靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

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近況整理、サンタファンタジーが心に刻むもの

2013-12-29 07:30:03 | 今週の整理
1.いよいよ今年も終わりですねえ。一年を振り返り、来年の抱負を思い。大きな怪我もなく病気もなく年末を迎えられることに感謝です。そしてブログを訪ねて下さる皆様、こうして思いや体験をシェアさせていただけること、本当にありがとうございます。これからも少しずつ書き続け、積み重ねていきます! 



.マイナス二十度近くになる日が続いているのですが、毎日一度は外に出たりと身体を動かすようにしてます。一日の予定がずれこみ、夜そりに出かけるなんて日もありましたが(これがなかなか楽しかった)。おかげさまでよく寝られます、というか、いつもより一時間は多く寝ないと持ちません。(笑) もう潔く、「早朝の一人の静かな時間」諦め、走り回ってます! 冬休み、期間限定ですものね。

 

.若かりし頃履いていたズボンをクローゼットの奥に見つけ。「これいいじゃな~い?」と子供達の前へ。すると、大ブーンイング。すごすごと着替えに戻り。しばらくして台所に一人でいると、次男四歳が寄ってきて耳元でささやく、「ママ、僕あのズボン、大好きだよ」、私の足をそっとなでながら。もう孫気分炸裂です。(笑)
 


.家では今までクリスマスにプレゼントを渡すものの、サンタクロースがプレゼントを持ってくるというファンタジーをすることなくきているのですが、周りのお友達の話から、サンタクロースを信じている三女と次男。

 そこで去年ぐらいから上三人主導で、あれやこれや工夫することに。プレゼントを包み、風呂場に隠し、明け方ツリーの下へ。朝目が覚め、プレゼントを見つけ大はしゃぎの三女と次男。「台所を歩き回る音が聞こえたの! 冷蔵庫を開けてた!(冷蔵庫を見に走る) あ~~!サンタさんヨーグルト食べたあ~!」

 ツリーもこちらの家では見かけることのないほど小さなもので(50センチほど)、遊びに来た子供達のお友達が「えっ、これ?」と絶句したり。そんなこんなんで「クリスマスするの?」と訝しがられることも。そんな様子ではありますが、プレゼント交換し、プレゼントで遊び、ゲームして、散歩に出かけ、我が家なりにゆったりといいクリスマスでした



.サンタクロースのファンタジーを子供達が信じる助けをするということについて、ああそういうことかと納得した考え方があります。サンタさんがトナカイに引かれそりに乗って空を駆け巡り、皆が寝静まる真夜中に煙突や窓から訪ねて来て、プレゼントを置いていってくれる、そうこの日を指折り数え、心待ちにする子供達。このわくわくと楽しい気持ち、日常を超えたところで誰かが見守ってくれ願いを聞き入れてくれるという感覚、受け取る喜び、サンタさんありがとうという気持ち、それらの体験は、例え大きくなりサンタが実は親だったと分かったとしても、生き生きとした喜び溢れる思い出として心に深く残る。この「感覚の体験」こそが、かけがえのないものだという考え方

 上の三人は、より「ハヌカ」に力を入れていたこともあり、また違った体験を積み重ねてきたわけですが、三女と次男には、来年からもサンタ・ファンタジーを続けていこうかな、そう思っています。



5.今日はこれから食料を買出しに行き、「詩と俳句の会」の忘年会が友人宅で。闇鍋! 子供達がとても楽しみにしていて。色々案を出すのですが、「食べ物」という最低ラインはクリアーしようね、と頷き合い。(笑) さてさて、楽しみです! 御節作りの日も間近!


日本ではあと二日!こちらはあと三日! 

年末年始、はじけた時をお過ごし下さい!

Have a wonderful week!




夜もそりです。


ひゃっほ~!


よいしょよいしょ。



トラだったり、


ツリーだったりのクラフトも。

BY 次女

巻き寿司や、


タコスも作って。


クリスマスブレッド!



三女大好物ざくろの芽が出ないかと育ててみたり、


友達家族とピザ食べたり、



朝から長男と次男ごそごそ。


こうして、


こうして、


とミニカーのトラック作り。




クリスマスイブは、大はしゃぎで五人並んでおやすみなさい!
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成長は横ばいだったり下がったり

2013-12-29 07:28:32 | 子育てノート
冬休み子供達と一日中密に過ごしているのですが、日々接する上で、覚えておきたい大切なことを一つ整理。

子供達を見ていると、すっと初めからできないということが多くあります。

それは何も難しいことだけでなく、シンプルな例をそのままあてはめて問題を解いてみるとか、シンプルなインストラクションを理解して何かをするとか、シンプルな楽譜そのままにピアノを弾いてみるなどもです。

