コンスタントに研究論文を発表し、とにかくエネルギーに溢れていた。

その方、四十代初めに大病され、それ以来、身体に気をつけるようになったとおっしゃっていたのだけれど、その秘訣が、「日常に散りばめる仮眠」と。

これが、「ちょっと横になる」といったものではなく、ついさっきまでソファーで足を組み話していたそのままの姿勢でとか、向かい合って座る机に肘をついたままとか、食事をしている最中箸を持ったままとか。今の今まで結構な勢いで話していたのにす~ぐ~と寝息立てていたり。初めの内は、ね、寝ちゃった? 困ったどうしよと思っていたけれど、こちらも慣れてきて、あ、まただと手持ちの本を読むなどして待つようになった。(笑) いつもだいたい五分ほどしてすっきりした表情で活動再開。「疲れたら無理せず眠ることにしているんだよ」と。大事な席ではそういったことはなかったので、本人がおっしゃられていたように、「コントロール可能」なのでしょう。



この、「時々スイッチを切る」感覚、なるほどなと思います。あの方のように一瞬にして深く眠ってしまえれば、また回復も大きいのかもしれないけれど、「眠る」とまで行かずとも、目を閉じて頭と身体の力を緩め、休んでみる。一分でも、三分でも。これで随分違ってくる。

日常に緩める時を散りばめて、今年も一歩一歩、踏み出していきます!
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親同士の話し合い、Do not take it personal

2013-12-22 06:07:31 | 思うに
こちらの小学校、冬休み前と学年度終わりに、生徒側から先生へ何かプレゼントする光景というのがよくみられます。五十ドル(約五千円)以上になると、先生は学校側へ報告する義務があるので、それ以下のものを選ぶ方が多いようです。

といって家では、そんな高価なものをお渡ししたことはなく、いつもチョコレートやクッキーや切花やキャンドルなどに、子供達手作りのカードを添えて。子供達の感謝の気持ちを、少しでも形にできたらなという気持ちです。先生方、必ず欠かさず休み中の間にお礼の手紙を送ってくださいます。「何て美味しいチョコレートだったでしょう」「家族とシェアしていただきましたよ」「あのキャンドルの匂いとてもリラックスできました」などといった手書きの文を添えて。子供達、先生にプレゼントを渡すこの日を、毎年心待ちにしています。



今年、この時期を前に、娘のクラスの一人のお母さんから、「クラスの先生へ一緒にプレゼントしませんか?」というメールが回ってきた。クラス全体に向け提案をしたこのお母さん、他校から新しく入ってきて、また下の子が生まれたばかりでなかなかクラスのボランティアにも入れず、様子がわからないのですがと赤裸々にご自分の状況を説明されていて。

いいアイデア! あれがいいのじゃないかしら、これなら私買いにいけるわよと何人かが即座に返信しメールのやりとりが進む。

しばらく盛り上がっていたところ、一人の方からメール。プレゼントは、もう既に個人で買っている人も多いのじゃないか。こういう形で募ると、強制的に感じてしまう人もいるだろう。家は複数人がこの学校に通ってきたけれど、「一緒にプレゼント」なんていうのは聞いたことがない。毎年皆個人でプレゼントするものと。

それまでの活発なやり取りが一気に静まり。

習い事や他の集まりで指導者に皆でプレゼントというのは、よく聞き、実際に参加したことがありますが、私自身四人通わせてきて、クラスでこういった話が出たのは、確かに初めて。

まあそれでも、皆で購入することで、より実際に長い間有効に使ってもらえるものを渡すことができるだろうし、五十ドルを越え申告することになったとしても、グループならば学校側から「特定の個人への興味の偏り」を懸念されることもないだろうと、私自身は、「提案してくださってありがとう、私も喜んで参加します」とメールを送ったのですが。


こちらは「したい人がしたいことをする」という風潮が強く、グループでしたい人はそうする、個人でしたい人はそうする、とさっぱり進むかのかと思っていたのですが、提案を「強制的」と感じる人もいるのだと、まず驚きました。何だか親しみのある懐かしい感性だなあと思ったり。

結局、やりとりが静まった後、活発にやりとりしていたお母さんの一人から、今回はあまり時間もないので、もし興味がある人がいれば、学年末にもう一度企画しましょうという提案が出。

最初に提案したお母さんも、それがいいアイデアねと同意したところで、「強制的になってしまう」と言ったお母さんも、話し合いをスタートして下さってありがとう、皆さんいい冬休みをお送りくださいねと。

その後は冗談が飛び交い、翌日皆顔を合わせることになったクラスの集まりでも和気藹々な雰囲気。



人付き合いの要の一つに、「Do not Take it Personal(個人的なこととして取らない)」があるなあとつくづく思います。相手は自分のことをこう思ったからこんなことするんだ、ということではなく、全体の問題としてよりよい方向はどうなのかと話し合う。

感じること思うことを率直に言い合い、反対のことを言われたり、自分の意見が通らなくても、「Take Personal」することなく、ニコニコ堂々としている。それには周りに振り回されない、内面的な律や安定、インテグリティーが必要でしょう。

なるべく他を下げないような言い方言い回しを心がけつつ、もし自分が厳しい言い方で面と向かって否定されても、Take Personalしない。

心に留めていきたいです。



今年も、手作りカードに、

(by 次女)

クッキーを添えて!
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中心の様相、子育ての目的、書くということ

2013-12-01 10:54:07 | 思うに
私自身の中心にある様相を、整理してみました。


私は「ある感覚」と共にあることで、今この瞬間にもこうして生きていられます。

この「ある感覚」なしでは、私は「闇」に瞬く間に呑まれるという「実感」と共に暮らしているのです。

これは私にとってあまりにも現実的な感覚であるため、「信仰」という言葉でもあまりしっくりときません。それは、「目の前のコップ」と同じくらい、具体的に触れることのできるものなのです。


