桑名から九里(36Km)戻って、亀山城から再び江戸へ向うのだが、一度通り過ぎた街道を再び歩くのは気が重い。 亥之吉は、山中鉄之進にわざとらしく訴えると、山中は連れ戻したことを詫びて、桑名まで馬で送ろうと言った。
「亥之吉は、馬に乗れるのか」
「さあ、牛には子供の頃から乗っていたが、馬は騎手の背中にしがみ付いて乗せて貰っただけです」
「牛に乗れたのなら、馬は鞍が付けられるから乗りやすい」 と、
山中が乗った馬一騎と、亥之吉を乗せる馬一蹄を用意してくれた。 亥之吉が一人で乗ってみると、なるほど乗りやすい。中山が先に進み、 亥之吉の乗った馬の手綱を引いてくれるのから馬術不要で亥之吉はただ天秤棒を持ち、馬に乗っていれば良い。
「これは、らくちんだ」
亥之吉は、いつの日か馬術を学び、自分の馬を持つ夢を描いた。亥之吉が拉致された桑名の地点で、「ここで結構です」と、亥之吉は馬からおりた。
「上方へ戻るときは、是非亀山城へ寄って、門番に中山鉄之進の名を告げて欲しい」
山中は、亥之吉に別れを告げて、馬に跨ると早駆けで帰っていった。 「恰好ええな」と、亥之吉は羨んだが、早駆けは武士の特権である。 「やっぱりわいは牛で我慢しとこ」 この地点で連れて行かれて、この地点まで送って貰ったので、これで元通りになった様な気になっていた亥之吉であるが、それだけ時間が過ぎていることをすっかり忘れていた。
かれこれ日暮れになるので、この宿場で旅籠を取らなければならないのだが、ここは昨夜泊ったところである。 また同じ旅籠に泊らなければならない。
「何か、あほらし」
とは言え、一両貰っておいたのだから、ここでも一働きしたのだと思えばよい。 お化け屋敷での賃と比べれば雲泥の差だ。
「どうぞお泊り、どうぞお泊り、あれ今朝の手水のお客さんじゃないかえ」
「そうだすねん、もう一晩世話になるで」
関東では、「なるぜ」だが、上方では、「なるで」 となる
「はいはい、泊っていってください、明日の朝は、ちゃんと手水を廻しますから」
食事も済み、風呂にも浸かり、明日からの長旅のために部屋でのんびりと英気を養っていると、「ごめん」と、泊り客の男が入ってきた。
「兄さん、 花占いをしましょうか」
「花占いて、あの花びらを一枚一枚ちぎるヤツか」
「そんな子供の遊びと違います」
「へー、どんなんや」
「花札で占います」
「あんな、博打の歌留多で占いか」
「そうです、よく当たりますよ」
「どうやるのや」
「この歌留多、一枚引いて貰います」
「それで」
「その引いた歌留多で占います、一枚引いて十文です」
まあ、十文くらいならいいだろうと、亥之吉は歌留多を一枚引いてみる。
「何を引きました」
「カス坊主ですわ」
「いけない、兄さん不吉な歌留多を引きましたなあ」
「坊主は不吉か」
亥之吉は、男に歌留多を返すと、暫く歌留多を見ていた男が、小声で言った。
「兄さんが死んで、坊主が経を読んでいるところが見えます」
「坊主と言っても、花札の坊主はススキやで」
「そうです、兄さんがススキのように幽霊になって死体から離脱しています」
「気色悪い占いやなぁ、こんな場合、わいはどうしたらええのや」
「歌留多をもう一枚引いて、因縁生起を直しなされ」
「では、引きますわ」
「十文頂戴します」
「また、取るのかいな」
仕方なく十文払ってもう一枚引くと、今度は柳に短冊。 またも男が歌留多を見つめ、
「いけません、やはり兄さんは柳の下でコレです」 と、手の甲を垂らして幽霊の格好をする。
「わいは、どうしても死ぬのか」
「では、因縁生起でもう一枚引いてください、このままでは、兄さん死んでしまいます」
「ほんまかいな、ほな、もう十文」
もう一度歌留多を引くと、カスの藤がでた。
「にいさん、良かった、良かった、藤は不死と言いまして、因縁生起(いんねんしょうき)が良い方に転じました」
「さよか、もう死なんのか」
「はい、もう大丈夫です、それではこれで部屋へ戻ります、兄さんは占いのお蔭で命拾いしましたよ」
