8万人が同時に参加している「ポケモン」ゲームの進行を見守るうちに、
息子は、
英語の参考書で見たスタインベック(ノーベル賞作家)の
「人間は創造力をもった唯一の種である。
(略)音楽においても、芸術においても、詩においても、数学においても、
哲学においても、有効な協力というものはない。ひとたび創造の奇跡が起これば、
集団はこれを組織だて、拡大することはできるが、
集団が何かを創造することは決してない。尊いのは個々の人間の独自の精神である」
という言葉を、自分の思いに重ねて、考えをめぐらせていました。
息子 「ネットで個人でも意見が言えるのはいいことだけど。
でも、誰もが大量に自分の意見をつぶやいてきた結果、意見の価値基準が
おかしなことになってきている気がするな。
たくさん支持を集めたか、ツイッターならフォロワーの数が、意見の質を決められ
るといったね。そうやって多数決が暗に力を持ち出すと、
創造的ないい意見が埋もれていることもよくある。
でも、本当にそれが問題なのは、
自分の意見と自分が同調している多数派の意見との境目が薄れるにつれて、
自分の精神が本来持っている可能性とかが、力がないもののように感じられること
じゃないかな。
ゼロから何かを作り出すことなんかできない、
個人の精神から何か生まれてくるなんてありえない、なんて
スタインベックの人間観とは真逆の思考に陥るってことだけど」
インターネットが必要不可欠となった現代、スタインベックの主張は、
過去の遺物でしかないのでしょうか。
それともネット時代の今だからこそ、真剣に吟味すべき名言なのでしょうか。
わたしは、「★が言っている話題にリンクしているから、読んでみて」と言って、
カニグズバーグ(児童文学作家)がシモンズ大学でした講演の内容を
見せました。
キャッツで有名なT.S.エリオットの詩の
「思いきって宇宙を騒がせてみますか」という言葉をテーマにした講演。
「宇宙を騒がせる」とは、既存の考え方をひっくりかえす……つまり、
それまでは当然のことと捉えられていた認識や思想や価値観などを
根底から覆すような創造的な行為をたとえた言葉です。
カニグズバーグは、ガリレオ、ニュートン、アインシュタインといった
びっくりするような世界のひっくりかえし方をした人々の生涯をたどって、
宇宙を騒がせるような創造的な仕事をするには
どんな条件を充たさなくてならないのか、探っています。
そして得た答えは、「近回りの人々の心証を害する勇気があること」
「孤独をいきいきと楽しむことができる力」という意外なものでした。
近回りの人々とは、自分の生活圏にある人々のことで、
それらが持っている集団心理を敵に回すことは、
宇宙を騒がすよりも勇気がいることなのだそうです。
アインシュタインは、「孤独はパーソナリティーの教師として高く評価され、
認められるときがくるだろう」と言っています。
「東洋人は昔からこのことに気づいていた。孤独を知っている人は
やすやすと集団心理の犠牲になることはない」とも。
カニグズバーグは、こんな興味深い話題も提供しています。
合衆国はさまざまなマイノリティーの文化を受け入れてきて、アジア系アメリカ人や
アフリカ系アメリカ人は子どもの文学の中心部に食い込み、その発展に寄与している
のに、なぜメキシコ系アメリカ人は中心部どころか、近辺でも何の作品も生み出して
はこなかったのか、カニグズバーグは疑問を抱いたそうです。
調べるにつれ、メキシコ系アメリカ人の移住区に暮らす人々は
何をするのも一緒にしていること、
生活が集団でなされているという事実が浮き彫りになってきたそうです。
テレビを観るのも、コインランドリーに行くのも、食べるのも、
女たちは互いの家を行き来して一緒にするという状態では、
子どもにひとりでいる才能を伸ばす機会が与えられません。
カニグズバーグはこの話をこう締めくくっています。
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これでは、移住区はたしかに安全であっても、牢獄とはなりえないでしょうか。
(略)ひとりでいることができるようにならなくて、人はどうして近回りの
人々の心証を害することができるでしょう。
仲間うち、あるいは地域共同体から人々を自由に解き放たなくて、
どうして社会は宇宙を騒がす人々を生み出すことができるのでしょう。
私たちには孤独が必要です。
その孤独を支え、元気づけるものが必要です。
そして私はそれをしてくれるのは、本だと信じています。 (略)
本は想像力を豊かにし、孤独を充実したものにしてくれます。
でも逆も真なり。想像力と孤独が本を肥やし、本を書くことも可能にしてくれるのです。
『トーク・トーク カニグズバーグ講演集』 岩波書店
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真に創造的に生きていくためには、
集団心理との距離の取りかたがこんなにも大切だとは……と深く胸に響く文章でした。
ネットゲームの話題をきっかけに、
息子にわたしが子ども時代大好きだった作家の文章を紹介する機会ができて、
とてもうれしくもなりました。