えっ?なんでこんなことができないの? とぎょっとして周りを見回すと、多くの子はさらりとできてしまっていたり。

それでも、ああこの子には無理なんだなと諦めた頃、突然できていたりすることがあります。

四人見てくださった小学校の先生も、同じようなことを言っていました。

「ああこの子には難しすぎるのかな、何度言ってもどうしても分からないのかな。そう思ったら次の日突然全部できていたりするのよね」


つくづく思うのは、子供が何かをできるようになるプロセスというのは、大人が思うほど単純じゃないということ。

線にするとこんなイメージ:

一直線に上へ向かって伸びていくわけじゃない。変化がないように見えたり時に下がったりもして、ちょっとずつ伸びていく。そしてこの横ばいになったり、下降したりの時期というのは、より深く潜りより根本から「分かろう」としている時期だったりもするんだな、子供たちの変化を何度も目の当たりにする内に、徐々にそう思うようになりました。

それでも1や2や3の時点で、多くの場合、「ああもうこの子はだめだ」と諦めてしまう。

この成長の波が、決められた時期にある試験や発表に間に合わないことも確かにあるかもしれない。そんな時は、「あなたはこんな程度ですよ」といった「結果」を手にすることになり。そんな結果の連続に、ああ自分はこの程度なんだなと思い込んでしまい。

それでも「結果」は成長の「過程」なのだと、歩き続けていくこと。親は子供達がもらってくるレッテルを剥がし続け、まだまだ先があるのよと励ましその子の持てる最大限の地点にたどり着けるようサポートしていくためにいる。

長い目で、見守っていきたいです。
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自分のしたい!と周りのしたい!

2013-12-29 07:28:30 | 子育てノート
冬休みの大まかな予定を学校最終日の夜話し合い。そり、スキー、スケートなどとにかく一度は出かけることにしよう、出かける前に済ませておくこと、夜することは何かを確認、そして忘年会や御節作りなどのイベントと共に、カレンダーに書き込む。

毎晩、その大まかな計画をより煮詰める話し合い。明日の朝ごはんはパンケーキ、オムレツ、フレンチトースト、クレープ、ポリッジ、シリアルが食べたい! どこに何をしに何時に出かけたい!

五人、これが見事にばらばらで。食事などは出されたものは文句言わずに食べると確認し合ってあるので、話し合わずに「では食べましょう」と出してしまうこともよくあります。

問題は、どこに何をしに出かけるか。

ちょっとだけ出かけることにして、家でゆっくり過ごしたい。ちょっと気合の入ったアドベンチャーをしたい。あの坂はそりには急すぎる、こっちの坂は緩すぎる、あの湖は込んでいる、この湖はスケートには小さすぎる。あのトレールは長すぎ、このトレールは短すぎ。

年齢も違い、満足する運動量も違う五人、なかなか「ここにこれ!」と皆が同意するのは難しい。

それでも「話し合い」のいいところは、子供一人一人が主体的になれること。今日はこうします、と親が決めた予定を差し出されるよりも、自分が決めたことだと、準備も意欲的で、楽しみ方も違う。また何かうまくいかないことが起こっても、部外者の心持で人のせいにせず、今度はどうしたらいいだろう?と考えていける。

話し合いの基本として同意しているのが:

1.自分の意向を整理して表す

2.相手を理解しようとする

3.自分と相手が共に納得する着地点を見出そうとする



例えば、

まずは意向を出し合います。

A:スケートに行こう! 

B:私はクロスカントリースキーがいい!

C:家の近くの湖に散歩に行って、後は家でゆっくりしようよ。

D:そりがしたい!


次に互いにどうしてそうしたいのか、より整理して表すようにします。

A:昨日行きたかったけれど、雪が降ったばかりで湖の雪かきが追いついていなかったじゃない? 明日はもうきれいになっているはず。

B:先週行って、靴がきつくてうまく滑れなかったもの。

C:本ゆっくり読みたい。

D:この前行った時、とっても楽しかったから!


そしてなるべく相手の立場気持ちにたって、相手の意向を理解しようとしてみます。その上で、皆が納得できる着地点はないかと模索。

結局、この日は、

きつい靴を店に取替えに行ってから湖に行く、
スケートは長くてせいぜい三時間程の外出、帰ってきてから寝るまでだって五時間以上はあるから、それから本をゆっくり読む、
そりへ行ったのは三日前、スケートは五日前だから、そりはまた明日以降に。

と決定。皆それなりにそれぞれの意向が満たされ、満足のようでした。



自分のしたい!と周りのしたい!