「さよか、それはおおきに」
と、礼を言ったものの、亥之吉は何だか三十文騙し盗られたような気分になった。
「まっいいか」 と、寝間に入る。
だが、考えてみると、どうも怪しい。 大金を持っているかどうか偵察にきたような気がする。 亥之吉が巾着袋から小銭を出す折に、財布も一緒に懐から取り出してしまった。 男は財布の膨らみを探っていたようであった。 亥之吉は、布団の中へ肥桶棒を手繰り寄せた。
真夜中、案の定亥之吉の部屋の障子がスーッと開けられた。 暗闇の中、昨夜の占い師かどうかは分からないが、男が入ってきた。
「兄さん、あっしです、昨夜の占い師です」 と、小声で呼び掛ける。
亥之吉は、自分が熟睡しているかどうかを確認しているのだと思ったから、寝ている振りをした。
「兄さん、昨夜は済みませんでした、あの占いは嘘です」
男は、自分の巾着袋を懐から取り出したようで、「カシャカシャ」と、銭を数えた。
「昨夜の三十文はお返しします、どうか勘弁してください」
男が銭を置いて部屋を出ようとしたので、亥之吉が声をかけた。
「話を聞いてやるから、部屋に入り障子を閉めろ」
男は、眠っていると思っていたので、声を掛けられて驚いた。
「あっしは、鵜沼の卯之吉というケチな旅鴉でござんす」
卯之吉は、やくざに追われているので暗い内に旅籠を発つが、その前に騙したことを詫びて行こうと思い、銭を返して詫び、別れを告げようと部屋へ来たらしい。
「何をやって追われているのや、その占いか」
「やくざの賭場で、如何様(いかさま)を見破りまして、客の前で親分に恥をかかせやした」
「それで、執念深くお前を追っているのか」
「追手は三人です、見つかれば命を取られるでしょう」
この男、どうも信用し難いが、三十文返しに来たことと言い、真面目な話ぶりと言い、どうやらこの話は本当のようである。
「お前は、悪くない、それとも何か悪さをしてのか、銭を持ち逃げしたとか…」
「いいえ、あっしが騙し取られた銭すら取り返さず逃げて来やした」
亥之吉は、この男にかけた猜疑心が、同情に変わるのを覚えた。
「よっしゃ、わいが護ってやる、安心して部屋に戻って寝なはれ」
「長ドスも持ってない兄さんが、どうやって護ってくれるのですか」
これを見ろと、布団の中から肥桶棒を出してみせる亥之吉。
「わっ、汚なっ、兄さんそんなものを抱いて寝ていたのですか」
「そんなものとは何や、これはわいの魂やで」
「武士の魂みたいなものでござんすね」
「そうや、わいは天秤棒術の達人や」
「そんなの、聞いたことがありませんが」
「そやから、わいは世界一なんや」
「ところでその棒、初めは新品(さら)だったのでござんしょうね」
「いいや、これはわいが守口のおっさんに貰ったもので、おっさんの血と汗と涙と、それに肥しが染みついているのや」
「汚な」
「そう何度も汚いと言うな!」
旅籠を出て、二人で江戸に向けて歩いていると、三人の男が走って追いついて来た。 やはり話は事実だったようだ。
「こらっ、卯之吉、待ちやがれ!」
「よくも親分の顔に泥をぬりやがったな」
「殺っちまえ!」
その三人の前に、亥之吉が棒を持ち両手を広げて遮った。
「こらっ、若いの、邪魔立てするとお前も命を落とすことになるぞ」 と、今度は亥之吉を脅してきた。
「悪いのは如何様をしたお前らやろ、卯之吉には、わいが触れさせへんで」
「やかましい、こいつから殺っちまえ」
三人同時にドスの鞘を抜き、亥之吉に斬りつけてきた。 亥之吉の棒が舞い、「バスッ」、「ボキッ」、「ベチャ」 と、音がして悲鳴が上がる。
「帰って、親分に伝えろ、もしまた卯之吉に危害を加えようとしたら、わいが殴り込みをかけて、親分の両手両足を折ってしもたる」
その骨が折れた親分の手足と頭に紐を付けて、二階から垂らして踊らせてやると亥之吉は三人を脅した。
「それから、真ん中のヤツ、お前の腕の骨は折れとるから骨接ぎ屋で手当てをしてもらえ」
他の二人は、骨にヒビが入っている。 二、三日は腫れ上がるから、よく冷やせと亥之吉は忠告してやった。
