雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第九回 数馬は殺人鬼なり

2013-11-30 | 長編小説
 木曽福島の宿に入った辺りで、佐助が今歩いてきた街道を振り返った。
   「先生、信濃の国と言っても、広過ぎますね」 と、心配顔を見せた。
   「馬籠の宿から信濃の国だが、佐助、お妙さんのお父っつぁんのことを気にかけているのかね」
   「はい、そうです」
   「それは心配無用だよ、お妙さんが言ってたろう、橋の普請(ふしん=建設)をしているところだと」
   「言っておりました」
   「そこ、かしこで橋の普請はしていないだろう」
 街道の行く手に沿って流れる川に、若い女が着物を着たまま飛び込むのが見えた。 三太が駆け付けるのには距離が遠過ぎる。 若い男が叫んでいる。 男は恐らく泳げないらしく、旅人に助けを求めている。 距離が離れてはいても放ってはおけず、三太は無我夢中で走った。
 その時、旅人の侍が刀を捨て、着物を脱いで川に飛び込んだ。 三太は走りながら、その様を見て安堵した。 「どうぞ、助かってくれ」と、祈りながら、それでも走り続けた。 流れて行く女の方はと見ると、懸命に川面から頭を出そうともがいているが、川面に突き出た大きな岩の辺りまで流れたあと、女の姿は見えなくなった。
 助けに行った侍が岩の辺りに辿り着き、潜って女を探しているようであったが、諦めて戻ってきた。
   「あぁ、だめだったか」と、三太は呟いた。 新三郎に話しかけたが返事がない。
   「新さんが、なんとかしてくれるのかな」
 溺れそうな人を、はたして新三郎に助けられるのであろうか。 期待して新三郎が戻ってくるのを待つばかりである。
   「あほらしい、助けに行って損をした」
 新三郎である。 川に飛び込んだ女と、助けを求めた男は仲間で、どうやら人を騙して置き引きをする常習犯のようだという。
  助けに行った侍が、裸で三太の元へ走ってきた。
   「お前であろう、拙者の刀と身ぐるみを盗んだのは」
   「何を言われる、無礼ですぞ、貴殿の脱いだものは、先程若い男が持ち去りました」
   「それを見ていて、何故咎めなかった」
   「私がここで見ていて、どうして盗人と判断出来よう、貴殿の元へ持って行ったと判断してもおかしくはないでしょう」
 あまりの無礼に三太は激怒した。
   「貴殿が、間抜けだからです」
   「聞き捨てならぬ、人命を救おうとした拙者のどこが間抜けでござるか」
   「街道は盗人の蔓延るところ、助けを求めた男は、自分で飛び込もうとしなかったではないか、たとえ泳げなくとも、なんとか助けようと川に入るはずだ」
   「人命が危ういと思った時に、そのように冷静でいれるものか」
 三太は自分の言ったことに後悔した。 侍の言う通りだ。
   「貴殿の気持ち、よく分かり申した、言い過ぎたことを詫びます」
   「分かって貰えばよろしい、先程の拙者の無礼をお詫び申す」
 そんなことより、侍が裸で街道を歩けない。 ほとほと弱り果てて、侍は岩に腰を下ろし、頭を抱えた。
   「私は、水戸藩士能見篤之進の養子、医者の能見数馬です」
   「これは、失礼した、拙者は上田藩士、佐竹浩介と申す」
   「上田藩でござるか、私の育ての親が上田藩士で御座って、そちらへ向かっております」
   「上田藩士の父上は、どなたでござる」
   「佐貫慶次郎です」
   「おお、これは奇遇、拙者は佐貫慶次郎さまの部下でござる」
   「不躾(ぶしつけ)ですが、何ゆえの旅でしょう」
   「佐貫さまのご子息、鷹之助さまを上方まで送り申した帰りでござる」
   「鷹之助は、私の義弟ですが、何故に上方へ行ったのでしょう」
   「鷹之助さまは武術よりも学問がお好きのようで、父上を説き伏せて上方の儒学塾に入られたのでござる」
   「左様ですか、鷹之助の実の兄、佐貫三太郎と同じです、兄上も、武術がお嫌いで医者になりました」
   「数馬どのも武術がお嫌いて医者になられたのですか」
   「私は両立です、医術は義兄から、武術と馬術は佐貫の父上から習得しました」
   「それはご立派」
 なんだか、自慢をしたようで、三太は少々はにかんだ。
   「それよりも、佐竹殿の持ち物を取り返さうではありませんか」
   「奴らは、もう遠くに逃げ去ってしまったので、無理ではござるまいか」
   「大丈夫です、やつらは佐竹殿の着物も持ち去りました、着物に着いた佐竹殿の臭いを追って行きましょう」
   「えっ、数馬殿の正体は犬ですか」
   「誰にもしゃべらないでくださいよ、実はそうなのです」
 三太は自分の道中羽織を佐竹に貸し、離れて付いてくるように指図した。
   「やはり、私の臭いが邪魔になりますか」
   「そうです」

