靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

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インディアン・バリーの店にて

2013-08-31 23:59:00 | 風景・散歩・旅
アンカレッジから南へ20分ほど走ったIndian Valleyのお店。

ガチョウが迎えてくれる。


お店には石やジュエル。


サンキャッチャーが眩しい。


金鉱採掘に用いられた様々な器具の展示。


罠数々。


庭に出ると、


女主人さんが、

ウサギや、


カメや、


ギニアピッグを出して見せてくださる。


カメにミミズをあげる。

オスメスの見分け方、世話の仕方など教えてくださる。

あ、あの犬の首輪に○○(三女)と同じ名前が書いてある!と次女。

同じ名前の人と犬の出会ひ。


ブランコ揺れて。


動物と戯れ、女主人さんと話したり、と気がついたら二時間近く滞在!
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近況整理、降って湧いたジェントルマン

2013-08-25 07:40:34 | 今週の整理
1.長男中学二年、長女中学一年、次女四年生と新学期始まり。まだまだ七年生は施設や様々な手順の説明、クラス調整などありごたごたしているようですが、八年生は初日からどさりと宿題。しょっぱなからですが、やはり水泳を続けるのは難しいかなと、コーチに話ししばらくお休みすることに。授業後の長距離走部も初日から始まり、長男長女、水泳の代わりにそちらで毎日エキソサイズして一汗かき帰宅ということに。こちらの中学の部活は、二ヶ月程ごとに変わり、希望するものに申し込む。長距離走の後は、バレーボール、バスケットボール、クロスカントリースキー、陸上競技と続くよう。長男長女バレー、バスケ以外に参加希望。こうして学校で運動して帰ってきてくれるというのは助かります。家の中が落ち着き、水泳への送迎が減るというのもいい!


2.学校始まる二日前の夜、六人並んで横になり、そのまま話に花が咲き。夏の思い出から、これからについて、小さな頃の思い出などなど。調子に乗って気がついたら十一時過ぎ。次男はいつの間にか寝てしまったのですが、三女は最後まではしゃいで付き合ってしまい、次の日熱出してました・・・。彼女の学校始まるのまだ来週でよかったです。


3.上二人ぐらいになると、結構大人と同じようなペースで話ができることも多く、三番目の九歳次女は少しズレることもあるかなといった程度なのですが、六歳三女が会話の仲間入りを始めると、皆一瞬はるかどこかへ飛ばされます

オゾンホールの話をしていると、「う~ん最近ね、忍者タートルがそれほど嫌いじゃないって言う気がしてきたのよねえ」。将来どんなことをしたいかについて話していると、「○○君と○○君(クラスの一卵性双子兄弟)の違いがやっと分かるようになってきた! ○○君は赤色をよく身につけてて眉毛が少し上がっていて、○○君は緑色をよく身に着けてて左目が少し小さいのよ」。想像力を用いるといったことを話していると、「放課中に監視のお兄さんが鼻ほじってたの見てたら『誰にも言っちゃだめだよ』だって!ぐふふふ」(全部今週のセンテンスなのですが学校の話もつい昨日のことのように・・・)。高らかな声でそれは嬉しそうに。

一瞬止まり、「ああ、ほんとう」と相槌を打ち、「で、今何話してたんだっけ」とまた会話に戻る皆です。(笑)


4.学校始まる前日。学用品と服の買出し。服、長男も長女ももう私が選んだものなど着やしませんから、一緒に行きます。服を買うのは年に二度三度でしょうか。長男、服にはかなりこだわりがあり、ズボンもこの型のこの色じゃないとといった調子。細過ぎずゆったりし過ぎず。まあある意味「これ」だと分かるので簡単でもあるのですが、「これ」がないときは困ったもの。この日も一つ目二つ目三つ目の店にはなく、ようやく最後の店で大量に見つけしかも大幅セールで思わずママ万歳。ズボンはこうしてだいたい好みが分かるのですが、上半身はもう何が気に入らないのか分け分かりません。ようやく選んだスウェットも、購入したものの、毎日のようにああこの袖部分が青でなくグレーだったら完璧だったのになど。

 また気に入ると毎日でも同じものを着ます。しょうがないのでズボンは何本か同じものを揃え、上半身はちょこちょこ違うものを着なさいと言うものの、Tシャツは少しずつ変えているようですがその上に着るものとなるとずっと同じもの。まあ一応毎日のように洗ってはいるようですが(洗濯本人担当)。誰がいつ見ても同じ服でいいわけ!?

服屋にて、「新しいズボンも試してみなさいよ。これなんてよさそうよ。」「う~ん、この腰周りがちょっと太すぎるんだよね、このポケットのスティッチもいただけないなあ」「着てみたらいいかもしれないじゃない」「やめとく」「太さなんて着ないと分かんないわよ」「いやいい」そんなやり取りを繰り返し。

そこへ、「何かお手伝いすることありますか?」と店員お姉さん。「細身の細過ぎないズボンを探している」と言うと、「これなどいかがですか」と二着ほど差し出して下さる。

「Sure(もちろん)」

 そうにこやかな笑顔で受け取り試着室にスタスタと消える長男
。その直前まで「着てみなさい」「着ない」と繰り広げていたそのもの二着・・・。突然目の前に降って湧いたジェントルマン。これからは第三者お姉さんに介入していただこう、そうひそかに思う母。結局、やはり気に入らず購入はしなかったのですが。


5.学校始まる前の何日か、長男レゴに没頭。完成させ、フェイスブックに載せると、元レゴリーグのコーチが数分後にいいね!を押してくれたと。この元コーチの作り情熱は半端でなく、レゴなどの組み立て玩具各種に始まり、ジャンクヤードで拾ったもので自ら車を作ったり、コンピュータを作ったり。ガレージで長男について取り組んで下さったあの貴い時を想いつつ。今は大学で近くにいませんが、こうして瞬時に「作り物」で繋がれ、ありがたいことです
 
 長男、今年はレゴリーグ参加最後のチャンスということで、チーム(ワークショップで一緒だった数学少年達)を組んだものの、コーチ見つからず、また皆中学の過密なスケジュールの中、現実的に難しいかなということに。それが無難な選択だったと、新学期初日から容赦ない宿題の様子を見ていて思います。将来三女か次男チームのコーチをするんだ!と決意固める長男です。


6.フェイスブックと言えば、アラスカから他州へ引っ越した友人の息子君の名前が見当たらないと、その友人自身(母親)に友達申請し「お友達」にしていただいた長男。「遊びにおいでね」と声をかけてもらったと喜んでいる。息子と、私の昔の友人、こういった繋がりができるようになっていくんだなあ、そう不思議な気持ち。


今週半ばから三女も一年生。再び日中次男と二人に! がらりと変わる家のリズム。次男との時を楽しもう。今日は長男NPO、帰ってすぐ友人君家族が迎えに来て彼は州祭り&スリープオーバー。残り組みは公園。予報では月曜からまた雨ということなので、明日日曜日はどこかへ出かけようと計画中。

皆様の一週間が素晴らしいものとなりますように!

