雑文の旅

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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第七回 お化け屋敷で一稼ぎ

2013-09-28 | 長編小説
 伊勢の国、亀山の宿を出て暫く行くと、町の外れに「お化け屋敷」と書かれた見世物小屋があった。 池田の亥之吉(いのきち)は、「妙なところに変な物があるな」と思いながら行き過ぎようとしたら、爺さんが声を掛けて来た。
   「兄さん、入ってみませんか」
   「わい、一人旅だっせ、男が独りでそんなところへ入って何がおもろいねん」
   「そんなことない、肝試しです」
   「そうか、なんぼ(いくら)や?」
   「へえ、二十文です」
   「うわあ、高い」
   「高いとありますかいな、それとも兄さん、恐がりとちがいますか」
   「アホなこと言わんといて、この昼間に何が怖いことおますかいな」
   「夜やと怖いのか」
   「うん、怖いかも」
   「やはり根は恐がりですね」
   「ほっといてくれ」
   「まあ、肝試しして行きなさい」
   「わい、今一分しか持っていませんのや」
   「 そうか、今日は兄さんが初めてですが、釣り銭はありません」
   「そやろ、ほなやめておくわ」
   「よし、こうなったら一分に負けておきます」
   「そうか、おおきに・・・って、負けてないがな、一分言うたら五十人分やで」
   「そうですか 惜しかったなあ」
   「そんなもん、騙されるかい」
 そんなアホな遣り取りがあり、爺さんの提案で今日深夜まで働いてくれないかということになった。
   「夜まで働いて、一朱(しゅ)出します」 一朱は二百五十文だ。
   「旅籠賃にもならへんなぁ」
   「ここで、一泊してもらってもいいよ」
   「お化け屋敷でかいな」
   「飯は、ちょっと行って二人分だと言えば、婆さんが届けてくれる」
   「飯代はただか」
   「百文頂きます」
   「なんや、百五十文しか残らへんやないか」
 亥之吉は元商売人、すぐに算盤(そろばん)を弾きよる。 旅籠(はたご)に泊ることを思えば、旅籠賃三百文として、合計四百五十文の儲けとなる。 七度狐で度胸が付いたとは言え、亥之吉は根がお化け嫌い。 ここで一丁度胸の仕上げをするか、と ここで働くことにした。
   「それで、わいは何をしたらよろしいのや」
   「そりゃ、お化けの役です」
 客が入ると、客と歩調を合わせて、次々と紐を引張たり。板を踏んだり、音を出したりと、お化けを出して行く。 爺さんは、これを一人でやっているらしい。 木戸賃を受け取り、客が外へでるまで、「えっさ、えっさ」と走り回り、客の足が早過ぎると、その客は一度もおばけに出会わずに外へ出てしまう。 最初に入った客に、少し遅れて入った客は、爺さんの後ろ姿ばかりを見ることになる。 客が怒って、木戸賃を返す羽目になるのは普通のことだ。 お化け役が二人居ると、中で若い亥之吉が客を待ち、木戸賃を取った爺さんは出口近くに周わり客を待てばよい。
 今夜は、若い男女の客がたくさん来る筈だと爺さんはいった。 何を根拠に言っているのか分からないが、女が「キャーッ」と悲鳴を上げて抱き付くから、面白いのだそうである。
   「女が抱き付くのは、相手の男やろな」
   「お化けに抱き付く女は居ません」
   「そんなもん、どこが面白いのや」