自分の主張だけを通そうとするだけでなく、自分を抑えて周りに合わすだけでもなく、

共に納得できる着地点を見出そうとすること。



毎日が練習の機会です。
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ランタンと雪の夜道

2013-12-29 07:27:35 | 風景・散歩・旅
ネイチャーセンター近くのトレールにて、ランタン持って夜道を行こうというイベント。

入口で松明のパフォーマンス。


うわあ!


こんなランタン持ってね、出発!


道の端に、

こんな、


キャンドルが、


並び、


それはそれは幻想的で。


折り返し地点では、焚き火の炎勢いよく、

火の精なる装いをした人が。

こんなテントに、


持ち寄られたスナックも!


雪道に、

光と闇を楽しみました。


氷の輝き!
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俳句、恒星の死して輝く雪夜かな

2013-12-29 07:27:17 | 詩・フィクション・ノンフィクション・俳句
「雪百句」年内に百句を!ということで句を出し合ってきたのですが、九十九句まできて、最後の一句、遠慮の塊状態になってます。(笑) リフレッシュな俳句週間をありがとうございました!

私の拙い俳句に感想のコメントを下さるヨーキさんの短歌のお師匠さん、八十八歳だそう! そのお師匠さん、ますます今年に入ってからも磨きがかかり、いくつかの歌が入選を果たされているそう。

八十八、それぐらいになって、やっと肩の力が抜けたいい句が作れるようになるのかもしれないなあ、そんなことを思ったり。八十八といえば、まだ折り返し地点にも届いていない! まだまだこれからこれから、何だか楽しくなってきますね。


「雪百句」参加句  byマチカ:

真っ青な地球の話外は雪
         
立居地を思ひはかりし雪煙

雪面を走って綴る頭文字





太陽が月を孕みて雪の空 

まっさらな雪踏みしめて森の中        

来し方を白く塗り替え雪の朝       

恒星の死して輝く雪夜かな       
    

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言葉と情熱の責任について

2013-12-29 07:27:06 | ファミリーディナートピック
言葉と情熱の責任について("God's arrow"by YY Jacobsonを参考に):

タルムードにある賢人達のディベート。

火を燈し、その火が広がり、隣の敷地まで及び被害を出してしまう。

この時の火は「矢」のようなものか? それとも「所有物(property)」のようなものか?

1.矢のようなものであり、放った者、燈した者に全責任がある。

2.所有物のようなものであり、所有者としての責任がある。


例えば広がる火によって死者が出た場合、矢を放って直接殺したと捉えられるか、所有する飼い犬が殺したと捉えられるかでは、罪は罪でもその重さは違ってくる。

どちらが正しいかについて、何千年もの間議論されている。


ここでは、それぞれの立場から学べることを:

.矢も火も、放ち、燈した瞬間に、その行為を行った者に全責任がある。例え燃え盛る火に自ら命を落とし、隣の敷地の人々に被害が及んだ時点で生きていないとしても、罪は、火を燈した瞬間にある。

「矢」と「火」は、「言葉」と「情熱」にも喩えられる。一旦言葉を放つならば、どんなに本人の意図と異なり広がろうが、その言葉を放った者に全責任がある。情熱も同じ。何かに燃える情熱を持ち、それがあらぬ方向へと燃え上がることになろうとも、情熱に火をつけた時点で、その全責任を負う。

言葉と情熱、放ち燈す時点で、その責任を自覚していること。


.矢(言葉)も火(情熱)も、飼い主の意図に反して凶暴化してしまう飼い犬になり得る。それでも言葉も情熱も源では「神」によって創られる。神が所有者で人はその所有物を使う者「仮の所有者」でもある。そして「神」と人との違いは、一旦放たれ燈された矢も火も「神」ならば、取り戻しコントロールできるということ。誤った言葉溢れ、誤った方向へと燃え上がる情熱、それら人のコントロールを超えたものを、人としてのできる限りの最善を尽くしガードし、後は委ねるという気持ちを持ってみる。自らの全責任を自覚し行動を起こしつつ、あとは天命にまかせるという姿勢。

1と2、どちらが正しいというよりも、どちらもまた違った側面の「真」を表し、それぞれに学ぶべき知恵が含まれている。


言葉も情熱も、用いる方向によって、とてつもなくポジティブなものを創りあげることができる。情熱なくしては、何も成し遂げることはできない。方向を見定め人事を尽くしたところで、委ねるという気持ち、覚えておこうねと話し合った夜でした。
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「喜びに蹴つまずく」

2013-12-29 07:26:54 | 引用
Hafizの詩、その出会いから、少し特別な思い入れがあるということもあるのでしょうが、今でも時々手に取り、何度も読み返しては、心の奥底からuplift。(「ある体験、ある詩集との出会い」)

年を経るごとに、彼の一つ一つの詩が、より深く響くようになってきました。

彼の詩は、ホントもう能天気と思えるほど、喜びと希望と明るさに満ちている。彼の「いたところ」は、きっと本当にそうだったのでしょうね。


Tripping over Joy


What is the difference

Between your experience of Existence

And that of saint?