Have a wonderful week!



日常風景:

新学期前々日、友人宅に誘っていただき、遊びに来ていたZ君T君まで連れてぞろぞろと。

スナックいただき、


ヒーローになり、


プリンセスになり


友人が、こうしてハーブの抽出物を溶かし、

(娘ちゃんHちゃんの笑顔)

型に入れ、固形ローションを作ってくださった。

これから冬に向け、乾燥肌に良いそう。いいかおり~。ありがとう!

作り物な長男。



今週はMちゃんとZ君お預かり。六歳三人プラス四歳次男。

雨降り駐車場。

こちらでは傘というものをほとんどささないので(小雨がほとんどで、歩く機会もほとんどないため。アウトドアはレインギアで)、傘を遊びでなく本当にさせるという機会に大はしゃぎ。

Mちゃんとレゴな三女。


雨降り続きなので、博物館へ。

溶岩出てきた!


遠心力ね。


波を起こすよ!


電話で説明してくれるんだ。


四人がはまったインターラクティブ展示物。積み木を組み立て建物を作り、どちらが地震に強い?を競い合う。

最後は柱を縦に立てることをせず、全部屋内に寝かしてました。これなら絶対崩れないよ!と。屋内暮らすスペースなし。(笑)

急に青空!

ランチは外で。

紅天狗茸も庭に鮮やか!
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弟君にウインクしたあのお母さんの笑顔

2013-08-25 07:39:38 | 子育てノート
長女の歯医者、30分ほどで終わるということだったので、残り四人は家に置いて。(こんなことができるようになったのも今年から、どこにいくにも下の子達を連れて行く必要があった去年までと比べ、大きな変化です)

待合室にて。束の間の一人の時間と、鉛筆片手に読んだり書いたり。すると、六歳と二歳くらいの男の子をつれた四十代前後のお母さんが電話を片手に入ってくる。お兄ちゃんは玩具で静かに遊び始め、弟君はあちらにこちらにと忙しく動き回る。「玩具を蹴らないのよ」「見えないところに行かないでね」電話片手にそう声をかける母親。すると相手になって欲しいのか、わざと蹴り、わざと見えないところへ行こうとし始める弟君。お母さんが追いかけ、「やめなさい」と言うと、「きー」と叫んで、今度はコーヒーテーブルに並べられた雑誌を床に一冊一冊投げ始める。「やめなさい」と言いながら電話片手に、後を追って雑誌を一冊一冊並べるお母さんの手をするりと抜け、今度は戸棚にしまってある雑誌まで投げ始める。

雑誌をしまい、もうどこにもいかないでここに座って本を読みなさいと、子供向けの絵本を目の前に並べてみせるお母さん。電話はなかなか切ることのできない用件のようで、弟君に話しかけては、また電話に戻り。ソファから走って逃げようとする弟君を捕まえ、また座らせ本を差し出し。「座って本を読むか、駐車場のトラックに行くかよ」(トラックがタイムアウトのような役割のようで弟君トラックだけには行きたくないよう)そう言い始めるお母さん、弟君どちらも嫌だと叫んでぐずる。

そんなやりとりをしばらく続けながらも、ようやく電話を切ることができたよう。ほっとした様子で、「さあもういい子にするのよ。どの本が読みたい?読んであげるからね」と本を選ばせようとすると、さっと走って遠くへ行こうとする弟君。お母さんが追いかけると今度はきゃっきゃと嬉しそうな声をあげて逃げていく。「トラックへ行きたい?」という言葉にはしかめつらで首を振るものの、お母さんが言うことと反対のことをし続け、結局抱き上げられトラックへ。

そこへ、歯科医助手さんが呼びに来る。お兄ちゃんが「車に行った」と説明し、「さっきまでここで待っていたのですが、すぐ戻るようですよと」と付け加え。

すると、弟君を抱っこしたお母さんが戻ってくる。お母さんも弟君も笑顔。「ちょっと用事があって」と弟君にウインクし、診察室へ入っていった。


この一連の出来事の間中、このお母さんとても穏やかでした。感情のぶれなく、終始落ち着いて。いけないことはいけないと伝え、どうしたらいいかを示し、雑誌の片付けなど手伝おうかなと思いもしたのですが、何事も無かったようにさっさとほらこうやって片付けるのよと見せ。どんな激しい駄々コネのすぐ後でも、弟君が少しでも言うことを聞いたら笑顔で抱き上げキスし。

雑誌投げまくり時には、受付のお姉さんが肩をすくめたりといったこともありましたが、人の目にどう映るかなど一切気にする様子も無く、今するべきことに穏やかに向き合い続ける。怒り、焦り、動揺、恥、そんな感情を引きずらず、さっそうと明るくたくましく。診察室に入っていくお兄ちゃんの落ち着いた様子、弟君の笑顔が印象的でした。

子供にだってアップダウンがあり、親も日常様々起こる中で、なかなか思うようにスケジュールが組めずゆったりできないこともあり。また小さなときの腕白振りも長い目で見てどう出るかなんて分からないもの。早くからこの子はこうだ、あの親はああだとジャッジし過ぎることで、親自身も周りもかなり余分なエネルギーを漏らしているのかもしれないなとも思ったり。

するべきことを穏やかに毅然たんたんと。

お母さん、見事! そう心の中で拍手。日々子育てする者として、元気をもらった一時でした。
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金銀まぶしい器とみすぼらしい器

2013-08-25 07:39:06 | ファミリーディナートピック
昨夜のファミリーディナートピック。
(毎週金曜日の夜は、家族で知恵やバリューについての話をしています。我が家は今のところ特定の宗教に属すということはないのですが、宗教的テキストからも大いに学ぶことがあると思っています。

想像力・ビジュアル化を用いて(“Using visualizations” The Shmuz, by R’Ben Tzion Shafierを参考に):

インスパイヤーされ、新鮮な感覚に溢れ、よしっ!とやる気みなぎり、それでもしばらくすると、インスピレーションはフェードアウト、当時の感覚も色あせ、やる気なえ、その情報に触れる前に元通り。

どうしたらインスパイヤーされた瞬間の、あのビビッドな感覚を維持できるのか? あのやる気溢れた勢いをキープできるのか?