この「ある感覚」は、十年ほど前、精神の不安定さがピークになった時に見出したものです。毎晩恐怖と不安感に襲われ、パジャマで裏庭を徘徊し、このままでは私は廃人になってしまうという絶望を通して。「発狂」というものは、論理的な手順や思考が通ずる状態ではなく、「正常」な時に手にした、様々な「落ち着く方法」なども、瞬く間にことごとく潰されます。どこからか「とてつもない力」が加わっているという感覚。脳の仕組み的には、何らかの理由で、そうなるしかない構造となってしまっている、といったことなのかもしれません。どうしてか、そうなるしかない道筋をなぞらされてしまう。「精神障害」によりとんでもないことをしてしまうという人の状況が、私にはよく分かります。もうそれは「その人」ではないんです。

私は自分が自分でなくなるという恐怖と絶望に毎晩震えました。それでも日が昇り始めると、すっかり「正気」に戻るのです。そして夜が再び来るという恐怖と共に一日を過ごす。

この恐怖と不安に呑みこまれ闇に向かう自分と、徐々に正気が戻る自分との間を何度も行き来する内に見出したのが、「ある感覚」です。「ある感覚」を意識することで、呼吸が変わり、温もりと静けさが訪れます。闇は確かに常にあるのですが、もう呑まれることなく、明るく静寂の内にあれるのです。「きた」と感じるのなら、この「ある感覚」を意識する、そうすることで、徐々に、真夜中恐怖や不安に襲われることがなくなっていきました。

この「ある感覚」を言葉で表すのなら、一番近いのが、「温もり」です。



「ある感覚」をはっきりと意識してから十年近く、子育てを通し様々感じ思うことを、箇条書きにしてみます。

1.この「ある感覚=温もり」の原型は、子供時代、親から愛情を受けることで、培われるものでもあるということ。

転んで膝をすりむき泣きべそをかいても
お友達と玩具の取り合いをしたと泣きじゃくっても
温かい腕の中で 「大丈夫よ」と声をかけられることで
笑顔で遊びに戻っていく

一生懸命作った工作が壊れちゃった! そうしかめっ面で家に戻っても
駆けっこ競争で転んじゃった・・・ そうしょげていても
髪をなでる手の温もりに包まれ眠ることで
また元気一杯に歩きはじめる

初めての場所に足を踏み入れ不安一杯だとしても
見知らぬ人々に囲まれ心細くても
振り返り温かい微笑が見守ってくれると認めることで
未知の冒険へと飛び立っていく

笑顔を取り戻したあの腕の中、頭をなでられ眠ったあの柔らかい手、よしいくぞっ!と勇気の湧いたあの微笑み。そんな「親の温もり」に何度も何度も包まれる体験を通して、培われる。


2.子供時代の「温もり」の体験から、自身の内に「温もり」を見出す方向へと向かうことで、人は安定する。何が「温もり」を見出す助けになるかは、人によって様々。日常生活の中で、無意識にこの「温もり」に触れ続け、何が「助け」となるかをはっきりと自覚する必要ない人が、ほとんどなのだろうと思う。私にとっては、宗教的テキストが、この「温もり」を、様々な形で表していると感じている。それは、聖書であり、ゾーファー(カバラ)であり、スーフィーの詩であり、マントラであり、神道の祝詞でり、ネイティブ・アラスカンの神話であり。


3.幼少期の「温もり」体験が十分でない場合、自身の内に「温もり」を見出すことがなかなかスムーズにいかなくなる。それは「親の愛情の不十分」という単純なものでもなく、親子の相性、その子の感受性の強さ、不安感の強さ(私のように底なし沼のような不安感を持つ子もいるもの)などが絡み、結果としてそうなってしまうもの。そんな場合は、後に「助け」に極度に依存してしまったり、宗教的方向の中でも、カルトや偶像崇拝へと向かってしまうこともあるかもしれない。


4.その子の人生で起こることは、その子に必要だからこそそうなってしまうのであり、親が全てをコントロールはできない。それでも、親としてできるのは、できる限りの愛情で包んでやること、「大丈夫」という温もりの体験を何度も何度もさせること。それは、その子が、より良い方向へと進むための、強力な道しるべとなる。


親の愛情による「温もり」の体験 → 自身の内に「温もり」を見出す。

この移行のサポートが、私の子育ての最大の目的といえます。

そしてその「ある感覚=温もり」をより具体的に表していくこと、それはその「温もり」を日常生活の隅々に行き渡らせるという感覚でもあるのですが、それが私の「書く」ということの、ミッションでもあるのです。

何だかよく分かりにくい抽象的な話ですが、私の中心にある正直な気持ちです。お付き合いくださってありがとうございます!
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「ギフテッドチャイルド・カテゴリー」でできること

2013-11-09 11:37:26 | 思うに
ブログランキングのアウトポイントに参加させていただいている「ギフテッド・チャイルド」カテゴリーで、文章の解釈の行き違いなどから問題がもつれてしまい、何人かの方が抜けられました。

楽しみにしていたブログが、カテゴリーのリストにないこと、とても寂しいですが、それぞれ新しいステップを踏み出された方々の、これからを応援しています。皆さん戻って来られたらいいなあと願いつつ。



入り始めの頃は、場違いに感じ、何度も抜けようかと考えたカテゴリーですが、皆さんのブログを読ませていただき、乗りかけた船、こういった状況の中、今の私に何ができるだろうと考えています。

十四歳から四歳までの二男三女を抱え、今はまだまだ日常生活でいっぱいいっぱい。次から次へと問題も起こり(今週もドアを閉めて涙流すことあり)、何らかの「成功法」などを提示できるわけでもありません。それでも、そんな日常生活に葛藤する姿、気づきなど、現在進行形でシェアさせていただくことで、「事例の提供」になればと。関係のないつぶやきも多々あったりしますが。(笑)

