雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第一回 浄土を追われて 

2013-11-13 | 長編小説
 お控えなすって、お控えなすって、早速のお控え有難うさんでござんす。 てめえ生国と発しますは信州です。 信州、信州と申しましても些(いささ)か広うござんす。
 信州は木曾の山中より伐採した材木を筏(いかだ)に組み、木曽川に流して製材所まで運ぶ、てめえ堅気の中乗りでござんした。 山を嫌って、故郷を捨てて、持った水竿(みざお)を長ドスに持ち替えましての長の旅、人呼んで中乗り新三(しんざ)と二つ名の半端な旅鴉にござんす。 以後面体(めんてい)お見知りおきのうえ、諸事万端(しょじばんたん)よろしくおたの申します。
 地獄には、なんとか地獄とかいうのが何種類かあるそうだが、新三が居た極楽浄土も地獄の一種である。 それに名をつけるなら、「退屈地獄、暇地獄」だろうか。 中乗り新三にとっては、叫喚地獄にも匹敵するような地獄である。 極楽浄土は、阿弥陀如来の浄土であり、成仏した者は阿弥陀如来の辺際(へんざい)のない膝元(ひざもと)に、阿弥陀仏の説法を聞きながら漂っている。 中乗り新三こと、新三郎は、説法を耳にしながら大きな欠伸(あくび)をした。
   「これ、新三郎、わしの説法がそのように退屈なものであるのか」
   「はい、生身の人間なら、耳にタコができておりましょう」
   「この苦しみのない浄土を、新三郎は不服と申すのか」
   「退屈で、退屈で、死にそうでございます、尤も既に死んでおりやすが…」
   「そうか、ではお前の望むところへ送ってやろう」

 気が付けば、新三郎は彼自身の墓がある経念寺という山寺の墓場に佇っていた。
   「どなたか、拙僧を呼ばれましたかな」
 新三郎が、遠い昔の思い出を蘇えらせているだけで、この寺の住職亮啓和尚には聞こえたようだ。 亮啓和尚を懐かしむ新三郎の気持ちが、和尚の心に伝わってしまったのだ。
   「和尚、あっしでござんす、新三郎でござんす」
   「おや、新三郎と申しましたかな」
   「はい、中乗り新三でござんす」
   「はて 新三郎殿は、一昔前に成仏して、極楽浄土に行かれましたが」
   「阿弥陀如来様の機嫌を損ねさせてしまい、この通り極楽浄土を追放されてしまいました」
   「何と罰当たりなことを、さあ本堂へ来なされ、拙僧が有り難い経を読みますので、新三郎殿は懸命に阿弥陀様の許しを乞いなされ」
   「いえ、それには及びません、あっしには逸(はぐ)れ者が似合っております」
   「馬鹿なことを言われるではない、幽霊となってこの世に戻っても、身の置き場がないであろうに」
   「いえ、あっしには能見数馬と言う友達が居やす」
   「其方(そなた)は知らぬのか、能見数馬さんは新三郎殿が成仏した日に、殺されなさった」
   「和尚、嘘をついたらいけやせんぜ、あっしは浄土で数馬さんに会っていやせん」
   「新三郎殿はご存じないのか 浄土は一つではない、数馬さんは阿弥陀様の極楽浄土とは違う浄土へ行かれたのに相違いない」
   「そんな殺生な、あっしは数馬さんを頼って態(わざ)と阿弥陀様を怒らせて追放されたのですぜ」
   「そんなも、こんなもありません、亡くなった者は阿弥陀様とて蘇えらせることは出来ぬ筈じゃ」

 新三郎は、哀しいが、思いっ切り泣こうにも涙は無い。 ただ能見数馬が建ててくれた自分の墓に縋(すが)って、途方に暮れるばかりであった。
   「だが、落胆することはないかも知れぬ」
 和尚が新三郎を慰めるように言った。
   「能見数馬さんの生まれ変わりが居る、緒方梅庵と言う医者だ、しかもその弟子に二代目の能見数馬が居る」
 最近はどうなのか分からないが、この医者と弟子の枕元に能見数馬が現れたと聞いたことがある。 その二人のところへ行けば、もしかしたら能見数馬に会えるかも知れないと、和尚は新三郎の幽霊に伝えた。 数馬の墓は水戸にある。 水戸藩士の能見篤馬殿が数馬さんの兄上で、父上は能見篤之進殿と言い、隠居しておいでになる。
   「お二人は存じておりやす、父上が藩金横領の濡れ衣を着せられた時に、数馬さんとあっしで冤罪を晴らしたこともござんした」
   「それなら、話が早い、幽霊の勘で梅庵と二代目数馬を探して、会ってみなさい」
 亮啓和尚は、「南無阿弥陀仏」と、念仏を唱えながら、本堂に戻っていった。
 新三郎は、自分の墓を見て、数馬との中山道の旅を思い出していた。 鵜沼の山中に埋もれた新三郎の骨を回収に行ったときの思い出だ。  長旅であったが楽しかった。 十四歳の能見数馬も、まるで栗拾いに出掛けるように浮き浮きしていた。
 新三郎は、緒方梅庵と二代目能見数馬に逢うために、水戸へ飛んだ。 文字通り、飛んだのである。 眠っている梅庵の夢枕に立ち、心に話しかけた。
   「あっしは、中乗り新三こと、新三郎でござんす」
 梅庵が答えてきた。
   「新さん、お久しぶりです、ずっと会いたいと思っていました」
   「あんさんは、能見数馬さんですかい」
   「その通り数馬です、今は緒方梅庵こと、佐貫三太郎の記憶の中におります」