 モーセがユダヤの人々に言った、「今日、ハシェム(神)は全ての像と法を成し遂げなさいと命じた。(Today, Hashem has commanded you to fulfill all of the statues and laws)『トラ』or『旧約聖書』より
 この「今日」という言葉、「毎日、まるで今日命じられたかのように捉えるように」ということを意味しているとされる。(Rashiによる解釈)

毎日今日この瞬間に出会ったようなビビッドさを保つ、それには「想像力」を用いるのだと。小説を読み、映画を見、本当ではないと知りながらも、まるで実際に今ここで体験しているかのように嬉しくなったり涙を流したりするように、人には想像力というものが与えられている。想像力を用いてその瞬間をビジュアル化してみる、まるで今ここで全く同じ体験をしているかのように、初めてその情報に出会ったあの時のように。想像力を用い、ありありと自分をその場におき続ける、それがインスピレーションを維持する術と。

そんな話をしていると、長男が春に市の陸上競技会に出たときのことを話し始める。大会の前、コーチが選手全員を一部屋に集め、皆を床に仰向けに寝転ばせ電気を消し、自分が「勝った」時の様子をビジュアル化させるということをしたと。ゴールし高々と両手を挙げ喜ぶ姿、走って勢い良く遠くまで飛びガッツポーズを決める姿、まるで今実際に自分が体験しているかのようにありありとイメージさせていったと。

こうして与えられている「想像力」、うまく用いていけるといいね、そんな話をしました。


「金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に」について(Why Do the Rich Get Richer and the Poor Get Poorer? By YY Jacobsonwを参考に):
この言葉は、19世紀に政治家に用いられもした言い回しといった説明がWikipediaに載っているけれど、オリジンは「タルムード」(15世紀編纂))とされる。

祭壇への供え用に祭司にフルーツを盛ったバスケットを渡す際のこと。金持ちは金銀でできた立派なバスケットに盛り、フルーツだけを渡しバスケットは持ち帰る。貧乏人は、破れかけた柳(willow)で編んだバスケットに盛り、そのままバスケットごと渡す。金持ちは器を自分のものとしてキープし続け、貧乏人は器ごと全て手放し続ける。そこにこの言葉の由来があると。

この言葉の背景には、重要な示唆が含まれているとされる。

まぶしく立派な器、みすぼらしくくたびれた器、それは人々の器を表していると。華やかで輝かしく向上心みなぎりインスピレーションに溢れ、一方、みすぼらしくくたびれやる気も無くインスピレーションも感じることなく。

それでも、器ごと祭司の手に渡り、「神」と一体となるのは、結局は金持ちの器ではなく、貧乏人の器なのだと。

なぜなら、そこに「エゴ」がないから。

目の覚めるような素晴らしい器、しっかり自分のものとしてキープし、ますます磨こう、ますます立派にぴかぴかにして、対し、こんな小さく弱くみすぼらしい私、もうまるごとどうぞ。

気持ちがダウンしやる気もせず、インスピレーションも感じないとき、それは自身を器ごと全部差し出せる時でもある。

器を磨く、それは、自分のものとするためなのか、それとも差し出すためなのか、見つめていきたいです。
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算数の伸び方&過程にフォーカスという学び

2013-08-25 07:38:09 | 子育てノート
中学に入ったばかりの長女、「数学を飛び級させます」と、昨日の夕方先生からメールをもらいました。昨日のテストの結果と、五年六年の全国そして州のテスト、六年生の成績を考慮してとのこと。

長女は算数が得意の方ではなく、計算も遅く、他の子たちがぱっぱと20問解き終えるところ、10問解き終えたところで疲れておしまいといった様子だったのですが、高学年くらいから算数を面白いと思い始めたようで、ディストリクトの主催する算数競技会に選んでいただいたりすることもありました。そしてあんなに遅かった計算などもいつの間にかそこそこ速くなり。

夏休みも少しずつ予習を続け(といって一日平均四十五分程土日休みと、日本の受験生などに比べると「勉強した」ということにも入らないかもしれませんが)、一昨日夜はテスト前夜だからと9時過ぎまで夏の間学んだことをおさらいし。

先生からの知らせ、とても嬉しかったようです。夏の間二回程見てもらった長男の同級生数学得意女の子にも電話し。6年生の時にも一度受けた飛び級試験不合格を経、念願の合格です。

数学に取り組む様子を上の三人見てきているのですが、長男は昔から計算も速く低学年から飛び級し、それでもミスが多く成績もそこそこ、それが中学になってミスが減ってきたためか(身体の発達に関係あるように感じてます)競技会に出るなど伸びてきている。次女も計算が速く低学年から飛び級、それでも長男とはタイプが違うようで「考える」というよりパターンを覚えるのに長けているというか。どうしてそうなるか考えるよう促すようにしてます。

算数、学年が下になるほど、計算が速くできるかどうかで、算数ができるできないが決まっているように感じています。それでも計算だけができている場合は、高学年で壁にぶちあたる(私自身がそう。低学年から公文で鍛えられ計算「だけ」速かった)。

上三人は、どんどん産まれる下の子の世話で(笑)、結局は勉強面まで手が回らずほったらかしになってしまっていたのですが、小さな頃に長女の計算を早くなるようとことん訓練していたらどうなっていたかな、そう思うことがあります。

三人を見ていると、その子自身の伸び方があるんだなと感慨深いです。

周りを見ていると、もちろん、これができればこれができないということでもなく、全体的にバランスよくできている子達も多くいるわけですが。

また数学もこれから複雑になっていき、まだまだ始まったばかり、今はまだ途中経過とも言えるでしょう。


今六歳三女を見ていると、またこれがもたもたと計算していて。日中もほとんどふわふわと空想の世界に旅立っていて、ピンポイント的なことをさっさと器用にできない。同時に、ピンポイントできるよう訓練することが、彼女の世界を狭めてしまうように見えないでもなく。算数でも、文章題やコンセプト的なこと論理クイズなどは好きなようですが。

今はまだ五感を使った「体験」を中心に、机上のパターン認識的なことは長々とやり続けず、毎日少しだけ集中してさっと終わる、それがいいのかなと。こういった頭の使い方もあるよといった、普段あまり使わない部分をストレッチするくらいの感覚で。

その子の成長に邪魔にならないようなサポートの仕方、そういったことを考える日々です。



長女算数飛び級不合格体験に学んだこと、そしてその学びは今も続く:

長女が六年生の時のこと、算数の飛び級テストに向け、二ヶ月ほど勉強を続けていました。子供達の通うプログラムでは、半数以上の生徒が算数を飛び級しています。長女も六年生になり算数が面白くなってきた様子で、頑張ってみようかなと挑戦したのです。 

毎晩宿題を済ませると算数の勉強に取り掛かり、傍から見ていてもよく頑張っているなと感じていました。毎日こつこつと続け、二ヶ月ほどの間に、六年生一年間で習う範囲をカバーしました。それでも結局二日がかりで受けたテストでしたが、合格点には足りませんでした。算数の基礎的な概念をざっと学んだものの、まだまだひねった問題に応用する力はついていなかったようです。

手ごたえを感じていただけに、悔しさもひとしおの長女です。本当に残念そうな長女を見ながら、こういった結果になるのなら初めから挑戦しない方がよかったかな、これで算数が嫌いになってしまったらどうしよう、そう心配する気持ちもありました。それでもとにかく「結果を成長の過程として捉え、過程を重視する」態度を心がけました。

