雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第十八回 今須の人助け

2013-12-26 | 長編小説
 幟を見て依頼される仕事は、人助けには成るが金儲けには成らない。 儲けたのは三十文程度、これでは屋台のかけ蕎麦を二杯食べることが出来ない。 三太は「やーめた」と、幟を投げ捨てた。 あまり感心の出来ないやり口で手に入った小判が幾らか三太の懐にあるが、義弟鷹之助の為に少しでも多く稼いでやりたかった。
 道の先に、若い武士が初老の武士に肩を貸して、旅籠の門口で通る人に何やら声をかけている。 よく聞いてみると、医者を探している様子であった。 三太は駆け寄り若い武士に尋ねてみた。
   「私は医者ですが、どうなさいました」
   「はい、主人が俄かの腹痛で難儀しております」
   「僭越(せんえつ)ながら、私が診て差し上げましょう」
   「お願い致します」
 病人の「ぶっさき羽織」の紐を解き、帯と袴の紐を緩めて腹を出させた。 甲斐甲斐しく手を動かす若侍に、主人を労わる気持ちがこもって好感が持てた。
 三太は、病人の鳩尾(みぞおち)を軽く押してみた。 反応はない。 今度は、胸の方に向けて強く押してみると、「うっ」と、吐きそうな仕草をした。
   「俄かに腹痛が起こったのですか そうではないでしょう、前々から腹痛が起きていた筈です」
   「主人は我慢強くて、痛くとも決して表情に出しませんから、気付きませんでした」
   「それにしても、こんなに悪くなるまで気付かないなんて、あなたにも落度があります」
   「申し訳ありません」
   「驚かないように、先に言っておきましょう」
   「何で御座いましょうか」
   「主(あるじ)殿は、間もなく大量の血を吐かれます」
   「お命が危ないので御座いますか」
   「いいえ、命は私が取り留めます」
 三太が言った通り、病人はたくさんの血反吐(ちへど)を吐いて失神した。
   「お亡くなりになったので御座いますか」
   「気を失っただけです」
 ほんの一刻気を失っていたが、気が付いた病人に三太は背なの荷から取り出した薬を飲ませると、気分的にも落ち着いたようであった。
   「主殿を近くの旅籠にお連れしましょう」

 三太は、若い侍と共に病人を運び、浩太は病人の荷物を持って三人の後に続いた。 宿の者に訳を話して床をとって貰い、病人を寝かせると、病人は半身を起こして言った。
   「姓名も名乗らずに失礼申した、それがしは彦根藩士坂崎佐間之助と申し、伴の者は家来の蔓木(かずらぎ)仙太郎で御座る」
   「これは、申し遅れました、私は医者の佐貫三太郎で、こちらに居ますのは二番弟子の浩太にございます」
   「忝(かたじけ)のう御座った、お蔭様で拙者は命拾いをした様ですな」
   「いえ、治療はこれからで御座います、時間をかけてじっくりと治す必要があります」
   「それが、そうは参らぬ事情がありまして…」
   「私で宜しければ、その事情とやらをお打ち明けくださいませんか それもまた治療の一環となりましょう」
   「聞いてくださるか、実は倅のことで苦労させられております」
   「ご子息様が何か」