The saint knows

That the spiritual path

Is a sublime chess game with God

And that the Beloved

Has just made such a Fantastic Move


That the saint is now continually

Tripping over Joy

And bursting out in Laughter

And saying, "I Surrender!"


Whereas, my dear,

I am afraid you still think


You have a thousand serious moves.




日本語にしてみます:

喜びにけつまずく


「その存在」の体験について、

あなたと聖人との違いは何だろう?


聖人は、霊的な道というのは

崇高な神とのチェスのゲームのようなものだと知っている


そしてその愛しい存在である神は、今ちょうど素晴らしい手を打った


聖人は、喜びに果てしなくけつまづき続けている

そして笑い転げて言う、「降参です!」


ところが、親愛なるあなたがた、

言うのもはばかれるのですが


あなたはまだ何千もの深刻な「うつ手」があると思っているのです。



真剣真摯精一杯でありながら、深刻に陥らない、そう自分に周りに声をかけつつ。
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子育てノート、風刺について

2013-12-29 07:26:41 | 子育てノート
ティーンやプレティーンのジョーク、風刺を含んだ少しひねったものが増えてきた。


風刺というのは、普段当たり前に感じている風景を違う角度から捉え、その滑稽さを明らかにしようとする試みと言えるだろう。


私自身、風刺を連ね、ニヒルに毒づいているだけの時期が長いことあった。風刺が実際に行為を起こす力を弱める「ガス抜き」となり、ここぞと言う時に真摯に突破する行為をそぎ落としていた。

ニヒルの奥には、とてつもなく弱く傷つきやすく震える心がある。


風刺が「気づく入口」であること、そこから長い道のりを真摯に歩く、笑いに力をもらいつつ。


あと、弱者への風刺も何らポジティブな力を生み出さない。


親の風刺、体制の風刺、世間一般の風刺、より力を持って見えるものの滑稽さを浮かび上がらせる風刺。それらで緩め、元気を取り戻しつつも、実際に行為を起こす!

そんな話を子供達と。
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スキーにそりに冬休み

2013-12-28 23:59:17 | 風景・散歩・旅
湖にスケート!


す~いすい。


競う六歳児達。


雪の壁によじ登り、


雪玉投げ合って。



近所の湖に、クロスカントリー!


湖に面した家の前にはこんな手作りスケート場も。


夕焼けに向かって。


マイナス20度、

まつげも、


髪にまとわりつく吐息も凍ります!

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近況整理、日常にインスピレーションを散りばめて

2013-12-22 06:08:58 | 今週の整理
1.冬休み、始まりました~! 昨日はそり、今日はスケート、明日はスキーと、とにかく一日一度は外に出るように。すると、家の中落ち着きます。



2.五人密に暮らしていると、兄弟姉妹間で不快なことも互いにしょっちゅう。静かに本を読みたいのに、隣で鼻歌を歌っている。集中したいのに、テーブルの反対側でガタガタと足でリズムをとっている。音楽のボリュームを私は下げて欲しい僕は上げて欲しい。むしゃくしゃするのに、脳天気な質問をされる。すがすがしい気持ちなのに、イライラした態度で投げやりな言葉を投げかけられる。

カチンときても、まずは言い方に気をつけようと話し合い。身近に毎日顔を合わせていると、外では絶対そんな言い方しないよね、というようなひどい言い方をしてしまえるもの。「たか」が外れ過ぎてきたら、「大好きな仲良し友達」に接する基準を思い出してみる。

と言いながら、これは親として配偶者としても言えることだなあとつくづく。外で「ちょっとお、何度言ったら分かるわけえ?」「あんたら、うるさ~~い!」とか決して言わないわけで。緩み過ぎたら、「大好きな友人」への基準を思い出してみます。(笑)



3.最近、長女と次女が鼻の下の産毛を「ひげ」だと気にしてまして。クリスマスプレゼントにサロンで脱毛して欲しいと言ってきたり。目を凝らさないと見えない程度なのですが、年頃なんですねえ。こういう「美」もあるのだよと、フリーダカーロの肖像画など見せてみたり。こ、こんな価値観があったのかと少しショックだったようです。(笑) 