 「残念だったね。でもね、これだけ頑張ったあなたのこと本当にすごいと思う。あんなにこつこつと毎晩続けられるなんて、そうそうできるものじゃないわ。いますぐどうこうといった目先の結果はね、それほど大切じゃないのよ。あれだけ頑張ったことは絶対にこれからの力になっているから。まだまだこれから、こつこつと歩き続けていこうね」

 そう言葉をかけ続けることで、長女も元気を取り戻し、算数は今でも大好きな科目の一つです。そして六年生の一年間の予習を済ましてしまったため、授業も簡単に感じ、よりひねった難しい問題への挑戦も楽しめるようになりました。また学年の終わり時期には、クラスのトップの子が選ばれる年に一度の算数競技会にも参加することができ、算数をますます面白いと感じているようです。

「Life goes on(人生は続く)なんだね」

 飛び級不合格の結果を手にしてしばらくしてから、そう笑顔を見せた長女が、一回り大きく見えたのを覚えています。

「結果」を手にした子供達は、もうそれで全てが決まってしまうような錯覚を持ってしまうことがあります。もう自分はだめなのだと、自分には能力がないのだと、諦め頑張ることを止めてしまいます。たかだか十歳やそこらで手にした結果が、その後の取り組みに対する態度を決めてしまっては、これほどもったいないことはありません。今手にしている結果も、過程の一つの表れなのだと励ましていきたいです。目先の結果より、歩き続けることの大切さと喜びを、伝え続けていきたいです。

 子供は常にたくさんの「結果」を手にします。テスト、成績、偏差値、スポーツの試合、競技会、結果を前に共に喜び祝い、共に残念に思いつつ、それでも一貫して過程を重視することです。九十点が合格点として、八十九点を取ってきたとしても、あまり努力していたように見えないならば、九十に足りない八十九ですが、一生懸命努力していたようならば、百点の価値のある八十九点です。

 いい結果を手にすることもあれば、残念な結果を手にすることもあります。また年を重ねれば重ねるほど、数字で表された分かり易い結果をすぐに手にすることばかりでもありません。時には表にはすぐに現れない結果に向けて、こつこつと何年も何十年も歩き続けていく必要もあるものです。

 ですから合格や優勝やテストなどの目先の結果に振り回され、上へ下へとジェットコースターに乗っているかのように動き続けるのでなく、結果がすぐには見えないからとやる気を損なうのでもなく、長い目で見て課題に取り組む意欲・やる気を育てることに力を注いでいきたいです。

 まずは過程の努力や態度に価値を置き、それらにフォーカスし続けること。そうして過程の取り組みに喜びを見出す姿勢が培われるのならば、結果に囚われことなく自らのペースでこつこつと歩き続けていくことができます。そんな歩みの継続こそが、たとえ遅い歩みに見えたとしても、いつか遠くに辿りつくことを可能にする、そう感じています。
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いまこうしてある町も、栄え衰え

2013-08-25 07:37:11 | 子供言葉
夫が出張から戻る。アリューシャン列島のAdakに滞在していました。米国で最も西に、アラスカで最も南にある町。

毛皮貿易の要衝として栄え、第二次世界大戦には対日本の軍事基地として重要な役割を果たし、ロシアに近いため冷戦中もネイビーの重要な基地となり、一時は約6000人近くがすんでいたこともあるそう。

「あんな町見たことがない」と夫。1997年に基地が閉鎖し、今では人口約326人(2010年)。大学もマクドナルドも、劇場もローラースケートリンクもボーリング場も、プールやスキーロッジやテニスコートも今では閉鎖。まだ用いることのできそうな建物が、いくつも空っぽのまま佇んでいたと。マクドナルドの黄色のMが、人の気配の無い町に目立っていたと。

子供を持つ世帯は18パーセントほど、高齢者などが一人で暮らす世帯が多く、一つだけある幼稚園から高校までの学校には、合わせて20人ほどが学んでいるそう。

子供達、話を聞きながら、歴史の移り変わり、栄え衰え、といったようなことを思ったようです。

「今こうしてある町も、何十年後何百年後かには、そうなってることもあるのかな」

そうぽつり。「サルの惑星」なんかを思い出したりもしたよう。

風の強い、海に囲まれた町を想いつつ。
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友人五十歳&俳句遊び

2013-08-24 23:59:35 | 詩・フィクション・ノンフィクション・俳句
友人が五十歳! サプライズにお祝い。

食べて飲んで、すると、突然一人が歌い始め、タンバリン片手にソロでかなり長く歌い始め(笑)、


皆でハッピーバースデー! はっ?えっ、私? ぽかんと誕生日友人。サプライズ成功!

何年か前に別の友人が受け取った王冠伝授。「50」とピンクのまぶしい文字。ケープを羽織って。


「ますます生き生きと美しく人生をエンジョイ、ますます賢く」そんな言葉と共に。

おめでとうございます!



久しぶり集まる面々。普段外で仕事している人ばかりなので、なかなか会えず。ゆっくり一人一人近況報告。その後は、俳句遊びなども。誕生日友人の名前から頭文字をとり、五、七、五と言葉を並べ、例えば「まちか」ならば、「ま」で五文字、「ち」で七文字、「か」で五文字、そして頭文字ごとごちゃごちゃに混ぜ、セットで読んでいく。

偶然が織り成す作品の数々、やられっぱなしでした。

ひじき煮はロミオの上でみどりいろ

ひよこの目六千円で見返そう

ひきこもりロバと遊んで民間療法

ヒヒを抱きロリータ服で味りん干し

秘密とは論より証拠みきプルーン

昼の闇ロマンチックにみみずばれ


涙流し、笑い筋力がかなりやばかった夜。

子供達も隣で、「どこで誰が何をした」ゲームしてました。(笑)
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近況整理、救急車何台も駆け付けちゃうから

2013-08-18 06:18:50 | 今週の整理
1.長男戻り、長女の建築ワークショップも終わり、夏休み最後の1週間は5人揃って。週末雨の中山登り、翌日朝からウォーターパークで誕生日会夕方まで、その後も中学校のオリエンテーションや、新学期の買出しや、歯医者チェックアップや、砂丘&再び山登り&ブルーべりー摘みにと、毎日まさしく分刻みでした。急げ~と車に乗り込み、ランチは車でだったり。パスタを鍋ごとつかみ、車の中で長女が皿にもって配るなんてことも・・・。(笑)


2.これは今しないと、というものに取り組み続けていると、ぼろぼろと後回しになってしまうものも多く。私の予備のメガネが出来上がったから取りに来るようにと、メガネ屋から電話をもらったのも確か2ヶ月程前だったか。記憶の片隅で手付かずのままだったこと、少しずつ組み入れていきたい


3.学校へのカープール(送り迎えを知り合いで分担)、中学組みに長女が加わり、知合い宅も夫の車も、全員乗せることが不可能に。ということで「プール」から外れざるを得ず私と夫で分担ということに。思えば小学校カープールも、3人目が入学と同時に我が家は外れたのでした。朝夕小学中学と4回、部活が始まれば5回往復。ちょこちょこ入る夫の出張中はハードです。といって明日からも1週間出張。新学期しょっぱなから!


