雑文の旅

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第二十四回 隠密新三

2014-01-15 | 長編小説
 馬上には長坂清三郎、若い三太と浩太は歩いて長坂の屋敷に戻ってきた。 屋敷はこぢんまりとしているが、庭が広くて馬小屋もある。 長坂の妻、果穂(かほ)が出てきた。
   「大事な客人だ、丁重に頼む」 長坂が言うと、
 果穂は、式台で三つ指をついて主の帰宅と、三太と浩太を迎えてくれた。
   「よくいらっしゃいました、旦那様、お帰りなさいませ」
   「大事な客人なんて、嘘ですよ、私は医者の能見数馬、この子は私の弟子で、浩太と言います」
 果穂は、三太のことは清三郎から聞いて、よく知っている様子だった。
   「三太さんでしょ、主人がお世話になっております」
   「この度娘が嫁ぎまして、家族は二人の息子と、使用人二人の六人暮らしです」
 清三郎がそのように紹介すると、
   「息子たちは道場通いをしていて、今どちらも出ておりますのよ」と、果穂が付け足した。
   「もうすぐ夕飯どきだ、腹を空かせて戻って来る頃です」

 清三郎と三太と浩太は、早速、打ち合わせをした。
   「まだ、空き家に一味が現れていませんか」 三太は、清三郎に尋ねた。
   「目明しに見張らせているのだが、何とも…」
   「そろそろ今夜あたり、闇の集団の手下が姿を見せる頃です」
 三太は、一味が空き家へ千両箱を取りにくる頃だと、あたりを付けているのだ。
   「今夜の見張りは、私に代わりましょう」 と、三太が言った。
 この役を清三郎が自ら果たす積りだった。 一味の後を付けて、集団の本拠地を突き止めることだ。 敵に見つかれば、例え剣の達人長坂清三郎と言え確実に殺される。 三太とても同じことだ。
   「集団は、忍者かも知れぬ」
 その跡を付けるのは至難の業である。 付ける足音で気付かれるか、足の速さと持久力に負けて、見失うかである。
   「三太、なにか思案があるのか」 長坂はやる気こそあれ、自信は無いようだ。
   「有ますとも、あるからこそ、こうして戻ってきたのです」
   「妖術でも使うのか」
   「はい、俺には強力で機転の利く優しい守護霊が憑いています」
   「何と、守護霊とな、拙者にも憑いてくれれば、助かるものを…」
   「いいことばかりではないのですよ、まぐわうとき、いいところへ来ると三太の魂が放り出されて、済むと呼び込まれるのです」
   「疲れるところは三太で、いいところだけ盗られるのか」
 新三郎が、黙っているわけがない。
   「三太さん、いや三太、あっしがいつ、そんなことをした、それに三太は女知らずでしょう」
   「新さんが言ったくせに…」
   「あれは、冗談です、幽霊にはそんな欲望はねえ、有れば岡場所に入り浸って、客から客へ渡りまわってアクメ三昧ですぜ」
   「うわあ、いやらしい表現」

   「三太、なにを黙りこくっている」 清三郎が怪訝に思って三太に問いかけた。
   「あっ、いや何でもない、ちょっと守護霊に怒られていたところです」
   「恐い守護霊ですね」
   「まあ、親父みたいなものですから」
   「それで…」 長坂が話を続けた。 その思案と言うのは」
   「守護霊に行かせればよいのです」
 後を付けなくとも、敵の一人に憑依すれば覚られないし、敵の本拠まで入り込める。
   「あっしにお願いするのに、態度がでか過ぎじゃありませんか」
   「あ、はい、では土下座をします、どうか、お願いします」
 またもや、長坂が首を傾げる。
   「何ですか、いきなり土下座したりして」
   「幽霊にものを頼むのに、態度がでかいと…」
   「また、叱られたのですか、では拙者も土下座をしてお願いしよう」
   「なんか、すっかり悪霊にされたみたいですね」 新三郎のご機嫌は頗る斜め。

 夕刻、二人の息子が竹刀に稽古着をぶら下げて帰って来た。 浩太の入れ墨で驚かれないように、皆に紹介した。 息子達は、兄が浩太と同じ十二歳歳、弟は、佐助と同じ七歳だった。
   「わあ、龍みたいだ、格好良い」 弟が黄色い歓声を上げた。
   「ほんとだ、俺も入れたい」
 慌てて、親ではなく、三太が窘めた。
   「無理矢理に入れられて、浩太は俺に入れ墨を消してくれと泣いたのだ」
   「ごめんなさい」 二人は不謹慎と思ったのか、ぺこりと浩太に頭をさげた。