八年という間、四人の子供達の通う「HGプログラム」を見回し気づくのは、本当に様々な子がいるということです。日常生活の描写を通し、ささやかながら、その「一例」を示すことができたら。

この後に、「これといった飛びぬけた特技があるわけでもない我が家の子供達、より『ギフテッド』というものを身近に感じていただけるのではないか」と続けて書いたのですが、こういった表現も、不快に感じられる方がいるのだと、今回の件で考えさせられました。私自身の正直な気持ちですが、「相対的なこと」というのは難しいですね、これから気をつけていきたいです。



私自身、「ギフテッド」という世間的なくくりには、抵抗感があり、「『ギフト』は全ての子に与えられている。教育とは一部を集めて『ギフテッド』とくくるのではなく、全ての子に与えられた異なるギフトを引き出し伸ばすためのものであってほしい」という考えに変化はありません。プログラムに通うのも、親があれこれ考える間にも待ったなしで成長を続ける子供達に、恵まれたカリキュラムと教育環境を提供したいという理由からです。

東海岸の一部などでは、「ギフテッド・プログラム」といったものは不要、なぜなら全ての学校がハイレベルに子供のギフトを伸ばす試みをしているから、といったことを聞きます。私自身は、それが理想の形であると思っています。皆がそれぞれ「ギフテッド」としての扱いを受ける。

また同時に、「ギフテッド」というコンセプトによって、希望を取り戻し救われる方々がいるのだという事実も、このカテゴリーを通し学んでいます。

プログラムの恩恵を受けてきた者として、何ができるのか考えていきたいです。


読んで下さってありがとうございます。週末一気にいくつかの記事アップといったペースの更新ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!
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山姥というビジュアル・イメージ

2013-10-27 06:39:04 | 思うに
ウォルドルフ(シュタイナー教育)のバイオグラフィー・ワーカーなる資格を三年かけて取得した友人。来週NYでワークショップをするそうで、その予行練習の実験台にならないかと声をかけて下さった。

もう一人の友人と三人テーブルを囲み。次男、仲良し息子君と傍らで遊びつつ。

青森県八戸市の山姥の民話のストリーテリングで始まる。


・「山姥ってね、私の子供時代、悪夢に出てくる常にコアのキャラクターでね」と言う私。

自らの想像が作り出したイメージというのはね、決してその人を苦しめないと言われるのよ」と友人。

この説明、とてもすとんと納得しました。子供時代、悪夢に出てきた山姥、アニメで見た『日本昔話』のフィギュアそのままの姿形でした。ものすごく大きな顔に大きな目に白い髪、いつも橋の上に立っていて。

テレビや絵本などの外からのビジュアル・イメージ、それは時に強すぎる子には強すぎるのかもしれないなと。私自身怖い映像というのは今も苦手なのですが、子供時代はかなり極端でした。地震のニュースを見た後、何ヶ月も苦しんだり。我が家の子供達を見ていても似たようなところがあります。小さな頃は他の子達が平気な映像でさえ、泣いたり隠れたり。「どうしたらこのイメージを頭から取り除くことができるの?」そう泣きながら聞かれたことも何度か。悪夢になって出てくるの~と。着ぐるみなどに出会ってもこの世の終わり状態に。

昨夜そんな話を子供達としていると、小さな頃確かに色々怖かったけれど、今は本を読んで映画を見ると、台無しにされたと感じることがよくあるなあと。

ウォルドルフが、小さな頃は絵本さえ用いずストリーテリングに徹するというの、「想像力を豊かにするため」などの説明がありますが、「自分を脅かすことのない想像の世界」といった面もあるのだと、私にとってかなりの「ああそうかあ!体験」でした。



・山姥の民話を聞きながら、どうしても意識が飛びます。これは人の話を聞いている時も感じること。耳から入ってくる情報のみだと、私は吸収が弱い。ここに目で追う活字が加わると、断然頭に刻まれやすい。

そんな話をシェアすると、マルチセンサリー学習の話などに。子供によっても、聴覚優位視覚優位触覚優位などがあるだろうねと。

昨夜子供達ともそんな話に。長男は聴覚視覚というのはどちらでもいいんだけど、「物語」になっていると瞬時に頭に焼きつけられると。記憶世界チャンピオンが数字の羅列をどう覚えるかの説明で、自分はそれぞれの数字を物語りに仕立てるんだ(たとえば六はろくろくび、八は蜂にして物語)と言うのを聞いたことがあるけれど、だったらファクトが並んでいるような情報も、物語仕立てにする手があるねと。長女は、耳からのインストラクションはどこかへ飛んでいってしまうと、だったら活字と合わせて頭に入れるようにするといいね。次女は目からだけでなく、声を出したり耳からも入れるとよさそうと。他にも動きながら、踊りながらとか、何でもよさそうな方法試してみよう、そう盛り上がり。



・民話を聞いた後、印象に残るシーンを絵で表し、三人の描いたものをストーリー順に並べ、それぞれの絵を擬態語で表してみる。ピンとくる擬態語を手に、最近感じたことに繋げて話す、そうワークショップは進みました。

私の描いた二枚のシーン、牛方が山姥に川岸に追い詰められ枯れた柳の木と生き生きとした柳の木を前にするシーンと、駆け込んだ民家の女性に栃の実を渡され天井裏に隠れるシーン。さっと深く考えることもなく選んだのですが、「柳」と「栃の実」は、牛方を救うことになるもの。私は「希望」のようなものを、見つめていたいんだな、そう感じたり。




