二草庵摘録

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警察小説の金字塔 その2 ~エド・マクベイン「八頭の黒馬」を読む

2023年10月31日 | ミステリ・冒険小説等(海外)
   (左側はハヤカワのポケミス版)


■エド・マクベイン「八頭の黒馬」井上一夫訳 ハヤカワ・ミステリ文庫(1993年刊)


わたし的にはなかなか読み応えのある一冊だった。偉大なるマンネリと、だれだったか解説で述べているが、いい意味でも悪い意味でもその通り。しかもすべてが長篇(「八頭の黒馬」は375ページ)。
ふと連想するのは池波正太郎の「鬼平犯科帳」。こちらは文庫本で全25巻、番外編の「乳房」をふくめ26巻である。
しかし、長編がいくつか混じってはいるものの、基本的に短篇集。

87分署のシリーズ・タイトルが示すように、複数の警察官が主役となる。
・87分署の2級刑事
スティーブ・キャレラ
アーサー・ブラウン
マイヤー・マイヤー
コットン・ホース
・87分署の3級刑事
バート・クリング
アンディ・パーカー
リチャード・ジェネロ

本書「八頭の黒馬」では、ほかにピーター・バーンズ(警部)、デイヴ・マーチスン(内勤の警部補)、アルフ・ミスコロ(庶務係)、アニー・ロールズ(婦女暴行捜査班の刑事)、アイリーン・バーク(特捜班の刑事)が出てくる。
犯罪者ではまず、首領格のデフ・マンを挙げねばならないだろう。手下を使って87分署の面々を翻弄する、いわば“巨悪”の役どころ。

《8頭の黒い馬と棒線で消された耳の写真―87分署に舞いこんだ奇妙な手紙に、キャレラたちの表情が凍りついた。差出人は、言わずとしれたデフ・マン。幾度も苦汁をなめさせられながら、いまだに正体をつかめない謎の犯罪者だ。おりしも、公園で女の全裸死体が発見されたばかりで、刑事部屋は騒然とした。この謎めいた写真と殺人には何か関連が?クリスマスを目前にしたアイソラで87分署の刑事たちに最大の危機が迫る。》BOOKデータベースより

こういった“連作”では、ストーリーをそのままなぞってもたいした意味はない。仕掛けがある。ゼロックスでコピーした手紙を同封した手紙が、キャレラに届けられるのだが、そこに本編におけるマクベインの工夫が感じられる。八頭の黒馬、耳、携帯無線機、手錠、ポリスを示すバッジその他。

中身はゼロックスのコピーなので、たわいのない悪戯(いたずら)といえばいえるし、87分署のスタッフをからかっている。差出人の名はない。キャレラたちはそれがデフ・マンの仕業だとかんがえる。
警官たちをからかうと同時に、読者をも煙に巻く仕掛けである(*^。^*)

本編で目立つといえば、キャレラと名のるデフ・マンが、テレビ局の受付嬢ナオミ・シュナイダーと繰り広げる濃厚なベッドシーンがある。ほとんどポルノ、エロ本と紙一重のきわどいシーンが、当時でも話題となったのではないか?
刑事ものを書き、読むのは大半が男性なので、マクベインのサービス精神のあらわれだろう。
お固い本ではなくエンターテインメント、娯楽なのですよ、と作者は告げている。
そのほかに見せ場があるとしたら、ピーター・バーンズの妻、ハリエット名義で届けられる「パーティーのお知らせ」をめぐる悲喜劇(´Д`)
このあたりは本当に読ませる。マクベインの面目躍如である。

アイリーン・バークは「稲妻」での傷を、当然ながらまだ引きずっている。シリーズをまたぐ大きなうねりを、読者に感じさせずにはおかない。こういうところに、マクベインのなみなみならぬ力量があるし、連作ものへの当然の配慮でもある。
また小説の終わらせ方に感心させられた。文学的な厚みを感じさせる「おや」と思わせるエンディング。
「八頭の黒馬」は87分署シリーズの秀作といえる作品である。

本編を読んだら、あとの2作「毒薬」「魔術」もひきつづき読んでみたくなった。
さらに続編の「ララバイ」「晩課」「寡婦」「キス」がスタンバイさせてある。
マルティン・ベックシリーズを読み返したり、横山秀夫さんにとりかかったりはそれからとなりそうじゃなあ。



評価:☆☆☆☆

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