雑文の旅

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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第二回 天秤棒の旅鴉

2013-09-24 | 長編小説
 一本刀ではなく、亥之吉は肥桶用の天秤棒を担いで旅立った。 亥之吉に惚れた福島屋のこいさん お絹は、亥之吉は箱根八里を越せないで、後戻りしてくるだろうと高を括っている。 戻ってくれば祝言を挙げて、父親に小さな店を持たせてもらい、所帯を持ちたいと願っている。 父親の福島屋善兵衛も、亥之吉は、こと商売にかけては抜け目のないしっかり者なので、ちと早いが所帯を持たそうと考えているのだ。

 一方、お店(たな)を辞めて旅に出た亥之吉は、箱根どころか、山崎(京都の南)あたりの竹林で、ビビっている。 後ろからお化けが付けて来ないか、横から飛び出してこないか、前方で待ち受けていないか、きょろきょろしながら歩いている。 まわりばかりを警戒していて、よく考えたら頭の上はガラ空きである。突然頭の上で竹の葉がざわめいた。
   「うわー、出た」 と驚いたが、竹の葉が二、三枚ハラハラと落ちてきただけで、何事もなかった。 亥之吉が上を向いてビビっている時、不意に後ろから女の声がした。
   「ちょっとお兄さん、京都まで 行かはりますのか」
 亥之吉は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
   「うわーっ、ほんまもんや」
   「何のほんまもんですの」
   「化け物や」
   「まあ、失礼やわ、こんな美人の化け物が居ますかいな」
   「油断さしといて、口がパカンと割れるのやろ」
   「ひと、提灯お化けみたいに言わんといて」
   「そうか、だいじょうぶか」
   「お化けゆうたらなぁ、こんな顔をしとるのか~」 下を向いていた女が、顔を上げた。
   「でたーっ、砂かけババアや」
   「誰が砂かけババアや、よう見てみいな、なにも変わってえへんわ」
   「あ、嘘ついたな」
   「当たり前や、こんな昼間からお化けなんか出えへんわ」
   「そうか、ほな、何の用や」
   「京都へ行くんやったら、一緒に連れて行ってもらおうと思いまして」
   「わい(自分)より、姐さんの方が強いのに、なんでや」
   「やっぱり女やもん、心細うおますのや」
   「そうか、かまへんけど、お化けが出たら、姐さんにしがみつきまっせ」
   「なんや、頼りない男やなぁ」
 と、ごちゃごちゃ言っていると、後ろから男が追っかけてきた。
   「こら、そこの兄ちゃん、わいの女房を、どうする気や」
   「あっ、お前ら噂に聞く美人局(つつもたせ)か」 亥之吉は、番頭たちに聞いて知っていた。
   「こんな男、もう亭主やない、愛想尽かして逃げてきたんや」