「山姥、いなくなるといいね」と友人。

「うん、今は一緒に陽だまりでお茶を飲んだりできる仲かもしれないな」

顔を見合わせて笑い、集まりを後に。


様々な気づきがあり、感性が刺激され、とても面白い一時間でした。ありがとう。



友人は幼児教育に携わりつつ、「バイオグラフィー・ワーク」をライフワークにしたいのだそう。
興味のある方はこちらへ:primrose_garden@yahoo.com


プレスクールクラスルームにて。

秋。


いいね、このきのこ。


三人の描いた絵。
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理想と自分のできる範囲と

2013-10-27 06:37:47 | 思うに
今週、あるネイティブアラスカンの知り合いから、携帯にテキスト&メール。14歳の息子君を週に3日1時間ほどずつ預かってくれないかと。

我が家はその息子君の通う中学校から歩いてすぐのところにある。普段スクールバスで通っているのだけれど、授業後のチューター(宿題や遅れた部分を見てくれるサービス)に参加することになったので、従兄弟が迎えに行ける5時まで預かってほしいと。

その知り合いには車がなく、シングルマザー。上の子は家を出、息子君と二人で暮らしている。福祉で暮らせるので、普段教会の活動などをしているものの、給料をもらう仕事はしていない。

14歳だし、週に3時間くらいと最初は思ったものの、考える内に頭を抱え込んでしまった。


・長い付き合い、時間にアバウトなのをよく知っている。迎えに来るという従兄弟さん、週3回、時間通りに迎えということは多分ないだろう。今日は迎えに行けないから家まで送っといてということもちょこちょこ出てくるに違いない。

・平日夕方は、家にとって最もクレイジーな時。車で5分の小学校迎え、車で30分の中学校への迎え、軽食のあと水泳、コーラス、アートクラブ、ピアノなどへの送迎が順繰りに毎日。上の子達は宿題・プロジェクトの山と取っ組み合い。

・かなり荒れた家庭環境、上の子の修羅場(様々な犯罪に巻き込まれ、更生院と自宅を何度も行き来し)も見てきた。私の「小さな親切」など、そんな背景の闇に太刀打ちなどできないだろう。

・授業後、友達を連れて来るということもあるかもしれないな。

・14歳という不安定な時期、家に来るなら家族として扱い、ルールも守ってもらうようにするけれど、それにしても私たち自身出たり入ったりで目も届かない。スマートフォンやネットに夢中と言っていたなあ。

・家に大人だけ大きい子だけだったら、引き受けただろうに。週3回これから何ヶ月も、我が家のちびっ子達への影響を思う。


それくらいしてあげればいいじゃないという声と、起こりうるリスクを並べる声が頭を駆け巡る。

夫と話し合う。「自分だったら、まず働いて車を確保し、自分の子を迎えに来られるようにする」

確かに。それでも彼らは全く違う考え方をするのというのを知っている。持てる者が持たざる者に手を貸す。頑張って自分もできるようしよう、頑張ってあなた自身できるようにするべき、というより、ただできる人ができない人に手を差し伸べ合う。

学ぶべきことがある考え方だと日頃から思いつつも、こうして実際に身近に物事を頼まれると、できない自分がいる・・・。

散々悩んだ挙句、赤裸々に夕方のクレイジーさの具体的な様子を書き、すぐ隣のアラスカ大学の図書館で待つというのはどうかなどと提案し、どうしても方法が見つからなかったらまた声かけて、とメールを返した。

自分の基盤が崩れてしまっては、結局人助けにも何もならない。自分の体は一つしかなく、自分のできることというのは限られているのだから。でもなあと、複雑な気持ちを抱えたまま。

即効でメールが返ってくる。「アラスカ大学っていい考え!Thanks! そうするわ!」

どっと肩の力が抜ける。


理想と実際に自分のできる範囲、また一つ謙虚にさせられた出来事でした。
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頑張れるということ

2013-10-27 06:37:31 | 思うに
昔、知り合いの集まりにて。

子供もおり、周りも何とか止めさせようとサポートし、それでも、どうしてもまたドラッグに戻ってしまうという男性についての話に。

まだ若かった私(二十代初め)。なんて情けない!大変な境遇から立ち上がり頑張り続けている人なんていくらだっているのに!

そこへ、私より二周り年上の女性が、静かに言った。

「頑張れない人っていうのもいるのよ。頑張れる、努力できるというのも、恵まれているということなのよ」

当時、鳩が豆鉄砲をくらったようにぽかんと口を開けていたた私。年を経るにつれて、その言葉が心に染み入るようになっていった。


最近、より豊かな層の暮らす市の南部に、ホームレスや精神病患者の施設を建設するという政府の計画が、お流れになった。小学校や大きな自然リクリエーション場の近く、反対意見も凄まじかった。

「どうして不釣合いな場にそんなもの建てる必要があるんだ! しかも働かない人のために、身を粉にして働く人々のお金を使って!」

友人とそのトピックについて話していると、「努力できるというのも、恵まれているということなのよ」そう口にしている自分が。



何らかのシステムがあれば、必ずはみ出る人というのは出てくる。そのシステムでは頑張れない人々。そのシステムの中で努力することができ、富を享受できる人がはみ出る人を支えるのは、そのシステムに生きることとセットのようなものなのかもしれない。

与えられ、それでどんどん甘やかされ、ますます自立できないということもあるかもしれない。確かに一人一人が希望をもち、自分の足で立ち上がれる方向へと支援は進むべき。それでも、その人の奥から湧き上がる意欲というのは、生い立ちや出会いなども複雑に絡み、そう簡単に解決するものでもない。

支援に携わる人々に、敬意を込めて。
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完璧からは程遠くとも、長いスパンの中で