4.「うわあ、引き締まってダイエット成功したんですね!」と久しぶりに出会った知り合いに声をかけると、「今キーモセラピーを受けててね」と返事が返ってきた。数ヶ月前に癌が見つかったのだそう。言葉を失う私に、いつもの優しい笑顔で、「おかげさまで調子よくてね。でも髪の毛こんな風だけれどね」と帽子を脱いで肌の見える頭を見せてくれる。免疫力が落ちているので、人込みを避けた方がいいと言われているし、食べられるものも限られているから、このホリデーシーズンは娘と教会の後部座席で静かに過ごそうと思ってねと。幸い治る確率の随分と高い箇所、「私は全く大丈夫だよ」と、こちらが元気付けられてしまった。祈りを込めて



5.毎週のファミリーディナーでは、家族の名前を書いた紙の入ったバスケットを回し、手に取った紙に書かれた家族のメンバーについて、いいと思うことや感謝の気持ちを言い合うということをすることがある。
 
昨夜私がひいたのは「長女」。あなたのこういうところを尊敬している、私自身もあなたのこういうところを見習いたい、これからもどんどん羽ばたいていくと確信している、いつも下の子達の面倒見てくれてありがとうね、というようなことを伝える。

 長女が、ありがとママ、とても「スピリッチュアル」だったと。

 これまでの子供達を見ていると、どうも心がインスパイヤーされるような感覚を、「スピリッチュアル」と呼んでいるように思う。

 霊的なことや日常を越えたところにある何かだけでなく、日々の暮らしや生活にそんな「スピリッチュアル」な瞬間が散りばめられたらな、そう思いつつ。


来年までNPOは休み、今日は湖にスケートに、夜はネイチャーセンターのランタンウォーク(ランタンもって雪のトレールを歩く)に、長男はロボティックス。明日はクロスカントリースキー!

クリスマス間近、新年までもう少し!

皆様の一週間が素晴らしいものでありますように!

Have a wonderful week!



日常生活:

マイナス20度の中、次女コーラス部、クリスマスキャロル歌う!


カップケーキ!この色!すっかり家もアメリカン!(紫のケーキだってもう慣れっこ)

次女30日が誕生日なので学校最終日に一足早くクラスでお祝い。(誕生日にはケーキなどクラス分差し入れていいことになっている)


中学組は、マシュマロいくつ口に入れられるか、ゼリーをどれだけ口でつかめるかなどのシリー(滑稽な)競技会が学校をあげてあり。

黄組、赤組で朝ごはん。

チームカラーを着てくることになっていた。

三女のクラスでは、ポトラックの後、お菓子の家作り。


次男も参加!


なかなかの迫力。


さすがアラスカン、角砂糖を見れば、

イグルーが作りたくなるクラスメート。


その後の本読み時間にも、次男まったり参加。

こちらの学校、床に座ったり、寝ころびながらだったり。(笑)


冬休み初日、お友達と、そり!


そりなくてもいけるつるつるさ。


こうして絡み合いながら坂を何度も落ちていきました。


こんなシャレーで、


スナック食べて、走り回って、


詰められて。


毎日親も子も良く寝られそうです。(笑)
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次女スペリングビー、「学習の穴」について

2013-12-22 06:08:02 | 子育てノート
四年生次女がスペリングビー(スペルの正しさを競うコンテスト)のクラス代表二人の内の一人に選ばれた。クラス内で勝ち抜き戦をし、最後に残った五人で放課までもつれこんでの激戦の末。

フォトグラフィックメモリーを持つクラスメートもいる中で、よく頑張ったなあと思う。

スタディーガイドとして事前に渡された450の単語リストには、hoi polloi, fait accompli, sotto voce, ventriloquy, chiffonade, aphasia, encryption, pyrotechnics, epizootic, cephalopod, anthropomorphicなど聞いたこともない単語が並び、一緒に練習するにも「ママの発音じゃ分からない!」と、音声付電子辞書片手に自分で二週間ほど勉強していました。勝ち抜き選では、リスト以外の単語も出されたそう。


 次女の最近の様子なのですが、「学習面の穴」(全体的な彼女の様子から、必ずできるだろうはずのことができなかったりする)への懸念から始まった今学年、カリキュラムが今年から変わり、より複雑な文章題や概念の理解が重視されるようになった算数も、今のところ順調、他の読解面も、自分から本を読むようになるにつれ(学校の課題などでは結構な量読んできてはいたのですが)、穴が目立たなくなってきているようです。(「サポートし続けるということ」

これまでの彼女を観てきて、この「穴」の原因になっていると感じるのが以下の二つです。

1.ピントがうまく合わない。細か過ぎて全体が見えなかったり、全体の流れを見過ぎて細部がつじつま合わなく見えてしまったり。

2.メンタル面。「できない・分からない」ことに面した時の動揺の大きさ。


は、例えば今週、クラスでお友達とプレゼント交換するということで担任の先生からもらってきたニュースレター:

Day 2: Bring some small gifts、such as cards or handmade things.
Day 3: Prepare some gifts (less than $10.00)


二日目の「カード」には「手作り」と書かれていないので、カードは手作りじゃない方がいいのだろうか、ということは、それも含めてそして他の「some small gifts 」も含めて「10ドル以下」にする必要があるのか、そう真剣に混乱してフラストレーションを感じていて。玩具屋でこの文章を前に、結構長い間諭しなだめのやりとり。

少しでも矛盾していると、前へ進めなくなってしまうようなところがあります。算数の文章題などでも、文章を区切るコンマの使い方などにつまづき、意味が分からなくなってしまったり。本を読むのが億劫なのも、こうした理由が大きかったように思います。少しでもつじつまが合わなくなってくると、堪えられなくて投げ出す。

それでも、最近では自分から本に手を伸ばすようにもなり(「パーシージャクソンシリーズ」にはまりました)、こうしてより多くの文章に触れるこで、細部でつまずいても、全体的に感じ取り次へ進むことができるようになるのかなと。


については、深呼吸して、すぐに分からなくてもいい、と言い聞かせるようにし。キーワードを書き出してみたり、図にしてみたり、またひとまず次へいってみることで徐々に分かってくることもあると。

 私自身の態度を変えたのも大きかったと感じてます。あれをしながらこれをしながらの片手間に宿題などを聞かれ、すぐに分からないとこちらまでイラっとし「何で分からないの!」となってしまったり(特にこちらが当たり前に感じることに混乱しているように見える時など)。そして「家では」感情表現激しい彼女の爆発に、またこちらも爆発。彼女に向き合う時は、とにかく落ち着くようにとまずは私自身に言い聞かせ、「分からなくてもいい、分かるまでゆっくり時間をかけて向かおう」と声をかけながら一緒に座ってじっくり向き合う。本人、随分と落ち着いて根気良く課題に向かえるようになりました。



 夫からの遺伝率、そして彼女の「読解が弱く見える」ことから、ディスレクシアを思ったのですが、よく言われる文字がひっくり返って見える、スペルが弱いというのともまた違い。「ディスレクシア」にも本当に様々な症状があるようで、重度のディスレクシアとされた夫の文章の読み方も、少し次女に似たようなところがあります、ピントの合わせ方が不器用。

 大切なのは、どうサポートしていけるか、花開かせていくかということで。「ディスレクシア」という分類がその助けとなるのならば、活用させていただきたい、そんな気持ちです。

 子供達を見ていてつくづく思うのは、子供によって本当に得て不得手が様々だということ。長男はスペル苦手、クラスでのスペリングビー勝ち抜き選はいつも一ラウンドでアウト状態。スペルテストなどは範囲が決められ注意を払うからできるものの、何気なく書いた文章などスペルミス続出。一方、読解力が強く、複雑な概念を操ることができる。

長女は、凹目につかず、生活面から何から全体的に満遍ない。

三女と次男はこれからどういった傾向を表すのか、覚悟しつつ、楽しみでもあります。


 一月の学校のスペリングビーに向け、次女うきうきで張り切っています。兄弟姉妹真ん中で、普段どうしても上と下の間に隠れてしまいがちなのですが、こういう晴れ舞台が彼女にも与えられて、よかったなと感謝してます。五年生六年生強豪相手、また一つ、いい体験です!
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親同士の話し合い、Do not take it personal

2013-12-22 06:07:31 | 思うに
こちらの小学校、冬休み前と学年度終わりに、生徒側から先生へ何かプレゼントする光景というのがよくみられます。五十ドル(約五千円)以上になると、先生は学校側へ報告する義務があるので、それ以下のものを選ぶ方が多いようです。

といって家では、そんな高価なものをお渡ししたことはなく、いつもチョコレートやクッキーや切花やキャンドルなどに、子供達手作りのカードを添えて。子供達の感謝の気持ちを、少しでも形にできたらなという気持ちです。先生方、必ず欠かさず休み中の間にお礼の手紙を送ってくださいます。「何て美味しいチョコレートだったでしょう」「家族とシェアしていただきましたよ」「あのキャンドルの匂いとてもリラックスできました」などといった手書きの文を添えて。子供達、先生にプレゼントを渡すこの日を、毎年心待ちにしています。



今年、この時期を前に、娘のクラスの一人のお母さんから、「クラスの先生へ一緒にプレゼントしませんか?」というメールが回ってきた。クラス全体に向け提案をしたこのお母さん、他校から新しく入ってきて、また下の子が生まれたばかりでなかなかクラスのボランティアにも入れず、様子がわからないのですがと赤裸々にご自分の状況を説明されていて。