 食事を軽く済ませて、浩太を残して長坂と三太は「ちょっと出かけてくる」と、果穂に言い残し、二人は出て行った。
   「盗賊たちが奪った金の隠し場所だった空き家を見張ることが出来る位置に、農具小屋があった。 三太と長坂が隠れて待つこと一刻、星明りに黒装束の、身のこなしが軽い忍者風の曲者が三人、四人と、十四・五人ばかり集まり、廃屋のなかに入っていった。
   「やはり、三太の言う通り、今宵であったか」 長坂は、三太の勘の良さに嗟嘆した。
   「多分盗賊集団は、上野(こうずけ)の国か、下野(しもつけ)の国の山中に結集して、軍資金を集めているのでしょう」
   「軍資金は、武器の調達のためか」
   「それと、仕官の夢を断たれた浪人をかき集める為でしょう」

 暫く待つと、曲者共が出て来た。 何やら小声で話し合っていたが、距離が遠くて聞こえない。
   「三太さん、只今」
   「あれっ、新さんいつのまに」
   「ここからでは、やつらが何を話しているかわからねぇでしょう」
   「聞いて来てくれたのか、新さん、やっぱり機転が利く」
   「千両箱が全部無くなっているのは、五人の盗賊のやつらが捕まったのかも知れんと言っていやした」
   「五人のやつらが持ってずらかったとは考えなかったのですか」
   「そんな疑いは微塵もしなかったです」
   「そうか、それだけ結束が固いのだろう、それで諦めて戻るのか」
   「へい、一旦引き上げて、闇の将軍様の指示を仰ごうと…」
   「闇の将軍」
 三太が黙りこくっているので、長坂が心配になって小声で囁いた。
   「やつらは戻るらしい」
   「そのようです、ここからは守護霊に任せて、我らも戻りましょう」
   「よしきた」と、新三郎に気合が入った。

 新三郎は、最後を駆ける小柄な男に憑いた。 男だと思っていたのだが、女であった。 女であっても、走る早さは男並みであったし、身軽さは男以上であった。
   「おい、お蔦、お前の姉は捕まったのだろうか」
   「そうだとしたら、もうこの世の者ではないでしょう」
 やはり、忍者であった。 伊賀でもなく、甲賀でもない、陸奥辺りで集められた将軍と幕府に不満を持つ賊に違いない。
 曲者たちは、上野の国の山中の集落へ戻っていった。 そこは、まわり杉の木で囲まれた山の中腹の盆地で、四・五十もの小屋が建てられ、その中の一番大きな建物の中へ入っていった。
   「そうか、江戸の五人は捕まったか」 豪華な西陣織で顔を覆った闇の将軍が嗄がれた低い声で言った。
   「へい、やつらは、すでに自害したでありましょう」
   「それを確認して参ったか」
   「いえ、我々は、捕まれば必ず自害して果てる覚悟ができておりますゆえ」
   「馬鹿者、掟は掟だ、取り調べに屈して、我ら集団の秘密を洩らさば何と致す」
   「申し訳も御座いません、どうぞお許しを…」
 闇の将軍は、他の家来に命じた。
   「殺れ」
 それは、私刑の宣告であった。 泣き叫んで許しを乞う男を、命じられた家来たちは冷やかに一瞥すると、森の中へ引っ立てて行った。
 新三郎は、この闇の将軍なる人物の正体を突き止めるために、闇の将軍本人に憑依した。 闇の将軍は、自分の名を口にすることは無かったが、この男の胸中は、憎しみで満ちていた。 その憎しみの相手は、時の将軍であった。 計画は、江戸の町を火の海にして、将軍を不面目(ふめんぼく)に陥れるのが目的で、延いては失墜させる意気込みである。
   「何はともあれ、五人の消息を突き止めねばならぬ」
   「お頭様、その役はそれがしに仰せつけください」
 名乗り出たのは、闇の将軍から、最も信頼されているような集団の重鎮の一人らしき武士であった。 新三郎は、この男に憑依して、闇の将軍の名を訊き出そうと思った。

  第二十四回 隠密新三   -続く-   (原稿用紙11枚)

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