2013-09-22 07:02:43 | 思うに
次男と積み木を組み立てていると、あのね昨日夢を見たんだけれどねと話し始める。火がぼーぼと燃えてすっかり囲まれる。突然火が人になって追っかけてくる。お姉ちゃんとMちゃんと一緒にいて、あと3人女の子がいて。それでママのところに走っていって大丈夫だったの。

寝る前読み聞かせ。”Blueberries for Sal” by Robert McCloskey 。ブルーベリーの丘でSalと熊の子供が入れ替わり、Salは熊のお母さんの後を、小熊はSalのお母さんの後をついて行く。母熊がが振り返り「私の子供じゃないわ!」と驚く。次男私の腕にしがみつき「僕だったらすぐにママのところに行ったのに!」。

ママが「安全地帯」なんだなあとつくづく思う。


三女はここのところ、学校から帰ってきた後、ほんの些細なことでえんえんと泣く。作ったレゴが壊れた、兄の姉の弟の手が当たった、持っていた紙皿をおとしてしまった、そんなきっかけから泣き続ける。「そんなことでピーピー泣かない!」と立たせて次のことをさせるということをしていたのだけれど、その日は、膝に抱え、少しゆったりと過ごしてみる。

話を聞いてみると、学校は毎日楽しい、先生も好き、お友達と遊ぶのも楽しい、学校へは毎日行きたいの、何も心配なことがあるわけじゃないないの。ただね、ママと遊びたいの、○○(次男)は一日中ママといるんだから、学校から帰ったらママと遊ぶのは私の番にしてほしい、と。普段周りが驚くほどの忍耐強さと優しさで次男の面倒を見続ける三女の言葉に、はっとし。

そこでここ何日か三女と向き合う時間を持つよう心がけ、笑っておしゃべりしながら食事をし、ゲームしたり本を読んだり。そしたら随分と落ち着いてきました。


とは言うものの、ママは一人。一人の身体ではきついです。ママ~と甘える次男に三女の世話、次女の宿題を見、弱い部分の家庭教師になり、そこへ思春期の長男長女。その上目の回る日々の送り迎えに、文字通り山のような家事に。夫は出張へちょこちょこ。

何かがうまくいかなくなったところは、少し気をかけ時間をかけると、また歯車が回りだす。それでも、あちらに気をとられていると、こちらが回らなくなっていてと切りのないいくつもの歯車の前で、途方に暮れてしまうこともある。

もう、私無理かも・・・、ふと気がつくと、へなへなと座り込み、そうぽつりと言葉が出ていたり。



それでも歩いていく。目の前にはまったなしで差し出される手。完璧からは程遠いけれど、自分のできる限りのことをしていくしかない。よたよたとでもお手玉しているうちに、徐々に前よりはお手玉がうまくできるようになるかもしれない。

完璧とはいかずとも、自分なりの最大限を続けていると、以前よりも随分とできる範囲が広げられているのに気がつく。ああ限界かも、そう思いながらも自分の精一杯で向き合い続けるのなら、限界の範囲が少しずつ広がっていく。

今だけ切り取ると、きついとしか思えないのだけれど、長い時間のスパンで見ると、以前のきつさの全てが、その後の糧になっていることに気がつく。

きつさは、より高い壁を越えるために鍛えられている時でもある、そう長いスパンの中でとらえていきたい。
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これからのビジョン

2013-09-15 03:05:00 | 思うに
夫出張十日程。初めての海外出張でアジアのある国にて、国連やら各国政府が導くプロジェクト。その準備のためここ一週間ほど早朝から夜まで嵐の忙しさ、それでも仕事から束の間抜け、買い物や送り迎えの分担をしてくれる。昨日旅立ち、ここのところの不在がち続きから、全くの不在へと突入。

何国も股にかけた壮大なプロジェクトの話を聞きながら、目の前には山積みとなる五人の育児家事。スクリーンに向かい書類やプレゼンの資料を整える夫の傍らで、弁当のおかずをどうしよう、あの子明日の単語クイズの練習したかな、トイレのゴミ箱がいっぱいになってる、洗濯洗剤がなくなりそう、あの子が算数で苦手な項目の応用問題を作っておこう、そう走り回る。こうして表舞台の裏側で、何世代にも渡り脈々と続く層というものがあるのだなあ、そんなことを思う。

フェミニスト、ウーマンリブにどっぷりと浸った世代の母に育てられ、若かりし頃は、外に出て働くのが当たり前だと思っていた。専業主婦というのは自分にとってあり得ない選択だった。

それでも、その時その時の目の前の子供たちのニーズから、道ができていった。バリバリと共働きで、子供も立派に育ちという家庭ももちろんある。一緒にいるから子供がうまく育つということでも全然ないと知っている。それでも、限られた時間やリソースの中で、家ではこれが子供たちにとって私にとっての最善だった、そう感じている。家にいるという選択ができる状況に感謝しつつ。


子育てが落ち着いたら、子育ての経験を生かせるようなことをしていきたい。かつての私自身がそうであったように、右も左も分からない子育て始めたばかりの方に、少しでも役に立てる方法を。社会からぽかりと切り取られた空間にいるような寂しさを抱える方が、ほっと笑顔になれる情報を。私自身今も通過中の道、日々子供たちの引き起こす様々な問題に打ちひしがれる人に、失敗や困難をシェアすることで、そしてそれらを乗り越えることができたという一例を示すことで、明日もまた歩いて行こうと立ち上がっていただけるように。

チャレンジ、それは、それらに向き合う小さな一人の人の姿を示すために与えられる、そんなように感じています。そしてその姿をさらすことで、周りの一人にでも、ああ私も歩き続けていこう、そう思ってもらえたとしたら、もう万々歳なのです。そんな小さな一例になれたら。