 聞けばこの男、女の亭主だったが、女房に働かせて自分は飲む、打つ、買う、の遊び放題、女が説教すれば殴る、蹴る、投げると、暴力三昧、女は京都の実家へ逃げて帰る途中だったようで、追いかけて来た亭主に追いつかれたらしい。
   「兄ちゃん、退いてか」 男は亥之吉を蠅か何かのように追う。
   「あかん、わいはこの姐さんに用心棒を頼まれたのや、そやろ」
 女は、「うんうん」と肯いた。
   「よっしゃ、ほんなら護らしてもらうわ」 亥之吉は天秤棒を構える。
   「なんやこのガキ、そんな汚い棒でわいを、どつく気か」
   「えっ、これが汚い棒やて、何で知っているのや」
   「そやかて、それは肥桶用の天秤棒やないか」
   「おっさん、よう知っとるなぁ、おっさんも百姓か」
   「やかましい」
   「痛い目に遭いとうなかったら、ここから引き返せ!」
 男は、改めて亥之吉を繁々と見た。
   「なんやお前、やくざか」
   「侠客(きょうかく)と言ってくれ」
   「何が侠客じゃ、三角みたいな顔をしやがって」 上方名物、語呂合わせ。
   「三角みたいな顔て、わいはカマキリか」
   「うるさい、どけっ!」
   「姐さん、こいつ痛い目に遭わせてもええのか」
   「そんなヤツ、もう未練も暖簾もないっ、追い返してか」 姐さんも、語呂合わせ。
   「よっしゃ、このおっさんの金玉、潰してやる」
   「何ぬかしやがる、やれるものならやってみろ」
   「よっしゃ」と、亥之吉天秤棒で「つん」と、おっさんの股間を突く。
   「痛たたたたた」と、跳び上がるおっさんの尻を、「ばしん」
 男は「覚えとれ!」と、捨てセリフを残して逃げてゆく。
   「姐さん、実家の近くまで送りますわ」
   「へえ、おおきに助かりました」
 女の実家を目指すため、山崎街道を北に逸れ、嵐山経由で嵯峨野に入った。
   「ねえ、今夜どこか泊るとこ、決めていますのか」
   「いいや、気の向くまま、足の向くまま、気儘(きまま)旅でござんす」
   「なんや、急に江戸っ子になったりして」
   「侠客一家の看板が見つかれば、一宿一飯の恩義に預かり、無ければ野宿でござんす」
   「お化けが出てもか」
   「あっ、忘れていたのに、また思い出させた」
   「ごめん、ごめん、その代わり、わたいの実家に泊ってお行きやす」
   「京都にはいったら、急に京言葉か」
   「へえ、そうどす、京都の生まれどすから」
 言葉に甘えて、一泊させて貰おうかとも思ったが、一旦嫁いだ娘がやくざを連れて帰ったら女の両親が驚くだろうと辞退した。
   「ほな、わいはここから京極に向かいますわ、ほんなら、おさらばえ」
   「アホ、それは花魁言葉や」
 上方の人間は、やったら「アホ」というが、これは掛け声みたいなもの。 言われた人も、怒るものは居ない。 そのかわり、バカと言われたらメッチャむかつく。 女は笑って手を振った。

