雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十回 贄川の人柱

2013-12-02 | 長編小説
 木曾街道(中山道)は贄川の宿(にえかわのしゅく)で、三太は橋の架け替え普請が行われているとの話を耳にした。 私たちはちょっと寄らなければならない用ができたのでと、佐竹浩介に別れを告げた。
   「分かり申した、先に戻ります、数馬さまどうぞお気を付けて…」
   「父上(佐貫慶次郎)にお会いになったら、水戸の数馬が屋敷に向かっているとお伝えください」
   「承知した、では…」
 宿場で教えて貰った普請現場は、かなり遠かったが直ぐに分かった。 現場に居た男たちに、耳の下に大きな黒子のある稲造(いねぞう)という二十九歳の男を探していると尋ねたが、ここは村の男しか居ないと首を横に振られた。
 諦めて戻ろうとしたところ、三太と佐助は近くの小屋の中から子供の呻き声がするのを聞いた。
   「どうしたのだ」
 三太は男たちに訊いたが、男たちは「知らない」と、答えるばかりで、そのことには触れたくないと思っていることがありありと顔に顕われていた。
 男たちが止めるのを聞かず、三太は小屋に向かって駆けていった。 小屋の中には六・七歳の男の子が縛られており、猿轡(さるぐつわ)をされているが、「嫌だ、嫌だ」と言っているのが分かる。
   「その子は何故縛られておる」
 三太は不審に思い傍で見張っている男に声を掛けた。
   「悪戯をしたので、お仕置きをしている」
   「そうか、それにしても猿轡とは遣り過ぎではないか」
   「こいつは性根が腐っているので、徹底的に直してやらねばならない」
 子供が首を振って、「嘘だ、嘘だ」と言っているのが三太には分かった。 次の瞬間、子供が大人しくなって、誰かと話しているようであった。 相手は言わずと知れた新三郎である。 新三郎が戻って来た。
   「この村の者達は、一体いつの時代に生きていた亡霊だろう」
   「どうしたの」
   「橋の普請に、人柱を立てるらしい」
   「生きた人間を沈めて、その上に橋桁を立てるという」
   「そうですよ、呆れてものも言えねぇ」
   「あの子の親兄弟はどうしているのだろう」
   「子供を沈めるまでの間、家に監禁されているようですぜ」
   「まず、子供を助けよう」
 三太は、佐助にも説明して、小屋の戸を蹴破り中に入った。 三太が見張りに当て身(あてみ)を喰らわした。 当て身とは、人の鳩尾(みぞおち)辺りを拳で一撃するのだが、鳩尾は神経が集まっている急所である。 一撃を食らっても、気を失うことはまず無いが、その痛みの為に横隔膜の動きが一瞬止まって、息が出来なくなるが死ぬことはない。
 佐助は「今、助けてやるならな」と、子供に言って、猿轡と縛っていた縄を解いた。 普請場に居た男たちが戸を蹴破る音を聞き付けて集まってきた。
   「大事な人柱が奪われたぞ」
 男たちは、手に、手に鶴嘴(つるはし)や天秤棒を持って、三太を取り囲んだ。 三太は、その天秤棒を見て、池田の亥之吉を思い出し、「くすっ」と笑ってしまった。 それが余程ふてぶてしく異様に思えたのか、男たちは引いた。
   「お前たちがやろうとしていることは、神事でも何でもない、人殺しだぞ」
 男たちの中にも、人柱に不審を持っているものは、更に一歩引き下がって黙り込んだ。
   「人柱を提案したのは誰だ」 三太が叫んだ。
   「しゃらくせぇ、殺ってしまえ」
   「お前たちは、殺人軍団か、殺れるものなら殺ってみやがれ」
 三太が剣を抜いた。 一瞬、男たちは怯んだが、先頭をきる男に続いて、男たちは向かってきた。 三太は先頭の男が鶴嘴を上に振り上げて向かってきたのを「さっ」と横にそらし、男の腕を斬ったかのように見えたが、腕に剣が食い込む寸前で三太は峰を返していた。
   「あーっ」と、低い悲鳴を残して、男は崩れ落ちた。
   「次はどいつだ、心してかかってきやがれ」
 新三郎が堪りかねて、三太に注意した。
   「三太さん、言葉使いが悪すぎます、もっと淑やかに願います」
   「やかましい、黙っとれ!」
   「わしら、何も言っておりませんが…」 と、農具を持った男たち。
   「そうか、言ってなかったか、すまん、すまん」
 三太の謝る余裕に、男たちは更に怯み、戦意を無くしたようである。
   「もう一度訊く、人柱を立てよと指示したのはだれだ」
 男たちは沈黙を守った。
   「では訊くが、この普請の普請方はどなたなのだ」
 男たちは、頑なに口を閉ざす。
   「お前たちが言わぬなら、これから松本城へ赴き、藩主直々に聞こう」
 男たちは狼狽し、お互いの顔を見回して目で相談し合っているようである。
   「お待ちください」 言葉が丁寧になった。 「申し上げます、普請方の佐伯格之丞様です」
   「そうか、よく申した、お前たちが喋ったとは決して言わぬから安心しなさい」
 三太は、そう前置きをして、村の男たちに説いた。 この度の人柱は、普請方か、その上司が仕組んだことで、藩から降りる援助金や町人などから募った費用を、手抜き作業で浮かせた金を着服した。 手抜きの結果弱い橋が出来上がり、濁流が押し寄せて脆くも橋が落ちると、水神の怒りと称して人柱を立てたり、生贄を捧げたりさせて、責任を転化するのだと。
   「大切に育てた宝物を、そのような企みの為にむざむざ殺させてはいけない」
 人柱に選ばれた子供の親が、どれ程悲しんでいるか、お前たちは察することも出来ないのかと、三太は怒りを込めて訴えた。