   「新さん、頼みます」
   「ほいきた、助さん」
   「誰が助さんですか、私は三太です」
   「まあ、そう硬いことは言わずに…」
 新三郎は、やつらが逃げて行った方向にふわりっと飛んでいった。 ただし、見えないので多分である。 暫くして、やつらが逃げ込んだ場所を突き止めて戻ってきた。
   「この先の洞穴を、やつらの塒(ねぐら)にしています」
   「佐竹さん、急ぎましょう」
 街道からは見逃しそうな洞穴に辿り着いた。
   「この中です」
   「入ってみよう、佐助は外で待っているように…」
 三太は率先して洞穴の奥に向かった。 少し奥まったところに、広い空間がある。 その真ん中で火を焚いて着物を乾かし、四人の男と、一人の女が盗んで来た獲物を数えている。 分配でもするつもりであろう。 三太が忍び込んで、岩陰から不意に飛び出し、大声を上げた。
   「こらっ盗人共、年貢の納め時だと観念しやがれ」 三太は言って、ちょっと芝居がかったかなと、隠れて照れ笑いした。

   「お前ら、付けられたのか」 一番年長らしい男が四人を叱るように言った。
   「そんな筈はないのだが…」
   「現に、こうして付けてきたではないか」
   「兄貴、申し訳ありません」 

   「てめえら、この人の持ち物を返して貰おうじゃねぇか」
三太は芝居の科白癖が付いたようだ。
   「やってしまえ!」
五人一斉に匕首の鞘を飛ばし、三太に斬り付けてきた。 三太は一歩下がり長刀を抜いて構えた。 真っ先に飛び込んできた男の匕首を刀の峰で叩き落とし、続いて三人の男が同時に三太に匕首を向けて、じりじりっと迫ってきた。 三太は後へ下がったが、後ずさりして逃げたのではない。 三太の刀が男たちに届くのを避けたのである。
男たちは、自分たちが優位に立ったと見て、三人一斉に三太を向けて迫って来た。 三太の刀が右の男の左わき腹に届いたその直前で刀の峰を返してバシッと打っていた。  続いて目にも留まらぬ速さで体を反転させ、左の男の右わき腹を、刀の峰で打ち据えた。 そこで、三太は一歩下がったが、残りの男もまた、一歩下がった。 男の表情からも読み取れるが、男は怯んだのである。 三太はピタリと止まって待ったが、男は突っ込んでくる様子はなく、慌てて洞穴の外へ逃げて行った。
 女はどうしたと見回すと、岩肌に張り付いた丸腰の佐竹に、匕首を逆手に持って迫っていた。 三太の足もとに、佐竹の刀があったので、それを拾い佐竹に投げて渡した。 佐竹は刀を受け取り、鞘を外して女に斬りつけようとしたが、三太の「斬るな」と怒鳴る声を聞いて、刀を構えたまま三太の指示を待った。
   「これ女、誰一人命は取らぬ、盗みが出来ぬように両腕を切り落とすが、すぐさま医者に駆け込めば命は助かる、まずお前の腕から斬りおとそう、そこへ直って両腕を前に付き出せ」
 女は腕を前に出せないで震えている。
   「腕を出さねば、首を刎ねるがよいのか」
   「私はこの男たちに無理矢理手伝わされただけです、どうぞお助けください」
   「そうか、では男の両腕から斬り落そう」 と、脇腹を抑えて呻いている男に近付いた。
   「俺も兄貴にやらされていただけです」
   「みんな兄貴の命令に従っただけです、どうぞお助けを…」
   「では、兄貴の両腕を切り落とそう」
 兄貴と呼ばれている男は、三人を睨み付けて、観念したのか首を突き出した。
   「両腕を斬られては、生きて行かれません、どうぞ首を刎ねてください、幽霊となってこいつらに復讐してやります」
   「よし、良い覚悟だ、佐竹殿、貴殿の仇を討って差し上げましょう、よく見ていてください」
 三太は、キラリと光る刃を兄貴に見せて、上段に刀を構えた。
   「数馬殿、待ってください、こいつらは人を欺いて盗みをしただけでござる、どうぞ助けてやってくだされ」
   「良いのですか、こいつらを許して…」
   「はい、この通りでござる、拙者に免じてどうかお頼み申す」
   「佐竹殿がそうまで言われるなら、許さぬでもないが、こいつらはまた旅人を騙すであろう」
   「その時は、拙者がこやつらを退治に参ろう、今日のところは見逃してやってほしい」
 お前たちも、許しを乞わないかと、佐竹は四人を促した。 四人と佐竹は、三太に平伏した。
   「よし、わかった、お前たち、今後このようなことはするではないぞ、と言ってもまたやるのであろう」
   「決していたしません」
   「わかるものか、もし旅人からお前たちの仕業らしい被害をきいたら、俺がこの刀で切り捨ててやる、その時を楽しみにしておるぞ」
 三太は、佐竹が自分の持ちものだけを取り返したのを見届けると、佐竹と共に洞穴を出た。 恐怖のために放心状態になった四人は、その場に崩れ落ちた。
   「数馬さん、ありがとうござった、それにしても強かった」
   「あれが芝居だと、佐竹さんどこで気付きけれました」
   「えっ、芝居だったのでござるか」
   「気付かずに、本当にやつらの命乞いをしてやったのですか」
   「はい」
   「佐竹さん、あなたは優しい御仁だ、感服しました」
   「お恥ずかしい次第です」

  第九回 数馬は殺人鬼なり(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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