二草庵摘録

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メグレという男とその周辺 ~シムノン「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」を読む

2024年01月11日 | ミステリ・冒険小説等(海外)
■ジョルジュ・シムノン「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」高野優訳(ハヤカワ・ミステリ文庫新訳 2023年刊)原本は1942年


作品的な出来不出来だけいえば、たいしたミステリではない。
パズルでよくある小説のように、最後に“名探偵メグレ”がこんがらがった謎を、名推理によって解きほぐしてくれる。「あれれ、そうくるんですか?」
わたしはちょっと虚を衝かれましたよ(´Д`)

でも、この「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」の読みどころはそこにはないのですねぇ。謎解きの名作は、ほかにいろいろとありますから。
ではなくて、警視メグレという、ある意味凡庸な中年男の“現実”が、うまく書けていることに感心しないではいられない。
しかも有名ホテルの内幕が、これでもか、これでもかと、じつによく調べて書き込んである。
ホテルの裏方とは、そういうものかと、納得しないではいられない(;^ω^)

《パリの高級ホテルの地階で女性の死体が発見された。発見者はホテルで働くドンジュという男。メグレは捜査の中で、被害者がカンヌのキャバレーで働いていた時に、ドンジュと関係があったことを知る。状況証拠は彼が犯人であることを示しているが、メグレは真犯人が別にいるとにらんでいた。だが匿名の告発によって、ドンジュは勾留されてしまう。そして第二の事件が…。様々な謎が渦巻く中、メグレが真実を解き明かす。》紀伊國屋オンラインのデータベースより

ほぼ最初から、メグレは容疑者ドンジュはホン星ではないと睨んでいた。まあ、刑事としての勘のようなものか。だから予審判事ボノーとの対決は見応えがあるのだ。
シムノン中期の秀作との評価があるようだけれど、第7章「『何といったんだ?』の巻」も、作家的な力量を存分に感じさせる。
シニカルなユーモアがお見事、シムノンの哄笑が聞こえてくる。

それらに比べると、やっぱり図式通りとなってしまった結末は、物足らなかった。
1.「モンマントルのメグレ」
2.「メグレと若い女の死」
3.「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」
4.「サン=フォリアン教会の首吊り男」

あえていうならわたし的な評価では、こういう順位となる。何といっても「モンマントルのメグレ」に出てくるパリ情景に痺れるからだ。町の生活感覚が、背後から生々しく匂ってくる。
「メグレとマジェスティック・ホテルの地階」も、生活感の描写は入念で、「モンマントルのメグレ」に肉薄してはいる。
キャラクターの立ち上がりには冴えがみられる。

《メグレは執務室に座って、朝のひとときを楽しんでいた。これはこれで悪くない。
背後では古い石炭ストーブが炎の音をたてている。左側の窓は厚いカーテンのような朝霧に覆われている。目の前にはルイ・フィリップ様式の黒い大理石の暖炉がある。暖炉の上には同じくルイ・フィリップ様式の置き型の振り子時計があり、その針はもう二十年も前から正午で止まっている。
壁には金と黒の額縁に入った写真が飾ってある。昔、警察署の<事務官の会>があった時に仲間たちと撮ったものだ。
みんな元気いっぱいで、フロックコートの身を包み、全員が口ひげをたくわえて、先のとがった顎ひげをはやしていた。二十四歳のときのことだ。》176ページ 引用者による改行あり

こういうシーンや、出張さきの「カンヌ」のシーンに、小説の真の醍醐味が潜んでいる。
しっかりと読ませていただきましたと、シムノンと訳者の高野優さんに申し上げておこう。
文庫本のオビに「メグレの名推理が人生の暗闇を暴き出す」とあるが、縮めていえばその通り♬
読みすすめながら、メグレという男の渋い人間的魅力にしてやられたので、☆5個といいたいが、「モンマントルのメグレ」を読んだ直後なので、評価が辛くなる。

しかし、この機会に読んでおいてよかった。



評価:☆☆☆☆

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