4.1年生になる三女は1週間遅れで始まる。今週は担任の先生が家庭訪問して下さった。山から下りて間に合うかなと車を飛ばし、夕方六時の訪問予定ぎりぎり帰宅。採れたてブルーベリーを振舞って。長男長女次女とお世話になり、順番に1人1人近況を聞いて下さる。日本大好き先生、また日本プロジェクトをしようかという話にも。三女も指折り数え新学期待ち。


5.長男、朝から一山登ってきそうな勢いと先週書いたのですが、その日も一山NPO活動で登り、今週はまた二山登り。フラットトップ、車を降りた途端駐車場から走り始め。霧雨の中友人家族と歩いていると、頂上から「着いた!」とテキスト。40分程で走り登ったようです。水曜日は砂丘にて掘ったり崖から飛びまくったり、木曜日はブルーベリーを摘む私たちの横を通り過ぎ、次女とz君(共に9歳)を連れ別の山の頂上へ。ちょうど前日にNPO救助隊で登ったところというので行かせたものの、後から写真を見てかなりの急斜面と分かり(危ないと言われているフラットトップよりももっと危なそう)、友人の子を連れて行かせたこと申し訳なく、本人にも言って聞かせ。

 途中でz君転がり落ち、「ママ~」と泣き出したなんてこともあったそう。「僕のママに言ったら大変なことになるよ。ここに救急車が何台も駆けつけるから」と長男がささやいたら大笑いし始め、一件落着だったそう・・・

 登頂で手付かずのブルーベリーを採り放題。「あ、ブルーベリー!」と落としたブルーベリーを追いかけて崖から落ちそうになった次女を掴まえたと可笑しそうに。
三人、清清しい笑顔で「ああ最高!」と下山してきたのですが、話を聞き青ざめる母。今度は人様の子を連れている場合など、もう少しどんなところか確認します。

しかし、この時期の男の子のエネルギー、圧倒です。


6.日曜日の山登り。長男ショーツ、次女サングラス、私帽子。車の中で互いに「何て理不尽な!」と言い合い。雨降りのこの寒さにショーツ!転んだら危ないじゃない、全然まぶしくないんですけど何そのサングラス! 曇って雨降ってるのに何で帽子深被りしてるの!
 
 それぞれのお気に入りこだわりがあり、それぞれが相手をおかしいと言い。言い合いながら、相手に自分がどう見えているか、よく分かる一時でした。(笑)



 今日は長男NPOへ降ろし、残りでトレール散歩、夕方から長女友人誕生会、その前にプレゼント買いに行って。明日は昼から夫出張、夕方から久しぶりに俳句会&宴。来週水曜日からは、新学期! 週明けからは学校用品買出し。三ヶ月の夏休みが、終わろうとしている!

皆様の一週間が素晴らしいものとなりますように!

Have a wonderful week!



日常風景:

友人宅にて。

裏庭で、ラズベリー摘み。


わっさわっさとたわわ。


手にのりきらないの。


ジャム作ってねとこんないっぱいお土産。


新鮮レタスも下さる。


バルコニーにはヤローやカモミールが干してある。

お茶にするのよと。

ご飯いただき。


遊んで。


友人と話していると、こんなヒーローも通りすがり。

「私はspidermanスラッシュcaptain america」と言ったのは、次女の声のような。


日本に帰国中の友人夫さんから差し入れも。

そらまめに、キャベツに、カリフラワーに。ひまわりのまぶしいこと。庭で採れたてだそう。キャベツのしゃっきしゃっきに家族皆驚く。


たくさん採ったブルーベリー、ソースにして。マフィン!


絵の具かなんかで遊んだ後?

「あれだね、今度は生地と混ぜるんじゃなくて、生地の真ん中に包むとかがいいね」と長女。緑灰色なマフィン、美味でした。(笑)
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「人生において唯一の障害とは」

2013-08-18 06:18:06 | ファミリーディナートピック
昨夜のファミリーディナートピック。
(毎週金曜日の夜は、家族で知恵やバリューについての話をしています。我が家は今のところ特定の宗教に属すということはないのですが、宗教的テキストからも大いに学ぶことがあると思っています。

そうすれば、全てはそれ自身でどうにかなっていく

アメリカンフットボールチーム「レイブン」の大ファンMatthew Jeffers氏がチームに送った手紙より。大学で演劇を学ぶ氏によるクリップメール原文はこちら

要約:
人生についての、ちょっとした秘密をシェアさせて下さい。人生は三回負け続けようが四回勝ち続けようがお構いなしです。どんなに勝ちたかろうが、どんなに勝つ必要があろうが、人生は知ったこっちゃないのです。人生とは、結局は単純に、不公平(unfair)なのです。

私は21歳で127センチしかありません。これまでに20回手術を繰り返してきました。気管切開、輸血、おしりにギブスをつけて歩くことをもう一度学ぶ必要もありました
。2003年に最後の手術をし、ようやく心臓の痛みから解放され、これでやっと終わったんだと思っていたところ、2011年に母が脳腫瘍と診断されました。そしてこの手紙を書いている今、医師達は母をホスピスへ移すかどうかの最終的な決断を迫られています。

自分の持てるほんの一握りのものを差し出そうとしても、こうして失ったものばかり。これがフェアと言えますか?

私たちは痛みの溢れる世界に生きています。それについて何の疑問もありません。それでも、私にこのことを伝えさせてください。人生の唯一の障害(disability)とは、「悪しき態度(bad attitude)」なのです。もう一度言います、人生の唯一の障害とは・・・、悪しき態度なのです。ポジティブな態度は、人生の不幸にとって、最も強力な戦力です。

それが私の秘密の武器です、戦い、生き残り、勝つための意志。そして私は、まあうまくやってきたのだと思います。

日曜日の試合では、どうぞ、勝とうとしたり、批判を鎮めようとしたり、誰かが間違っていると証明しようとしたり、負け続きの劇を終わらせようとしないで下さい。人生とは、ただ「正しい見地」(right outlook)によって克服されるのだという、シンプルで強力な理解に専念してください。

約束します。そうすれば、すべてはそれ自身でどうにかなっていくのだと。


日々、100の恵み(blessings)を思い出すこちらの映像より
ユダヤの伝統には、1日に100の恵みに感謝を捧げるというものがあるそう。このクリップには、以下のような言葉が、分かりやすい映像と共に綴られています。