 寄り道をした所為で、京極で日が暮れた。 夕暮れの盛り場を歩いていたら、「京極一家」という任侠一家の看板が見えた。
   「お控えなすって、お控えなすって」
   「へえ、何方(どなた)さんでおます」
   「早速のお控え、有難うさんにござんす」
   「誰も控えてないけど、仁義切っているのでおますか」
   「手前、生国とはっしますは、関西にござんす」
   「えろう、近うおますのやなぁ」
   「関西、関西と申しましても、些か広うござんす」
   「まあ、そうどすわなあ」
   「関西は、浪速の外れ、池田にござんす」
   「ど田舎でねんなぁ」
 亥之吉は相手の相槌が気になって、もう一つ乗れない。
   「失礼さんでござんすが、ちと黙って控えてもらえませんやろか」
   「ああさよか、ほな黙らしてもらいます」
   「池田は、田圃の水で産湯を使い・・・」
   「汚なっ」
   「黙って聞け!」
   「へえ、すんまへん」
   「人呼んで、池田の亥之吉とはっします」
   「丁度良かった、今みんなで夕食中でしたのや、あんさんも上がって、一緒に食べなはれ」
   「ありがとさんにござんす」
   「ござんすは、もうええねん」
 亥之吉、一宿一飯の恩義にあずかり、翌朝目が覚めると、一家の者達が何やらガタガタと逼迫(ひっぱく)した面持ちで勢揃いしている。 亥之吉の元へも昨夜の男がきた。
   「あんさん、恩義の返しどきや」
   「早っ、もう返さんとあかんのか」
   「それがやくざの掟ちゅうもんです」
   「わいは、何をすればええのや」
   「ドスを持って、極東一家の殴り込みを受けてもらわんとあかん」
   「あほらし、一宿一飯の恩義いうても、旅籠代やったら高々三百文程度でっせ」
   「それでも、恩義は恩義や」
   「わかった、ほな、三百文程度の働きをさせてもらいまっさ」
   「あんさん、商売人みたいに細かいなぁ、三百文程度の働きて、どんなんや」
   「そやなあ、端っこに立って、声援を送るぐらいや」
   「そんなもん要らんわ! とっとと帰れ」
 亥之吉は、眠い目を擦りながら、親分らしい人の前に出て言った。
   「わいは余所者(よそもの)でわからんが、親分、何のための出入りだす」
   「うちの若いもんが、極東一家の縄張り内で恐喝を働いたと、いちゃもんを付けられているのや」
   「恐喝したのか」
   「恐喝と違う、うちの若い者が極東一家の縄張り内に逃げた掏摸を追いかけて掏られた爺さんの財布を取り戻してやったんや」
   「ええことしたやないか」
   「そやろ、それを京極一家の縄張り内で待っていた爺さんに返してあげた」
   「それで恐喝か」
   「そこを極東一家の者が見ていて、うちの縄張り内で恐喝して財布をまきあげたちゅうて殴りかかってきたのを、うちの若いのが殴り返したんや」
   「おっさん達やくざはアホか、そんなことで出入りして、血が流れたり、場合によっては死人が出るかも知れんのやで」
   「やくざの意地というものや」
   「呆れて、ものも言えんわ、よし、わいが極東一家へ行って、話付けてきてやる」
 極東一家も、長ドスを腰に差し、鉢巻をした男たちが、殴り込みの支度をしていた。
   「おっさん達、わいは余所者やけど、ええ大人が思慮もなく、何をしようとしてるのや」
   「見てわからんか 殴り込みや、相手は京極一家」
   「その訳、京極一家で聞いてきました、おっさん達はバカ丸出しや」
   「何ぬかすか、このガキが」
   「わいは、おっさん達より大人ですわ」
 亥之吉の相手をしていた男は、親分に報告した。
   「親分、京極一家が、変なヤツ送り込んできましたぜ」
   「ややこしいから、いてしまえ」
 亥之吉が表に飛び出すと、一家の男たちがバラバラッと付いて出て来た。
   「わいは話し合いに来たのに、殺るちゅうのか」
   「うるさい、早よやってしまえ」 と、親分。
   「ほな、かかってきやがれ」と、亥之吉は天秤棒を構える。
 わーっと多勢でかかってきたのを、亥之吉は天秤棒であっという間に片付けてしまった。
   「強っ! こいつなかなか強いわ」 と、一人の男が腰をさすりながら言った。
   「わいは、こんなことをするためにここへ来たのじゃない」 亥之吉憤慨する。
 子分をこんなに痛めつけられては、殴り込みどころではない。 士気も闘争心も血の気さえも失せてしまった。 こうなっては、親分は亥之吉の話を聞くしかない。
   「京極一家の若いもんが財布を取り上げた相手は、掏摸やったのやで」
   「嘘やろ」
   「それを掏られた爺さんに戻してやったのや」
   「ほんまかいな」
   「それをよく見もせんと、極東一家のアホが、恐喝やと京極一家の若いもんに殴りかかっていったのや」
   「こら、お前そうなんか」親分は、一人の子分に聞いた。
   「へえ、そうやったのかも知れまへん」と、子分。
   「こいつ、ええかげんなヤツや、それで殴込をかけて、死人が出たら、お前、どう落とし前をつける気や」
 亥之吉は、何事もなく収まったのだから、許してやってくれと、極東一家の親分に頼んだ。
   「ほな、わいは京極一家に戻って、話が着いたと報告しときます」
   「わしも行って、京極一家に頭をさげますわ」
   「そんなことをしたら、極東一家の面子が立ちまへんやろ、わいに任せてくれや」と、どちらの顔も立つように、亥之吉の商人話術で丸め込んでしまった。

  第二回 天秤棒の旅鴉(終わり) -次回に続く-  (原稿用紙16枚)

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