「兄さん、強いなぁ」
卯之吉が感心している。
「兄さん、兄さんて、お前歳なんぼや」
「へい、十八でござんす」
「なんや、同い年やないかいな、同い年で兄さんもない」
「では、今から親分と呼ばせて頂きやす」
旅は道連れ、世は情け、双子みたいな男二人、江戸に向けて膝栗毛の再開である。
「ところで、昨夜の占いやけど、わいがたまたま坊主を引いたからあんなことに成ったけど、他の歌留多を引いていたらどうなるねん」
「何を引いてもおなじです」
「ほな、松を引いたら」
「兄さんの死体の口を末期(まつご)の水をとっているところが見えます」
「ほな、梅わい」
「兄さんが断末魔の呻(うめ)きをあげています…」
「桜は」
「ご家族の方が兄さんに縋って、錯乱(さくらん)状態に なっているのが見えます」
「藤ならどうなる」
「兄さんは、不治の病に倒れます」
「アホらし、もうええわ」
第十回 下り東街道、膝栗毛(終) -続く- (原稿用紙13枚)
「池田の亥之吉」リンク
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「第二回 天秤棒の旅鴉」へ
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「第七回 お化け屋敷で一稼ぎ」へ
「第八回 手水廻し」へ
「第九回 亀山の殿さん」へ
「第十回 下り東街道、膝栗毛」へ
「第十一回 亥之吉、卯之吉賭場荒らし」へ
「第十二回 首なし地蔵」へ
「第十三回 化け物退治」へ
「第十四回 ふりだしに戻る」へ
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「第十六回 住吉さん、おおきに」へ
「第十七回 亥之吉とお絹の祝言」へ
「第十八回 豚松、父母恋し」へ
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次シリーズ「幽霊新三、はぐれ旅」 第一回 浄土を追われて」へ
「亥之吉は、馬に乗れるのか」
「さあ、牛には子供の頃から乗っていたが、馬は騎手の背中にしがみ付いて乗せて貰っただけです」
「牛に乗れたのなら、馬は鞍が付けられるから乗りやすい」 と、
山中が乗った馬一騎と、亥之吉を乗せる馬一蹄を用意してくれた。 亥之吉が一人で乗ってみると、なるほど乗りやすい。中山が先に進み、 亥之吉の乗った馬の手綱を引いてくれるのから馬術不要で亥之吉はただ天秤棒を持ち、馬に乗っていれば良い。
「これは、らくちんだ」
亥之吉は、いつの日か馬術を学び、自分の馬を持つ夢を描いた。亥之吉が拉致された桑名の地点で、「ここで結構です」と、亥之吉は馬からおりた。
「上方へ戻るときは、是非亀山城へ寄って、門番に中山鉄之進の名を告げて欲しい」
山中は、亥之吉に別れを告げて、馬に跨ると早駆けで帰っていった。 「恰好ええな」と、亥之吉は羨んだが、早駆けは武士の特権である。 「やっぱりわいは牛で我慢しとこ」 この地点で連れて行かれて、この地点まで送って貰ったので、これで元通りになった様な気になっていた亥之吉であるが、それだけ時間が過ぎていることをすっかり忘れていた。
かれこれ日暮れになるので、この宿場で旅籠を取らなければならないのだが、ここは昨夜泊ったところである。 また同じ旅籠に泊らなければならない。
「何か、あほらし」
とは言え、一両貰っておいたのだから、ここでも一働きしたのだと思えばよい。 お化け屋敷での賃と比べれば雲泥の差だ。
「どうぞお泊り、どうぞお泊り、あれ今朝の手水のお客さんじゃないかえ」
「そうだすねん、もう一晩世話になるで」
関東では、「なるぜ」だが、上方では、「なるで」 となる
「はいはい、泊っていってください、明日の朝は、ちゃんと手水を廻しますから」
食事も済み、風呂にも浸かり、明日からの長旅のために部屋でのんびりと英気を養っていると、「ごめん」と、泊り客の男が入ってきた。