 別に祭りでもないのに、夕方になると、一組、また一組と客が増えて来た。  どうやら、近くの旅籠に泊っている客も出てくるようだ。
   「このお化けの衣装、臭いわ」
   「そら、何年も洗っていませんから」
   「うわ、このお化けの顔、汚いわ」
   「それが暗いところでは怖く見えるのや」
   「あ、この壁、カビが生えてまっせ」
   「その方が、お化け屋敷らしくて良いのじゃ」
   「この骸骨、片手ないで」
   「もう、いちいち煩(うるさ)いなぁ、黙って順番覚えなさい」
 仕事は思ったより忙しくて、亥之吉は何度も「これで一朱か」と愚痴った。 亥之吉が居た所為で、客の不満もなく仕事を終えた。 亥之吉のお化け恐怖症も癒えて、度胸も付いたようであった。 婆さんが飯と沢庵漬けと芋の煮っ転がし、それにお茶を持ってきてくれた。
   「これで百文か」 と、婆さんに不満を言うと、
   「いいえ、これに私のお酌が付きます、まあ一杯どうぞ」
   「これ、お茶やないか」
 夜中に婆さんは帰り、爺さんと一つところで雑魚寝。 爺さんは横になるとすぐに鼾をかきはじめた。
   「うるさくて眠れん」 と、言いながら、亥之吉も鼾をかき始める。
 今夜は、紅白歌合戦ならぬ、老若鼾合戦であった。
 翌朝、爺さんに「もっと居てくれ」と、誘われたが、先を急ぐと断って別れを告げて行きかけると、
   「もしもし」
   「わーっ、びっくりした」
   「何をそんなにびっくりしていまいすのや」
   「お化けが憑いてきたのかと…」
   「違いますがな、兄さん、肥桶棒を忘れています」
 亥之吉のお化け恐怖症、治っていないかも。
 街道に出て暫く行くと、婆さんがしゃかみ込んでいる。 また、巾着切りか病気かと、
   「婆さん、どないしたん?」亥之吉が声を掛けると、
   「へえ、何でもありません、蟻が餌を運んでいるのを見ていました」
   「何や、蟻かいな」
 また暫く行くと、道の端で女が子供を抱きかかえてじっとしている。
   「姉さん、どないしたん」
   「へえ、子供におしっこさせとります」
 亥之吉は呟いた。
   「わい、変な癖がついた、人がしゃがんでいると、声を掛けてしまう」
 また暫く行くと、侍が子供を叱っている。 子供は泣きもせずキョトンとしている。
   「お侍さん、どないしはりましたん」
   「このガキが、武士の魂をドロンコの手で握りよった」
   「なんや、そんなことですか」
 亥之吉が、無視して先へ行こうとすると、後ろで女の泣き叫ぶ声と、侍の怒鳴る声がした。
   「なんやいな、もう」
 と、亥之吉が振り向くと、侍が刀の鞘を抜いて、子供を斬ろうとしている。
   「無礼討ちに致す、そこへ直れ」
   「幼い子供がしたこと、この通りですどうぞお許しを」
 子供の母親らしい女が、道にひれ伏し、両手だけを上で合わせて命乞いをしている。
   「あの侍、アホか」
  あんな幼い子に、どんな罪があるのだと、亥之吉は憤慨して後戻りした。
   「待てい、この糞さんぴん」
 振り下ろそうとした刀が止まった。
   「無礼なヤツ、お前から無礼討ちに致す、そこへ直れ!」
   「わかった、わいが受けてやる」
 亥之吉は、子供の母親らしい女に、子供を連れて帰れと大声で言った。 女は亥之吉に頭を下げて、子供を引っ提げて逃げて行った。 子供は何も分からず、相変わらずキョトンとしていた。
   「こら、さんぴん、わいは黙って討たれないで、度胸を据えてかかってきやがれ」
   「何を生意気な町人、刀の肥しにしてくれるわ」
   「肥やったら、こっちは本物やで、なにしろ肥桶棒やさかいに」
 刀を上段に構えて、振り下ろしてきたのを、棒の先で横へ撥ね退けようとしたが、またも棒の先をちょっと削られてしまった。
   「わいの魂を、ちょっとだけ削りやがったな」
   「わー、汚い魂やな」
   「また言われた」
 亥之吉が、侍に向けて棒を突き出したのを侍は振り払って避けようとしたが、棒を上げられ、刀は外側へ逸れた。 その隙に亥之吉が手心を加えて棒を振り下ろした。 棒は小手を捕えた。
   「痛て!」
 侍は刀を落とし、痺(しび)れた腕を振った。 骨は折れていない。 その侍の肩を亥之吉の棒が抑え込んだ。
   「まだ、やりまっか」
   「くそっ、覚えていろ」
   「わいは、池田の亥之吉や、覚えていてやるから、名前を言って行け、亀山藩の藩士か」
 侍は、名を告げずに立ち去った。 また、加勢して襲ってくるのだろう。
   「へん、ケチなさんぴんめ」
 亥之吉は、不敵に笑った。

  第七回 お化け屋敷で一稼ぎ(終)  -続く-  (原稿用紙11枚)

「池田の亥之吉」リンク

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