二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

過激かつ非情な“ぼくら”の物語 ~アゴタ・クリストフ「悪童日記」を読む

2023年03月18日 | 小説(海外)
   (表紙がかわって値上がりしたけど、中身はまったく違わない)


■アゴタ・クリストフ「悪童日記」堀茂樹訳 ハヤカワepi文庫2001年刊(原本は1986年パリ)

友人から感想を聞いたことがあったので、驚きはなかったが、衝撃がなかったといえば嘘になる。
しかし、読み了えたいまでも、作者の“位置”というのがよくわからない。行方不明の作者を探す小説なのであろうか?
これまで読んだ、どんな作品とも似ていない。まったくユニークで、肉食動物のような非情な目が小説の背後に光っている。

62編の短章から成り立ち、本文のみ273ページはノンストップですらすらと読める。訳者堀茂樹さんの巻末の解説はまことにいきとどいた優れもので、多くのことを教えていただいた。
日本語の「悪童日記」は堀さんの命名のようで、直訳では「大きなノートブック」の意味だそうである。

文章に過去形は使われず、ほとんどすべて現在形。感傷性や抒情性はまったくなく、文学的レトリックもなく、短いセンテンスを重ねて即物的な描写をつらぬく。
これは小説といえるのだろうか?

安楽死 性行為 孤独 労働 貧富 飢え エゴイズム サディズム マゾイズム いじめ 暴力 強姦 悪意 戦争 占領 民族差別 強制収容所 集団殺戮(ジェノサイド)

この日記というか、ノートというか・・・それを書いている主体は“ぼくら”という一人称複数である。双子の男の子なのである。恐るべき子どもたちの視点から世界が眺められ、ストーリーが綴られていく。
アゴタ・クリストフはハンガリー出身で、第二次大戦時にスイスに難民(亡命ではない)として潜入したようである。フランス語はそのあとで学んだのだ。祖国ハンガリーの支配者はヒトラーのドイツから、スターリンのソ連へと変わっていく。
ただし、そういった政治的変遷については、ぼんやりとほのめかされているだけで、訳す人や読者が“推測”するだけ。

母親の死、おばあちゃんの死、そして父親の死。母親は爆弾による死だが、おばあちゃんの死や父親の死には、“ぼくら”が深く関与している。
加害者:被害者
こういった単純な二元論で叙述しているわけではない。悪といえば、生きるとは「悪を犯すこと」にほかならない。
自殺する日本人がふえているそうだが、わたしはそういう人たちにこの本を読ませてやりたい。

多くの読者はなぜ“ぼくら”なのかがわからない。しかもほぼ一心同体なので、不自然な設定だなあと感ぜずにはいられない。なぜ・・・なぜ双子の男の子なのか(´・ω・)?
わたしはしばしば、首をかしげざるをえなかった。
作者アゴタ・クリストフが仕掛けた“ワナ”といったらいいのかしら。

きれいごとをいっているけど、人間とは肉食動物なのですよ。この作品は過激かつ非情な物語に見えるかもしれないが、非常時には、それがあたりまえなのです、と。
彼ら二人は偽善と偽善者を嫌悪する。他人の“好意”を期待はしていないが、それは全体を通じてとても徹底している。残酷な行為を平然とする。しかし、それを必ずしも残酷だとは思っていない。

うっかり名作とか秀作とはいえない、恐るべきノート(日記)が出現したのだ。
戦争が過去のものではないことを、アフガンやシリアの戦況、そしてウクライナ戦争で身に沁みて痛感せざるをえない現代にあって、この「悪童日記」は、すぐれたシリアスな声を響かせている。


近いうちに、これらの続編も読むことになるだろう。



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