   「では、その子供を親元へ返しに行くが、誰か案内をしてくれ」
 一人の男が名乗り出た。
 三太から腕に峰打ちを受けた男は、人柱を指示した者の手先かも知れない。 三太はその者の名と住まいを訊き、「覚えておくからな」と、凄んでみせて、その場を離れて子供の家へと向かった。
 子供の家は、ピタリと戸を閉め切り、中で嘆いているようすであった。
   「三太、お前を守れなかったわしを許して、どうか成仏しておくれ」
 父親の声が外まで聞こえてきた。
   「お前も、三太というのか、三太、お父っつぁんがお前の為に泣いてくれているぞ」
   「うん、俺はお父っつぁんを恨んでなんかいない」
   「そうか、そうだよなぁ、お父っつぁんは、一生懸命に三太を守ろうとしたのだろう」
   「うん、俺の代わりに、わしを人柱に立てろと喚いていた」
   「そうか、いいお父っつぁんだ、早く元気な顔を見せてやろう」
 三太(数馬)が戸を開けると、三太の親が泣き伏した。 もう我が子が人柱に立てられたと思ったのであろう。
   「お父っちゃん、俺だよ、三太だよ」
 両親が驚いて顔を上げた。
   「このおじちゃんが助けてくれた」
 両親は恐る恐る我が子を触ってみて、「あっ、暖かい」と、抱き寄せて更に泣いた。
   「このままでは、また誰かが犠牲になるかも知れない、私は今から松本城へ赴く」
 三太(数馬)は、礼をいう三太の両親に別れを告げて、松本城へ向った。
 門を叩くと、門番が顔を出した。
   「私は、上田藩の家臣、佐貫慶次郎の一子、佐貫三太郎と、その弟子佐助でござる、ご家老に会いたい」 兄の名を騙(かた)った。
 三太が告げると、「何を言うか、この若造共が…」と、ばかりに、追い払おうとした。
   「待ちなさい、私を追い払うと、後でお殿様からお叱りをうけることになりますぞ」
 門番は、三太のその言葉に怯んだ。
   「お待ちください、ただいま上司に伺ってまいります」 言葉が急に丁寧になった。
 しばらくして潜戸が開かれると、「お入りください」と、丁重に招き入れた。
   「上田のご城主の信頼厚き佐貫慶次郎殿のご子息で御座ったか」 と、身分の高そうな家臣が迎えてくれた。
   「それがしは、年寄の坂部勘左衛門と申す」
   「父をご存じでしたか」
   「はい、以前に前(さき)のご城主、松平兼重候にお目見えする機会が御座って、その節に佐貫氏をご紹介頂き申した」
 後に上司から「佐貫氏は忠臣者」だと聞かされたそうである。
   「それで。ご用の向きは」
   「松本藩のご藩中で、橋の普請に人柱を立てようとしているのを貴殿はご存じか」
   「なんと、このご時世に人柱とは驚き申した」
   「それを指示したのは、普請方のお役人だと耳にしました」
   「今、普請している橋は、贄川でござるが」
   「そうです」
   「普請方と言えば…」
   「佐伯格之丞殿ですね」 三太が先に言った。
   「あっ、その通りだ」
   「その佐伯格之丞ですが、手抜き普請をしている様子はありませんか」
 橋を普請しても、直ぐに壊れるのは水神の怒りと称しているが、じつは手抜きがその原因ではないのかと三太が疑っている旨を打ち明けてみた。
   「早速調べあげて対処しょう」
   「ありがとう御座います」
   「そのような残酷なことはさせません、どうぞご安心召され」
   「わかりました、宜しくお願い致します」
 三太は、それで納得して戻ろうとしたが、坂部勘左衛門が引きとめた。
   「折角、当城へ来られたのでござるから、我が殿にお目通りされては如何かな」
   「御会いできるのですか」
   「暫くお待ちください、只今の話と、佐貫氏のご子息が見えていることを殿に話して参る」
 暫く待って、そろそろ退屈になってきたところで勘左衛門が戻ってきた。
   「佐貫殿の子息に、是非会いたいと申された」
   「そうですか、それではお目通りさせて頂きます」
 三太は、殿の御前で恭しく平伏した。
   「佐貫三太郎でございます、こちらは弟子の佐助と申します」
 三太は、上田の殿様に初めてお会いした時のことを思い出した。 懐に入れていたひよこの名がサスケであると父に聞いて知っていた殿が、それを知らぬ振りをして、三太の名にサスケと付けようとして、三太が困るのを見て笑ったのだった。
   「よく知らせに来てくれた、礼を言うぞ、そのようなことが他藩に知れると、余は恥をかくところであった」
   「ははあ、恐悦至極に存じます」
   「そう畏まらずとも良い、楽に致せ」
   「有り難うございます」 三太は顔を上げた。
   「ははは、そなたは佐貫三太郎ではあるまい、弟の三太であろう」
   「えっ、何故にそれをご存じですか」
   「余は、佐貫三太郎に会っておるぞ」
   「これは、恐れいりました」
   「よいよい、兄弟であるから、どちらでも構わぬ」
   「何故に、三太までご存じでしたか」
   「松平兼重殿が、笑って其の方のことを話していたのだ、サスケのこともな」
   「お恥ずかしい限りで御座います」
 三太は、赤面した。
   「何を言いふらしているのだ、隠居様のお喋りめ」

  第十回 贄川の人柱(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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