 佐間之助は、ぽつりぽつりと話した。 妻は息子を産んで直ぐに他界した。 乳母と男手で甘やかして育てた息子は、長じて放蕩三昧に明け暮れ、佐間之助はその尻拭いに奔走した。
 この度は、他藩の武士の妻に手を出したとして捕えられてしまった。 詫び代、金一千両を払わないと世間に公表した上で倅を妻仇(めがたき)として討ち果たすと脅迫された。 武士とは言え、藩に仕える身で一千両は無理だと、百両の金をかき集めて指定された屋敷に詫びに行ってきたが、千両でなければ応じられぬと突き返されてしまった。
 この身はどうなろうと、せめて坂崎家の跡継ぎである倅の命だけでも助けてくれと土下座をして頼み込んだが、受け入れては貰えなかった。
   「五代続いてきた坂崎家は、拙者の代で断絶かと思えば、ご先祖に申し訳なくて涙が零れます」
 だが、佐間之助は諦めていないようであった。 倅を捨ててでも、佐間之助は坂崎の家を護ろうと決心していた。 自分が生きている間に仙太郎を養子に迎えて、坂崎の家を継いで貰おうと考えているのだ。
   「仙太郎、どうだ坂崎の養子になってくれるか」
   「それはなりません、坂崎家のお世継ぎは、ご子息の一郎太様です」
   「一郎太の命を救うには、一千両もの大金が必要なのだ、そんな大金はわしには逆立ちをしても工面はできない、藩侯に訴えようとも、坂崎家の恥を明かすようなものだ」
 三太は、この主従の話の邪魔をしないためにこの場を離れた。
   「新さん、どう思います この主従の話」
   「泣けてくるではありませんか」
   「何だかおかしいと思いませんか」
   「何が」
   「そうでしょう、坂崎殿に千両も出せぬことを承知で言っているとしか思えないよ」
   「そうでしょうか」
   「そうですよ、この話は、坂崎父子を失墜させるのが目的のようです」
   「誰が 何の為に」
   「まだ、分かりません、調べてみましょう」
 新三郎は、捕えられている坂崎一郎太のもとへ飛んだ。 三太は佐間之助の看病をしながら、仙太郎が佐間之助から離れる機会を待った。
   「仙太郎さんは、一郎太さんのことが気掛かりのようですね」
   「仙太郎は優しい男で、倅を気にかけてくれるのじゃ」
   「いつ頃から、坂崎殿のお屋敷に…」
   「三年程まえからだ」
   「仙太郎さんが来たのは、一郎太さんが幾つのときでしたか」
   「十七の時だ」
 そこへ仙太郎が戻って来たので、三太は話を打ち切った。
 幽霊というのは便利なもので、人が歩いて行くと、一日は掛かりそうなところを、「あっ」という間に一郎太のもとへ到着した。 一郎太は、縛られて座敷牢に入れられていた。
   「一郎太さん、わたしはあなたを護る為に遣わされた守護霊です」
 一郎太は、飛び上がる程驚いた。 辺りを見渡しても、人影は無い。 一郎太は自分の悔しい気持ちが、きっと幻聴を起こしたのであろうとがっかりした。
   「一郎太さん、幻聴ではありません、私は新三郎といいます」
   「新三郎さんですか」
   「そうです、あなたは喋らなくても、思うだけで私には分かります」
   「私は、明朝手討ちにされるそうです」
   「そのようですね、今日ここへあなたの父上が来ました」
   「私の命乞いに来たのですか」
   「そうです、千両持ってくれば、あなたの命は取らないとこの家の主は条件を出していました」
   「この家の主は誰なのですか」
   「ここへ来て、すぐに調べてみたのですが、島田浅右衛門という旗本でした」
   「父に、千両もの大金を工面することは出来る筈がありません」
   「父上は、百両持ってここへ詫びに来ましたが、追い払われてしまいました」
   「私は何をしたことにされているのでしょうか」
   「他人の妻を寝取った罪です」
   「そんなことはしていません」
 彦根の町で会った女に一目惚れをして女に声をかけたところ、女は短冊を取り出して、すらすらっと歌を書いて手渡してくれたそうである。