食事について文句を言う人もいれば、ただ食べられることに幸せな人もいる
キャリアに不満を持つ人もいれば、ただ働けることにハッピーな人もいる
自分の容姿にハッピーじゃない人もいれば、体があることに感謝する人もいる
家事について文句を言う人もいれば、家がせめてあることを喜ぶ人もいる
配偶者の小言にうんざりする人もいれば、まだ相手が周りにいるということに幸せを感じる人もいる
子供にフラストレーションの溜まる人もいれば、子供に少しでも会えたことを喜ぶ人もいる
友人を妬む人もいれば、運は様々な形でやってくると知っている人もいる
天気について文句を言う人もいれば、今日という日を迎えられることを喜ぶ人もいる
物の値段に苛立つ人もいれば、最も大きな楽しみはお金がかからないものから得られると知っている人もいる
もっと人気者だったらと望む人もいれば、既に周りに大切な人々がいることに感謝する人もいる
自分は敗北者だと感じる人もいれば、人生はアップダウンの連続だと知っている人もいる



子供たちと共に、「人生の唯一の障害」、態度・姿勢を整えていくこと、「日々恵みを数えてみること」、思い出していきたいです。
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オゾンの穴、本当のところどうなんだろうね

2013-08-18 06:17:55 | 思うに
「なんでママいつも帽子被ってるの? 今日なんて曇りなのに」
「曇りの日でもね紫外線の強さはそうそう変わらないのよ。しかもアラスカは日本の7倍のUVとも言われていてね」と口にした途端、
「そんなわけないよ。UVは赤道が一番強くて極に向かって弱くなっていく。オゾン層の穴のせいというのなら、南極ほどこちらは深刻でもないはず。確か人の住むような場所までは穴広がってないんだと思うよ」と長男。

「日本の七倍の紫外線」、こちらの日本人の間で聞くことのあるこの情報(日本の新聞に載っていたということだったか、私もその記事見たことあるような記憶があるのですが、曖昧です)、先日このブログにも書いてしまったのですが、そう言われると本当のところはどうなのだろうと、子供たちと少し調べてみました。

確かに極に向かうほど、UVは弱くなるので、問題はオゾン層の穴ということになるのでしょう。

気温がマイナス80度ほどになると、大気にたまったフロンが活性化してオゾン層を破壊し始めるわけですが、南極は北極より低音となりその低温状態も長く続くため、穴が大きいそう。それで北極ではオゾン層破壊はないだろうと予測されていたのですが、2011年に北極に大規模な穴が発見されてしまう。温室効果現象など温暖化により、極付近が極度に冷えたことが(温暖化は極へは「気温低下」として影響するそう)原因と言われているようです。

また北極は南極と違い、気流の動きが活発なため穴の変化も大きく、数時間小さな穴があちらにできこちらにできまた閉じ、といったような南極には見られない特徴もあるそう。そのため短期間に一気に大変化ということもあり得るので、こまめに観測し続ける必要があると。

2011年に発見されたその大規模な穴、アラスカに届くほどではないという情報もあれば、「オゾンホールの動きをよく見てみると、北欧やロシア、カナダなど、北極に近い国々を通過しています。人間活動が盛んで人口が集中している場所もあり、今後は、皮膚がんや白内障など、さまざまな対策を進める必要があります」というものも。(時論公論 「北極オゾンホールの意味」2011年10月24日 室山 哲也 解説委員より

これは2011年の記事ですが、今年の冬も記録的な寒さが続いたと言われるし、穴、広がっていないといいのですが。

こう調べてみると、「日本の七倍」という数字がどこから出てきたのかは分からないのですが、どちらにしても、やはり何らかの紫外線対策はしておいた方がいいのかもしれません。といってさんさん太陽の夏は終わり、これから暗く長い冬へ突入といったところ。雪の反射などもあるでしょうが、来年の夏に向け、覚えておきたいです。


最後に、オゾン層の穴を止めるための対策について(上記の時論公論より):

1.これからも北極上空の観測を続けること。オゾン層の破壊など、大気の変化は長期間観測を続けないとわからないことが多く、そのデータに基づいて初めて対策が可能になるため。

2.フロンの後処理をきちんと進めること。フロンは、古いエアコンや冷蔵庫、断熱材などを廃棄するとき、熱を加えれば壊すことができる。最近、特に開発途上国でフロンの熱処理を怠っているケースがある。大気中にフロンを増やさないために、国際的な協力を進める必要がある。

3.温暖化対策。今、CO2などの温室効果ガスは、新興国を中心に急増。世界各国は、今後、化石燃料の使用を控え、省エネ対策を進め、地球温暖化を食い止める必要がある。フロンは、実は、二酸化炭素の数千倍もの温室効果を持っている。オゾンホールの問題を解決することは、温暖化を解決することにもつながる。



アンテナを張りつつ、自分達にできることから。
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車の中にて、もしこれほど多くの牛を養う必要がなかったら

2013-08-18 06:17:03 | 子育てノート
Scientific Americanからdaily newsやweekly digestが毎日のようにEメールで届くのですが(雑誌をサブスクライブした時に「設定希望」をチェック)、子供達との話題作りになってます。

山へブルーベリー採りに向かう車の中で、“Hamburgers Will Not Feed the World”
At least 70 percent more calories would be available if farmers shifted from growing crops for feed and fuels to food production By Coleen Jose and ClimateWire
 について。

記事の趣旨:

2050年には90億に達するだろうとされる世界人口。食糧難も必至。

もし動物の飼料や生物燃料に用いている作物(crop)を、人の食料に用いるとするのなら、より多くの人々に食料を行き渡らせることができるだろう(少なくとも70パーセント以上のカロリー、40億人分余分に)と。食べるためや乳製品確保のために動物を養うことを減らせば、つまり、肉食から野菜中心の食生活に人々が移行すれば、より多くの作物を確保することが可能なのではないか。

現在、穀物の36パーセントのカロリーが、飼料や生物燃料に用いられているそう。といっても内わけを見ると、米国の肉食率際立ってます。
インドでは、89パーセントの作物が人の食料に、5パーセントが動物の飼料に。
中国では82パーセントが食料(77パーセントのトウモロコシは動物飼料)に。
米国では作物の27パーセントが食料、半分以上が飼料に!

記事によると、ビーフからポークやチキンに移行させるだけでも、3億5千万人分の穀物確保が可能になるとも。


週に4回のビーフを1回チキンに、1回魚に変えていくだけでも違ってくるんだね。
でも1人くらい食生活を変えたからといって何かが変わるわけでもないでしょ
だからといって何もしないというのもおかしなことだよね
少しでも自分たちにできることから、といったことかな

そんな会話を。

家ではひき肉のビーフをたまに食べるくらいで、肉といえばほとんどチキン、あとは魚が主なのですが、皆ビーフ大好き。この記事のタイトル「ハンバーガー」を見て、長男なども、ああハンバーガー食べたい!と叫び始めたほど。

肉食中心から野菜中心、ビーフからチキンなどは、ヘルシー面からも勧められることですが、一気に全部、とはいかなくても、今のようにたまにビーフを楽しむくらいでいいかな、そう話し合いました。長女などは、私はたま~に肉ぐらいで、あとはもっぱら豆腐でいいかなと。


ゆっくりと話し合うという時間も、学校が始まるとなかなか取れないでしょうが、習い事や学校やの送り迎えの車の中などで、こういった話題を用意しておくのもいいかなと思っています。
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山登り、砂丘、ブルーベリー斜面

2013-08-18 06:16:35 | 風景・散歩・旅
朝からしとしと雨。レインギア揃えて、山登り決行。友人家族と駐車場に待ち合わせて。

長男は、車から降りた途端、走って見えなくなり。

さて、出発。


よいしょよいしょ。


緑濡れ、


てくてくてくてく。


あのフラットなてっぺんにお兄ちゃん登ってるんだよね。

と話していると、夫の電話にテキスト。「頂上着いたよ!」と長男から。

上に行くにつれ、霧深く。


雲の中歩いてる!と興奮な子供達。


スナックタイム。

随分視界も悪いし、今日は頂上まで行かず、戻ろうね。

しばらく下っていると、あ、あの雲の中に、お兄ちゃん! 