「兄さん、 花占いをしましょうか」
「花占いて、あの花びらを一枚一枚ちぎるヤツか」
「そんな子供の遊びと違います」
「へー、どんなんや」
「花札で占います」
「あんな、博打の歌留多で占いか」
「そうです、よく当たりますよ」
「どうやるのや」
「この歌留多、一枚引いて貰います」
「それで」
「その引いた歌留多で占います、一枚引いて十文です」
まあ、十文くらいならいいだろうと、亥之吉は歌留多を一枚引いてみる。
「何を引きました」
「カス坊主ですわ」
「いけない、兄さん不吉な歌留多を引きましたなあ」
「坊主は不吉か」
亥之吉は、男に歌留多を返すと、暫く歌留多を見ていた男が、小声で言った。
「兄さんが死んで、坊主が経を読んでいるところが見えます」
「坊主と言っても、花札の坊主はススキやで」
「そうです、兄さんがススキのように幽霊になって死体から離脱しています」
「気色悪い占いやなぁ、こんな場合、わいはどうしたらええのや」
「歌留多をもう一枚引いて、因縁生起を直しなされ」
「では、引きますわ」
「十文頂戴します」
「また、取るのかいな」
仕方なく十文払ってもう一枚引くと、今度は柳に短冊。 またも男が歌留多を見つめ、
「いけません、やはり兄さんは柳の下でコレです」 と、手の甲を垂らして幽霊の格好をする。
「わいは、どうしても死ぬのか」
「では、因縁生起でもう一枚引いてください、このままでは、兄さん死んでしまいます」
「ほんまかいな、ほな、もう十文」
もう一度歌留多を引くと、カスの藤がでた。
「にいさん、良かった、良かった、藤は不死と言いまして、因縁生起(いんねんしょうき)が良い方に転じました」
「さよか、もう死なんのか」
「はい、もう大丈夫です、それではこれで部屋へ戻ります、兄さんは占いのお蔭で命拾いしましたよ」
「さよか、それはおおきに」
と、礼を言ったものの、亥之吉は何だか三十文騙し盗られたような気分になった。
「まっいいか」 と、寝間に入る。
だが、考えてみると、どうも怪しい。 大金を持っているかどうか偵察にきたような気がする。 亥之吉が巾着袋から小銭を出す折に、財布も一緒に懐から取り出してしまった。 男は財布の膨らみを探っていたようであった。 亥之吉は、布団の中へ肥桶棒を手繰り寄せた。
真夜中、案の定亥之吉の部屋の障子がスーッと開けられた。 暗闇の中、昨夜の占い師かどうかは分からないが、男が入ってきた。
「兄さん、あっしです、昨夜の占い師です」 と、小声で呼び掛ける。
亥之吉は、自分が熟睡しているかどうかを確認しているのだと思ったから、寝ている振りをした。
「兄さん、昨夜は済みませんでした、あの占いは嘘です」
男は、自分の巾着袋を懐から取り出したようで、「カシャカシャ」と、銭を数えた。
「昨夜の三十文はお返しします、どうか勘弁してください」
男が銭を置いて部屋を出ようとしたので、亥之吉が声をかけた。
「話を聞いてやるから、部屋に入り障子を閉めろ」
男は、眠っていると思っていたので、声を掛けられて驚いた。
「あっしは、鵜沼の卯之吉というケチな旅鴉でござんす」
卯之吉は、やくざに追われているので暗い内に旅籠を発つが、その前に騙したことを詫びて行こうと思い、銭を返して詫び、別れを告げようと部屋へ来たらしい。
「何をやって追われているのや、その占いか」
「やくざの賭場で、如何様(いかさま)を見破りまして、客の前で親分に恥をかかせやした」
「それで、執念深くお前を追っているのか」
「追手は三人です、見つかれば命を取られるでしょう」
この男、どうも信用し難いが、三十文返しに来たことと言い、真面目な話ぶりと言い、どうやらこの話は本当のようである。
「お前は、悪くない、それとも何か悪さをしてのか、銭を持ち逃げしたとか…」
「いいえ、あっしが騙し取られた銭すら取り返さず逃げて来やした」
亥之吉は、この男にかけた猜疑心が、同情に変わるのを覚えた。
「よっしゃ、わいが護ってやる、安心して部屋に戻って寝なはれ」