 新三郎と数馬は、夜明け近くまで思い出に浸った。
   「あっしが成仏したばかりに、数馬さんは殺されなさったのですね」
   「いや、それは違う、私が油断したのです」
 では、またあいましょうと、新三郎は去っていった。 翌晩は、二代目能見数馬の夢枕に立った。
   「あっしは、初代の能見数馬さんの友達で、新三郎と言いやす」
   「私は、二代目でなく、能見数馬の義弟です」
   「そうですかい、その頃お兄さんは生きていて、あっしは幽霊でお兄さんに取り憑いていやした」
   「新三郎さんが義兄をとり殺したのですか」
   「違いやすよ、あっしはそんな悪霊じゃござんせん」
   「義兄は、幽霊と仲が良かったのですか」
   「さいです、一心同体じゃなくて、二心同体でした」
   「兄には、ふたつの魂が同居していたのですね」
   「へい、弟さんは理解が早い」
   「その義弟の私に、何かご用ですか」
   「あっしを、あなたに取り憑かせてくだせえぇ」
   「義兄がそうしていたのなら、私も構いませんが、私がすることは何もかも新三郎さんのお見通しになるのですか」
   「へえ、それはそうでござんす」
   「わっ、嫌だなぁ、あんなことや、こんなことも知られてしまうのか」
   「何か知られたらいけないことでもあるのですかい」
   「そりゃあ、ありますよ、義兄は平気でしたか」
   「あっしも、兄さんも、そんなことを気に留めたこともありやせん」
   「分かりました、私に憑いても構いません」
   「有難うさんでござんす」

 翌朝、目を覚ました数馬は昨夜のことは夢だったのか思った。 それにしても、何というおかしな夢だろうと、緒方先生に話してあげた。
   「数馬、それは夢ではありません」
   「えっ、夢ではないとは、どういうことでしょう」
   「新三郎さんの霊が、本当に話しかけたのです」
   「それが先生にどうして分かるのですか」
 梅庵先生は、突然数馬の懐に手を入れた。
   「あっ、先生やめてください、くすぐったいじゃありませんか」
   「我慢しなさい」
   「あっ、あっ、我慢出来ません」
 梅庵先生は、しばらく目を閉じていたかと思うと、徐(おもむろ=ゆっくり)に声を掛けた。
   「新さん、おはよう」
   「へい、おはようさんでござんす」
 先生からは声で、新三郎からは心の中で、数馬にも二人の挨拶が分かった。
   「新さん、数馬に憑いた感想は」 梅庵が訊いた。
   「へい、昔に戻ったような気がします」
   「初代の数馬さんのように思えるのですね」
   「へい、数馬さん、万端お引き回しのうえ、よろしくおねげぇ致しやす」
 自分の中に、他人の魂が入り込んでいると思うと、煩わしいかなと思った数馬であったが、間もなく慣れてしまい何時でも何でも相談ができるので気に入ってしまった。 ただ、自分の中に話し相手が居るので、娑婆(しゃば=この世)の人達との会話が疎遠になり、自分の内に籠りがちにならないかと数馬は心配した。
   「新さん、新さんは他の人の中へも入れるのですね」
   「へい、もちろんでござんす」
   「そうですか、それでは一つお願いがあるのですが…」
   「何なりと」
   「実は、十六歳の娘さんなのでずが…」
   「数馬さんの思い人(おもいびと=恋人)ですね、それで数馬さんのことをどう思っているか探って来いと…」
   「勝手に話を作らないでください」
   「違いましたか」
   「違いますよ、その娘さんは火を恐れて近付けないのです」
   「分かりました、その娘を火の中に放りこむのでござんしょう」
   「新さん、あなた本当は悪霊でしょうが」
   「ははは、冗談でござんす」
   「冗談にでも、そういうことは言ってはいけません」
   「面目ない」
   「何が原因で火を恐がるようになったかを知りたいのです」
 娘の親から、半年程前から娘が塞ぎ込んだままで、誰とも話をしたがらないようになった。 何らかの病気ではないか診てくれと頼まれたのだ。

   第一回 浄土を追われて(終)  -次回に続く-   (原稿用紙12枚)

「幽霊新三、はぐれ旅シリーズ」リンク
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「第二回 火を恐れる娘」へ
「第三回 死にたがる男」へ
「第四回 名医の妙薬」へ
「第五回 新さんは悪霊?」へ
「第六回 独りっきりの手術」へ
「第七回 美江寺の河童」へ
「第八回 三太、悪霊と闘う」へ
「第九回 数馬は殺人鬼なり」へ
「第十回 贄川の人柱 ...」へ
「第十一回 母をたずねて」へ
「第十二回 無実の罪その1」へ
「第十三回 無実の罪その2」へ
「第十四回 三太の大根畑」へ
「第十五回 死神新三...」へ
「第十六回 大事な先っぽ」へ
「第十七回 弟子は蛇男」へ
「第十八回 今須の人助け」へ
「第十九回 鷹之助の夢」へ
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