そしていつかそんな一例を集めたデータベース作りができたら、というようなことを考えています。ネットとはそんな小さき草の根の人々を繋ぐためのものでもあったはず。子育て支援だけでなく、パートナー、食、家族などについての体験・知恵のデータベースをホームページといった形で作成し、情報を集め、自らの体験も発信し続けていく。

子育てが一段落し、その体験や培った知恵を次へ伝えられる、そんなサイクル作りができたら。もっと子育て、パートナー、家族というものについての知恵があっていい。世代から世代へと伝えるシステムも、核家族化で壊れ、また今の教育制度ではそれらについて何も教えられない。未来の世界に関わることでありながら、これほどなおざりにされていることもめずらしい。

先週、これまでの子育てを自分なりにまとめたものをひとまず書き終え(原稿用紙六百枚ほど二年かけて)、これを自身のプリンシプル・土台として動いていきたいです。友人たちとも話し合い、徐々に何ができるか模索して行きたいです。

まだまだ子育て真っ最中、少しずつ、少しずつ。
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村の食材でランチ、「姉」とベニーさんと友人と

2013-09-01 08:27:42 | 思うに
家から五分も車で走ったところに引っ越してきたネイティブ・アラスカン、ユピックの「姉」、「村のママからキング・サーモン送られてきたよ!」と電話をくれる。ランチしようか、ということに。

ちょうどアンカレッジ滞在中のベニーさんも、急な誘いに都合のついた友人達も一緒に。

ベニーさん(ニックネーム)こと松浦氏、「アラスカについてなら何でもあり」という「アラスカ・ゼミ」を日本の大学で教えていらっしゃる。今回は、アラスカ南東に流れ着いた東北沖大地震の瓦礫や様々な遺留品などの調査に来られている。

アラスカの村々に暮らした日本人についても調べてらっしゃり、村々を回ると、「私のひいおじいさん日本人なんですよ」と苗字が日本名の人々に会うこともあり、結構多くの日本人がいたことに驚くと。十九世紀頃、鯨を追ってアラスカにたどり着き、そのまま現地の女性と家庭を持った人々も。「べセル村(「姉」の出身)にも『すみ』と言われる日本人がいたんですよ」という言葉に、「ああそういえば、『べセル村百年史』に『スマイ(Sumiと綴るのでこちらではスマイと呼ばれる)』という日本人が載っていました」と「姉」。

また「アラスカ物語」by新田次郎に描かれたフランク安田などは有名だけれど、和田重次郎氏についてもっと知って欲しいという活動も続けてらっしゃる。2015年にはアンカレッジで「オーロラに駆けるサムライ~和田重次郎物語~」というミュージカルの公演が決定。そのコーディネーターとして、和田氏の故郷愛媛県松江市の方々と共に準備されている。

アラスカでネイティブの人々に混ざり、活躍した日本の方々。コケージャン(白人)の人々に共に差別を受け、金鉱を見つけても所有権を認められずということもあったよう。

黒髪に茶色の瞳に、私も違和感なくすぐに溶け込んで懐かしい気持ちさえしたのよねえと、村を訪ねた時の話をすると、姉が、「『中国人ぽい』『日本人ぽい』『韓国人ぽい』と村によって容姿が少し異なるのよ。う~ん、あなたはどう見ても○○村ねとベニーさんを見ながら。地図で確認しながら「今度訪ねてみます、楽しみだなあ」とメモするベニーさん。八千年ほど前シベリアから渡ってきたとされるネイティブ・アラスカン、はるか元を辿れば確かに同じ祖先に行きつくのでしょう。

友人達も到着し。村の食材でランチ。キングサーモンに、スモークサーモンに、イクラ寿司に、ツンドラでとれたブルーベリーに魚やラードをまぜたエスキモー・アイスクリーム(「エスキモー」は侮蔑語であるため世界的に「イヌイット」を用いようという動きがありますが、元々言語集団的にも「エスキモー」=「イヌイット」ではなく、「イヌイット」と言うと主にカナダやグリーンランドに暮らすネイティブのみを指すことになるので、アラスカでは公的機関も本人たちも「エスキモー」を用います)。

ベニーさんの活動、村の暮らし、皆お父さんお母さんなので、日本とこちらの子育て違いについての話や。


皆さん帰り、「姉」と二人になり少しだけ近況を聞く。私の悩みなど宙に舞う見えないチリに感じるほど、相変わらず厳しいネイティブ・アラスカンの生活。そんな中でも笑顔で、だからこそこうして周りに元気を与えられるんだなあと。

大変な生活の中、家族親戚友人同士が助け合って暮らしている様子。何のジャッジもなく、何の見返りも期待せず、ただ差し出し、必要なときは助けを請い。

「義務感とか、報酬を期待してとか、嫌々じゃなくてね、ただ心からしたいと思ってし合うのよ」

そう笑顔で私を見る「姉」の目に、自分の嘘や欺瞞が映し出され、溶けていく。

「姉」に会う度に、余分なもの溢れる海にシンプルに大切なものを見つけ出す、そんな気持ちになる。


ベニーさん、友人達、「姉」と過ごせた温かい一時に、感謝を込めて。


スモークサーモンを切る「姉」。


村のママの作ったエスキモー・アイスクリーム。

写真撮るベニーさん。

キングーサーモン焼けた!