へへへ、追いついた。


お兄ちゃん、頂上、今度一緒にいこうね。

こうして皆で下ったのでした。

ランチタイム。

負けたと見せかけて一気に勝つという作戦らしいのですが、危うくなっている長男。(笑)


水曜日には砂丘。


ジャンプ!


ジャンプ!


上って上って、


掘って掘って、


食べて飲んで、


かぶせて。


穴にはまり。


最後皆で、

ジャンプ!



翌日、スキー場の急斜面。z君、次女、長男は山登り。

上れば上るほど、あるね。


白い地衣類に、青い粒。


何とも言えない色合い、眺め。

きれ~、きもち~、たのし~、と友人たちとたまにぼそぼそ言い合いながら、せっせと手を動かし続け。

ちびっ子たちも頑張る。


あっちに! こっちに! と急斜面を走り回り。


採って食べて、


歌って。


またいっぱい採れたね。



夏休み最後の一週、満喫です!
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長女誕生日会

2013-08-17 23:59:19 | 誕生日
長女誕生日会。友人を招いて家以外でというの、十年ぶりのこと。

五人招き、一人は他州に親戚を訪ねていて来られず、四人の仲良しと。ニュージーランドに一年留学していた友達との再会も。

こういったパーティーにはだいたい最後に参加者一人一人にお土産袋(party favor)なるものを渡すのですが、小さな頃は、玩具のネックレスや指輪やブレスレットや車や飛行機、鉛筆や消しゴムや定規やステンシルやシール、それにキャンディーなどなど、まあ中身を決めるのも簡単なんですが、12歳ともなると、何を入れてよいのやら。長女がお小遣いで買うというので、買出しに付き合います。

スーパーを歩き回り、迷いに迷って最後に決めたのが。

顔面パック、ネールポリッシュ、ガム。


パックって・・・。「ストレスリリース」などの文句も書かれていて、ちょっとジョークも込めて。

ネールポリッシュ。お友達の雰囲気に合わせ色を選んで。今時の小学生中学生、学校にもちょこちょこつけて来ます。爪が呼吸できないからよくないのよ、とは伝えてありますが、お友達からもらったりで、長女次女もたまにつけてます。私自身はつけたことなしなのですが。(笑)

シュガーレスガム。白糖をほとんど口にしないというポリシーの家の子もいるため。


オーダーしておいたケーキを当日朝取りに行き。

アイシングでなく、ホイップクリームでと注文。こちらのこうしたケーキはほとんどがアイシング、それでも長女はホイップクリームが好きなよう。

ウォーターパーク側が、カップや皿、ピザに飲み物を用意して下さいます。


お友達到着。水の上でおしゃべりしながらゆら~りゆら~りな五人。


三女は初こんな滑り台体験。


ピザ食べて、歌うたって、ケーキ食べて、プレゼント開けて。


プレゼント、大量のネールポリッシュ! 口紅、マスカラなど化粧セット、服屋ギフトカード(Aeropostale)、カレンダー、ヨーロピアンチョコ、iTuneギフトカード、クリスタル作り実験セットなどなど。今の中学生ぐらいの女の子がどういったことに興味あるのか窺い知れて面白いです。


ちびっ子たちと、こんなリサイクル熊にほっとしたり。


家に戻って、早速パック!

にきびもとれるらしいよ、という言葉に、長男も「僕もやらせて!」 結局五人全員塗ってました。(笑)

長女大満足な一日。 

こうして祝えたことに、感謝を込めて。
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近況整理、それでも深く繋がっていられる絆

2013-08-11 05:55:04 | 今週の整理
1.夏日続きもとうとうここまで。雨しとしと、15度までいくかどうかとひんやり、アラスカの晩夏or初秋。ほとんど雨だった今週ですが、木曜日だけさらっと晴れ、長男サイクリングに、私たちは山へブルーベリー摘みに。アンカレッジを見渡す山上で、深呼吸。秋を告げるヤナギランのピンク!


2.子供達の学校レジストレーションへ。こちらの公立学校は毎年夏休みの終わりに、子供をレジスターする必要がある。書類を埋めていると、長男長女次女の担任、そして今度は三女がお世話になるH先生が話しかけて下さる。1年生、夏の間にプログラムに入ることが決まった子が8人、23人!と大きなクラスになるそう。それでも女の子は2人ほど増えるだけと。4人女の子に19人男の子、引き続きワイルドなクラスになりそうです。

 長男がお世話になった時はまだ高校生だった先生の娘さんも、今はもう成人しクラスにサブとして入ることも。隣に座る次女ももう4年生なのねえと目を細める先生と、一体時間はどこへ飛んでいってしまったの!?と頷き合い。温かく頼もしい先生に再びお世話になれること、嬉しいです。


3.あと10日少しで新学年。夏休みに入る前は学校が終わることを楽しみにしていた子供達も、三ヶ月の休みを経ると、それぞれ学校へ戻るのが楽しみでしょうがないよう。長女は中学生となり全く環境もシステムも変わるので(こちらの中学はロッカーだけ与えられ、あとは選択した授業が行われるクラスへ自ら移動するというシステム)、その分興奮度も大きいよう。

 新学期生活を楽しみにしながらも、同時に、ああまた教室に閉じこもって次から次へ山積みになる課題をこなしていくのかあ、早く学校というものを卒業して自分の好きな勉強や活動ができたらなあとぼやくこともある長男。学校を自らの夢や目標を叶えるために「役立てる」イメージでいこうよ、学校に「振り回される」のじゃなくて。「使う」のであって、「使われる」のじゃない。「コントロールする」のであって、「コントロールされる」んじゃない、そんなイメージで。もうママンの言うことなんかを「うんうん、その通りだねえ」と明らかに素直に聞くような彼でもありませんが、ちょこちょことそんな話をし合ってます。