いいアイデア! あれがいいのじゃないかしら、これなら私買いにいけるわよと何人かが即座に返信しメールのやりとりが進む。

しばらく盛り上がっていたところ、一人の方からメール。プレゼントは、もう既に個人で買っている人も多いのじゃないか。こういう形で募ると、強制的に感じてしまう人もいるだろう。家は複数人がこの学校に通ってきたけれど、「一緒にプレゼント」なんていうのは聞いたことがない。毎年皆個人でプレゼントするものと。

それまでの活発なやり取りが一気に静まり。

習い事や他の集まりで指導者に皆でプレゼントというのは、よく聞き、実際に参加したことがありますが、私自身四人通わせてきて、クラスでこういった話が出たのは、確かに初めて。

まあそれでも、皆で購入することで、より実際に長い間有効に使ってもらえるものを渡すことができるだろうし、五十ドルを越え申告することになったとしても、グループならば学校側から「特定の個人への興味の偏り」を懸念されることもないだろうと、私自身は、「提案してくださってありがとう、私も喜んで参加します」とメールを送ったのですが。


こちらは「したい人がしたいことをする」という風潮が強く、グループでしたい人はそうする、個人でしたい人はそうする、とさっぱり進むかのかと思っていたのですが、提案を「強制的」と感じる人もいるのだと、まず驚きました。何だか親しみのある懐かしい感性だなあと思ったり。

結局、やりとりが静まった後、活発にやりとりしていたお母さんの一人から、今回はあまり時間もないので、もし興味がある人がいれば、学年末にもう一度企画しましょうという提案が出。

最初に提案したお母さんも、それがいいアイデアねと同意したところで、「強制的になってしまう」と言ったお母さんも、話し合いをスタートして下さってありがとう、皆さんいい冬休みをお送りくださいねと。

その後は冗談が飛び交い、翌日皆顔を合わせることになったクラスの集まりでも和気藹々な雰囲気。



人付き合いの要の一つに、「Do not Take it Personal(個人的なこととして取らない)」があるなあとつくづく思います。相手は自分のことをこう思ったからこんなことするんだ、ということではなく、全体の問題としてよりよい方向はどうなのかと話し合う。

感じること思うことを率直に言い合い、反対のことを言われたり、自分の意見が通らなくても、「Take Personal」することなく、ニコニコ堂々としている。それには周りに振り回されない、内面的な律や安定、インテグリティーが必要でしょう。

なるべく他を下げないような言い方言い回しを心がけつつ、もし自分が厳しい言い方で面と向かって否定されても、Take Personalしない。

心に留めていきたいです。



今年も、手作りカードに、

(by 次女)

クッキーを添えて!
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「種」を大切にするということ

2013-12-22 06:07:09 | ファミリーディナートピック
今週夫と私が目を通した項目、性的なことでまだ子供には早いかなという内容でした。

そこで今週のファミリーディナートピック、子供達には、「相手も自分も大切にする、自分のエネルギーを大切にする」というようなことについて、表現を変えて話しました。十四歳の長男には個別に話せるといいねと夫と話し合いつつ。


「種」を大切にするということ(”Guarding Your Seed of Eternity” by YY Jabobsonを参考に):

ユダヤの葬式では、亡くなった男性の子孫は、お棺についていってはいけないことになっている。なぜなら、その男性が生かすことのなかった「種」の「子孫(作り出したもの)」全てが、ついていってしまうから。

ただジェイコブのお棺には全ての子孫がついていくことができた。なぜなら、ジェイコブはただの一つの「種」さえも無駄にすることがなかったためとされる。全てが生きた関係、新しい命に結びつく行為のために使われたため。(これは例え実際の命を作り出すことがなくとも。ジェイコブの妻サラには長い間子供ができなかった。もう一人の妻レアとの間には多くの子供がいる)

ユダヤではラビも妻子を持ち、夫婦間の「行為」は最も神性な行為とされる。なぜならそれは、「新しい命を作り出す」という最も「神」に似せた行為であるため。その「神性さ」ゆえに、強烈な喜びを伴う。『トラ』では「一人での行為」は禁じられているのだけれど、それは「夫婦の親密さへ向かうエネルギーを下げることになるため」とされる。また月に七日から十二日程(妻の生理と重なる時期)、夫婦別のベッドに眠り、日中も互いに全く触れてはいけない期間というものも決められている。これも「夫婦間のエネルギーを高める」役割を果たすとされる。

