靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

全員で共に過ごす時間について

2012-01-18 00:57:00 | 子育てノート
子育てに関わる最小単位の集団(家族・親子など)を充実させていくには、集団全員で共に過ごす時間、そして一人一人と向き合う時間、この二つをいかに作り出すかが大きい。

家族全員で共に過ごす時間について。

家の場合は、食事の度に皆で向い合い共に過ごす、ということが難しい。朝はほとんどの場合夫は既に出かけていて私も朝ごはんだ弁当だと台所でばたばた、夜は習い事に宿題、年齢の違う子ども達のリズム、腹をすかせて帰宅する夫、それらをうまく合わせ皆で座れるように食事時間を整える、というわけにはなかなかいかない。車の中で上の子達と食事、ということだってある。「典型的なアメリカの家族」といえるかもしれない。

8年間続けていることに週一度金曜日の夜には必ず皆で揃ってゆったりと食事を楽しむというのがある。最初の数年は難しかった。週の最後で疲れきっていたり、昼寝を逃した小さな子が駄々こね続けたり、電話で長話をしたり、様々な遊びの誘いを受けたり、新生児を寝かしつけながらもう起き上がる気力もなくなったり。何もそんな家族の時間なんてものに拘らずともそれぞれ楽しめばいいじゃない、皆の都合がたまたま合った時に一緒に向き合えばいいじゃない、などと何度思ったことか。

それでも続けることでここ数年ほどはそれほど難しいと感じることがない。多分この5年間ほどはほとんど一日も欠かすことがなかったのじゃないだろうか。家族のリズムになっている。下の子達はこの日を指折り数えて楽しみにしている。家族を支える一つの大きな柱のよう。この金曜日の夜を境に一週間が回る。

パンを焼き、シャワーを浴び少しエレガントに装い、テーブルもいつもよりきちんとセットアップして。キャンドルに火をつけ感謝の言葉を言い合い、皆で歌い、から始まり、食事をしながら様々な話へ。その週にあったこと、次の週の予定、心の整え方や人生について。最近は上の子達と共にあらかじめその夜話すトピックについての記事を読んでおいたりすることも。食事の後はリビングへ移動し暖炉の火をながめながら。

こんなに無理して続けることにどんな意味があるんだと頭で抵抗することは何度もあったけれど、続けてきたことの実りは想像をはるかに越えるものだったと今ひしひしと感じている。

立ち居地を照らしてくれる話

2012-01-18 00:55:30 | 子育てノート
死ぬ直前に口にする言葉の中で1番多いのが「お母さん」だったと、戦場で何人もの死をみとった軍人が話すのを聞いたことがある。

子ども達に日々接する上で、めまぐるしく錯綜する社会の価値観の中で、この話は、常に自分の立ち居地を照らしてくれる。

自身でなくてはできないことと、他の誰でもが変わりにできることと。

限られた時間の中、今本当に大切なことが何かをストンと整理してくれる。

レゴリーグ、どう転んでも

2012-01-18 00:51:32 | レゴリーグ
レゴリーグ、あと一週間を切ったのだけれど、次から次へと課題問題も生まれ、まだやろうとしていることは山積み。高スコアをコンスタントにとっているという他チームの練習風景の情報なども伝わってくる。周りの大人達の顔からは徐々に笑顔が消え、みけんに皺もよりがち。当の子ども達は相変わらずふざけてケタケタと笑いながら楽しそうに練習している。(笑)

これだけの時間とエネルギーをつぎこんできて何とか結果を出したい、そう大人達は周りで思う。子ども達の何と軽いこと。その時その時を精一杯に頑張りつつ、こんなにしたんだから、ということには拘らない。どんどん重くなっていく大人達とは対照的。

多分子ども達、思うような結果がでなかったとしても、悔しくその時は歯を食いしばり泣きもするかもないけれど、次へ向って立ち上がり、また笑顔で歩き始めるんだろう。一回り大きくなったようにも見える姿で。

競技会が終わったら、勝ち負けだけが目標じゃない、他にどれほどのことを学んできたか、共に整理していこう。様々な葛藤を通しいくつもの貴い体験をすることができたこの期間に感謝しつつ。それは大人達にとってもとても必要な作業かもしれない。

あと4日、自分たちにできる限りのことを。結果どう転んでも、振り返りあの時はもうあれ以上できなかったと、限界まで頑張ったと、納得できるように。

一旦研ぐ

2012-01-18 00:50:36 | イメージ・ヴィジョン
ストレスフルでプレッシャーの大きいときほど、今こんな時にゆったりとした時間なんて取れるはずがない、と思いがちなのだけれど、そんな時だかこそ、少しでもゆったりとリラックスする時間を創り出すといい、30分でも、10分でも。あれやこれやの課題を前にはりつめることの多い最近本当にそう思う。

1時間の子ども達とのお出かけや、30分の子ども達との散歩や、15分のホットレモンを飲みながらの会話や。今そんなことなんてしてられない、と思うときこそ、思い切って時間をとる。

すると結局はよりうまくまわっていく。フレッシュなアイデアも生まれる。

「切り続けて鈍くなったのこぎりを研ぐ」

切ることにしがみつづける自分をひきはがし、一旦研ぐ。

より自分を消した主体

2012-01-18 00:48:13 | イメージ・ヴィジョン
感覚的な話でまだまだ言葉に表しにくいのですが。


「主体的」とは、矛盾するようだけれど、自分という枠組みを超え自分を消したときに可能。

自分を消すということは、暗闇が蔓延することに対し消極的受身に何もしないということではない。

自身の内の無限と繋がりつつ、自身を消しながら立ち上がり行動を起こす。


「主体的」とは、個々の管に立つということ。内の無限に繋がる個々の管。

闇を照らすのは、より自分を消した主体。


この世で行動を起こせるのはこの肉体をもった個々の主体のみ。

この個々の存在をより純粋に使うために無限に繋がる。

個々の主体を立たせる力は、内の無限へのつながりからくる。