   ◇瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われてもすゑに 逢はむとぞ思ふ◇
 女から短冊を貰って、逢いたくて堪らずにいると、仙太郎が調べてくれて、女がここに居ることを突き止めたのだそうである。
 募る恋心を抱いてこの地へ来て、その女会ったとたんに人妻であると告げられた。 それなら、何故あの歌を贈ってくれたのかと問う間もなく、姦通の罪を着せられて牢にぶち込まれてしまったのだと言う。
   「一郎太さんは、その女に手を出していないのですか」
   「いるも、いないも、会ってすぐに捕えられたのですから」
   「分かりました、一郎太さん、あなたは嵌められたのですよ」
   「嵌めたのは、あの女ですか」
   「いいえ、あなたの身近な人です」
   「身近な人と言っても、父と忠義者の仙太郎しかいませんが…」
   「今に分かります、ここに居ては殺されてしまいます」
   「父が千両を持って来るかどうかを待たずして、私を殺すのですね」
   「そんな金はあてにはしていませんよ、目的はあなたの命をとることです」
   「さあ、ここに居ては殺されてしまいます、今すぐここから逃げましょう」
 暫く大人しく待っていてくださいと伝えると、新三郎は一郎太から抜け出した。 一郎太が待っていると、牢番が一人鍵を持って牢に近寄ってきた。 錠を開けて中に入ると、一郎太を縛っていた縄を解いた。 その後、牢番がばったりと倒れたので、一郎太は牢を抜け、表に飛び出した。 この家の家来に見つかったが、この家来は叫ぶ間もなくばったりと倒れた。
   「さあ、父上が今須の旅籠で待っておられます、急ぎましょう」
 一郎太は走った。 日が落ちても、月明かりの下を眠らずに走った。 早く父上を安心させねば、血を吐いて死ぬかも知れないと、新三郎に聞かされたからだ。
 新三郎に案内されて、夜明けには佐間之助が泊って三太の看病を受けている旅籠へと一郎太は辿り着いた。
   「父上、一郎太です、一郎太戻って来ました」
 佐間之助は驚いたが、仙太郎はもっと驚いた。 何をどう言えばいいのか、言葉もない様子であった。
   「一郎太、許して貰えたのか」
   「いいえ、新三郎さんが導いてくれたのです」
   「本当なのかどこのお方だ」
   「新三郎さんは、守護霊です、話もしました」
   「新三郎どの さて聞いたことがない名だが、今もお前を護ってくれているのか」
 三太が口を挟んだ。
   「信じられないでしょうが、新三郎さんは、私の守護霊なのです」
 佐間之助は訝った。 その折り、新三郎は三太の元へもどり、調べて来た真相を三太に伝えていた。
   「そうだろうと思った」 三太は新三郎を労った。
 三太は、佐間之助と父に寄り添う一郎太に向かい、「心落ち着けて聞いてほしい」と、姿勢を正した。
   「あなた達父子は、図られたのです」
 まず、一郎太を放蕩にはしらせて、他人の妻との姦通の罪を着せ、女仇を討つと見せかけて殺害し、父、佐間之助に養子をとる決心をさせる。 その後に佐間之助も病死に追い込む計画だったのだ。
   「誰がそんな企てを…」
   「それは、言わずもがなでしょう」
   「いや、拙者の周りには、そのような企みをする悪人は居ない」
   「一郎太殿も、やはりそう思われますか」
   「いいえ、私を放蕩へと導き、私を女に引き合わせ、私に姦通させようとした男が居ます」 
   「気が付きましたか、そして、あなた方父子が死ねば坂崎家の跡取りとして仕官が叶う者です」
   「一郎太を牢に入れた屋敷、たしか島田と表札がかかっていたが、あの者は何故この企てに加担したのであろう」
   「女ですよ、島田浅衛門の若い妻と、この企てを考えた男が恋仲なのでしょう」
 蔓木仙太郎が、「ちっ」と、舌打ちをした。 三太を睨み付けて、「覚えていやがれ」と捨て台詞を残して逃げ去った。
   「一太郎さん、あんな男に付け入られるあなたもあなたです」
 三太は、一太郎に説教をした。
   「お父上は、あなたを心配するあまりに病気になられたのです、これからは、あなたが父上の看病をしなさい」
 心配をさせないで、親孝行すれば佐間之助の病は治ると教えた。
   「医師殿、拙者の診察代は如何程でありましょう」
   「三太さん、十文と言ってはいけませんよ」
 新三郎に釘を刺された。
   「そうですね、一両がとこ頂きましようか」
   「一朗太の命を救って下さったのです、せめて一郎太の為にかき集めたこの百両を貰ってください」
   「いえいえ、それは結構です、どうぞお屋敷にお帰りになって、治療に専念してください」

 三太は、一両戴いて懐に入れた。 やがて宿に町駕籠が呼ばれ、三太と浩太は佐間之助と一朗太に付き添って近江の国は彦根まで行くことにした。 仙太郎の捨て台詞が気になったからだ。

 案の定、途中で賊に襲われた。 どうやら仙太郎に雇われた無頼の徒のようだ。 三太は佐間之助が乗った駕籠を背にして庇い、剣を抜いて上段に構えた。 仙太郎はと辺りを見回すと、樹の陰で様子を伺っている。

 三太は、飛び込んでくる者を、体をかわして上段から肩先を斬りつけた。 男たちは斬られたと思い込み、本人は気を失ったが、三太の剣は瞬時に峰を返していた。いわゆる峰打ちである。
 無頼の徒どもは一瞬怯んだが、気を取り戻して三太に飛びかかった。 この男たちも何が起こったのかわからないまま、気が付けば地に叩き付けられていた。

 樹の陰に隠れていた仙太郎は、浩太の姿を見付けて、人質にとろうと浩太のもとに駆け寄ろうとしたが、仙太郎の前に一郎太が抜刀して立ちはだかった。
 その間に、仙太郎の横へ廻った三太は、仙太郎の剣を持つ腕を掴んで捩じ上げた。 仙太郎は剣を落としたが、その剣が仙太郎の足の甲に刺さった。 剣を足から抜き、足を引きずりながら逃げて行く仙太郎を横目に、三太は浩太を護ってくれた一郎太に礼を言った。
   「一郎太さん、勇敢でしたよ、お父上も安心されたでしょう」
 この一郎太が居るかぎり、坂崎家は安泰だと三太は思った。

  第十八回 今須の人助け(終) -次回に続く- (原稿用紙17枚)

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