「長ドスも持ってない兄さんが、どうやって護ってくれるのですか」
これを見ろと、布団の中から肥桶棒を出してみせる亥之吉。
「わっ、汚なっ、兄さんそんなものを抱いて寝ていたのですか」
「そんなものとは何や、これはわいの魂やで」
「武士の魂みたいなものでござんすね」
「そうや、わいは天秤棒術の達人や」
「そんなの、聞いたことがありませんが」
「そやから、わいは世界一なんや」
「ところでその棒、初めは新品(さら)だったのでござんしょうね」
「いいや、これはわいが守口のおっさんに貰ったもので、おっさんの血と汗と涙と、それに肥しが染みついているのや」
「汚な」
「そう何度も汚いと言うな!」
旅籠を出て、二人で江戸に向けて歩いていると、三人の男が走って追いついて来た。 やはり話は事実だったようだ。
「こらっ、卯之吉、待ちやがれ!」
「よくも親分の顔に泥をぬりやがったな」
「殺っちまえ!」
その三人の前に、亥之吉が棒を持ち両手を広げて遮った。
「こらっ、若いの、邪魔立てするとお前も命を落とすことになるぞ」 と、今度は亥之吉を脅してきた。
「悪いのは如何様をしたお前らやろ、卯之吉には、わいが触れさせへんで」
「やかましい、こいつから殺っちまえ」
三人同時にドスの鞘を抜き、亥之吉に斬りつけてきた。 亥之吉の棒が舞い、「バスッ」、「ボキッ」、「ベチャ」 と、音がして悲鳴が上がる。
「帰って、親分に伝えろ、もしまた卯之吉に危害を加えようとしたら、わいが殴り込みをかけて、親分の両手両足を折ってしもたる」
その骨が折れた親分の手足と頭に紐を付けて、二階から垂らして踊らせてやると亥之吉は三人を脅した。
「それから、真ん中のヤツ、お前の腕の骨は折れとるから骨接ぎ屋で手当てをしてもらえ」
他の二人は、骨にヒビが入っている。 二、三日は腫れ上がるから、よく冷やせと亥之吉は忠告してやった。
「兄さん、強いなぁ」
卯之吉が感心している。
「兄さん、兄さんて、お前歳なんぼや」
「へい、十八でござんす」
「なんや、同い年やないかいな、同い年で兄さんもない」
「では、今から親分と呼ばせて頂きやす」
旅は道連れ、世は情け、双子みたいな男二人、江戸に向けて膝栗毛の再開である。
「ところで、昨夜の占いやけど、わいがたまたま坊主を引いたからあんなことに成ったけど、他の歌留多を引いていたらどうなるねん」
「何を引いてもおなじです」
「ほな、松を引いたら」
「兄さんの死体の口を末期(まつご)の水をとっているところが見えます」
「ほな、梅わい」
「兄さんが断末魔の呻(うめ)きをあげています…」
「桜は」
「ご家族の方が兄さんに縋って、錯乱(さくらん)状態に なっているのが見えます」
「藤ならどうなる」
「兄さんは、不治の病に倒れます」
「アホらし、もうええわ」
第十回 下り東街道、膝栗毛(終) -続く- (原稿用紙13枚)
「池田の亥之吉」リンク
「第一回 お化けが恐い」へ
「第二回 天秤棒の旅鴉」へ
「第三回 七度狐」へ
「第四回 身投げ女」へ
「第五回 鈴鹿峠の掏摸爺」へ
「第六回 縁結びの神さん」へ
「第七回 お化け屋敷で一稼ぎ」へ
「第八回 手水廻し」へ
「第九回 亀山の殿さん」へ
「第十回 下り東街道、膝栗毛」へ
「第十一回 亥之吉、卯之吉賭場荒らし」へ
「第十二回 首なし地蔵」へ
「第十三回 化け物退治」へ
「第十四回 ふりだしに戻る」へ
「第十五回 亥之吉刺される」へ
「第十六回 住吉さん、おおきに」へ
「第十七回 亥之吉とお絹の祝言」へ
「第十八回 豚松、父母恋し」へ
」 「第十九回 亥之吉は男色家?」へ
「第二十回 消えた望みの綱」へ
「第二十一回 さらば、鵜沼の卯之吉」へ
「第二十二回 亥之吉の魂、真っ二つ」へ
「第二十三回 政吉、足をあらう」へ
「第二十四回 亥之吉、政吉江戸へ」へ
「第二十五回 政吉、涙の再会」へ
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