『トラ』には、ジェイコブの亡くなった場面で、「埋める」などの言葉は用いられるものの、一言も「死」という言葉が用いられていないという。アブラハムやアイザックや他の登場人物については「死」という記述があるにも関わらず。

なぜなら、ジェイコブの肉体は朽ちても、「種」は全て生き続けているためと説明される。


ソロモン王の言葉に、「種(semen)は、その者の身体であり、生命力(vitality)であり、目の光。浪費すればするほど、身体や力は減退し、生命力は失われる」[Proverbs 31
:3]というのもある。


むやみめったらに浪費するのでなく、dignityを持って、「生命力を高める使い方」をしていってくれたら、そんなように思うわけですが、長男に伝えるのは夫にまかせます。(笑) いつかそんな話ができる日もくるかなと思いつつ。
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ピアノ発表会幼馴染の活躍、積み重ねるということ

2013-12-22 06:06:27 | 出来事や雑感や (行事)
三女も長女も何とか無事終わり、ほっ。

参加者の発表、楽しみました。習い始めの可愛らしい音色、プログラムの最後の方にもなると、もううっとりと聞きほれる本格的な音色。

その中でも、幼馴染二人の活躍ぶりに圧倒された。毎日のようにプレーデートしていた四歳頃、「ピアノ始めたの!」と弾いて見せてくれた日を思い出す。今はもうすっかりお姉さんになり、中学や高校に通う二人。

その迫力、技術、表現力! 州大会でもここ数年毎年優勝・入賞。

夜遅くなるとうまく弾けないので、学校から帰ってすぐに毎日二時間はピアノに向かうのだそう。もちろん学校からの宿題課題もあるので、寝るのは真夜中近くになる日も多い。それを何年も毎日続けている。その積み重ねの大きさを、ひしひしと感じた。

といって、今のところ音楽の道に進む気はないという二人! 学校の勉強もとても頑張っていて、他のことでキャリアを積みたいのだそう。



長年の仲良し二人の活躍にうっとりの長女。

長女は三年生から初め、三年してやめ、一年半ぶりに今年から戻りとしているのだけれど、中学に入ってからの課題宿題の山、部活、時々ダンスとで、やっぱりピアノは難しかったかなと傍から見ていて思う。先生にも、「音楽を細く長く楽しむというスタンスでお願いします」と伝え、最悪その場だけでもピアノを弾くということに触れられればいいかなと見守ってきた。

と、本人、二人の活躍ぶりに、もう少し自分をプッシュしてみようかなと感じたよう。ただ昔から良くも悪くも何事にも無理しないマイペースな彼女。小さな頃から、遊び途中でも疲れてくると「私寝るから」とベッドへ行くような子だった。今でも睡眠不足という状態には弱く、どんなに切羽詰った状況でも、まずはぐーぐー寝るのを優先している。(学校の勉強だけならば、これでうまくいっているよう。)

ということで、彼女なりに、どんなに忙しくても毎日20分は弾く、と決めたよう。20分ならどんな時にも何とか調整して搾り出せるだろうと。

こうして、こつこつと楽しんでくれたらな、そう思っている。周りから「練習しなさい!」と言われるよりも、こうした身近なお友達を通し本人が何かを感じる、ということの大きさをしみじみ感じつつ。

幼馴染ちゃん達の今までの積み重ねに拍手、そしてこれからも素晴らしい演奏を聴けること楽しみに。



五人揃うの難しい! 次女ぬけ集合写真。


習い始めて四ヶ月の三女、まだ一年生で学校からの宿題もほとんどなく、毎日ゆったりピアノに向かい、少しずつ新しい曲が弾けるようになるの、楽しんでいます!
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雪百句、異界へと続くハイゥエイ雪しまき

2013-12-22 06:05:32 | 詩・フィクション・ノンフィクション・俳句
束の間細切れな俳句なひと時が、リフレッシュになってます。

今週中には百句届きそう!

「雪」を感じ続けたこの三週間でした。



「雪百句」参加句 by マチカ:


優しさを確かめている細雪

淡雪のまつげの先に留まりて

切り立てのポニーテールへぼたん雪

初めての歯の抜けし朝忘れ雪      (忘れ雪:涅槃会(ねはんえ)のころに降るといわれている,降りじまいの雪)    

指先へ寄せる唇雪の華

後悔を雪片に乗せ振り向かず

偽りに気づかない振り雪月夜    

前世では石だったのよと雪の声    

真っ白な雪真っ白な志    

役割を手放してみる雪の夜   

明日への祈りを込めて暮の雪       (暮雪:夕暮れに降る雪)

抱えし荷そっと降ろして小米雪       (小米雪:小米の粒のように細かく、さらさらと降る雪)

異界へと続くハイウェイ雪しまき
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