こうやってスモークするのよ。

夏に村に帰っていた時に撮った写真を見せてくれる。

子供たち怪しく着飾って行き来。
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オゾンの穴、本当のところどうなんだろうね

2013-08-18 06:17:55 | 思うに
「なんでママいつも帽子被ってるの? 今日なんて曇りなのに」
「曇りの日でもね紫外線の強さはそうそう変わらないのよ。しかもアラスカは日本の7倍のUVとも言われていてね」と口にした途端、
「そんなわけないよ。UVは赤道が一番強くて極に向かって弱くなっていく。オゾン層の穴のせいというのなら、南極ほどこちらは深刻でもないはず。確か人の住むような場所までは穴広がってないんだと思うよ」と長男。

「日本の七倍の紫外線」、こちらの日本人の間で聞くことのあるこの情報(日本の新聞に載っていたということだったか、私もその記事見たことあるような記憶があるのですが、曖昧です)、先日このブログにも書いてしまったのですが、そう言われると本当のところはどうなのだろうと、子供たちと少し調べてみました。

確かに極に向かうほど、UVは弱くなるので、問題はオゾン層の穴ということになるのでしょう。

気温がマイナス80度ほどになると、大気にたまったフロンが活性化してオゾン層を破壊し始めるわけですが、南極は北極より低音となりその低温状態も長く続くため、穴が大きいそう。それで北極ではオゾン層破壊はないだろうと予測されていたのですが、2011年に北極に大規模な穴が発見されてしまう。温室効果現象など温暖化により、極付近が極度に冷えたことが(温暖化は極へは「気温低下」として影響するそう)原因と言われているようです。

また北極は南極と違い、気流の動きが活発なため穴の変化も大きく、数時間小さな穴があちらにできこちらにできまた閉じ、といったような南極には見られない特徴もあるそう。そのため短期間に一気に大変化ということもあり得るので、こまめに観測し続ける必要があると。

2011年に発見されたその大規模な穴、アラスカに届くほどではないという情報もあれば、「オゾンホールの動きをよく見てみると、北欧やロシア、カナダなど、北極に近い国々を通過しています。人間活動が盛んで人口が集中している場所もあり、今後は、皮膚がんや白内障など、さまざまな対策を進める必要があります」というものも。(時論公論 「北極オゾンホールの意味」2011年10月24日 室山 哲也 解説委員より

これは2011年の記事ですが、今年の冬も記録的な寒さが続いたと言われるし、穴、広がっていないといいのですが。

こう調べてみると、「日本の七倍」という数字がどこから出てきたのかは分からないのですが、どちらにしても、やはり何らかの紫外線対策はしておいた方がいいのかもしれません。といってさんさん太陽の夏は終わり、これから暗く長い冬へ突入といったところ。雪の反射などもあるでしょうが、来年の夏に向け、覚えておきたいです。


最後に、オゾン層の穴を止めるための対策について(上記の時論公論より):

1.これからも北極上空の観測を続けること。オゾン層の破壊など、大気の変化は長期間観測を続けないとわからないことが多く、そのデータに基づいて初めて対策が可能になるため。

2.フロンの後処理をきちんと進めること。フロンは、古いエアコンや冷蔵庫、断熱材などを廃棄するとき、熱を加えれば壊すことができる。最近、特に開発途上国でフロンの熱処理を怠っているケースがある。大気中にフロンを増やさないために、国際的な協力を進める必要がある。

3.温暖化対策。今、CO2などの温室効果ガスは、新興国を中心に急増。世界各国は、今後、化石燃料の使用を控え、省エネ対策を進め、地球温暖化を食い止める必要がある。フロンは、実は、二酸化炭素の数千倍もの温室効果を持っている。オゾンホールの問題を解決することは、温暖化を解決することにもつながる。



アンテナを張りつつ、自分達にできることから。
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屋内空気清浄化プロジェクト!

2013-07-28 08:16:02 | 思うに
去年の冬頃から、家の中の空気が良くないと言い出した夫。出張から帰宅したとたん、咳を始めたりということも。カビが原因なのじゃないかと、バスルームの隅などに見られるものを、カビ研究所なるものに送って調べたりもしたのですが、家屋によく見られる「普通のカビ」とのこと。

カビ研究所によると、それら「普通のカビ」が起こしうる症状として、「ハイパーセンシティビティー」なども含まれていて、夫曰く多分自分はそれなのじゃないかと。そして一旦そうなってしまうと、清浄な空気の中で過ごし癒す必要があると。今まで周りが花粉症!と騒いでいても、一人へっちゃらだった夫、今回は逆で症状が出ているのは夫のみ。

窓のさんが少し黒ずんだり、バスルームの隅に出てくるカビ以外には、どこにもカビは見当たらないのですが、見えるところはふき取ればいいものの、古い家は壁の中にびっしりカビが生えていることもあると聞いたり。

まあ本当にカビが原因かは定かではないのですが、とにかくこの家には何かあると感じる夫。確かに60年代前の建物には、アスベストや鉛が使われているわけですが。引越しも考えたのですが、去年の夏引っ越したばかり! それにこの大家族が入り込める物件をそうそう見つけることも困難。

幸いこちらは外に一歩出れば澄み切った空気。夏は窓を開け放つことで問題なしなのですが、冬はそうもいきません。締め切って何ヶ月も生活することに。


さてどうしたものか・・・。そこで冬に向け何とかしていこうと少しずつリサーチを始めました。そして見つけたのが、NASAのClean Air Study。その中でも「植物がいかに空気をきれいにするか」について。

これは宇宙ステーションの空気をきれいにするための研究としてとして始められたもので、どの植物がどんな化学物質を吸収するか、どの植物か酸素を多く排出するかなどがまとめられています。この研究に基づいた、こんな実験もTEDにまとめられています

この講演によると、インド、デリーで大気汚染のため肺機能が低下したKamal Meattle氏が、職場にNASAの研究に基づき特定の植物をおいたところ、自身が回復しただけでなく、他の職場に比べ、雇用者全体の目の不快さ、頭痛、呼吸器系機能の改善がみられたと。そしてインド政府にもデリーで最も空気がきれいな建物と認定され、その実験結果が2008年9月に出版され、政府公式サイトにも掲載されていると。

その「特定の植物」というのが、Areca palm、 Sansevieria, Money plantの3つ。前の2つは主に酸素を多く放出し、3つ目は化学物質を吸収するのだそう。