4.「キャンプでもね、ほとんどの子に勝ってね」という長男と、再び腕ずもう。それがなぜかまた勝ってしまう。おっかしいなあ、とお互い首を傾げ。(笑) ちょっとそちらの場所が有利なのじゃないかなあと、入れ替わって見ても、同じ。左は全く弱いのですが、利き手の右腕。小学校時代クラスでもかなり強かったのは覚えているのですが(女の子には全員勝ったような)、これほどとは自分でも知らず。五人の子供を担ぐ内にすっかり鍛えられたか。身長に体重に足の大きさにマラソンに水泳に、長男にフィジカル面で抜かれてないのは、もうこれぐらい。最後の砦陥落となる日、そう遠くもないだろう。筋力トレーニングしようかな、利き手だけ。(笑)


5.我が家に思春期の子が二人。押して引いて、「ダンスを踊っているよう」という友人の言葉を思い出す。大人びて見えても、まだまだ知恵も浅く、「それは違うよ」と踏み込んで示す必要がある場合も多い。互いにむっとし、ぶつかり、ぷいっとそっぽを向き、それでもしばらくしてまたふざけあい、笑い、I love youとhugし合い。そんな繰り返し。本当にダンスのようです。(笑) 
 より外へと目が開かれ、彼・彼女自身が抱き育て始める価値観と、親が大切にしている価値観とのぶつかり合いを越え、それでも深く繋がっていられる絆、それを赤ちゃん期から幼少期少年期を経、築いてきたということなのかな、そんなことを感じています。まだまだ嵐はこれからなのでしょうが、ぶつかり擦れ合いながら、子供達自身が進み続ける道を開いていくのでしょう。大志を抱け!そう思春期の子供達にエールを贈りつつ。



長男をNPO救援活動に送り(探知機持って山に入り、金属のかけらか何かを探索するそう)、その後長女と、月曜日の誕生会準備買出し。ケーキをオーダーし、来てくれた子へのお返しを揃え(長女自分のお小遣い使用)。明日は朝から本格的山登り予定、フラットトップ頂上目指して。

皆様の一週間が素晴らしいものでありますように!

Have a wonderful week!



日常風景:

今年夏最後のサッカー試合家族で観戦。早朝インディアナから帰宅した長男も共に。

思春期二人。


雨も降り出し、テントちょうどよかったね。


一人一人メダルをもらい。


気持ち新たに、明日から再び練習始まる!


帰りに公園。

こんな新しい遊具があちらこちらの公園にこの夏登場。政府から補助が降りたようです。

夜、トントンとノックの音。見知らぬ男性。「私はこの近所に住んでいるんですが、いつも子供が多くいるのを見かけて。釣りから戻ってたくさん獲れたのでいりませんか?」と。

感謝。スモークにしよう!

長女中学校レジストレーションでロッカー番号を渡される。それが、なかなか開かない。スタッフと一緒に何度も練習。

長男曰く、中にはとても開けにくいロッカーというものがあるらしく、どうも長女それにあたったよう。授業間、2分くらいしかないのに・・・と、ちょっと心配な長女。仲の良い友人達が近くのロッカーだと分かり、もしうまくいかなかったら皆で手伝ってくれるって、と少し安心したよう。

雨の日続き、三女のクラスメート(二人だけ女の子の相方)に誘ってもらい博物館へ。

はしゃいで、


遊ぶ遊ぶ。


この後、ブースター抱えて、そのまま家になだれ込み、遊び続行。


長女の建築ワークショップ参加一週間。橋を作り、最後にどれくらいの重さ持ちこたえられるかの実験。

長女チーム橋。


こんな装置で、重さを測る。

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長男、初めて女の子と二人で

2013-08-11 05:54:01 | 子育てノート
長男、サイクリングに出かけたいと言う。聞いてみれば、ある女の子と二人でと。今年になって、小学校一年の時から家族ぐるみでよく知っている女友達男友達数人で映画に出かけたことはあったのですが、女の子と二人きりというのは初めてのこと。しかも、その子もその子の家族のことも全く知らない。長男の通う中学には長男の属するプログラム以外にも、ロシア語イマージョンとスペイン語イマージョン(イマージョン:目標とする言語の言葉だけを習うのではなく、「その言語環境で」他教科を学びその言葉に浸りきった状態<イマージョン>での言語獲得を目指す。ウキペディアより)と近所の子供達が通う普通級があり、コアクラス(数学科学社会英語)以外はごちゃ混ぜなのですが、どうも、そのごちゃ混ぜクラスで一緒だったロシア語イマージョンに通う女の子のようです。

まずはその子の親に会って話してからじゃないとね、その子の親だって、見ず知らずの男の子と二人きりで出かけるなんてさせられないでしょ。

ということで、長男を彼女の家まで自転車ごと連れて行き、彼女の親に挨拶し、地図を片手にどこを走るか共に確認するということに。

親にとっても初めての体験。この話が出て以来、夫と何度もミーティング。(笑) まだ13歳、親元を離れ自立するまでは、何の「責任」というものも取れる状態ではないということ。あなたが相手にとってどんなよいことができるかにフォーカスして、相手を大切にしてあげること。そんな話を本人にも何度かし。


当日、コンドーの立ち並ぶ駐車場に着くと、一歳の弟君を追いかけながら、手を振るお父さんの姿が。この時のために、仕事を抜けてらっしゃったよう。玄関にお母さんと女の子。ロシア語のアクセントでオープンに話されるお母さんの温かい笑顔に、ほっとする。ロシアに帰ればこの子もペラペラとロシア語話すのだけれど、普段はすっかり英語よと笑っている。四人の妹と弟がいると聞くと、「責任重大ね」と長男の肩をポンと叩き。

早速ガレージで自転車の用意。ブロンドの髪をきれいに結んだポニーテールが乱れるのが嫌なのか、ヘルメットかぶらない、かぶりなさい、かぶりたくない、かぶりなさいと、お母さんと女の子のやりとりがしばらく続き。やんちゃで元気一杯な女の子。二人の弟君のお姉ちゃん、駐車場を走り回る我が家の三女と次男の扱いも慣れたものといった様子。

結局お父さんは仕事へ戻り、お母さんが二人の弟君を連れて一緒にサイクリングにということに。といってもスピードが全く違うので、携帯電話で落ち合う地点を確認しながら。

3時間ほど、とにかく走ったようです。途中、ダウンタウンのスターバックスでお母さんと弟君達とお茶をし、最後は女の子を家に届け、自転車で帰ってきました。

我が家にとってもビッグデイだったのですが、それは相手の家庭にとってもというのがひしひしと伝わりました。一人娘長女ちゃんを送り出す、あのお父さんの背中。仕事を抜け、かといって家の中にじっとしているわけにもいかず、いまかいまかと駐車場を歩き回り、母と娘が話す様子を遠巻きに眺め。それは三人の娘を抱える、未来の私達の姿でもあるのでしょう。

アメリカ社会のティーン、男女関係についても刺激的扇情的な情報が周りには溢れています。

こうして親同士が手を取り合い、ティーン達を見守っていけたら、そう思っています。
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