そこで、この3つ、そして、他にもNASAの研究でトップリストにある植物を少しずつ集めています。これが冬に向けての我が家の「屋内空気清浄化プロジェクト!」です。(笑)

他に覚えておきたいことなど整理すると:

NASAの実験についての批判として、締め切った個室で化学物質を含んだ風を2時間吹きつけ、どれほど吸収されるかと測定したため、普通の家屋で空気の動きのないところに植物を置いた状態でも同じように吸収するのか?というものがあるのですが、その点も考慮し、風の吹き出る空気清浄機のそばに植物を置いてみたり。(笑)

・面白いことに、光合成により葉から酸素が放出されるのかと思いきや、酸素排出には土のオーガニズムが大きく関わっているそうで、土の表面積がなるべく広くむき出しになるよう注意するといいということ。

・Money plantをMoney treeと間違え購入し、返品なんて出来事も。ボタニカル名をしっかりとさせておくのが大切ですね。ちなみにMoney plantのボタニカル名はPachira aquatica。

170 ㎡(1,800-square-foot)の部屋に15から18の直径20センチほどの鉢の植物を置くのが目安とNASA。Kamal Meattle氏によると、夜酸素を放出するSansevieriaは寝室に腰までの高さのものを1人につき6鉢ぐらい!が目安と。

管理が面倒なものも。例えば、Areca PalmはKamal Meattle氏によると、一日一度葉を拭く必要がある。

・空気清浄のほかにも、加湿効果のある植物もあり、乾燥冬のアラスカにはもってこい。

・虫が発生したら? それこそ土の中のカビはどうなるんでしょうか? という疑問も。おいおい調べていきます


ところで、その効果は? 先のインドでの実験が15年かけての結果に対し、こちらはまだ何ヶ月かといったところで、効果も何もないともいえるのですが、それでもプラシーボ効果なのか、よくなってきてる気がすると夫。実験・リサーチ続けます。

空気の清浄もですが、緑が身近に溢れているというの、なんだか心が落ち着きますね。

春先には、家の中、ジャングルになってたりして・・・。


グリーンハウスへ植物ハント。

この日の収穫は、

Peace Lilyと、

花が素敵

Philodendron。


返品するMoney tree。Money plantはこんな風に幹がねじれておらず、葉っぱももっと丸っこい。


Areca Palm


Areca Palmを拭く次男と三女。

「植物拭く」、子供達のお手伝いリストに加わりました。(笑) 子供達、一つ一つに名前つけてます・・・。

プロジェクト前から家にあり、調べて空気清浄植物としてトップに来ていると分かった、Spider plant。


Sansevieria

姑の舌(Mother-in-law's tongue)や、スネーク・プラントとも知られている。すごい名前!
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彼女の静けさに学ぶ

2013-07-28 08:12:33 | 思うに
夏休み、こつこつと数学の勉強を続けている長女。週の初め、長男のクラスメートの数学大得意な女の子が、長女の勉強の様子を見てくれることに。中学の様子などの話も聞ける機会と、喜んで出かける長女。一時間半ほどテキストを覗き合いながら、これをもっと強くしたほうがいい、これは重要よ、とアドバイスもらい満足顔。

長男が小学校一年のときから一緒のクラスメート。アジア系のご両親とも長い付き合い。お母さんはフルタイムで専門職につき、いつもそれはそれは忙しそうに走り回っている。この日も、他州での武道の大会に二人の子供さんが参加した後、少しだけバケーションを楽しみ、帰宅した翌日というのに是非来てとおっしゃるので少しだけお邪魔させていただいたのだけれど、夜中に帰宅しそのまま一日中仕事して戻ったところと。しかも三週間前に引っ越したという家の中は、すっかりきれいさっぱり片付いている。お手伝いさんがいるということでもなく自分たちで片付け。

長男長女も低学年の時同じ武道を習っていたのだけれど、興味を示した娘さんに習わせてみようかしらと言うので、道場を紹介し一緒に練習に通っていたこともあった。そこで娘さんの習得の早さを目の当たりに。先生が模範を示し、家も含めほとんどの子供が左右を間違えたり、手と足のタイミングがなかなか合わなかったりとしているなか、低学年の娘ちゃん、だいたい一回見るだけですっと真似できていた。

娘さんと五歳下の息子君、だいたい何につけてもこういった調子で、学校でも学校外でも大活躍。勉強なども飛びぬけてでき(中学で高校数学終え低学年で小学校算数終える勢い)、先週の武道の大会ではなんと息子君が全米一位に! お姉さんのピアノの腕も州トップレベル。

かといってご両親とも得意げになることもなくいつも気さくで親切。武道全米一位も、去年は四位だったなんてすごい!と口にして初めて、実は今年はゴールドだったのよと。まるで今日は天気がいいわね、というような口調で。

「あのね、いつも思うんだけど、ホントあれもこれもなんでそんなにできちゃうの。子供ちゃんたち二人とも何から何まで大活躍、それに引っ越したばかり旅から帰ったばかりで何でこんなに片付いてるわけ! しかも一日中外で仕事してて!」

そんなことをぽかんと口を開けて言う私の横で、お母さん、ただ、はははと笑っている。

家族で大変な体験を通っていた時期もあり、ダウンもアップも近くで見てきているのですが、彼女に接していつも思うのは、ただ、その時その時、精一杯で進むのみという姿勢。雑念がない。本当に大変そうだったときも、息子君が全米一位のトロフィーを手にしたときも、同じ笑顔の彼女。私だったら、どん底で泣き喚き手足ばたばたさせ、メダル片手に舞い上がり天井に頭をぶつけと、そんな無駄な動きでくったくたになってるんじゃないだろうか。

彼女の静けさに、いつも学ばせてもらっています。
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